第17話 怪獣殺しと美少女達
森塚さんを助けた事に関して、僕は少し心配になった。
ああいったケースを見たのは初めてだし、知り合いが危ない目に遭ったから咄嗟的に……だった訳だけど、あれで変な噂が流れたらどうしよう。
一応人間としては常識的な戦闘(?)だったので、空手を学んだとか言い訳が出来るはず。
はぁ……ある事ない事言われたらやだな。
平穏な学園生活が終わってしまう……。
「ただいまー」
考えていても仕方がない。
家に着いてみると絵麻の靴が置いてあった。もう帰ってきているらしい。
ただ出迎えが来ないのは珍しい。
となると、自分の部屋にいたりして勉強しているのだろうか。
向かう前に手を洗わなければ。
すぐに脱衣所兼洗面所の引き戸を開けると……、
「…………」
「…………」
バスタオルを巻こうとしている絵麻の姿があった。
もちろん何も着ていない裸姿。
「キャッ!?」
「ご、ごめん!」
「う、ううん私こそ……! 鍵かけるの忘れてた……!」
慌てて僕は引き戸を閉めた。
さすがあれはマズかった……ちゃんと開ける前に気付くべきだったよ。
それにしても絵麻、気付かない間に成長したな。
ほぼ一瞬だったが、13歳にしては女性のスタイルになっていたし、肌も色白だった。
あんなにも小さかったのが魅力的に……いやこの辺でやめよう。
妹を性的な目で見てどうする。
「さっきはごめん兄さん……今日は妙に暑かったから……」
仕方なくキッチンで手を洗ってから部屋で待っていると、ノック音と共に絵麻が入ってきた。
今はちゃんと服を着ている。
バスタオル姿だったら「風邪引くよ」とか言っていたところだ。
「いや、むしろこっちがごめんだよ。お前の裸見てしまった訳だし……」
「むしろ兄さんに見られても平気だよ」
「えっ?」
「あっ、何でもない。とにかく私は気にしていないから」
絵麻大丈夫かな。無理していないか?
仮にも兄とは言え、裸見られたわけだし。
ただこれ以上言っても仕方がないので、話はここまでにするけど……さてどうするか。
「お詫びと言っていいか分からないけど、日曜日に特生対研究所に行かないか?」
特生対研究所とは、文字通り特生対科学班が管轄する研究施設だ。
特生対本部の近くに存在し、そこで解剖された怪獣サンプルの研究と実験、さらに怪獣に有効的な武器の設計までも行っているのだ。
「何か用事あるの?」
「いや、雨宮さんから来てって言われただけ。隊員とは接触しないと思うから大丈夫だと思うけど」
「……雨宮さんか……」
何故か絵麻の表情が曇り出す。
しかも雨宮さんの名前を出すとは……アレだろうか。
いつもみたく、知らない人に対して警戒心を持っているとか?
「(どういう人なのかちゃんと確認しないと……)」
「絵麻?」
「研究所、私も行くよ。雨宮さんって人にも会いたいし」
「そうか……ならいいけど」
こうして僕達は約束を取り付ける事になった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日に学校に向かっている間、少し憂鬱な気分となっていた。
森塚さんを守る為とはいえ大それた事をやってしまったし、それで平穏な生活が崩れたら本末転倒だ。
その場合は転校も視野に入れないとなぁ。
ただ教室内に入った時、特に変化とかは見られなかった。
森塚さんは自分の机に座って、スマホをいじっている。
どうも言いふらすなんて事はしなかったようだ。
彼女の今の立ち位置からして当たり前だろうけど、いずれにしても感謝してもしきれない。
「ん?」
僕が机に向かっている時、森塚さんが目線を上げてきた。
「あっ、おはよう」
「……お、おはよう」
うつむくように挨拶する森塚さん。
ほんの少し頬が赤くなったような気が。単に窓からの光でそう見えたのかも。
ともかく五十嵐君がまた机に座っているか確かめたところ、どうも彼は来ていないらしい。取り巻きも同様だ。
一応池上君はいて、女子と談笑中だ。
「ねぇ、池上君のお父さんって特生対のお偉いさんだよね? 五十嵐君みたく隊員になろうかって思っている?」
「そうだな、実は科学班に入ろうとは思っているよ。特生対にはサラマンダーやケツァルコアトルのような怪獣を倒す優秀な隊員がいるから、俺はそんな人達を支えるような仕事になりたいな」
「へぇ! 池上君カッコいい!」
池上君なら科学班になれそうだね。
怪獣を掃討する防衛班、諜報活動を行う諜報班、そして怪獣の死骸や組織片を研究する科学班。
池上君はその中で科学班向きだ。
あと彼は、特生対上層部の息子でありながら≪怪獣殺し≫の存在を知らない。
そのお父さんは知っているはずだから、息子に一切話していない事になる。
本当は大怪獣は特生対ではなく、自分の同級生が殺った。こんな話を池上君が信じるとは思えないし、お父さんも守秘義務やらで明かす事もしないだろう。
机に座っている雨宮さんもまた、池上君の事をあまり気にしていないかのように音楽を聴いていた。
「ああいう池上の媚び売りスタイルよりも、昨日の大都君の方が……」
「?」
森塚さんが呟いたのを聞いた。
ただ僕が振り向くなり、彼女が首を振る。
「独り言。それよりも……昨日の大都君すごかったよ。本当にありがとう」
「……そうかな」
ただ蹴りを入れただけなんだけどな……。
でも森塚さんからお礼言われるのは、何だか嬉しいというか別に悪くない。
「おい、陰キャが森塚さんと何か話してるぞ?」
「はぁ? 大都の奴が?」
「んだよ、影薄の分際が……」
と思っていたら通常運転と言わんばかりに、カースト上位に睨まれてしまった。
森塚さんは男子に人気ある。
僕のような奴と話しているのが面白くないのだろう。
「ごめん、そろそろ戻らなきゃ」
「う、うん……」
僕が近くにいる事で、森塚さんが巻き添えになるのはマズい。
いち早く机に戻る事にした。
「(昨日の大都君ならあんたらなんて……)」
なんかボソッと聞こえた気もした。
多分空耳だったかも。
「やぁ、森塚さん。おはよう」
「おはよ……」
ちょうどそこに五十嵐君達がやって来る。
森塚さんは眉間にしわを寄せたものの、一応は返事をした。
そうして何の変哲もない日にちが続く中、いよいよ日曜になった。
絵麻と一緒に研究所に向かう日だ。