リアル冒険者ギルド
京太とかおるは、隣の県にある四角江町までやってきた。
大都会ではないが、そこまで田舎でもないという標準的な街だ。
平時なら働く人々や、通学する子供たちがいたのだろう。
しかし、現在は建物が破壊されて剥き出しのコンクリートが見える。
まるでゲーム世界の廃墟のようだ。
その中心には原形を留めた大きな公園があって、アバターたち――冒険者ギルドを名乗る集団が駐在していた。
それなりにキャンプを続けているような生活感があるので、今来たばかりという感じではないようだ。
「いや~、お二人とも遠路はるばるご苦労様~」
「私たち、そこまで遠くからやってきたわけじゃないですけどね」
「あはは……。なんか、かおるちゃん機嫌悪い? あ、どもども、渋沢玄司でっす」
公園の入り口で出迎えてくれた困り顔の男――それは情報提供者の渋沢だった。
チャットでの軽い口調から若い男だと勘違いしていたのだが、現実の彼は四十歳くらいの中年男性に見える。
年齢不相応な栗色のロン毛、身長は170より少し上だろうか。
飄々とした口調はリアルでもそのままだが、細身の身体はシャツの上からでも分かるくらい鍛えられていて、不思議と口だけではない芯のある男に見えてしまう。
「こんにちは、八王子京太です。渋沢さんはもっと若いかと思っていました」
「いんや~、若く見られるのは嬉しいねぇ。おじさん、実は妻子持ちでキミくらいの年頃の娘がいるくらいなんだよ。……離婚して親権取られちゃったけど……あははぁ……。あ、これ妻と娘の写真、見る? 美人でしょ~」
渋沢は財布から写真を取り出して見せてきた。
綺麗な女性二人が写っていて、母親の方が麻衣で、娘の方が八角と名前が書かれている。
「いえ、写真は結構です」
「そっか~、娘と近い年頃だから友達になれると思ったんだけどな~」
渋沢は残念そうに写真をしまった。
「……あ、そういえば京太くんは仮想変身を解いても外見はそんなに変わらないんだね。ボクと同じだぁ」
「渋沢さんは戦略シミュレーション系アバター……でしたっけ」
「うん、そうだよ~。それと基本的にここではため口でいいよ。礼儀正しくしすぎても配信活動のキャラがブレちゃうでしょ。ここにいる奴らはそういう理解してるからダイジョーブイ!」
渋沢は楽しそうにピースサインでブイを出してきた。
京太としてはどっちでもいいのだが、郷に入れば郷に従う。
「了解した。渋沢さん、色々と聞きたいことがある」
「いや~、そりゃあるよね~……。だけど、ちょっとワイバーンがやってきちゃったようだ。リアルでも話してる最中に、こうしてワイバーンのジャマが入るとかゲームっぽいよねぇ」
ユルい笑みを浮かべた渋沢がそう言うと、遅れて外からアバターがやってきて『敵襲ー!』『ワイバーンだ!』と大きな声で叫んでいた。
「モンスター……俺もアバターになって戦――」
「いや~、大丈夫。今は、ちょっとだけここで見学していてもらえるかなぁ?」
「見ているだけ……か……」
京太としては自分以外のアバターの戦いを生で集中して見られるのはありがたいのだが、何かお客様扱いされているようで良い気分ではない。
かおるも同じ気持ちだったのか、一歩前へ出てきて抗議をする。
「ここまで呼んでおいて、ただ見ておけってどういうことなんですか!?」
「あ、もちろんかおるちゃんは配信をしてていいよ」
「え、マジですか!? てっきり、配信禁止かと思ってました! ありがとうございます! 見学ということはガッツリ撮ることができますね!」
どうやらかおるが不機嫌だったのは、撮影禁止だと思っていたからだったようだ。
配信できるとなると、水を得た魚のようになるのは配信者の性なのだろう。
あまりの変わり身の早さに京太は少し頭をかかえてしまう。
「なぁに、口で説明するより実際に見てもらった方が早いから、俯瞰の位置で見られる客席を用意しただけだよ。前線の一人称視点より、遠くからの俯瞰視点の方がわかりやすいでしょ」
「戦略シミュレーションアバター持ちっぽい発言だな」
「あはは! 京太くんはゲーマーだなぁ! んじゃ、行ってきますよっと。二人とも、ボクの格好良いところを撮ってね~」
「はーい、撮れ高お願いします! PONでもいいですよ!」
かおるが言ったPONとは、ポンコツの略である。
配信での撮れ高はスーパープレイだけではなく、PONをしてもリスナーたちは楽しめるのだ。
ただし、今回は危険なモンスターとの戦いだ。
笑えないミスだった場合はドン引きだろう。
そんなことを知ってか知らずか、去り際の渋沢は笑顔で一枚の畳まれた紙を手渡してきた。
その内容は――
「何だこれ、五人分のプロフィールか……?」
「これは……。なるほどなるほど、わかりましたよ。ちょっとお借りします」
「あ、ああ」
何かを理解したらしいかおるに紙をひったくられ、京太は観戦できそうな高い遊具の上に移動した。
かおるも遅れて付いてきたので、上から手を貸してやった。
「おっ、意外と紳士ですねぇ」
「うっせ」
思春期男子特有の照れだが、特に誰も得をしないので嫌悪感混じりになってしまう。
かおるの態度はデカいが、握ったその手は小さかった。
グイッと引き上げると想像以上に軽くて驚いてしまう。
(そういえばコイツ、配信の時は大人の格好だけど、中身はただの十四歳の女子なんだよなぁ……)
不思議と湧き上がってきたのは哀れみのような感情だった。
それはかおるの狂った生き様や、この壊れた世界と照らし合わせてしまうからだろうか。
「どうしたんですか、京太。いつになく辛気くさい顔をしていますよ?」
「何でもない」
「よし、それじゃあゲリラ配信を開始しましょうか! 京太はオモシロ解説をお願いしますね。よっしゃ! 撮れ高とったるどー!!」
「……お前のことを色々と考えて損した気分だ」
京太は深いため息を吐いた。
「合図で枠を開けますね! ミュート解除もするので一緒に仮想変身して準備してください!」
「わかった」
「3……2……1……」
それを見計らったかのように、周囲四箇所で戦闘が開始された。