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夢屋 胡蝶  作者: 真鶴 黎
第八夜 ウツシヨ■トフ
68/89

#7

 「それが事の次第だ」


 落ち着いた声音ではあるが、話の内容は重い。受話器を握る周の手に自然と力が入る。


「そうですか」


 乱雑なせいか、それとも、受け入れがたい内容のせいか、走り書きしたメモの文字を読もうにも滑っていく。

 自分の目のないところでの望の変化。事情を知る篁の元で起きた分、まだよかったかもしれないと胸の内で言い聞かせる。

 京都へ向かわせた望の身に起きた異変。それは、貘である周がするように、他者の夢に入り込み、夢玉を作ったという事象。


「体調を崩したという様子は?」


 貘である周にとっては当たり前の力ではある。いくら霊力の強いとは言え、望は人間だ。特別な訓練をしたわけでもなく、術を身に着けたわけでもない望の身体への影響が心配になる。


「ない。元気そのものだが、今後何か起きるかもしれない。本人にも言ったが、目を光らせておいてほしい」


 異変が起きたらすぐに教えてほしい、違和感でも構わないから、と篁は望を送り出した。


「もちろん」


 周は時計を見上げる。日も暮れ、店も閉めた。望から話を聞くのは明日になるだろうが、一度連絡をとってみようと決める。もうそろそろ家に着く頃ではないかと予測する。


「夢玉は冥府で一度確認してからそちらに送る。お前の所見も聞きたい」


「はい。本人の了承が取れているのなら。できれば早めに」


 篁が面倒を見ていたという亡者。亡者から条件つきでの了承を得られたため、現在、夢玉は冥府にあるという。冥府での解析が済み次第、周の元へ送られ、貘視点の話を聞きたいという。周としても確認しておきたいところであるため、早くこの目で見ておきたい。


「とりあえず、今日のところはこれぐらいか」


「承知しました。……鬼籍帳の方は?」


 周は声を潜めて訊ねる。店内には周しかいないが、どうしても警戒してしまう。


「変化があったとだけ伝えておく。そちらもごたついていて、まだ話せない」


 深いため息が電話越しに聞こえる。篁の様子からするに、相当厄介なことになっていそうだと周は推測する。


「これから冥府へ行く。早ければ明日、話をする」


「お待ちしております」


 では、と言って通話が切られる。周はゆっくりと受話器を持つ手を下ろす。


「……」


 静かに受話器を置くと、壁にもたれかかる。

 貘の一族へ伝えなければ。そう思いながら目を閉じればあの日の光景が思い浮かぶ。殻を破り、大空へと飛び立つ美しい蝶の姿。

 そして、向けられた罵声と冷酷な視線。嫌でも思い出される光景に小さく頭を振り、壁に預けていた身体を起こして目を開ける。


「どうしよう……」


 メモ用紙をカウンターに置き、とぼとぼと足を引きずりながら、店を出る。重い周の足取りとは裏腹に、扉のベルはチリンと軽く澄んだ音を立てる。冷たい秋風に身を震わせながら空を見上げる。篁の瞳と同じ、濡れ羽色の空にはぽつぽつと星が瞬いている。

 望の身に異変が起きれば起きるほど、謎が増えていく。手がかりにもなりうるはずのそれは見えているのに、手を伸ばしても届かない。

 星みたい。輝いて居場所を教えてくれているようにも見えるが、決して近くにはない。どれだけ手を伸ばして掴もうとしても、虚しさを握るだけだ。

 それでも止まってはいられない。今後のことを考えなければ、何から手をつけよう、と周は考えだす。


「周?」


 不意にかけられた声に周は思考の淵から引き上げられる。声の主に視線をやろうとしたその瞬間、彼女の感じ慣れた気配から異質な力を察知する。


「……望ちゃん?」


 彼女からするはずのない気配。それは痣の出現により、感じられるようになった気配。

 それが、さらに強くなっている。篁から事前に聞いていたとは言え、実際に感じてみると想像を超える強烈な気配に周の心臓が大きく跳ねる。どこか覚えのあるような気配でもある。


「こんな寒い中、ぼーっとしてたら風邪ひくよ」


 驚く周をよそに、望は、薄着だし、と指摘する。朱色のチャイナシャツ一枚でこの寒空にいるなんて、寒がりな望にはできない。

 それと同時に、標の糸に焦がれていた背中がよぎる。京都から帰ってきても似たような光景に遭遇するとは思わなかった。夜空をじっと見つめるその目の感じが彼に似ていた。


「どうして?」


 真っ直ぐ家に帰るのではないかと周は思っていた。手に土産物と思われる袋を抱えている姿を見ると、帰ってきた足そのまま店に来たことがわかる。


「篁さんから聞いていると思うけど、向こうで色々あったから話しておきたくて」


「話は聞いたけど……。疲れたでしょ? 今日のところは帰って休んだ方がいいよ」


 実際、望の顔からは疲れの色を感じる。周としては気になることは多くあるが、望に無理をさせたくはない。

 ただでさえ、彼女の身に異変が起きているのだから。悪化だけは避けたい。


「早めに話しておきたいから。今晩泊めて」


 しかし、望は周の言葉に反対する。

 望にと充てられた部屋がある。最近は同行できていないが、夢の回収から帰ってきてから仮眠をとる際に使わせてもらっているため、着替えも、寝床もある。一夜過ごす分には十分な場所だ。


「いいけど……」


「急にごめん。ほら、店入ろう」


 寒いし、と言って望は周の横を抜け、扉を開ける。周はそんな望に続き、店へ入る。


「お茶淹れようか」


 奥へ上がった周は荷物を置く望に尋ねる。


「前に京都行ったときに周が美味しいって言ってた茶葉、買ってきたからこれ飲もう」


 はい、と言って望は紙袋を差し出す。


「ありがとう」


 周は望から紙袋を受け取る。中を確認すると、前回京都に行った際に周が買ったものと同じ茶葉が入っていた。


「望ちゃん、ゆっくりしててね」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 周は望に座るように促すと、自身は台所へ向かい、茶を淹れる用意をする。

 夢の気配が強くなっている。やはりそう感じる。旅の疲れが見えるものの、望の体調は悪くなさそうなことに安堵する。

 だが、急変する可能性もあるため、油断はできない。


「……」


 どうしたものか。

 そんなことを考えていそうな背中を眺めた望は目を伏せる。

 夢玉の話をした後、篁は玄と清佳に指示を飛ばし、冥府とやり取りをしていた。冥府で別の仕事を任せていた朱莉も戻ってくるなり、あれこれと忙しなく動いていた。

 午前中はバタバタと慌ただしくしている篁たちをよそに、望はのんびりとしていた。正確に言えば、させられていた。申し訳ないが家の中にいてほしいと篁に言われたからだ。何かが起きる可能性や冥府とのやり取りがあることを思うと出歩くわけにはいかないことはわかっていたため、望はそれに応じた。

 午後は篁の同僚の冥官と顔を合わせた。老人の姿をした狐顔の冥官は生前陰陽師だったらしく、望の件でも動いてくれているそうだ。彼からも夢の気配がする、夢でも食べたか、と言われるほどに望の様子が異常であることが指摘された。その後、清佳に痣の確認をしてもらったところ、彼女の穏やかな顔が顰められた。曰く、以前と形が変わり、蝶の形がくっきりと浮かんでいるようだとのことだ。

 その後も望への聞き取りや冥府とのやり取りが続いた。

 長い一日だった。そう感じられたが、現段階でわかったことはない。情報の整理やすべきことをまとめる内に望が帰る時間になってしまった。忙しいだろうに、夢屋には先に連絡しておく、と篁は見送ってくれた。約束どおり、篁は周に連絡をとってくれたようだ。

 望はスマホのメモアプリを開く。帰りのバスの中で周に話すべきことをまとめた。スマホのメモを改めて眺めながら、周を待つことにした。




 温度が下がってきた茶を一口飲んだ周の眉間には皺が刻まれている。


「……」


 篁から聞いたとおりのことを望は話してくれた。再度聞いても、どれもこれも衝撃的な内容で、これは篁も同僚の冥官も混乱するだろうと想像に難くない。


「篁さんから聞いてることが多いと思う。同じ話の繰り返しになってたらごめん」


「ううん。もう一回話を聞けてよかった。こうして、まとめ直すこともできたから」


 そう言って周はメモを望に見せる。電話越しの篁とのやり取りのメモは乱れてしまっていた。今、こうして望から話を聞くことで、再度まとめ直すことができてよかったと周は思う。美味い茶のおかげか、淡々と冷静に話す望のおかげか、落ち着いて現状を整理できた。


「望ちゃん、本当に身体に異常はない?」


 望から感じる夢の力。他者の夢に干渉し、夢玉を作るというのは力を使う。貘である周は慣れたことであるため、苦に感じない。しかし、望は人間だ。霊力の強い人間とは言え、本来できる術を持たない彼女は何かを代償に干渉してしまい、身体に影響が出ていないかと周は心配している。


「別に何も。周から見て、体調悪そうに見える?」


「見えないね。篁卿からも元気そうって聞いたし……」


 旅の疲れは見えるものの、こうして自力で帰ってくることができるあたり、本当に何もないのかもしれない。周はそう考える。それでも、と不安は拭えない。


「だけど、今後何かあるかもしれないから、無理はしないで」


「うん」


 望は小さく応じるも、ふっと視線を落とす。

 手がかりがなかったところに次から次へと起こる変化。それが解決の糸口となればいいのだが、新たな謎として立ちはだかる。

 次の異変は何か。何度も異変が起きると、次もまた何か起きるのではないかと思ってしまう。篁や周が警戒するのも頷ける。過保護とも言える心配を有難く思うと同時に不安に駆られる。


「……私、どうなるのかな」


 ぽつりと望は零す。現状、何かが起こることでいい方へ進んでいるのか、悪い方へ進んでいるのかすらわからなくなる。暗闇に垂れた光の糸が多く、どれを手に取ればいいのかわからない。

 その糸を手に取ってもいいものか、糸を少しでも引けば新たな異変が生じてしまわないかと疑心暗鬼にもなる。


「不安になるよね」


 望が気落ちしている。それも無理のないことだと周は思う。


「……」


 望は自分の手をじっと見つめる。朝起きて、この手の中に彼は誰時の世界の色のガラス玉が握られていたとき、驚いたと同時に背筋が凍った。

 人並外れているところがある。それは見鬼の才を持っている時点で自覚している。周たちのような人ならざる者と交流しているところも常人と比べてずれていると思う。

 それでも人間。周たちとは違う存在であることはよくわかっている。周のように人間の姿をとる者と一緒にいることに慣れてしまったが、彼らの人ではない力や部分を見ると、改めて自分と違う世界、次元を生きる存在であると思い知らされる。

 しかし、と望の水鏡のような目にさざ波が立つ。

 周と同じようなことができてしまった。本来、人間にはできないことのはずだ。

 つまり、と思い浮かんでしまった考えにまた望の瞳が揺らぐ。


「私は……私は人間、のはず」


 ちょっと変わった体質の人間。その認識でいた望だが、その認知が揺らぐ。

 自分は何者なのか。舟橋望という人間(・・)であるという事実が不安定になっている気がしてならない。あなたは誰ですか(彼は誰ぞ)と問う声が蘇る。


「……」


 曇る月の瞳に周は表情を険しくする。

 つつけば崩れてしまいそう。冷静沈着な望が取り乱す出来事。篁や周もわからないことが多いために困惑しているが、一番混乱しているのは望だろう。

 自分の身に起きる異変。それに対する恐怖。肝が据わっていると思っていた望がここまで動揺することに不甲斐なさと不謹慎ながら少しばかりの安堵が生じる。むしろ、今まで割と平然としていたことの方が不思議なぐらいだ。


「望ちゃん」


 周が声を掛けると望は我に返り顔を上げる。


「ごめん」


「ううん、いいんだよ」


 周は幼子に言い聞かせるように優しく言う。


「びっくりもするし、怖くもなるさ」


 原因と解決策がわかっていれば負の感情を軽くしてやれる。しかし、今はどちらもよくわからない。頼みの綱となっている貘の一族からの一報を待つというこの時間をもどかしく思う。


「すぐにどうにかしてあげられなくて、申し訳ない。だけど」


 いつかの春の日。周の心の内の澱みを軽くしたのは望だった。一点の曇りのない水鏡は真っ直ぐ周を見つめ、たどたどしい言葉を拾い上げてくれた。

 返すとき。周は細い目をさらに細める。


「そうやって不安を口にしてくれて構わない」


 周が零した恐怖を望は拾い上げてくれた。

 周が今できる最善策。それをすることがあの日の望への恩返しだ。


「……」


 望は自分の手を包み込むようにして握る。温かい茶、見知った顔、暖をとることのできる部屋と落ち着く条件は揃っているのに、自分の手はひどく冷たく、ぎこちない。


「……本当は一度家に向かったんだ」


 疲れもあった。時間的にも店じまいをする周の邪魔をするのも良くないと思ったため、下宿のマンションへ向かっていた。

 見知った暗い道を照らす街灯の下を望は歩いていた。


「でも」


 脳裏を漆黒がよぎった。

 枯れ枝のような腕が望を襲う誰そ彼時のこと。

 幻。今、この場にはいない。彼のことは過ぎたこと。彼は篁の手により討たれ、もうこの世にはいない。

 いないのだが、望の中にいる。ふとしたときに思い出しては何もなかったかのように流せていた彼の存在を流すことができなかった。

 哀れな存在だと同情はする。忘れ去られ、己を見失い、犯してはいけない領域に堕ちてしまった可哀そうな神。

 しかし、望にとっては全ての元凶であり、彼が始まりだ。


「怖くなってしまった」


 ぞっとした。暗がりからひゅっと手を伸ばして望をどこかに連れて行こうとするのではないか。

 そう思ってから広がる闇全てが恐ろしくなってしまった。街灯に照らされてできた自分の影にさえ、怯えている自分がいることに気がついた。

 誰もいない夜道。もしも、何かに襲われたら。あのときのように助けてくれる誰かはいるのか。

 そんなときに風が吹いた。涼やかな秋の風とも、物寂しさを思わせる風とも言えるそんな風に草木がざわめいた。

 その音があの日の竹林を思い起こさせた。そして、不安を煽った。


「一人になるのが怖かった」


 たった一人、幼い自分が迷い込んだのは異界。あのときは篁たちが助けてくれたから、今こうして生きている。

 しかし、今は望しかいない。物寂しい風が望の背筋を這うように撫でたような気がした。


「だからだと思う。足が勝手に向かったんだ」


 気がつけば、中華風の装いの店が目に飛び込んだ。窓から零れる温かな灯に浮かぶ見慣れた姿に安堵した自分がいたことに気がつくと同時に、どんな言い分で立ち寄ったのかを瞬時に考えた。

 そして、物思いに耽る店主に声をかけた。細い目を丸く見開きながらも彼は望を招き入れた。


「急に押し掛けるようなことをしてもこうして上げてくれて、ほっとできた」


 恐怖を和らげたのは見慣れた赤を基調とした店の装いか、橙色の灯か、それとも。

 望は細い目の店主を見やると、小さく笑う。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 周はそう応じるも、心の内は穏やかではない。


「まあ、僕は何もしてないんだけど」


 ただ望を招き入れただけ。話してほしいと言ったものの、望自身で解決できてしまっている気がしてならない。


「そんなことない」


「そうかなあ」


「だって、私のことで色々と動いてくれてる」


 望のためにと周はよく動いてくれている。辛い過去がありながらも、そちらにも働きかけてくれて望としては返しきれない恩がある。


「まあ、僕の好奇心を満たすためっていうのもあるけども」


 結果として、過去と向き合うことになった。これがいいのか、悪いのか、周にはわからない。しかし、何かしらの区切りになればと周は思う。


「……ちょっと表情柔らかくなったね」


 張りつめていた糸が緩むように、雲がかっていた月に光が射し始めた。全てではないだろうが、胸の内を吐き出すことができたのだろうかと周は思う。


「ちょっと落ち着けたと思う」


「ならよかった」


 望の新たな異変を貘に伝えなければ、と思いながら周はマグカップに口をつける。しかし、中身はほとんど空に近く、数滴ほどしかないことに気がつく。


「さて、今日のところは真面目な話は終わろうか。ご飯食べた? まだなら用意するよ」


 周は時計を見ながら尋ねる。八時を過ぎた時計に周は空腹であることを自覚する。

 明日、望は大学の講義が入っている。旅の疲れもあるが、明日の予定のことを考えれば早めに休ませることが大切だ。


「ご飯はまだ。私の分はいいよ。おにぎり買ってきたから」


「おにぎりだけ? お味噌汁とか、付け合わせ用意するよ」


「でも……」


「僕の分を用意するついでだから」


 よいしょ、と言って周は立ち上がる。


「手伝う」


「はーい、明日大学ある子はゆっくり休んでなさーい」


 周は自分と望のマグカップを手にそそくさと台所へ向かう。


「いや、さすがに……」


 望も立ち上がり、台所へ向かう。


「何かしていないと落ち着かない」


 一人になるのが怖い。今は周がいることはわかっている。少し落ち着くことができ、居間から周の姿も見えるため、その恐怖はない。だが、何かしていないと思考の闇に引きずり込まれてしまいそうだ。

 声をかけられた周は望の方を振り返る。


「あらら」


 遠慮もあるだろうが、望の本心であろう言葉に周は思っていたよりも弱っていることに気がつく。


「……じゃあ、ちょっと手伝ってもらおうかな。しんどかったら休んでね」


 苦笑しながら周は望の手を借りることにする。それで望が気を紛らわすことができて、気持ちが軽くのならと願う。


「うん」


「何してもらおうかなー」


 周は後ろ手にマグカップを置こうとする。

 直後、甲高い音が響き渡る。音の発生源を見れば、歪な破片が二人の足元に広がっている。


「あちゃー……」


 白地に赤い花があしらわれたマグカップだったものが無残にも床に散っている。


「やっちゃった。望ちゃん、怪我はない?」


「私は大丈夫。周の方こそ、怪我は?」


 望は離れているため、被害はない。しかし、周の方はと言うと、つま先に破片が広がっているほど近い。


「僕も大丈夫だよ。悪いけど、ちりとりとほうき持ってきてくれる?」


「うん。あまり動かないでよ」


 望は急ぎ足でちりとりとほうきを取りに向かう。


「……」


 周は望の背中を見送るとしゃがんで望のマグカップを置く。彼女のマグカップが無事でよかったと思いながら近くの破片を拾う。


「あーあ、お気に入りだったのに」


 滑らかな手触りに赤い花が咲き誇るマグカップ。素朴ながらも艶やかな塗の花の様が気に入って買ったものだ。

 大切に使っていた物が突然本来の姿を失った。


「……」


 嫌な予感がするも、周は頭を振る。形あるものはいつか壊れてしまう。永遠はなく、いつかなくなってしまう。たまたま、このマグカップの役目が今日終える日だっただけ。

 そう自分を納得させようとする周だが、どこか胸騒ぎが収まることはなかった。

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