四角江町、解放作戦
公園の中に貼られた一際大きなテント。
そこへ冒険者ギルドの主要人物と、京太とかおるが集まっていた。
「紹介しよう、今日は心強い仲間が加わってくれた! 八王子京太クンと、田中薫子クンだ!」
「房州春彦さん……あの……」
「〝房州〟や〝春彦〟と呼び捨てで結構だ! そちらの方が配信するときにテンポがいいだろう! 親しみも感じられる!」
そう房州に言われて、かおるは若干気圧されながらも抗議の続きをした。
「では房州さん。どこで知ったのかはわかりませんが、私の本名は出さないで頂けますか?」
「ああ、すまない! ここにいる正義の四天王は他言しないように!」
房州は正義の四天王へ目配せをした。
それを受けて渋沢は溜め息を吐く。
「いんや~……、房州さんは天然だからねぇ……」
その横にいたFPSアバターの軍服男装女性、銃子はゲラゲラ笑った。
「すべてにおいて悪気のない正義の人なんやけど、それが万人に受け入れられるかは別やなぁ」
椅子に座っているパズルゲームアバターの小さな栗鼠は、マイペースに肩をすくめる。
「まぁ、そうやってどっちに転ぶかわからないのも楽しいんじゃないの。最後までわからないパズルの大連鎖みたいにさ」
仁王立ちしている勇者アバターの雷田はウンウンと頷く。
「オレ! 人々のための正義ならなんだっていいぜ! 勇者だからな!」
これで正義の四天王全員が喋ったことになるのだが、京太は思った。
やたら濃いメンツだな、と。
「まぁ、VTuberにとっちゃ本名は他言無用やろ」
「もちろん秘密にするよ」
「ああ! すでに忘れたぜ!」
「さすがにそれは早すぎるでしょ、雷田さん……。とまぁ、安心してよ。京太くん、かおるちゃん」
渋沢がそうまとめに入ったので、二人は納得するしかなかった。
完全に場に呑まれたような気分になっている中、房州がコホンと咳払いをした。
「では、京太クンとかおるクンは、渋沢クンと一緒にボスの白虎へ向かってもらおう」
「……ん?」
いきなり渋沢と一緒にボスへ向かう都合になっていた。
京太としては初耳で驚いてしまう。
「渋沢クン、まだ説明をしていなかったのか?」
「いや~、すんません。人柄を見てからの方がいいかなと思っちゃって」
「それで、彼らの人柄はどうだ?」
「房州さんに似て正義の人ですねぇ~。もしかして、きょうだいですかい?」
「はっはっは」
完全に置いてけぼりを食らっているので、そろそろ事情を聞くことにした。
「きちんと説明をしてくれ、渋沢」
「あ~、うん。実はね――」
***
京太を四角江町に呼んだ本当の理由。
それは町を支配しているボスモンスターを倒すためだったのだ。
このボスモンスターはWROのボスであり、京太の意見を聞きたいというのもあったという。
それとこのボスモンスターは特殊な性質を持っているため、それなりの人数が必要だった。
「この四角江町を支配するボスは〝四聖獣〟と〝麒麟〟か……」
すでにボスモンスターの一体である白虎へ向かう〝渋沢隊〟として、京太とかおるは廃墟となった町の中を歩いていた。
他の部隊メンバーは、渋沢と数人のアバターたちだ。
「四聖獣? 麒麟? なんです、それ?」
「かおるに説明しておくと、四聖獣というのは有名な青龍、白虎、朱雀、玄武だ。ゲームでは東西南北に配置されていて、それらをほぼ同時に倒すと中央に麒麟がラスボスとして出現する仕様になっている」
「えーっと、つまり?」
「正義の四天王率いる部隊が一匹ずつ四聖獣を相手にして、最後に房州が麒麟を倒して四角江町を解放するって話だな」
「なるほ……ど?」
こんな感じのゲームシステムは割とあるタイプだが、実際にやってみたことがないかおるにとっては把握しにくいのだろう。
理解したようなフリをしつつ、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「ダイジョーブ、あたしたちは白虎を倒すことに集中するだけでいいんだから!」
突然、ピンク色をした格闘ゲームアバターらしき少女が話しかけてきた。
渋沢が連れて来た冒険者ギルドのメンバーだろう。
「そうですね、今は目の前のことに集中するのが良さそうです。えーっと……貴女の名前は――」
「自己紹介がまだだったね! あたしはピンキー! 格闘ゲームアバターを身に纏い、パンチやキックで目の前の敵を薙ぎ倒しちゃう冒険者ギルドのメンバー!」
ピンキーと名乗った兎少女のアバター――長いツインテールも、大きくて愛らしい瞳も、大きく生えている兎の耳と尻尾もピンクだ。
ボディスーツの上に胴着のような物を羽織っていて、大きなグローブは肉球っぽくなっている。
たしか古めの格闘ゲームで見たことがある兎の獣人キャラだ。
その彼女は、体育会系でよく見る腕をクロスさせるポーズを決めながら――
「押忍!」
と気合いを入れていた。
さすがに気圧されているかおるも、初対面なので自己紹介をしようとした。
「お、押忍……? 私の名前は――」
「天羽かおる、だよね! インターネットに疎いあたしでも知ってる、有名人だもん!」
「そうか。じゃあ、俺も自己紹介する必要はないな」
陰キャの京太は苦手なノリだったので、そうぶっきらぼうに言い放つ。
しかし、逆にピンキーは嬉しそうな表情で顔を寄せてきた。
女慣れ――もとい人慣れすらしていない京太は一瞬フリーズしてしまう。
フワッと漂ってくる桃の香り、それはどこかで嗅いだことがある気がした。
「うん、自己紹介する必要はないよね。京君とは幼なじみだもん!」
「「……え?」」
京太とかおるの声が重なった。
京太としては面識がないし、かおるとしては言葉にできない複雑なモノがあった。
「あたしだよ、あたし。桃瀬沙保里!」
ピンキーは仮想変身を解除して、ショートカットの明るい髪色をした学生服姿へ戻った。
「桃瀬沙保里……!? あの道場の娘だけど弱っちい桃瀬か!」
「京太、幼なじみなんていたんだ……」
「かおる、お前は俺のことをなんだと思っているんだ……。幼なじみくらいいてもいいだろ」
「ふーん……『京君』……ねぇ……」
「京君、小学生ぶりだね!」
久しぶりに会った桃瀬は成長していて、ぱっと見ではわからないくらいだ。
京太はあまりこういうことは思わない性格なのだが、彼女に関しては懐かしさと嬉しさを感じてしまう。
まだ真っ当に生きていた頃の知り合いだからだろうか。
「ああ、久しぶりだな。たしか四角江町に引っ越したんだっけ。元気にしてたか? ……とは聞きにくい状況だな」
「アハハ、だいじょうぶ。家族はちゃんと避難してるから! 京君は――っと……つもる話はあるけど」
「コイツらを倒してからだな」
桃瀬はピンキーへと仮想変身して、格闘ゲームアバターらしい躍動感ある構えを取った。
その視線は、目の前に出現していた大型のホブゴブリンへ向けられている。
京太も大剣を構え、二人は同時に飛びかかる。
「さすが幼なじみ……息がピッタリですね……」
かおるがそう呟いてしまうのも無理はない。
ピンキーが弱攻撃のようなモーションでコンボを決めつつ、それで怯んだ隙に京太が大きな一撃を入れて、さらにピンキーが溜めワザ――
「へっへ~ん! ザコ敵なんて瞬殺だよ! 〝ピンキートルネードキック〟!」
丸太のように鍛えられた太股から繰り出される、空中連続蹴りの必殺技を放っていたのだ。
この強力な攻撃を、格闘ゲーム特有の〝ガード〟というシステムが無い相手が受ければひとたまりもないだろう。
ホブゴブリンは派手に吹き飛ばされて、壁に激突していた。
「対ありでした! ねぇねぇ、つよつよなあたしたちに対して一人でやってくる雑魚ってどんな気持ち? 雑魚ゴブリンって辛いよね~! 力が弱いだけじゃなくて、頭も弱い下等生物だなんて可哀想! もしかして、壁を舐めるのがそんなに好きなんでちゅか~!? 壁はアナタのママじゃないでちゅよ~!?」
「お、おい桃瀬……お前煽りすぎじゃ……。格ゲーのドブ底のような黒い面に染まりすぎだろ……」
「えっ!? これでもお上品にしたつもりだったのに~! 対戦相手を倒すと脳汁がドバーって出ちゃう! このために生きてるよね! 人間って!」
桃瀬は格闘ゲーマー特有の邪悪さで、晴れやかな笑みを浮かべながら、京太の背中をパシパシと叩く。
その光景はコントのように見えるが、実際の戦闘でのコンビネーションを周囲に見せつけることになった。
二人は事前の打ち合わせ無しで、互いが互いならそうするだろうなというアイコンタクトだけで連携をしていたのだ。
こうして一瞬でホブゴブリンは倒され、他のメンバーは演武のような戦闘に拍手を送った。