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夢屋 胡蝶  作者: 真鶴 黎
第六夜 逢ふからも物はなほこそ悲しけれ
44/91

#1

 カラン、と鳴るベルの音と共に春を告げる鳥の声が入り込む。春告げ鳥の初音と共に入り込んだ風はまだ冷たい。春の初めの空気だ。


「いらっしゃいませ」


 そんな春の初めの空気と一緒に入ってきた黄金の煌めきに望は目を見開く。


「こんにちは」


 華のある声の主は金髪の女性だ。赤みのあるブロンドは綺麗にブローされていて、見るからにサラサラとしている。春らしいピンク色ベースのメイクが狐顔によく似合う。可憐なメイクに対して、服装はカジュアルだ。キャップを被ってアクティブな印象を受ける。


「……」


 望の目がじとっと据わる。見覚えのある杏子色とニコニコと笑う狐顔。上から下まで確認すると、望はため息をつく。


「……杏介さん、どうされたのですか?」


「やだなあ、もう。杏子って呼んでよ、望」


 わざとらしく声のトーンを上げた金髪の女性に望の目がさらに据わる。キャップを脱いでウインクする女性、もとい、女性に化けた杏介に望はもう一度ため息をつく。


「今日はどのようなご用件で?」


人間界(こっち)に用があったからついでに寄った」


 よいせ、と杏介は椅子に腰かけ、荷物をテーブルに置き、望を招く。おいで、と手をひらひら振りながら笑っている杏介に望は仕方なく席に着く。杏介が帽子を脱ぐと、香水の匂いなのか、ふわりと柔らかい甘酸っぱい花の香がする。


「周は?」


 聞き慣れた軽やかな声音に戻った杏介はカウンターの向こうへ視線をやる。


「奥で調べ物をしています」


「調べ物……。京都行ってからの?」


 先月、周と望が京都にいる篁を訪問したと聞いた。望を襲った影のことや、夢にまつわる書物のことを篁から教わったと聞き、その内容を杏介は周から聞いた。


「はい」


「へえ……」


 随分と熱心に調べているものだと杏介は感心する。


「周、呼びましょうか?」


「いいよ。ふらっと寄っただけだし、あいつも忙しいだろうから」


 前回会ったときも、あれこれと周は考え事をしているようだった。調べ物の邪魔をしても悪いと思うし、杏介としても特段、用事があって来たわけでもない。


「何か進展はあったか?」


 杏介の問いに対し、望は首を横に振る。

 篁の話を聞き、望を襲った影のことや当時のことはわかった。だが、根本的な原因や解決には至っていない。進んでいるのか否か、よくわからない状況である。

 望の脳裏に篁の言葉が蘇る。


「ただ」


「ただ?」


 杏介は首を傾げる。さらりと杏子色の髪が流れる。


「……」


 望は篁の言葉を思い返す。彼は貘の一族を頼った方がいいというようなことを言っていた。そのことについて何度か周に尋ねようとしたのだが。


「戻ってから周の様子がおかしいような気がして」


 一見すると普段どおりの周だ。ヘラヘラと笑っていて、軽い口ぶりの胡散臭い店主。しかし、ふとしたときに見るとぼんやりとしている。望が声をかけても反応が薄く、上の空のときもある。何か悩んでいるような雰囲気だ。

 そして。


「……何だか、様子を窺っているようなのです」


 真剣な眼差しで望を見つめるときがある。その目には迷いがあるのか、ふっと逸らされたり、笑って誤魔化されたりする。何か言いたげな目をしているのに、やっぱり何でもない、と口を閉ざしてしまっている。


「その姿がまるで、何かに怯えている様子で」


 恐怖心。貼りつけたような笑顔の下に垣間見える周の感情に望は深く踏み込めないでいた。話すことが怖いと訴えている彼を追い込むようなことはしたくない。


「……」


 杏介は望の言葉を静かに待つ。杏介が促す静かな間に望は続ける。


「去年の夏祭りの夜、あのときの顔に似ているんです」


 少しでも触れると壊れてしまいそうなほど儚い表情。しかし、それを隠すように望のよく知るヘラヘラとした笑顔を貼りつける。

 何か言おうとしているときの表情はごめんなさいと謝ったあのときの顔とよく似ている。涙をこぼしたあの夜の姿が重なるのだ。


「……杏介さん」


「ん?」


「以前、あの夏の夜のことをお尋ねしたとき、話が出るまで待っていてほしいとおっしゃいましたよね?」


 杏介なら何か知っているのではないかと思い尋ねた。しかし、杏介は自分が話すわけにはいかないと望から訊き出すようなことはしないでやってほしいと言った。望は杏介の言葉に従い、あの夜のことは周に話していないし、過去を訊き出そうとしていない。周が話そうとするのであれば耳を傾けるつもりだ。


「ああ。確かにそう言った」


 杏介ははっきりと言う。


「それは今も変わりませんか?」


 あの夏の日から半年が経過した。その間に何か大きな進展があったわけではない。だから、望が襲われた当時のことを元に、篁を頼るというような判断になった。

 その篁は望に何と言ったか。


「篁さんに周のこと、貘のことを知らないと指摘されました。訊き出した方が解決が早まるのではないかとおっしゃっていました」


 篁が持っている情報が解決に直接繋がることではないと篁自身が言っていた。実際、まだまだわからないことだらけだ。影のことや当時のことがわかったところで、望が夢を見ない原因が不明なまま。

 遅かれ早かれ貘の一族を頼ることになるだろう。貘の言葉を残した書物を周に貸した以上、そのような言葉が篁の口から出てくるのも当然と言えば当然だ。


「私は待つべきでしょうか? それとも、訊き出すべきでしょうか?」


 望はわからなくなってしまった。京都から戻ってきて、周の様子が変わった。何か言おうとして、けれど、踏ん切りがつかなくて言うのをやめてしまう。そのような周の素振りを見ていると、彼の言葉を待った方がいいのか、どうしたのかと誘導して訊き出すのとどちらがいいのかわからなくなってしまった。

 篁も杏介も周の過去を知っている者たちだ。一方は知り合い、一方は腐れ縁と二人の立場の違いからの言葉である。望自身が決めるべきことではあるのだが、二人の意見や周の様子を見るとどう動けばいいのかわからなくなってしまった。


「……」


 杏介は目を伏せる。望の手が膝の上で硬く握られている。

 篁の言い分はよくわかる。周の行動は杏介から見てもまどろっこしいやり方をしていると思う。貘の一族を頼ればすぐにでも解決できるかもしれない。それなのに、なぜそれをしないのだと篁の声で再生できる。

 しかし、周の苦悩を知っている杏介からすると強くは言えない。周の心の奥底の傷を抉るような形になってしまうからだ。またあの夏の夜のように、らしくもない酒の飲み方をして吐き出すようなことをするのではないかと心配になる。

 望のためを思えば篁の考えるとおり、貘の一族を頼るために周から訊き出すべきだ。しかし、周のことを思えば、杏介は訊き出さずに待ってやってほしいと思う。

 どの立場の考えもよくわかるが、難しい立場にいるのは望だろう。望だけが周の過去を知らないため、篁と杏介というふたつ立場からの言葉に揺れている。そこに周の不安定な姿が加わり、余計に身動きがとれなくなってしまったのだと思う。


「……望は優しいな」


 杏介はぽつりと言葉をこぼす。その優しい声に望は顔を上げる。杏介は声を潜め、話を続ける。


「俺の言葉もあの人の言葉もちゃんと聞いているからこそ迷っている。俺らの言葉がどうこうもあるだろうけど、周の様子がいつもと違うとわかっているから、余計にどうすればいいのかわからなくなってしまった」


 はっきりと物を言うこともある望だが、他者の心の内に踏み入ることに対して慎重になる。言葉を選びながら話す姿がとても印象的で、それがまた気を遣って疲れやしないかと思うのだ。

 そのせいで、望の時間が犠牲になっていないか。そう問いたくなる。その問いを飲み込んだ杏介は随分昔の周の横顔を思い出す。話そうと必死に言葉を探しながら、涙を堪える横顔がよぎる。普段の淡々とした表情の裏ではこんなに苦しんでいたのかと思った。


「話を聞く限り、周は怖気づいているんだよな? 話そうとはするけど、いざ話そうとなるとやめてしまう」


 態度には出ている。そこは大きな一歩ではあるが、足を踏み出したかと思えば引っ込めてしまって、結局一歩も進んでいない。その様子を望はどうすればいいのかと見ているのだ。周が一歩踏み出して望の元へ来るのを待つのか、それとも手を引いて導いてやるべきか。二人とも迷ってしまって右往左往している光景が目に浮かぶ。


「それなら、一度、俺があいつの話を聴いてみようか?」


「え?」


 杏介は小さく笑う。


「まあ、何だ。俺とあの人の意見が正反対だから望は迷っているわけだ。俺にも責任がある」


 望の動きを制限してしまっている一端は杏介自身にある。それならば、杏介ができることをして望の悩みを軽くしてやりたいと思う。


「いえ、そんなつもりで言ったわけでは」


 望には杏介を責めるつもりは一切ない。迷いがあるのは否定しないが、杏介の言葉に問題があるとは思っていない。杏介なりの周への気遣いだとわかっている。普段は互いに適当な扱いをすることがあるものの、友の悩みには真摯に対応する姿に長年の関係を感じられる。


「俺としては周が話そうと決めたのなら、腐れ縁ながら手伝ってやりたいんだ。俺だって最初は教えてもらえなくて、教えてもらえたと思っても少しずつ話す感じだった。……話すのにも体力が必要だし、一歩を踏み出す勇気もいる」


 昔の記憶と言えども、深く刻まれた傷は消えない。話すという行為で少しは気が楽になることもあれば、思い出してしまって気が沈んでしまうこともある。相手の出方によってはさらに傷つく恐れもあるのだ。だからこそ、体力と勇気がいる。

 杏介はその姿を見た。言葉を詰まらせながら、声を掠れさせながら、背を丸めながら、感情をできるだけ押し殺そうとしながら、語る周に当時の杏介は何も声をかけれらなかった。相槌を打つのでさえ、憚られた。

 だから、杏介は望に周が話そうとするまで待ってほしいと言った。深い傷を持つ彼に無理に話せとは言えない。

 しかし、それはあくまで杏介の意見だ。最終的にどうするのかは周が決めることになる。周が話すと決めたのなら、その決意を応援する。それが杏介にできることだ。

 杏介は暖簾の奥へ視線をやる。静かな店の奥で彼は悩みながら調べ物をしているのかと想像する。そして、視線を望に戻す。綺麗な瞳は不安の色を湛え、杏介の言葉を待っている。


「一回周から話を聞いてみる。それで話すつもりがあるとわかったらあいつの背中を押す。だから、もしも、周が話すと決断したときはあいつの手を取ってやってくれ。話を聞くだけでいい」


「……」


 温もりのある金色の瞳が柔らかく細められる。杏介のその瞳に望は心根の優しい親友を持った周を羨ましく思う。


「相槌も意見もいらない。ただ、あいつの言葉に耳を傾けてくれるだけで十分だと俺は思う。言葉に詰まってしまったとしても待ってやってくれ。そして、全てを聞いてから、訊き出してやってほしい」


「……わかりました」


 杏介の様子からして、周が話そうとしていることはかなり重みのある話になりそうだ。杏介も普段はケラケラと笑っているタイプだが、いつになく真剣な表情だ。

 そんなことを思ったのも束の間、杏介はカラリと笑う。


「いやあ、望はいい子だな」


 つり目を下げて笑う杏介に店内の雰囲気がぱっと明るくなる。いつもの杏介だ。


「よし。そんな望にはっと」


 杏介は荷物をひっくり返す。真面目な話は終わりだと言わんばかりの様子だ。荷物の中からコロコロと中身があふれる。


「……コスメですか?」


「おう」


「杏介さん、使うんですか?」


「変装するのに使うから」


 杏介は中身を並べる。春らしい色合いの物を中心に買ってきた。


「それで今日は女性の姿で?」


「そういうこと。これとか望に似合いそう」


 そう言って杏介が手に取ったのはグロスだ。箱の底の見本の色は赤みの少ない桜色はさらっとした淡い色合いで透明感がある。


「はあ……」


 里美が詳しそう、と思いながら望は不思議そうにグロスの箱を見つめる。春のコスメということで、箱に桜のイラストが描かれている。


「こっちとかもよさそうだな」


 そう言って杏介はベージュ系統の口紅を手に取る。どちらも汎用性の高い色だと杏介は思う。

 杏介はグロスと口紅を箱から出す。そして、蓋を開けて色を見せる。


「望はどっちが好き?」


「どっちが好きと言われても……。こちらの桜色、綺麗な色だなって思います。マットな感じじゃなくて、透き通った感じで」


 まさしく桜色という言葉が相応しい色だ。柔らかな色が綺麗で可愛らしい。


「だよなー。お目が高いな」


 うんうん、と杏介は頷きながらグロスと口紅に蓋をする。


「じゃあ、これは望にプレゼントってことで」


 そう言って杏介はグロスを差し出す。


「いいえ、いただけません」


 望はばっさりと断る。


「あちゃー、振られちまった」


 杏介はわざとらしく肩をすくめる。


「振られちまったじゃないですよ」


「えー? 少し遅めのホワイトデーってことで」


 ホワイトデーから二日経過している。一ヶ月前のバレンタインデーのときに望からガトーショコラをもらった。甘さが控えめの手作り菓子は美味かった。


「それでもいただけません」


「バレンタインデーの礼ぐらいさせてくれよ」


 ほら、と差し出す杏介に望は受け取れないと首を横に振る。


「いつもお世話になっていますから」


 何だかんだと言って杏介には世話になっている。日頃のお礼という意味でバレンタインデーに菓子を贈った。杏介から何かもらうにはつり合いがとれなくなってしまう。高そうなグロスだ、望がもらっても宝の持ち腐れになってしまいそうだ。


「俺はさらに可愛くなる望が見たいぞ!」


「……」


「杏子のお願ーい」


 きゅるん、と上目遣いになり、声のトーンが二段階ほど上がった杏介に望は視線を逸らす。


「杏介さん、お茶淹れてきましょうか?」


「おっと、帰れってか?」


「そういうつもりでは……」


 そんな遠回しな物言いをしたところで、と望は思う。実際のところ、杏介は来客に変わりないため、茶を出すのが礼儀だろうと思っただけだ。


「冗談だって。でも、いいよ。お気になさらず」


 手をひらひらと振って杏介は答える。夢屋の客でもなければ、周や望に用があって寄ったわけでもない。何となく店に立ち寄っただけだ。店に客がいる様子だったら帰るつもりだったし、これから来た場合も店を出るつもりだ。


「んなことより、春のコスメ談義しようぜ。望も暇だろ」


「まあ、やることは一通り済んでいるので……」


 店番をしながらの内職は一通り済んでいる。雑務が他にもあると言えばあるが、急ぎではない。


「ですが、私、詳しくないですけど」


 いっそのこと、里美をここに呼びたいぐらいだ。きっと話が盛り上がるに違いない。

 そんなことを考える望の視界でチラリと細かな光が飛び込む。


「……あ」


「ん?」


 杏介は望の視線の先を辿る。そこにあったのはアイシャドウのパレットだ。透明なケースのパレットには五色のアイシャドウが並んでいる。


「この色、杏介さんの髪色に似てますね」


 そう言って望が指さした色は確かに杏介の髪色に似ている。杏介の髪よりも赤みの強い杏子色だ。


「そうか?」


 杏介は自分の前髪をいじる。自分の名前にも入っている杏子の実を思わせる色の髪だ。そう言えば、そろそろ杏子の花が咲く頃だ。


「杏介さんの髪の方が色素は薄いですが」


「ふーん?」


「って、ちゃんと見ずに買ったんですか?」


「見た。ただ、別にそこまで気にしてなかったから」


 何となく橙色系統の物があってもいいなと思って選んだだけだ。自分の髪色に近いからという理由はこれっぽっちもない。


「こだわりがあるんだか、ないんだか……」


 呆れる望に対し、杏介はあっけらかんとした様子だ。


「使いやすい物を選んでるだけだからな」


 使い勝手のいいものを優先して選ぶ。いついかなるときに変装するような依頼が飛び込んでくるのかわからないからだ。無難なものを揃えておくに越したことはない。


「使いやすい……ですか?」


 望が普段使うような色ではない。望よりも、里美が使うような色合いのアイシャドウだ。杏子色以外にも、ブラウンベースの物が揃っている。ブラウンは使うが、オレンジ色系統を望が使うことはほとんどない。


「使いようってやつだ」


「へえ……」


 里美にも同じようなことを言われた気がする。合う、合わないはもちろん人それぞれだが、使い方によって変わるから、と彼女は言っていた。だから、里美はどんな色でも似合うのだな、と思った。


「この色、杏介さんに合うと思います」


「今の俺?」


「男性でも女性でも」


「そんじゃ、黒髪だと?」


 そう言って杏介は指を鳴らす。すると、見慣れた杏子色は全て黒くなる。髪と瞳、眉の色が変わり、望は目を見開く。服装や顔の作りは変わっていないが、眩い金色からぬばたまの黒色に変わると雰囲気ががらりと変わる。


「……雰囲気、変わりますね」


「そりゃあ、金と黒だと大分印象変わるだろ?」


 杏介は髪を指に絡める。艶々として黒髪は望や周と同じ髪色だ。太陽を思わせる色から灯のない夜空を思わせる色になった。


「そうですね。先ほどの姿も綺麗でしたけど、こちらの姿も綺麗ですね」


「さあ、黒髪だとどうかな?」


「うーん……。似合うと思いますよ。杏介さん、さっき使いようだって言ってたじゃないですか」


 試すような杏介の言葉に望は杏介の言葉をそのまま返す。


「そりゃあそうだけどさ」


「それに、この色は杏介さんらしい色だなって思うんです。このお日様の色」


 杏子の実を思わせる赤みを帯びた金色。杏介の髪や瞳、眉がその色だ。狐の姿のときは全身に杏子色の豊かな毛を身にまとっているのだ。杏介という名からしても、杏子色は彼の色だ。

 そして、太陽のような色だ。太陽の光を浴びてキラキラと輝く様子は神々しくもある。


「お日様の色、ね……」


 杏介は苦笑する。髪から指を離すと、毛先から夜を思わせる黒が昼間に輝く太陽のような金へと移り変わっていく。


「はい。春の麗らかなお日様の色みたいで」


『春ののどかなお日様みたいですね』


 望の姿に彼女の姿が重なる。夜に強い妖怪に対して、お日様みたいと言うとは何とも真逆のことを言うものだと当時も思った。

 そろそろ杏子の花が開く季節だ。桜よりも早くに咲く花である。実は六月、七月頃に熟れて、杏介の髪色と同じ赤みを帯びた黄金の実となる。

 彼女と出会ったのはどれぐらい前のことだったか。別れを告げようと覚悟する杏介の隣で彼女は笑っていた。

 暗闇に陽が射し込むような彼女こそが春の太陽のようだと思ったことだ。

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