第1-9話 後処理
模擬戦に決着がつき、レギアスが勝利を収めた。
目の前の相手からの敗北を受け入れた彼は載せていた足を剣から退ける。それを見届けたアルキュスは剣を持ち上げ鞘にそれを収めるとスタスタとその場から歩き去った。
「アルキュス、ちょっと待ちなさい!」
その姿を黙って見送った周りの人間たちだったが、そうはいかないのがゾルダーグである。模擬戦にもかかわらず、レギアスのことを殺すなどと口走り実際に行動に移そうとした彼女を集会場の長として、それ以上に父親として見逃すわけにはいかない。彼女の背中を追いかけてその場を立ち去った。
一方、勝利を収めたレギアスは取り巻きたちに取り囲まれながら称賛の声を浴びていた。金を取るだけの価値のあるハイレベルな戦い、その一端ではあるがを目の前で見ることが出来たのだから。彼らにとって一生の宝となっただろう。
しかし、レギアスはそんな彼らの歓声を鬱陶しいと思っていた。強引に力づくで囲みから抜け出すと集会場の出口に向かって歩いて行ってしまう。そのままの足取りで扉に手を掛け夕焼けの中に姿を消してしまった。
レギアスは考える。ゾルダーグはアルキュスを追いかけて行ってしまった。つまり自分が後回しにされてしまったということであり、ということはもう今日中に冒険者として登録することは不可能。なら明日の朝一にやってきてゆっくりと登録したほうが時間の有効活用である。
明日に備え身体を休めるため、町中を散策し人気のない場所を探して回る。宿のために金を消費するのはもったいない。人気のないところで適当に身体を休めようと思い、そのような行動に至った。幸い彼に寝るときに必要なものはない。ベッドや毛布、静かな環境すら必要ないのだから。
しばらく探し回ってようやく人通りの少ない静かな場所を見つけた彼は身体の疲れを癒すため、地面に座り込み心を静かに落ち着かせた。一日眠らずに走り続けさらに模擬戦で激しい動きをした彼の身体にはさすがに疲れが溜まっている。心の揺らぎはすぐに落ち着いていき、安らかさに包まれていく。
あと少しで眠りに落ちるだろう。そう確信し、意識が身体の奥底まで沈もうとしレギアスもそれに身を任せようとしたその時。彼の耳にどうしようもなく聞き覚えのある、不愉快な声が響き渡る。
「ねえ、あなたまさかこんなところで寝るつもりなの!?」
ここ最近で一番聞いた、神経を逆撫でするキンキンとした声にレギアスは沈みかけた意識を浮上させると声の主を睨みつけた。
「……何しに来やがった」
「随分な物言いね。わざわざ伝言を伝えに来てあげたっていうのに」
腰に手を当てながら彼のことを見下ろしているマリア。しかし、彼女の伝言の内容などレギアスには大体予想付いているレギアスは彼女の言葉を遮りながら口を開く。
「どうせ登録は明日になるとかそんなところだろ。俺はもう寝るつもりなんだ。そうだったらだったらとっととどっかに行っちまえ」
「そういうわけにはいかないわよ。そんなところで寝たら風邪ひくし疲れも取れないじゃない」
シッシと手を振り、彼女を追い払おうとするレギアスだったがマリアは当然反発する。
「お金はあるんでしょ? だったらちゃんとした宿をとってベットで寝たらいいじゃない」
「寝るだけの場所になんか金掛けられるか、ブルジョワが。やかましいからとっととどっかに行っちまえ。俺は寝るんだよ」
改めてマリアを追っ払おうとするレギアス。彼女の言葉を無視して眠ってしまおうと彼女から視線を外し目を瞑る。
だが、彼のそんな態度にマリアはむっとした表情を浮かべる。寝ようとしている彼に歩み寄ると腰に当てていた手を伸ばして彼の手を掴み、無理やり引き上げ同時に叩き起こす。
「何すんだ」
「何すんだ、じゃないわよ。宿を知らないってだけなら私が教えてあげるから行くわよ」
そのまま彼の手を引いて歩き始めるマリア。宿など取るつもりもないレギアスは抵抗しても構わなかったが、それをすると彼女の怒りのボルテージが上がって面倒なことになるのは目に見えている。今は彼女の流れに身を任せてどうかすることにした。
しばらく歩いて一軒の宿に案内される。
「ここはダメだ。人通りが多すぎる。静かに眠れん」
「あんたはなんで外で寝ることを想定してるのよ。中で寝るに決まってるでしょ。そこそこきれいで値段が安い。安心して寝るんだったらここでいいでしょう」
頓珍漢なことを抜かすレギアスに呆れ声を漏らしたマリアは、彼女はそのままレギアスを伴って中に入っていく。中に入ってすぐに店主の男の声が響く。
「いらっしゃい。うちは一泊銀貨二十枚だよ」
「二人ね。部屋は別でお願い。支払いは私がするわ」
そういうと彼女はカウンターに銀貨四十枚を置く。
「おい、お前の施しなんぞ俺は受けんぞ。ただでさえ無理やり連れてこられてるんだ」
しかし、彼女からの施しなど受けるつもりのないレギアスは当然それに意を唱える。
「うっさいわね。礼なんていらないし、どうせそう言うと思って施してるつもりなんかこれっぽっちもないわよ。私がしたいから勝手にしてるだけなんだから。店主、とっとと受け取っちゃってちょうだい」
しかし、マリアは彼に対して強く反論すると店主に半ば命令に近い指示を出す。戸惑いながらも店主はカウンターに置かれた銀貨を受け取ると続いて声を上げる。
「な、なんのこっちゃわからんが確かに受け取った。それじゃあちょっと待っててくれ。部屋で使う用のランプなんかを持ってくるからよ」
そういうと店主は店の奥に姿を消す。いまいち納得できず、不満げに眉に皺を作っていたレギアスだったが、今回は彼女の顔を立てることということで無理やり自分を納得させた。
しばらくして戻ってきた店主の手にはランプや水差しの入った小箱が二つ持たれていた。彼の持っているものからレギアスはこの宿屋がそれなりの位の宿であることを理解する。
「あんたらの部屋は二階の角部屋とその隣だ。鍵を、って……」
店主の言い方に違和感を覚えたレギアスが彼の視線の先に目を向けるとそこには壁に背を付けて座り込んで眠っているマリアがいた。
だが、それも妥当といえば妥当である。彼女はあれからレギアスについて一日中走り続け、町に入ってからもレギアスについて回っていたのだ。常人であれば途中で倒れてもおかしくないほどの運動量である。特別鍛えているわけでもない彼女がこうなるのも不思議なことじゃない。
「起きろ、おい」
寝息を立てているマリアを肩を揺らして起こそうとするレギアス。しかし、うんともすんとも言わず、静かに眠り続けている。風邪を引くなどと言ってここに連れてきた本人がベットで寝られないのでは本末転倒だ、などと彼が思っていると店主から声が上がる。
「よっぽど疲れてたみたいだな。兄さん、その子を部屋まで連れてってやれ」
「なんで俺がそんなことを」
「なんでってそりゃ。その娘、仲間じゃないのか?」
「仲間じゃねえ。ただ意味不明な理由でついて来てるだけのやつだ」
「だとしても運んでやるのが人情ってもんだぜ。仲間じゃなくても何かの縁だと思って人に恩を売っておくのもいいと思うぜ」
店主の言葉にレギアスはマリアに視線を落とした。しばらく見つめていた彼は鼻から大きく息を吐きだすと、しゃがみこんで彼女を担ぎ上げる。そして店主から鍵と小箱を受け取ると自分たちの部屋に向かって歩き始めるのだった。
階段を上がって少し廊下を歩いた彼は角部屋に辿り着く。小箱とマリアを抱えたまま、器用に鍵で部屋を開けたレギアスは小箱と鍵を置くとマリアを下ろすと彼女の首根っこを掴む。そしてそのまま彼女をベットに投げつけた。
ベッドに投げつけられた彼女は脱力した状態でそのままベッドに着地する。がそれで投げられた勢いが完全に死ぬわけもない。慣性でベットでバウンドした彼女はゴンと鈍い音を立てながら壁に頭を打った。それでも起きないあたり、気丈にふるまいながらも彼をここまで連れてきた時点で限界を超えていたのだろう。
だが、レギアスは頭を打った彼女に注意を向けることすらなくそのまま部屋を後にすると今度は自分の部屋に入る。そして扉からは死角になる位置に座り込むと眠ろうと目をつぶった。
しばらくそのままの体勢で静かにしていた彼であったが、いきなり目を開けるとベットに視線を向けた。そのままかなりの時間考え込んだ素振りを見せていた彼であったが、意を決したように立ち上がるとベットに移動する。そのまま恐る恐るといった様子でベットに座ると、ゆっくりと身体を倒しベットに寝転がる。
その後、彼が眠りについたのはわずか一分後のことであった。
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