第1-6話 闘技場の英雄
「闘技場の英雄ってあの十五年間、三千戦全勝の最強の男か!?」
「だからやめとけって言ったんだよ! そんな男じゃお前殺されてもおかしくないぞ!」
「どおりで見覚えがあると思ったんだよ! てかそんな奴がなんでこんなところにいるんだよ!」
口々に彼について声を上げる冒険者たち。そんな中、彼のことを対応した受付嬢がギルド長に声をかける。
「あの……、この方ってそんなに有名な方なんでしょうか?」
「え? ああそうか、君はまだ若いものな。良いか、彼はジコルで行われている興行、闘技大会で前人未到の十五年無敗を貫いた伝説の存在だ!」
興奮した様子で語るギルド長に、なんとなく彼の凄さを認識した受付嬢。それを実現するのがどれほど大変な事かは正直いまいちピンとこなかったが、すごいということは理解した。
興奮した様子のギルド長はハッと何かを思い出したような素振りを見せると再びレギアスに問いを投げる。
「ということは、印を……」
「ああ、これの事か」
ギルド長の問いかけの意図を察したレギアスは右手にはめていた手袋を取り去る。するとそこには剣と広げられた片翼をかたどったような印が刻み込まれていた。
「勇者印!? あんた何で隠してたの!?」
それが何かを瞬時に理解したマリアが声を張り上げ、ギルド長は興奮のあまり足取りが覚束なくなっている。周りの冒険者たちのざわめきもピークに達し、騒がしさがさらに増す。
――勇者印。それは世界を支配しようとする魔王を倒すべき存在として生まれ落ちたものにのみ発現する印とされており、それを持つ者は極めて優れた何かしらの能力を保持しているとされており、国はこれを持つ人材の確保に躍起になっている――
もはや興奮のるつぼと化した集会場。しかし、その中で一人冷静さを保っていたレギアスは次第に苛立ちを覚え始めていた。いつになったら話が進む。その疑問を抱える彼は目を細め、キラリと光らせながらギルド長に問いかけた。
「一体いつになったら話が進むんだ? 称賛の声なんて聞き飽きてるぞ?」
「あっ、申し訳ございません。今一度検討いたしますので少々お待ちください!」
そう言うとギルド長は受付の奥に引っ込んで行ってしまう。残されてしまったレギアスはしばらく時間がかかるだろうと予測し、先に食事を終えるため集会場を出た。
「ちょっとレギアス! あんたなんでそんな重大なこと秘密にしてるのよ!」
彼の後に続いて集会場を離れたマリアが声を荒げる。そんな彼女に対してレギアスはいつものように対応する。
「なんでお前に教えなければならんのだ。それに気安く名前で呼ぶな。苛立ちが抑えられんくなる」
レギアスはさらに言葉を続ける。
「それにお前は俺に秘密を問えるような立場なのか? お前も何か隠しているだろ。それを明らかにせんことにはこっちが秘密を明かす義理などない」
「グッ……」
レギアスの指摘に言葉を詰まらせるマリア。彼女とギルド長との会話から彼女が何かを隠さなければならない立場にあることはレギアスもはっきりと理解している。図星を受けたマリアは先ほどまでの騒がしさはどこへやら言葉を詰まらせ弁明しようと思考を働かせる。
そんな彼女を他所にレギアスは昼食のために歩き始める。それ以上の追及もなく歩き始めた彼に対して拍子抜けしたマリアは戸惑いながら彼の後を追っていく。
「ちょ、ちょっと。それ以上追及しないの?」
「貴様の秘密なんぞどうでもいいわ。それに秘密を知ったところでお前のやかましさが変わるわけでもないだろ」
彼女の問いかけに淡白に答えたレギアスは歩みを続ける。彼の答えに一瞬ポカンとした表情を浮かべた彼女だったが、すぐに復活すると彼の後をついて歩き始める。その表情はどこかすっきりとしており、憑き物が落ちたかのようであった。
昼食を取り終えて集会場に戻って来たレギアスを出迎えたのはギルド長であった。彼は集会場に入ってきたレギアスを真っ先に出迎える。
「お待ちしておりましたレギアス様。お話がありますのでどうぞこちらに」
彼の案内に従って集会場の奥に歩みを進める(当然ながらマリアは留守番である)。少し歩いて辿りついた扉の奥の部屋に足を踏み入れた彼はその奥の椅子に案内されて腰かけた。その対面にギルド長も座りお互い向かい合って話を始める準備が整う。
「改めまして、このハイルデインの集会場の長を務めております。ゾルダーク・ネロンと申します。以後お見知りおきを」
「自己紹介はいい。とっとと話を進めろ」
「かしこまりました。では本題に入らせていただきます。あなた様を冒険者として登録するか、改めて再考いたしましたところ……、簡潔に申し上げさせていただきます。力を見せていただきたい」
「力か。この集会場でもぶち壊せばいいのか?」
「それは困ります!」
本当にできてしまいそうでという枕言葉をゾルダーグは飲み込みながら、一度小さく咳ばらいをした。彼は詳しく言葉の意図を説明する。
「貴方様が闘技場で華々しい成績を収めていることは重々承知しております。ですが、魔力の無い人間の能力というのは前例がなく未知数であります。冒険者として、強大な敵を相手にして生き残れるかを戦いの中で見定めたいのです」
「なるほど。要は魔力無しでどこまで出来るかを見せろと」
「まあ、言ってしまえばその通りでございます」
ゾルダーグの言葉に納得したレギアス。
「それで? 相手は誰だ? まさかあんたがするわけじゃないだろうな。もう六年近くは戦っていないだろう?」
「……よくお分かりですね。今年で冒険者を引退して七年になります」
戦っていない年数をおおよそ言い当てられて、頭の中でも覗かれたのかとゾルダーグはうすら寒いものを感じた。これが最強の剣闘士か、昔客席側で見た彼の強さを思い出し、その凶悪さを身体を震わせた。
「今回の模擬戦の相手は、この町で上から二番目に相当する階級の冒険者、アルキュス・ネロン」
「ネロン、っていうことは……」
「ええ、私の娘です。そして、あなたと同じ勇者印の持ち主でございます」
その直後、彼らのいる部屋の扉が勢いよく開く。その奥に立っていたのは腰に目に見えてわかるほどの名剣を備え、洗練された立ち振る舞いを見せる少女であった。
「来たよパパ。何か用があるって聞いたんだけど?」
その瞬間、黒髪を靡かせながら声を上げた彼女とレギアスの視線が交錯したのだった。
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