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夢屋 胡蝶  作者: 真鶴 黎
第七夜 歌の標と未明の船
59/88

#6

 夏の夜風が望と茜の髪を揺らす。望が空を見上げると、白く光る星の大河が悠々と流れていた。その大河へ向かうように、光の軌跡が描かれる。何か虫でも飛んでいるのだろう。


「どうしたの?」


 茜に声をかけられた望は自分が足を止めていたことに気づく。


「あ、いえ……。気がついたら、あっという間に時間が過ぎていて」


 もう少しすれば日付が変わる。今日という日が終わりを迎えるには時の進みが早かった。


「そうだね。遅くまでお疲れ様」


 今日はとくに遅くまで望に手伝ってもらっていた。いつもなら、望の方が先に風呂を済ませて休んでいるのだが、裏方も忙しく、遅くまで業務が食い込んだそうだ。


「茜さんこそ、お疲れ様です」


 満月医院は今日も今日とて忙しなかった。裏で雑務をしていた望ですら舞い込んでくる仕事に何とか追いついていたぐらいだ。現場で働く茜たちこそ忙しなく動き回っていたように思う。


「お風呂でゆっくりして、さっさと寝ちゃおう」


 ね、と茜は腕に抱えた風呂の用意を軽く上げる。こうして一緒に風呂に入るのは久しぶりだ。


「はい」


 借りた作務衣は汗で肌にまとわりついている。さっさと汗を流してしまい、布団に入ればすぐに眠れそうなほど身体を動かした。

 望と茜は風呂場の暖簾をくぐる。先に風呂を済ませた薬師とすれ違いながら二人は中に入っていく。

 脱衣場を見れば他に数名ほど先客がいるようだ。初めて見たとき、合宿所の風呂場よりも小さめだと望は感じた。寮に入っている者の数を思えば、これぐらいで十分なのだろうと思う。

 二人は風呂の用意を棚に置き、作務衣の紐を解く。


「望ちゃんは明日も夜来てくれるんだっけ?」


「はい」


「ありがとう。でも、無理は駄目だから、辛かったら遠慮なく休んでいいから」


 二人は作務衣を脱ぎながら話をする。


「皆さん、気を遣ってくださるので大丈夫です」


 望が大丈夫だと言っても、休んでおいで、代わりにやっておくからこちらを、と気にかけてくれる者が多い。時々、周や杏介、茜も顔を出しては様子を窺ってくれる。仕事終わりには棗からも調子を尋ねられる。

 そこまで心配しなくともいいのに。そう思いながらも、望にできることを精一杯努めるのみだ。皆忙しく、イライラしているときもあるが、優しく接してくれる。それがとてもありがたい。だからこそ、彼らの助けになるようにとできることをこなすことが彼らに対する望なりの行動だ。


「茜さんこそ、ご無理は禁物ですよ」


「うん。何だかんだ忙しいけど、休憩の時間はもらってるから大丈夫だよ」


 休憩時間がずれることはあっても、休みなく働かされることはない。その辺りは棗が厳しく言っている。棗先生も優しくなった、と周と杏介が言っているのを聞くと、昔は休み時間を与えられていなかったのかもしれないと茜は思っている。

 忙しかったからか、二人をこき使っていたのか。それはわからないが、診療所時代を知る者たちから、あの二人はよく働かされていたという話をよく聞く。そのせいか、仕事が終わると食事にがっつき、風呂を済ませてすぐに寝ていたそうだ。


「お互い、無理はしないようにってことだね」


 茜は小さく笑う。茜も満月医院で働き始めたとき、杏介によく言われたことだ。休める内に休まないと倒れるから、と遠い目をしながら言っていたのを覚えている。


「そうですね」


 望は一番忙しい夏祭り本番に手伝いに入れない。申し訳ないが、満月医院で働く者たちが倒れないように願うしかないのだ。


「あれ?」


 茜は胡桃色の丸い目をさらに丸くして、望の背中を見る。


「望ちゃん、背中……」


「背中?」


 望は茜の指摘に背を見ようと振り返る。見える範囲にはとくに何もないように見える。


「何かついていますか?」


「ついているというか……。ちょっと触ってもいい?」


「はい」


 失礼、と言って茜は望の髪を払い、髪の下に隠れていたそれに触れる。


「ここなんだけど」


 茜に触れられた場所は肩甲骨の間の位置だ。


「痛い?」


「いいえ、何も」


 とくに何も感じないし、そこに何か違和感があるわけでもない。


「そう? 痣みたいなのあるんだけど、ぶつけた?」


「うーん……」


 ここ数日の記憶を思い返す。背中をどこかにぶつけたりした記憶はない。


「何だろう……。不思議な感じするんだけど」


 茜はその痣を指でなぞる。痣にしては何やら形が整っているようにも見える。


「花? 蝶? 手裏剣にも見えるかも?」


 四枚の楕円が集まったような形だ。大きさは茜の拳より一回りほど小さい。赤い痣からは望の霊力とは違う何かを感じる。


「……あ、もしかして、変な術かけられたとか?」


「そんなタイミング、あるのでしょうか?」


 基本的に妖街を歩くときは周や杏介が近くにいるため、簡単に望に近づくことはできない。遠距離で何かしようとしても、周がくれた桃の札を持ち歩いているため、それが守ってくれることになっている。満月医院で働いている間は裏方に徹していたため、医院の職員以外と顔を合わせることはないに等しい。


「んー、本当に痛いとか、何かあるとかはないんだね?」


「はい」


「そっか。でも、一応診てもらった方がいいかも。それで何もなければよしってことだし」


 茜は痣から視線を外す。望の様子を見るに、隠している様子もない。茜に指摘されて痣があるのか、と不思議そうな顔をしている。心当たりがなさそうだ。


「とりあえず、お風呂入ろうか」


「そうですね」


 一日の疲れを洗い流したい。それは二人が思うことだった。




 眉間に深い皺が刻まれる。棗の可愛らしい顔はずっと険しく、首を傾げながら広げた本を閉じる。


「……わからん」


 常盤街で一、二を争う腕前の医師である棗はそう言い切る。

 風呂上がりに望と茜は棗に明日の朝で構わないから望の背中の痣を診てほしいと頼んだところ、棗は今からでも、と言った。早いに越したことはないだろう、と言う棗に促され、望と茜は診察室へと向かった。


「棗先生、それって……」


 傍で棗と望を見ていた茜は不安そうに眉を下げる。


「怪我や病による物ではないだろう。弱いものではあるが、不思議な力を感じる」


 棗はじっと望の背中のそれを見つめる。痣というにはあまりにも形が整っている。望自身に痛みがあるわけでもなく、心当たりもない。

 そして、棗が今までに見てきた症例にもない。これでも常盤街で様々な症例を見てきたつもりだ。軽く痣の様子を見てから関係しそうな書籍を運び、診察した結果だ。


「うちの専門から外れる」


「じゃあ、望ちゃんのこれは誰に診てもらえばいいのですか?」


 茜が尋ねると棗は雨戸の向こう、日輪の方へ視線をやる。弟子の一人である男の顔が浮かぶ。


「望、嫁入り前の娘の肌を医者でもない男に見せるのは嫌だろうが、周に見てもらった方がいいかもしれない」


「背中だけですし、平気です」


 それも、背中の上の方ならまだいい。望は軽く単を正す。

 そうか、と棗は呟くと茜を見上げる。


「周を呼んでくれるか? さっき日輪へ帰したところだ。風呂に入っているかもしれないが、まだ起きてはいるだろう」


 棗は手元の紙に、望のことで話があるから医院へ来い、と書くとそれを茜に手渡す。


「わかりました」


 茜は紙を簡単に折ると、診察室の雨戸を開け、風を起こす。その風を日輪の方へ飛ばし、紙を風に乗せる。紙飛行機のように飛ぶ紙は日輪へと飛んでいく。


「……届いたと思います」


 紙を乗せた風の軌道が途切れた。周か杏介のどちらかが受け取ったと思われる。


「なら、すぐに来るだろう」


 棗は一息つくと、先ほど見ていた書籍とは違う書籍の頁をめくる。

 昔のものから最近のものまで読み込んだ。だから、どの本にどのようなことが書かれているか、おおよそのことは覚えている。患者の診察記録も頭に入っている。

 だが、本当に望の症状に心当たりがない。人間と妖で違うと言ってしまえばそうなのだが、多少なりとも共通するところはある。それでも、棗に思い当たる節がないのだ。


「望ちゃん、本当に何ともないんだよね?」


 胡桃色の丸い目が心配そうに望に尋ねる。


「はい。本当に何も」


「昔からあるものでもないんだな?」


 棗の問いに望は頷く。


「両親からそのような話を聞いたこともありません」


 幸いなことに、望は大きな怪我をしたことがない。あったとしても、部活の時間に軽い捻挫や肉離れを起こしたぐらいで背中に怪我をしたことはない。大きな病気もとくになく、すくすくと今まで育ってきた。あると言えば、夢を見ないことぐらいだ。


「背中、腫れてるとか、内出血起こしてるとか、どんな感じですか?」


 望は自分の目で見られない。望の問いかけに棗は書籍から目を上げると顎を撫でる。


「こう、ぐっと何か押しつけられて赤くなっているという感じか? まるで、判を押されたような……」


 それぐらい痣というには整った形をしているのだ。四つの楕円に歪みはなく、同じ判を四回押したと言っても過言ではない形をしている。

 そのような話をしていると、足音が聞こえる。急いでいるようで慌ただしい。


「先生、周と杏介です」


 周の声だ。


「周だけ入れ」


「僕だけ? ……わかりました」


 失礼します、と周が入室する。その後ろで杏介が診察室を覗き込む。


「望、調子悪いのか?」


 杏子色がひょっこりと覗く。


「杏介は部屋を見るな。戸を少し閉じて、話を聞いていろ」


「ん? わかりましたけど……」


 怪訝な面持ちのまま、杏介は戸を少しだけ開いた状態にして壁に背を預ける。


「望ちゃん、どこか具合悪いの?」


「普通なんだけど、ちょっと……。背中に変な痣があるらしくて」


「痣?」


 痣なら、と周は棗に視線をやると、棗は首を横に振る。


「怪我や病ではなさそうなんだ。弱いが、不思議な力を感じる。術と言った方がしっくりくるぐらいだ」


「へえ……。望ちゃん、痛みとかはないの?」


「うん。お風呂入る前に茜さんに指摘されるまで気づかなかった。心当たりもないし」


「なるほど。で、僕に見てみろと」


 そういうことですか、と周は棗に尋ねる。


「ああ」


「いいですけど……。望ちゃんはいいの?」


 だから杏介は診察室に入れてもらえないのかと合点がいく。

 望は女性だ。仲が良くなったとは言え、望が周に背中を見せるというのはどうだろうと思う。周自身にやましい気持ちは一切ないのだが、見られる側としてはいい気分ではないだろう。


「周が変なことしたら、棗先生に蹴飛ばしてもらう」


「任せろ、腕を折るつもりでいく」


「二人とも、僕のこと何だと思ってるの?」


 ペチペチと床を叩く棗の足に周はため息をつく。もちろん、二人の口調からして本気ではないだろう。棗のことだ、望の意思を尊重することはわかっているし、望も多少なりとも周のことを信じてくれていると思っている。だから、あまり冗談を言わないような二人が冗談を言うのだろう。


「うん、まあ……。望ちゃん、嫌ならすぐに言ってね」


 いざ見せるとなったら嫌になるかもしれない。痣も気になるが、望の意思が最優先だ。


「うん」


 望のあっさりとした返事に肝が据わっているのか、危機感がないのかわからなくなる。棗と茜の目があるから安心しているのだろうと思うことにする。

 望は周に背を向けると単の合わせを緩める。露わになった背の肩甲骨の間に何かある。周はしゃがんで痣を見つめる。


「……確かに、力を感じる」


 弱々しいものだ。しかし、それはふっと息を吹きかければ消えてしまう蝋燭の火のような弱さだ。


「望ちゃん、触ってもいいかな?」


「いいよ」


 こちらも淡泊な返事だ。本当にこの子は、と思いながら、周は懐から手拭いを取り出し、布越しにその痣に触れる。

 刹那、手拭い越しに大きく脈打つ感触が伝わり、熱を感じる。


「……!」


 同時に、望の身体が震える。周は思わず手を離すと、望の様子を窺う。


「望ちゃん、大丈夫?」


 あまり顔を覗き込むわけにもいかない周は一歩下がって望に尋ねる。


「う、うん……。ちょっとびっくりして」


 珍しく望の声が上ずっている。望としても予想外のことでかなり驚いているようだ。

 望は逸る胸を押さえながら息を整える。周に触れられた辺りが何か蠢いたような気がしたのだ。皮膚の下を何かが這ったような感覚がした。


「望ちゃん、とりあえず衣を着ていいよ」


 癖のない望の髪はしっとりと濡れている。風呂から出てさほど時間が経っていない彼女の身体を冷やすわけにもいかない。

 望は周の言葉に小さく頷くと衣の襟を合わせる。


「望、身体に異変は?」


 棗の言葉に望はつい先ほど起きたばかりの感覚を思い出す。


「……触られた辺りに違和感がありました。皮膚の下を何かがもぞもぞと動いたような」


 自分の中に何か、別の生き物でもいるのではないか。

 自分で思いついておきながら、その例えが的確なような気がしてならない。さあっと望の中の何かが引いていく。


「望ちゃん、顔色が」


 望の顔から一気に血の気が引く。茜は望の顔を覗き込み、手を取る。。指先も少し冷え、わずかに震えている。

 その様子に棗と周は視線を交わすと、棗が望の顔を覗き込む。


「気分が悪いか」


「すみません。ちょっと……」


 望は胸の辺りが気持ち悪く、衣の合わせ目をぎゅっと握りしめる。吐き気があるときの気持ち悪さに近い感覚がする。


「今日はここまでにしよう。望、茜と一緒に部屋に戻れそうか?」


「はい」


「よし」


 棗は望の容態をざっと確認し、茜に目配せする。茜はひとつ頷くと望の手と腰に手を添えながら立ち上がれるよう補佐する。


「茜、部屋に着いたら風で教えてくれ」


「はい。望ちゃん、行こう」


 望は力なく頷く。ゆっくりと歩き出した二人は診察室を出る。


「茜、俺も手伝う」


 部屋の外で待機していた杏介も手伝いに出る。杏介と茜に支えながら歩く望の姿を見送った棗はふうと息をつく。


「周、薬の用意をする。手を貸してほしい」


「……はい」


 周の細い目は心配そうに廊下へと注がれた。




 すっと風の音が消える。

 部屋に着くや否や、望は力なく座り込んでしまったと杏介から報告があった。その後、薬のおかげで落ち着き、今しがた眠りに就いたと茜からたった今連絡が入った。茜からの報告に棗は、茜も休むように伝え、伝令の風が途絶えた。


「よかった」


 全身の力が抜けた周から深い息が吐き出される。

 望が体調を崩したところを周はほとんど見たことがない。昔から体調を崩すことは少なく、健康優良児だそうだ。天気の悪いときや気圧が低いときは本調子ではないときもあるが、日常生活に支障はない程度。

 そんな彼女があそこまで顔面蒼白なるとは思ってもみなかった。


「本当に」


 杏介も安堵の息を漏らす。いつもきびきび動く望がふらふらと頼りなかった。いつもの望の性格上、杏介を頼りきることはないのに、杏介と茜に身を任せでもしないと歩けない状態だった。


「それにしても」


 杏介は胡坐をかくと棗と周を見やる。棗は冷静そのものだが、周の表情は険しい。


「一体、望の背中に何が?」


 杏介はよくわかっていない。望の背中に何かがあったらしいが、杏介は見ていない。突然、望の身体が不調を訴えたとしか状況を理解できていない。


「痣のような物があった」


 棗は淡々と答えると、紙と筆を執り痣の模様を描く。四つの楕円を組み合わせたようなその形に杏介は首を傾げる。


「何だそれ? 花か?」


 杏介は棗の絵をしげしげと見つめる。


「俺には蝶にも見えるがな」


「蝶? 言われてみれば……」


 杏介からすると、蝶よりも花と言われた方が納得できる。蝶の形をかなり簡略化したらこうなるだろうとは思うのだが、どうにも腑に落ちない。


「先生の見解は?」


「わからん。病や怪我ではなさそうだ」


「と、なると……」


 杏子色の瞳がすいーっと周の方へ移される。細い目の腐れ縁は眉間に皺を寄せて何かを考え込んでいる。


「心当たりあるか?」


「……不思議な力を感じた」


 望本人の強い霊力に紛れるように、別の力を感じた。清らかで、純粋な力だった。

 周は目を閉じる。微かに感じたあの気配を周は知っている。その気配は周と、いや、周に限らず、貘ならば切っても切れない感じ慣れた気配だ。


「あの痣に触れたとき、夢を取り出したり、干渉したりするときの気配を感じた」


「夢? だけど、望は……」


 杏介が言わんとする音にならなかった言葉に周はさらに表情を硬くする。

 望は自力で夢を見られない。周の力や万能ではないが夢玉を使えば彼女は夢を見ることができる。夢を見ることができる条件は整っているはずが、見られない。未だに解決できていない望の体質だ。


「望ちゃんから夢を取り出せたこともなければ、夢に干渉できたことはない。だって、あの子は自力で夢を見ないのだから」


 自力で夢を見られない者から夢にまつわる事象に関係することはできない。関わるための夢がないから、貘の力をもってしても不可能だ。

 それなのに、望の背中の痣に触れたとき、夢に接触したときの感覚があった。


「夢を見る、見ない以前に、望は眠りに就いていない。それなのに、望から夢の気配がしたところが気になる」


 棗は腕を組みながら周を見やる。

 夢というものは眠っている状態のときに現れる。夢を見る、見ない、という望の体質は置いておいて、そもそも夢を見るための条件が揃っていない。それにも関わらず、望から夢の気配がするというのは妙だと棗は思う。


「その辺りはどうだ?」


「目が覚めていても夢の気配が一切ないということはないです。とくに、夢から覚めたばかりのときはあります。残り香のようなものと言えばいいでしょうか」


 夢を見たという形跡を感じることは多々ある。

 しかし、だ。


「それにしても、あれは残り香というには強い」


 まさに今、夢を見ている状態と変わらない気配だった。


「んー、ちなみにですけど、先生も痣に触ったんですよね」


 杏介が確認を取ると棗はひとつ頷く。


「茜、俺、周が触った」


「茜と先生が触ったとき、望に異変は?」


「なかった。偶然なのか、それとも周の貘の力に反応したのかわからないが、周が触ったときに望の身体に何かあったようだ」


「貘の力に反応したが有力だと思うけど。な、周」


「僕もそう思う」


 棗と茜が触ったときは異変がなく、周が触ったときに反応を示した。その反応が夢と似た力を持っているとなると、周の貘の力に影響されたと考えるのが自然ではないかと周も思う。


「だとすると、今まで周の近くにいても何もなかったのが変だよな」


 杏介は指を折りながら数を数える。


「望とはもうじき二年半のつき合いになるだろう? 貘の力がどうこうって言うならそんなに時間がかかるのかとも思うし、言い方は何だが、望の身体に触ることもあったわけだ。今まで何もなかったってのはおかしくないか?」


 杏介の脳裏に一人の少女がよぎる。彼女と望とでは霊力の差が全く違う。望の霊力は彼女よりも遥か上をいく。望なら周や杏介だけでなく、常盤街を平気で出入りし、人ならざる者たちの力に触れても平気でいられるだけの力を持っているのだ。箏の名手だった彼女のように妖力に侵されることもなく、周の力に負けている様子もなかったのに、いきなり反応を示すというのも納得できない。


「知らない間に望ちゃんに負担をかけていた……ってこともなさそうだし」


 自分の力の気配は自分がわかっている。望から周の力の気配を感じなかった。よって、望が周の力に侵食されたとは考えづらい。

 うーん、と考え込む杏介と難しい顔をする周。二人の様子を順に見比べた棗は丸い目を伏せる。


「今日のところは切り上げよう。痣と周の力の因果関係も絶対ではない」


 周の貘の力に反応したと決めるのはまだ早い。周という一人の貘の事例だけで判断するには早い。


「もしかしたら、疲れが溜まったせいで体調を崩したとも考えられる」


 連日、望には手伝いに入ってもらっている。遅くまでよく働いてくれる娘だ。無理はするなよ、と棗が声をかけると、先生こそご無理なさらず、と労いの言葉をかけてくれた。


「明日、望は休みだ。たとえ、体調がよくなっていたとしてもな」


 望が手伝いを申し出ても休ませる。望の顔色が悪くなったとき、棗はそう決めた。


「お前たちも疲れているだろう。悪いな、急に呼び出して」


「いいえ、先生。むしろ、呼んでもらえてよかった」


 周は望の状況を早く知ることができなかった。それを思えば、突然の呼び出しを恨むこともない。


「だな。それじゃあ、俺らも戻るか。お互い、明日も仕事だし」


 満月医院に手伝いに入ると言っても周も杏介も本業がある。眠って疲れを取らねばならない。


「うん。先生、明日、朝一番に望ちゃんのこと診ていただけますか?」


「言われなくともそうするつもりだ。そうでなくとも、茜が飛んでくるだろう」


 棗は小さく笑う。棗が望のことを診ようとしなければ疾風の如く呼びに来るに違いない。


「お願いします」


「ああ。今日のところは解散だ」


 棗の言葉に二人の弟子は頷いた。

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