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第63話 雨宮飛鳥 視点3

「……ハッ……!」


 私はどれくらい気絶していただろうか。


 目を覚ますと、煤けた天井が目に入る。

 そこからさらに辺りを見回すと、建物の大体の予想がついた。


 おそらく倉庫か何かだろうか。


 フォークリフト、山積みにされた鉄骨、砂が入っている袋。

 その整備の良さから察するに、人の手が入ってからまだ経っていないはず。


「……そっか。私達は蛇か龍みたいな奴に襲われて……」

 

 ついさっき、そんな怪獣らしき存在に丸呑みされたのを思い出す。

 ソイツがここに私達を置いたのだろうか……そう思った途端、近くにヒメさんが倒れているのを見た。


「ヒメさん!」


 動かなくなっている彼女を揺すると、「うーん……」と声を出した。

 無事だと分かって安堵するが、今度は騒がしい声が窓の奥から聞こえてくる。


 立ち上がって確認してみると、我が目を疑ってしまった。


「た、助け……ギャアアアアアア!!」


「グアアアアアアアアアアアア!!」


「アガア!! ググゲエエ!! グエエアアアア!!」


 逃げ惑う作業服の男達。

 そんな彼らを追い回すミルメコレオの大群。


 ミルメコレオに捕らわれた人は鋭い顎で斬り裂かれたり、果ては足から血しぶきを上げながら喰われている。

 中には玩具のように振り回されつつ、壁に叩き付けられる人も。


 地獄絵図。

 どれもこれも人の死に方じゃない……酷すぎる。


 私はそんな残酷な光景に、胃の中身を吐き出しそうになってしまった。


「……ここは、どこかの工場なんだ……」


 吐いている場合じゃない。


 今いる倉庫が3階ほどにあるからか、外の全体を見渡す事が出来る。

 煙突に巨大タンク、多数のトラック……ここはかなり広大な工場で間違いない。


 すぐにスマホを取り出して、大都さんに連絡しようとした。

 マップ機能も使えば場所も特定できる。


 ――バキッ!!


 だが次の瞬間、スマホが粉々に吹き飛んだ。

 背後から射出された電撃か何かによって。


 一体……何が……?


『今手にしたの……「すまーとふぉん」と言うらしいな。俺が眠っている間に変なものが出てくるなんてな……』


「……!? 誰だ!?」


 背後から濁った男の声がしてくる。

 警戒しながら振り返ってみると、倉庫を支える柱から人影が現れた。


 その正体は、大都さんと同じ歳らしい黒髪の少年。


 顔立ちとかにこれといった不審な点はない。

 服装も黒で統一されているが、いずれにしても街中で歩いていれば見かける程度の存在だ。


 だというのに、圧に近い気配がこちらへと伝わってくる。


 見ているだけで殺すような眼光をしていて、私は本能的にたじろいてしまった。

 もしかしたら、大都さんが見たという人影はこの男なのだろうか?


「……お前は一体……」


「雨宮様、この感じからして……多分わたくしと同じですよ」


「!」


 いつの間にか起きていたヒメさんが、男を見つめていた。

  

 さらに険しい表情も浮かべている。

 いつも元気で明るい彼女からは想像つかない。


「ヒメさんと同じという事は……」


『ああ、お前達の言葉で……「怪獣」だったか? そう俺達を呼んでいるらしいな。もっとも俺からすれば、ヘンテコな名前だと思っているが』


「……口パクをしていない。それに脳内に響くこの感じ……」


『俺の思念は生物の脳波へと作用する。それが言葉という形になって、お前達に送られているという仕組みだ。さらにその応用として、人間の脳内にある情報を知る事が出来る。今がどんな時代なのか、人間がどのような進化を遂げたのかお見通しだ』


 ……つまり奴もまた、人間に変身した怪獣という事になる。


 そういった個体は希少とされ、伝承や曖昧な目撃情報しか記録に残されていなかった。

 それがヒメさんに続いて、もう1体姿を現すなんて。


 ……今年はなんて厄年だ。

 こんなにも希少な事が起こるなんて聞いてない……。


『まぁ、人間共がどうとかなんて興味ないが。何せ、全て俺の手によって壊されていくのだからな』


「一体……何者なんだお前は……」


 怪獣から発せられる圧に押し潰されそうになるも、私は奴に問いかけた。


『……「アジ・ダハーカ」。人間共は俺をそう呼んでいるらしいな』


「!?」


 アジ・ダハーカ……知っている。

 知らない訳がない。


 アメリカの伝承に存在する、最も禍々しい大怪獣。

 アメリカに進出したヨーロッパ人だけではなく、先住民にすら大虐殺を行っていたという恐るべき存在だ。


『獣の終着点』に着く前、大都さんとの会話に「アメリカの先住民すら巻き込んだ大怪獣による虐殺」というのがあったが、それは紛れもなく奴の事なのだ。

 スタンピードと並ぶ大災害を引き起こした、まさにアメリカにおいて強大で邪悪な暴君。

 

 ただ北米植民地時代を前後にして表舞台から姿を消していて、そこから現れなくなったのだ。

 全く姿を見せない事から、今となってはとっくに寿命死していると言われていたが……まさか生きていたなんて。


『驚いているだろう? どうも世間では死亡説が流れていたらしいからな。しかし俺は生きている……この通り健在なのだ』


「で、そのアジ・ダハーカがわたくし達に何の用でしょう? まさか友好的に接しようだなんて思ってないでしょうね?」


 ヒメさんが私を庇うように前に立ち、アジ・ダハーカを睨んでいた。

 アジ・ダハーカもしばらくヒメさんを見つめていたと思うと、フッと静かに笑みを浮かべる。

 

 まさに氷のような笑み。

 思わず息を呑んでしまう。


『やはりお前、どこかで会ったかと考えていたが……あの時のガキか』


「……そういう事ですか。あなた異国から日本に来て、お館様に退治された方ですね?」


「日本に……!?」


 コイツ……日本にまで現れたというのか!?


「本当なのですか、ヒメさん……?」


「わたくしがお館様と出会ってすぐの頃でしたかね。突如として海の向こうから奴が現れて、人々に災厄を与えたのですよ。もちろんそんな事を許さないお館様が迎え撃ったのですが、奴は倒される前に逃げてしまったのです」


『……ああ、そうだ。俺はお前達の大陸まで領土を広げようと出向いた。だがそこにはお前の主がいて、ボロ雑巾の如く斬り裂かれた。俺は命からがら逃げて、身体を再生させる為に僻地(へきち)で眠る事しか出来なかった』


 そうか……奴が表舞台から消えたのは、バハムート戦の傷を癒す為だったのか。

 

 当たり前の話だが、植民時代には映像の機械なんかない。

 奴が人知れずそうしたのなら、当時の人々が死亡したと勘違いするのも無理からぬ話だ。


「何で領土を広げようとしたんですか?」


『……元々、地球は俺達怪獣のものだ』


 ヒメさんの問いに、アジ・ダハーカが口元を噛みしめた。


『この大陸も俺が治めていた聖域だ。それをほんの生まれてから数万年も経ってない、しかも大して力もない人間共に制圧されてしまった。俺の聖域が……奴らに汚されたのだ……』


 次第に奴の目が、憎悪に狂ったそれに変わっていった。


『俺は奴らが憎い……この聖域に蔓延(はびこ)る害虫共を!! そしてお前やお前の主もだ!! 何故、力のない害虫共を守る!? そんな偽善な事をやって何の得がある!?』


「それを言う為に、わたくし達をここに連れてきたのですか?」


 怒り狂うアジ・ダハーカに対し、ヒメさんは酷く冷静だった。

 やがて奴は落ち着くように息を吐き、表情を緩める。


『お前も怪獣だろ? ならば俺の気持ちが分かるはずだ。それにこう思わないか? 「主がいないにも関わらず、人間共を守っている必要なんてあるのだろうか」と』


「……お館様がいないのを知ってるんですね」


『さっき言っただろう、脳波から情報を取り出せると。……だからこそ女、俺の目的に乗らないか? 主がいなくなった以上、人間共を守るなんて馬鹿な真似はしなくてもいいんだからな』


 そう言って、ヒメさんへと手を差し伸べるアジ・ダハーカ。


 私は固唾を呑みながら、ヒメさんをチラリと見た。

 彼女は顔色一つ変えないまま奴を見ていたが、不意にニッコリと微笑んだ。


「寝言は死んでから言って下さいな。この馬糞にも満たない糞野郎が」

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