死に際の銃弾は毒を感染す
「かおる!! おい、かおるッ!?」
京太は気が動転していた。
三人死んだときとは比べ物にならないくらい、冷静な判断力を失ってしまっている。
本人は気が付いていなかったが、それほど彼女が自分の中で大切な存在になっていたのだろう。
「京太のバカ、そんなにすぐ死んだりしないですよ……」
苦痛に顔を歪めながら、それでもかおるは笑顔を見せていた。
一瞬にして仮想変身が解けてしまったので、やせ我慢なのだろう。
そこへ遅れて渋沢がやってきて、かおるの傷の具合を診た。
「多少は医療の心得がある。……脇腹から入った弾は運良く内臓へは行っていない。出血はしているけど、ダンジョンでドロップしたポーションを使えば致命傷にはならないはずだ。HPも運良く削りきられていない」
渋沢はポーションを傷口に半分かけて、半分はかおるに飲ませた。
かおるは染みるのかうめき声を出したが、それでも指示通りポーションを飲み干した。
「さて、普通ならこれで平気なんだけどねぇ……。問題はここから。かおるちゃん、自分のステータスを見て、何か異常は出ているかい?」
「アンチチートポイズン……」
「……そうかい、残念だ……」
渋沢はそう言い放った。
その言葉に諦めを感じ、京太は渋沢の襟首を掴んで問い詰めた。
「残念だ、ってどういうことだよ!? それじゃあ、まるで――」
「近くに放棄されたホテルがある。今日はそこに泊まってお別れをするといい」
つまり、かおるは死ぬということである。
そう言い切られ、京太の身体から力が抜けて、渋沢を掴むことすら維持できない。
「京太」
「か、かおる……」
呼ばれて、急いでかおるの近くに向かった。
このタイミングで呼んだということは、何か言い残すようなことがあるのだろうか。
「さっき、桃瀬さんを突き飛ばしましたね……。ちゃんと謝ってください……」
「お前、今そんなこと――」
「今、だからですよ……」
京太は、すっかり意識の外になっていた桃瀬に気が付いた。
そこには絶望に染まりきった、ただの十六歳の少女がペタンと座り込んでいる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……あたしのせいで……みんな死んじゃう……」
虚ろな目で呟き続けるその姿は、以前の彼女からは信じられないくらいだった。
かおるは息も絶え絶えだが強気に、配信者らしく語りかけた。
「桃瀬さんのせいじゃないですよ……。少なくとも私は、自分の撮れ高を狙ってかばっただけだし……」
「う、ウソだ……もうそのときには配信が切れてたし、大事なスマホを投げ捨ててかばってくれたじゃん……」
「いや~……それは~……あはは……。まいりましたね……。格ゲープレイヤーは目が良い……。気まずいので、ほら、あとは京太に任せました。ケガ人に喋らせるな、ですよ。京太」
京太はなんと言葉を発していいのかわからなくなった。
ついさっきまで普通にできていたことが、できなくなってしまう。
そんな馬鹿げた状態だ。
それでも余命幾ばくもないかおるから頼まれたのだ。
出したくもない声を振り絞るように出す。
「さっきは……突き飛ばしてすまない……」
「ううん……あたしは……そうされて当然だから……」
重い空気の中、一行は休憩場所であるホテルまで移動した。
***
進路上に目星が付けられていたホテルは、まだ荒れていない状態でベッドメイクが施されたままだった。
四人はそこの広いスイートルームを使わせてもらい、ベッドにはかおるが寝ていた。
渋沢は外で召喚ユニットを使って見張り、桃瀬は別の部屋にいる。
ここにいるのは京太とかおるだけだ。
たぶん二人が気を遣ってくれたのだろう。
京太は、苦しげに寝ているかおるの手をギュッと握っていた。
「俺は……どうやら思った以上に弱かったようだ……」
妹の死に復讐心を燃やして、無敵のゲームキャラにでもなったつもりだったのだろうか?
本当は違う。
あの弱い自分から何も変わっていない。
ただ、苦しさを復讐心で誤魔化していただけだ。
だから、かおるの死に絶えられずに押し潰されそうになっているのだ。
「京太……」
「ごめん……起こしてしまったか……」
一番苦しいはずのかおるが、それでも笑顔を見せてきた。
対称的に京太は『自分は男の癖に情けない……』と思ってしまう。
「京太は弱くないですよ」
「弱い……弱すぎる……。白虎を圧倒できる力があれば……。それに、あの三人組をすぐに殺すという判断ができれば、こんなことにはならなかったはずだ……」
「最後まで希望を捨てないっていう強い力を持ってるじゃないですか……。だから、ほら。私が奇跡的に突然治るかもしれないし、もっと楽観的にいきましょう……。京太には泣き顔は似合わないですよ……」
「俺は……こんなときに笑うなんて器用なことはできないぞ……」
「そんなものは求めませんよ。もっと普段通りに陰キャっぽく無表情だとか、ムスッと不機嫌だったりとかでいいですよ」
「俺のイメージ、どんなのだよ。……それに逆だろ、俺が慰められてどうするんだよ」
かおるはクスッと笑った。
「私は……お世話系メイド天使の天羽かおるですからね……。ご主人様に楽しんでもらうために一生懸命なんですよ……」
なぜかその一言が辛く感じてしまい、京太は苦しげに目を逸らした。
「俺は……かおるがこんなときに何もしてやれない無力な奴なんだ……! 生まれてきてからずっとダメな奴なんだ……!! 誰一人守れない、何一つ救えない!! すべてが手の平からこぼれ落ちていく!!」
「京太……」
「ちくしょう! 世界は変わっても、結局俺は変われないんだ!! 何がアバターだ!! 何が復讐だ!! ……もう……終わりだろ、こんなの……」
床を力一杯拳で殴る。
やるせない気持ちをぶつけただけの情けない八つ当たりだ。
「あの……」
そこへ桃瀬がオドオドしながら部屋に入ってきた。
持っているのはスマホと、血で汚れた紙束だ。
「一応、原因である〝アンチチートポイズン〟のことを調べてみたんだけど……」
「治す方法がないのに……無意味だろ……」
「う、うん……。でも、天羽さんが調べてほしいって……」
「かおるが……?」
なぜそんな無駄なことを――とかおるを見ると、まだ希望を捨てていない配信者の表情になっていた。
「腰抜けバカ京太は放っておいて……桃瀬さん、続けてください」
「こ、腰抜けバカだと……」
「うん。このアンチチートポイズンは〝グリムロック〟というゲームに出てきていて、『チートを感知すると発動して、宿主のHPの最大値を徐々に減らして永久に0にする』というシステムだったみたい」
「あちゃ~……。それが私に感染って、HPが0になる時間が来たら死亡というわけですね」
「で、唯一の解除方法は――」
解除方法と聞いた京太は、俯いていた顔をバッと上げた。
桃瀬の肩を掴み、眼球同士がくっつきそうなくらいに顔を近づけた。
「あるのかッ!? 解除方法が!?」
「い、痛いよ……京君……」
「す、すまん……」
どうやら興奮しすぎて、掴む力が強すぎたようだ。
「うわ、女の子に痛いことをするなんて京太サイテー……」
「死にそうなお前が茶化すな。それで、続きを頼む……! あるんだろ、希望が……!」
「そ、それが……あるにはあるんだけど……」
言い淀む桃瀬に、京太は少しだけ嫌な予感と、何かそれでもいけるような二律背反の気持ちがわき上がってきた。
「実際のゲームではチートの誤検知が多くて、GMに特別なアイテムを出してもらって、解除してもらうケースが多かったみたい」
GMとは、ゲームにおける管理者のようなものである。
正確には、企業が運営するゲームなら、その企業の代理でシステムを行使する存在――簡単にいうと公式チートを使う特別な社員やバイトだ。
「それなら、そのGMアバターを使える人間がいれば……」
「残念ながら、そのGMはアバターじゃなくて、モンスターに設定されていたみたい……」
「……モンスター?」
「うん。それっぽい外見のモンスターを、運営側の人間が操ってGMにしてたみたい。それで、現在もグリムロックGM型のモンスターは発見されていなくて……。ごめんなさい……。やっぱりあたしなんかじゃ役に立たなかったよね……」
肩を落としてしまう桃瀬。
それとは反対に――
「ククク……。モンスターだとよ……」
「あははは! モンスターなんですか!」
なぜか笑う京太とかおる。
「え、なに? どうしたの二人とも……?」
「おっと、すまん。桃瀬から見たら、絶望で頭がおかしくなって笑っているように見えてしまうな!」
「んーふふ、GMアバターは撮れ高大きそうですね~。早くもこんてんしたい気持ちが溢れてきましたよ!」
「バカ、今回は寝てろ。足手まといだ」
「病人に向かって足手まといとか、ひっどいですねぇ! でも、まぁ、これくらいの方が京太らしくてやりやすいですけど」
二人のやり取りに付いていけない桃瀬は、頭にクエスチョンマークを浮かべている。
「え、えーっと……?」
「桃瀬、二人で行きたい場所がある」
「え? え?」
「桃瀬さん、京太とデートいってらですよ~」
「えぇー!?」