#2
ほう、と一息ついた望は湯呑を両手で包み込む。雪がちらつく夜は寒い。年が明けると、本当に寒さが厳しくなる。
「望ちゃん、本当に寒がりね」
茜は望の恰好をじっと見る。火鉢の傍で、半纏を着て、膝掛けを掛けている。おまけに、湯たんぽを足元の近くに置き、かなり寒さ対策をしている。
「すみません。茜さんは寒くないですか?」
「私は平気よ」
「もしかして、逆に暑いですか?」
「そうでもないよ。何だか、望ちゃん、冬仕様だなあって」
望は冬になると完全防寒仕様となるため、冬毛の動物のようにもこもこして見えるのだ。襟巻を口元まで引き上げるため、露出している部分は目元だけという日もあるぐらい、望は寒いのが苦手なようだ。
妖界は人間界ほど冷暖房器具が発達していない。そのため、冬に暖をとろうとすると、厚着をするか、火鉢を使うかなど、人間界に比べると不便である。
「茜さんは寒いのと暑いのだとどちらが苦手ですか?」
「暑い方かな。私、雪国出身だから、寒い方に慣れているの」
「なるほど」
望は生姜湯を啜る。身体を温めてね、と周が用意してくれたのだ。
「ちなみにですけど、こちらのお菓子は茜さんの出身のお菓子ですか?」
望は小さな箱に並ぶ大福に視線をやる。行儀よく箱に収まっているが、すでに数個空きがある。
「うん。男性陣には内緒ね」
茜は指を立て、少女のように笑う。
年が明け、二週間が経過した頃、満月医院の忙しさも落ち着いてきた。順番に看護師、薬師たちは休みをもらっていて、茜と直人も休みをもらうことができたのだ。茜はこの休みを利用し、帰省していたらしく、今日帰ってきたのだ。ちょうどいいタイミングだろう、ということで、杏介、周、茜、直人、望の五人で、夕食を共にしたのだ。今日は茜と直人も日輪に泊まるらしく、杏介が布団を引っ張り出していた。一体何人分の布団があるのだろう、と思いながら、望も布団を運ぶのを手伝った。
こうして茜と二人きりで話すのは久しぶりだ。女子会しましょう、と誘う茜に望はのったのだ。
「すぐになくなっちゃうから、二人でこっそり食べましょう」
「いいんですか?」
「うん。あ、直人君には先に渡してあるから」
空きは直人の分だったようだ。
「あの、他の二人の分は?」
「今年はなし。去年、望ちゃんにあげようとした分も食べちゃったんだもの」
「ですが、私、お土産いただきましたよ」
美味しいあられだった。素朴な味わいが緑茶とよく合った。ころころとしたあられは見た目も可愛らしく、見るのも食べるのも楽しい土産だった。
「違うの。本当は望ちゃんにも大福をあげようとしたんだけど、二人ったらぱくっと食べちゃったの」
もう、と茜は頬を膨らませる。
「試験の時期だったかしら。周さんに望ちゃんへ届けてもらおうと思っていたのに、二人が全部食べちゃって。よけていなかった私も悪いけど、許せないから二人は今年なしです」
「そんなことが……」
「望ちゃんがお勉強頑張っているときに、悪びれもせずに」
全く、と言って茜は大福の包みを開く。美味しいと言って食べてくれるのは選んだかいがあるものの、だからと言って望の分まで食べられるとは思ってもみなかった。
「だから、望ちゃん、二人の分も食べていいからね」
「いいんですか?」
「いいの。買ってきた私が言うんだから」
そう言って茜は大福を一口口にする。
「うん、美味しい。望ちゃんもどうぞ」
「では、いただきます」
望は包みをひとつ手に取り、包み紙を開ける。ふっくらとした雪玉のような大福である。よく見ると、雪を被ったような白い大福の中央がほんのりと赤く色づいている。一口口にすると、餡子の甘味と苺の甘味が口の中に広がる。柔らかな触感がまた絶妙だ。
「……美味しい」
「よかった。まだあるからね」
「はい」
もぐもぐと望は苺大福を小さくしていく。これはあの二人がぺろりと平らげてしまうのも無理もないほどの美味しさだ。これを食べられないとは気の毒だ。
「そう言えば、望ちゃん」
「はい?」
茜のまん丸な胡桃色が細められる。
「この間、成人式だったって?」
「はい」
つい先日のことで記憶に新しい。久しぶりに会った友の顔が思い浮かぶ。皆元気そうにしていた。
「振袖姿の写真、見たいなあ」
「あっはい」
誕生日会のときにも、茜がそのようなことを言っていたのを思い出す。正直、あまり見せたくはないのだが、こうして土産をいただいた手前、何もなしというのも申し訳ない。
望はモバイルバッテリーに繋げたスマホを手に取り、アルバムを開く。大学の試験関係のスクショの次に成人式や同窓会のときの写真が並ぶ。こうして一覧で見ると、友人から送ってもらったものを含め、思っていたよりも写真を撮っていたようだ。
「あの、そんなに大したものでは……」
「もう、そんなこと言っちゃって」
茜は、ふふふ、と笑う。おっとりとしていながらも、有無を言わせぬ圧を感じた望は渋々と成人式の写真を見せる。茜は両手でスマホを受け取ると、ぱあっと表情を明るくさせる。
「あら、紺色の振袖?」
「はい」
紺色の布地に柄は花と蝶が裾に染められた振袖。白の帯がまた振袖に映え、シンプルながらも、凛とした佇まいの望によく似合う振袖だ。周りの新成人を見ると、華やかな振袖が多い中、望が着る振袖は目立つだろう。
「綺麗ね。望ちゃん、紺似合うね」
「ありがとうございます」
「すっきりとした意匠の振袖をさらっと着こなせるなんて、大人だねえ」
「いえ、そんなことは」
正直、振袖を着る機会はもうなくていいと思っている。着物に慣れていないということが大きな原因で、とにかく疲れる。涼しい顔をして写真を撮ったが、内心、早く着替えたいと思っていた。幸い、成人式の天候に恵まれたため、よかったと思う。これが雨となると、さらに大変だったと思う。
「いいなあ、こういう雰囲気の着物」
「茜さんも似合うと思いますけど。色は青より、赤ならなおよしって感じで」
名は体を表すと言うのか、茜は赤色系統がよく似合う。彼女自身も、暖色の衣を身にまとうことが多い。今は簪で髪をまとめているが、普段の茜色の髪紐は彼女のトレードマークとも言えるだろう。
「んー、私には大人っぽいよ。この顔を見て。童顔だよ」
茜は、ほら、と口をへの字に曲げる。確かに、茜の顔立ちは可愛らしく、幼いと言えば幼い。小柄な体格ということも相まって、この姿で夜の人間界を歩いていると補導されかねない。望と並ぶとより幼い見た目が際立つ。
「それにしても、こうして見ると色々なデザインの振袖があるね。この後ろを歩いている子、中々見ない柄だね」
そう言って茜は望たちの後ろを横切る女性の振袖をまじまじと見つめる。
「レトロな感じですね」
振袖の全体像は見えないが、袖の部分の花柄がレトロな雰囲気だ。大正浪漫を思わせるデザインだ。
「ねー。いやあ、皆素敵だね。男の子はスーツの子が多いんだ」
「そうですね。たまに、袴姿の子見ましたけど」
スーツ姿の男子が多い中、袴姿の男子は目立っていた。
「やっぱりそうなんだ。いやはや、成人の儀の形も変わったなあ」
「ですよね」
古い時代の成人の儀は元服、裳着ぐらいしか思い当たらない。
「茜さんも成人式みたいなことしたんですか?」
人間には成人にまつわる儀式はある。では、妖怪たちの世界ではどうなのだろうかと疑問に思った。
「成人とはちょっと違うけど、試練に合格すれば一人前、みたいな風習はあったよ」
茜は礼を言って望にスマホを返す。
「そんな感じなんですね」
「うん。って言っても、山の頂上を目指すみたいな感じ。道は険しいみたいなんだけど」
「え」
それは命の危険が伴うものだ。昔話で聞く、試練を課され、見事達成できたら認められるといった話と同じなのだろう。
「鎌鼬だから、風を使ってとはいかないんですか?」
それなら、風を起こして一気にゴールまで飛んでいけばいい。鎌鼬の茜には有利な試練のように思う。
「うーん、駄目だったみたい。ちゃんと自分の手足を使って登りなさいって」
「やっぱりそうなんですね」
でなければ試練の意味を成さない。風を使って頂上を目指すというのも成長の証かもしれないが、試練というには呆気ない。やはり、苦労して目標を達成した方がやり遂げたという気持ちが強く出るだろう。
「って言っても、私、試練受けてないんだけど」
あはは、と茜は笑う。
「そうなんですか?」
「うん。試練を受ける前に、こっちに来たから」
茜が常盤街の出身ではないことは知っている。当時、各地を旅していた周に出会ったことがきっかけで、満月医院に勤めることになったと聞いたことがある。
「小さい頃からご家族と離れて暮らしていたってことですか?」
「ううん。あれ? 私、望ちゃんに家族のこと、話してなかったっけ?」
茜は丸い目をぱちくりとしながら、首を傾げる。
「聞いたことはないような……。あ、以前、お兄さんがいらっしゃると聞きました」
誕生日会のときの話だ。あのとき以外に、茜の口から家族のことや故郷のことを聞いた覚えがない。
「それぐらいしか話してなかったっけ? 私が出かけていた理由、何て聞いた?」
「帰省じゃないんですか?」
周と杏介はそう言っていた。年明けて、満月医院が落ち着いた頃に帰省するのだと今日聞いたばかりだ。去年は茜の帰省期間と望の試験期間が重なり、帰省がどうこうという話を聞いておらず、旅行に行っていたのだと望は思っていた。
望の言葉に茜は眉を下げると、あの二人は、と苦笑する。
「帰省と言えば、帰省だけど……。そっか、話してなかったんだ」
そう言って茜は荷物から何やら取り出す。
紐を通した茜色の球体。赤々と燃える炎のような色のそれは夢玉だ。
「夢玉?」
「うん。私の家族はね、もう夢でしか会えないの」
茜はその夢玉を大切そうに握る。その姿に望は息を呑む。
「……ごめんなさい」
「いいのよ」
ね、と茜は望に微笑みかける。
「じゃあ、周や杏介さんが言っていた帰省って……」
「半分正解、半分違うかな。お墓参りにね」
茜の家族が眠る地。毎年、年明けの休暇に訪れる。時々、茜が訪れるよりも先に花が供えてあるのを見ると、気を遣わなくてもいいのに、と毎度思う。僕も関わった立場だから、と彼は言うのだ。
「そうでしたか……」
「二人とも、気を遣いすぎなんだよね」
それだけ、過去の自分は二人に心配をかけたのだと茜は思う。大丈夫か、とおろおろしていた二人の姿を今でもよく覚えている。泣かないで、飯食えよ、ととにかく心配をかけた。気落ちする茜を元気づけようとしてくれた彼らには感謝してもしきれない。
それほどの恩があるのだ。自分たちへの恩返しはいいから薬師として患者を、満月医院を支えてやってくれ、と言うのだ。それで十分だといつも言うのだ。
「この時期になると、いつも心配するんだから」
その証拠に、茜が墓参りから帰ってくると、必ずと言っていいほど食事の用意をしているのだ。外食だったり、二人が用意してくれたりと年によって違うが、二人は茜を食事に誘う。寒かったでしょ、温かいものでも食おうぜ、と二人は声をかけてくれる。それがありがたくもあり、申し訳なくもある。
「三人は兄妹みたいんだなって思うことがあるんです」
周と杏介が兄、茜が妹。いつも周と杏介の後についていく茜の姿が末っ子のように見えるのだ。歳が近いということもあるだろうと思っていたが、茜のことを案じる二人が気を回しているからかと思うと合点がいく。
世話焼きの兄二人と可愛がられる妹。そんな三人の関係に望は微笑ましく思う。望には兄弟がいないため、余計にそう思う。
「私も、そう思うことあるんだ。二人とも優しくて。杏介さんには本当にお世話になりっぱなし」
薬師の先輩である杏介から多くを学んだ。茜に教えることなんてねえよ、手のかからない優秀な後輩、と杏介から言われた。茜からすると、杏介は丁寧に多くを教えてくれた師であり、尊敬する先輩だ。
「周さんも親身になってくれてね。命の恩人でもあるし」
周との出会いは今思えば恥ずかしいものだ。本人は気にしていない様子だが、茜からすると、みっともない姿を見せてしまった。混乱していたとは言え、幼子のように感情をぶつける茜を受け止めてくれた。
あの日積もった雪のように、ぐちゃぐちゃになった感情をぶつける茜を優しく受け止めてくれた。周がいなかったら、茜は間違いなく死んでいた。
「二人とも、頼りがいのあるお兄さんみたいな方たち。だけど、兄ではないの」
茜、と呼ぶ兄の声が聞こえた気がする。からかうようなその声音にいつも振り回されていた。そして、父に叱られた黄昏時の空の色は自身の名前と同じ色だった。
そして、その色は一瞬にして燃え広がる炎と同じ色だ。
「望ちゃん。ハレの話をした後で悪いんだけど、ちょっとだけ、昔話につき合ってくれる?」
茜は成人を迎えた望の写真を思い浮かべる。茜の故郷では、成人の儀に着飾ってお祝いするという風習はなかった。それ以前に、茜は成人の儀を受けることなく、今まで生きてきた。
「私でよければ」
「ありがとう」
茜は懐かしむように夢玉を優しく両手で包み込む。茜にとって、この夢玉は夢というよりも大切な思い出と悲しい記憶を詰め込んだ過去だ。
「あれは、ちょうど今ぐらいの時分だった」
年が明け、皆気が緩んでいたのだろう。
目を閉じると思い浮かぶのは炎の海。荒れ狂う風に吹き飛ばされた茜はその手を取ることができなかった。
もしも、あのとき、あの手を取ることができたなら。何度思ったか。
包み込むような優しい風と空高く吹き抜ける風に守られてばかりの過去の話。




