襲来
バトロワアバターの初期装備らしきナイフが、京太の眼前に迫る。
初めての対人、初めての殺意。
普通なら身がすくんで動けなくなるのだろう。
しかし、肌にピリピリと感じる何かはWROでの対人と一緒らしく、身体が勝手に反応する。
「背徳モード……! スキル【神一重】!」
京太は本能に任せるようにナイフをギリギリで回避して、そのまま大剣によるカウンタースキル【天撃】を放とうとする。
「天げ――」
「京君、お願い! クラスのみんなを殺さないで!!」
「くっ!!」
そこで京太は我に返って手を止める。
(今、俺は流れ作業で人の頭を斬り飛ばそうとしていたのか!?)
アバターと心まで一体化した自分にゾッとする。
チートアバターと化した三人組から、後ろへ跳んで距離を取った。
「さて、どうするかい。京太くん……」
そこには同じく攻めあぐねて、大盾持ちを召喚して防戦一方になっている渋沢がいた。
「どうするもこうするも……」
「いやぁ、なかなかにまずいねぇ……!」
バトロワアバターたちは銃を取りだして乱射してきている。
二人は大盾持ちの後ろに隠れているが、その表情は明るくない。
「僕のユニット召喚を使えば耐えることはできるんだけどねぇ……」
「問題はそこからだな……。あいつらを拘束する場合、その間に他の二人からの攻撃が飛んでくる。念のために一発も食らわないという条件と合わせると厳しそうだ」
これが殺して良いモンスター相手なら、相手を一人ずつ瞬殺して戦力を削ることができるのだが、それは二人とも口に出さない。
そんなことを言うと配信で炎上するし、何より戦闘中に口に出した瞬間、仲間殺しを選択肢に入れる事になるからだ。
メンタル的なものが深く突き刺さるだろう。
「ギヒィイイイイイイイヤ!!」
銃声響く中、人外の雄叫びをあげるバトロワアバターが横から突撃してきた。
銃を大盾で防がれているので、回り込んできて崩そうというのだろう。
京太は迫り来るナイフを躱そうと思ったが、近くに渋沢がいるので大剣で受け止めることにした。
SF世界のナイフは高速振動していて、大剣と接触して火花を散らす。
「日部伯太……という名前だったか……!」
「シネェエエエエ!!」
交差する刃物、その横から不意に見えた顔。
年相応の少年の表情は消え去り、まるで飢えた獣のようだった。
誰かを殺す以外の意思を感じられない。
「くそっ!! 何か手段はないのか!? ゲームだったらあるだろ! 呼びかければ正気に戻るとか、操っているパーツを壊せば解放されるとか……!!」
「無駄だよ、京太くん。このネットが発達した現在、すでに世界中で試されているんだ……」
「ちくしょう!」
京太は珍しく感情的に怒りを見せてしまう。
冷たい言い方だが、知らない人間相手だったのなら戸惑いながらも殺していたかもしれない。
しかし、この敵は名前も顔も知っていて、桃瀬のクラスメイトなのだ。
(あいつの目の前で殺せってのか……!?)
どうしても逡巡してしまう。
ゲームのアバターだが、ゲームのように命を奪えない。
目の前にいるのは本物の人間なのだ。
「京太くん、ここは多少危険でも拘束して――」
瞬間。
渋沢がそう言いかけたタイミングで、真横のビルが吹き飛んだ。
轟音、視界を覆う砂ぼこり、巨大な四足歩行シルエット。
あまりのスケールの大きさに全員が把握できなかったのだが、そこから現れた白い獣を見て身の毛がよだつ。
「こりゃやべぇや!!」
「離脱!!」
とっさの判断――とも言えないくらいの直感で京太と渋沢は大きく後ろへ回避した。
その瞬間、日部伯太の上半身が消えた。
飛び散る血液と臓物。
クラスメイトの悲惨な死に桃瀬が絶望の声を上げる。
「い、いやああああああ!!」
やや遅れて全員が状況を把握する。
巨大な白い獣が目にも止まらぬ早さで突進してきて、その鋭い牙を日部伯太に突き立てていたのだ。
人間の脆弱な身体は脆すぎて、耐えることなどできない。
残った下半身だけが膝を突いて倒れた。
「おいおい、ボスの白虎様がなんでこんなところまで出張っちゃってるの……」
「WROには、チートを検知すると問答無用でモンスターが襲ってくるシステムを入れていた時期がある……」
「つまり、チートに引き寄せられたってことかい」
残りのチートアバターは白虎を敵として認識したのか、そちらに向かって銃撃をし始めた。
しかし、大戸栄美はチートスキル【オートエイム】によって素早い白虎に的確に当てるも、その攻撃は硬い防御をやぶることができない。
「グルォウ!」
白虎の牙によって下半身が噛み砕かれ、引き千切られ、少女の上半身だけが野ざらしにされた。
「栄美ちゃんが!! 栄美ちゃんが!!」
混乱する戦場に桃瀬の悲痛な叫びが響いた。
残った最後の一人である亜門知井田は、チートスキル【無限弾】を使ってひたすらに乱射をしていた。
それは精度が悪く、白虎以外に向かってもまき散らされるトリガーハッピー状態だ。
だが、そんな抵抗も虚しく丸呑みにされてしまった。
「ゲプッ」
白虎は満足げにゲップをしたあと、猛禽類特有のしなやかさを見せて、ビルの壁を蹴りながらヒラリと去って行った。
残された京太、渋沢、かおる、桃瀬。
「チートアバターだけを殺しにやってきて、俺たちは歯牙にもかけない……ということか……」
「そうみたいだねぇ……」
前線の京太と渋沢は、ゆっくりと息を吐き出して緊張の糸が切れていくのを感じた。
下手をすればここで全員死んでいたかもしれない。
京太としてはドッと疲れが出てきたので、後方にいるかおると桃瀬と合流してどこかで休息を取りたい。
「何があるかわからない。二人とも、ここから離れ――」
二人の方を振り返ると、そこには脇腹から血を流して倒れているかおると、それを見て立ち尽くしている桃瀬がいた。
「あ、天羽さんがあたしをかばって……銃弾を……」
頭が真っ白になった京太は、桃瀬を突き飛ばしながらかおるに駆け寄った。