#1
白い息を吐きながら、望はマフラーに顔を埋める。
「今朝も寒いね」
「本当に。店に戻ったら温かいお茶淹れるね」
「うん」
望のくぐもった声で応じる。周は寒がりの望が早く店に入れるようにとコートのポケットから鍵を取り出す。
今夜も夢の回収が捗った。冬眠する生き物たちから長い夢を回収してきた。とくに、今までの季節の夢、これから訪れる季節を待ちわびる夢などは絵巻物を見ているようだった。興味深い夢を見つけられて、周は大満足である。少しばかり味見をしたところ、これまた美味い夢だった。商品として売るよりも、自身の手元に残しておきたい夢であった。
そんなことを考えていると、店の前に着く。周は鍵を開け、すぐさま二人は店内に入り、カウンターの奥の居間へと向かう。
いつもだったらそうなるのだが、今回は違う。三人目の気配に気がついた二人はばっと後ろを向く。
扉の前に一人の黒い衣を着た少年が立っていた。全く気配を感じなかったのに、店に入るやいなや、少年の気配を感じた。鍵を開ける前後に彼はいなかったのに、扉が閉まると同時にするりと入ってきたかのように、少年は姿を現したのだ。
「……君、どこから来たの?」
周は望を背に庇う。雰囲気からして、敵意のない様子の少年だが、人間ではない。
冬の空気のようにしんとした雰囲気の少年は懐から何か取り出す。
「突然の訪問、お許しください」
十歳ほどの見た目に似合わず、硬い声音で話す少年は持っていたそれを周に見せる。
「夢屋胡蝶の貘殿へと文を預かって参りました」
「文?」
周は少年が持っている文の宛名の文字を見る。夢屋胡蝶殿、と流れる文字が書かれている。その文字に周は目を瞠る。
「私、玄と申します」
少年はそう名乗る。
「玄……?」
周は首を傾げる。心当たりのない名前だ。
「京なる人のもとから遣わされました。貘には告げよ、とのお言葉です」
「……ああ、なるほど。上がって」
玄の言葉にピンときた周は苦笑し、背後の望を見やる。不思議そうに二人のやり取りを見ていた望の耳は赤く、彼女の身体が冷えていることがよくわかる。
「奥、行こうか。寒いでしょ」
「うん。……私、いてもいいの?」
「むしろ、君のことだからね」
周は望の背を押す。
三人はカウンター奥の居間へ上がる。周は電気を点け、二人を炬燵へ入れて、湯を沸かす。時計を確認すると、五時少し前である。
「君、いつからいたの? 寒かったでしょ?」
「ご心配には及びません。着いたばかりでしたから」
玄は淡々と話す。十歳ほどの子供の見た目とは不釣り合いな話し方だ。あまりにも落ち着いた話し方をする。
「そう?」
「はい。私より、望様の方が冷えておられるかと」
「え?」
望は手に吹きかけていた息を止め、玄へ視線をやる。すんとすました顔をする玄に望は名乗ってもいなければ、周が望の名を呼んでもいない。
「どうして、私の名前を?」
「主より話を聞いています」
「主?」
明らかに人ではない少年だ。妖怪かと問われるとそれも違う。
澄み切っていて、洗練された空気をまとう少年。祓い清められた、神秘的な雰囲気だ。
玄と目が合う。均整のとれた顔立ちをしていて、黙っていると人形のようだ。彼の目は不思議なほど美しく、黒曜石を埋め込んだようだ。
人ではない彼が仕える主とは何者なのか。そのような疑問が新たに浮かぶ。
「貘殿、望様には何もお話されていないのですか?」
玄の視線は周へと送られる。
「あー……君の主のことはまだ何も。協力してもらえないかって文を送ったって話はしたよ」
「春海さんからお話聞いたときに言っていた人?」
春海から報告を受けたとき、周が何か考え込んでいた。もしかしたら、と心当たりがあるようで、文を送ってみる、と言っていたのだ。
その手紙は十月の半ばに送られた。何でも、八月、九月は相手方が忙しいらしく、手紙を送ったとしても見落とされる可能性があるからとのことだ。本当はすぐにでも送りたいんだけど機嫌を損ねるだろうから、と周が遠い目をして苦笑していた。
「そう。その人からのお返事ってこと……だよね?」
「はい。遅くなってしまって申し訳ないと主からお言葉を預かっています」
「うーん……。お忙しい方なのは重々承知しているけども」
周は茶器や茶葉の用意をしながら苦笑する。できることなら、もう少し早めに返事がほしいところだった。
「照会に手間取ってしまいまして……。誠に申し訳ありません」
玄は望に深々と頭を下げる。
「いいえ、そんな。お忙しい中、お時間をとっていただいて、こちらこそ申し訳ないです」
望も頭を下げる。相手について周から、忙しい人だと聞いている。
「君の主は元気にしてる?」
「はい。そろそろ昼の仕事が忙しくなると申しておりましたけども」
「昼の仕事? 今は何をしてるの?」
「書道教室を開いています」
「書道教室!?」
思わず大きな声が出た周に望は肩を跳ねさせる。
「え!? それ、本当!?」
「はい」
「うっわ……。生徒さんが羨ましい。けど……けど……」
うう、と何かと葛藤する周をよそ目に、望は手紙の宛名を見る。正直、読めない字である。
望にはこの字が上手いのか、下手なのかわからない。古い書物の文字である。
美術品に明るく、周自身も達筆な字を書く周が生徒に対して羨ましいと言うほどの腕前の持ち主だ。そうでなければ、書道教室を開くことなどできないだろう。
「これから忙しくなるって……あ、書初めですか?」
「はい」
そろそろ冬休みが始まる頃だ。小学校、中学校と冬休みに習字の課題が出され、三学期の初めに書初め大会が行われていた。書道教室の先生ともなると、本腰をいれる時期だろう。
「忙しくなりますね」
「ええ。ですが、主は本業より楽しいそうですよ」
「そりゃあ、そうでしょうよ。あの人、本業以外のことで筆持ってるときの方が楽しそうだし」
湯が沸いたポット片手に周は呟く。
「あの、結局、何者なんですか?」
望が玄に尋ねると、玄は一度まばたきをする。
「望様に教えてもよろしいですか?」
「そちらが話してもいいって言うなら僕は構わないけど」
「そうですか。こちらとしてもとくに問題はありませんから」
そう言って玄は包みから文を取り出す。そして、文を開く。ふわっと爽やかな香りが広がり、雪を被った竹のような薄っすらとした青緑色の紙に流れるような文字が綴られている。
「わたの原、八十島かけて、こぎいでぬと、人にはつげよ、海人のつり舟。この歌をご存知でしょうか?」
「聞いたことあるかも……。百人一首ですか?」
小学生のときにカルタ大会をするからと覚えたのだが、もうほとんど忘れてしまった。しかし、何となくだが響きに聞き覚えがある。
「はい。この歌は主が詠んだ和歌です」
「百人一首の人なのですか?」
つまり、玄の主は人間ということになる。しかし、百人一首が編まれた時代、歌人たちの大半はすでに亡くなっている。よって、玄が仕える主は鎌倉時代より前の人間ということになる。
「はい。お孫様の方が有名ですね。花の色は、移りにけりな、いたづらに、わが身世にふる、ながめせしまに」
「小野小町ですね。……小町のおじいさんかおばあさんですか?」
小野小町は小野氏の中でも有名どころである。他に小野氏で有名なのは妹子であるが、小町の祖父というには年代が離れている。その妹子と小町の間にいる人物だ。
「君、焦らすね」
周はお茶を注いだ茶器を盆にのせ、二人のもとへ運ぶ。
「もう素直に言ってしまえばいいのに」
「貘殿からおっしゃってくださってもいいのですよ」
「恐れ多いかな」
「何をおっしゃいます」
周は玄の前に茶器を置く。
「さあ、貘殿の口からどうぞ」
「はーい、光栄だよ」
周は望の前に茶器を置き、自分の分も置くと炬燵に入る。冷えた手を炬燵の中にいれ、温めながら、望の様子を窺う。
「彼の主は小野篁卿だよ。百人一首のカルタでは、参議篁って載ってたかも」
「小野……篁卿……」
望は周が言った名前を繰り返す。
「……」
望の視線がすいーっと泳ぐ。
「あー、知らないかー」
「ごめんなさい」
望は肩を落とす。名前を聞けばピンと来るかと思ったのだが、正直言って聞き覚えのない名前だった。和歌は覚えても、詠者までは覚えていない。
「でも、その方ってすでに亡くなられているんじゃ……」
百人一首に名を残すような人物であるなら、存命であるはずがない。
「そうですね。わが主、小野篁様は生前より、冥府の官吏であられます。一度は亡くなりましたが、死後も冥府の官吏として働いています」
「冥府の官吏?」
望の頭上に疑問符が並ぶ。
「また望ちゃんがフリーズしちゃった。ほら、お茶飲んで落ち着いて」
普段はクールな望だが、こういった予想外のこと、とくに人間界ではありえない話題になると思考が追いつかなくなってしまうことが多い。あまり顔には出ないのだが、ここ二年、一緒に過ごしてきて、意外と混乱しやすいところがあるとわかった。
周に促されて望はお茶を飲む。美味しいほうじ茶だ。望は一息つく。
「冥府って所謂あの世ですよね?」
「はい。閻魔大王にお仕えしている、と言えばわかりやすいでしょうか?」
「閻魔大王? ……大物では?」
あの有名な閻魔大王。幼いとき、悪いことをすると閻魔様に舌を引っこ抜かれるよ、と祖父母に言われた。地獄と言えば、このお方という代名詞のような存在である。
そんな閻魔大王にお仕えしている人物からの文。どうなっているのだ、と混乱する頭を無理に切り替える。
「大物だねえ。妖界でも超有名」
「うわあ……」
望は小野篁という人物のことをよく知らないが、彼に関連する言葉があまりにも大物すぎて、彼自身も大物ということがよくわかる。そのような人物と関係のある周もよくわからない。
「とりあえず、篁卿の経歴とかはまた今度話すってことで、一旦置いておいて」
周は物を横に置く動きをすると、文を指さす。
「お言葉を聞こうか」
「はい。こちらが主より預かって参りました文でございます」
「拝見します」
周は薄青の紙を受け取る。しんとした冬の空気のように冷たさを感じる香が強くなる。
周は流麗な文字を目で追う。返事が遅くなったことの詫びから始まった文だ。変わらず美しい文字を書くなあ、と思いながら周は読み進めていると、思わぬ一文を見つける。
「……え?」
望は、どうしたのだろう、と不思議そうに周を見やる。周は文から顔を上げると、望と玄を順に見た後、もう一度、文に目を落とす。
「……篁卿、望ちゃんの件に関わってたの?」
「え?」
周の言葉に望は理解が追いつかない。周も、二度、三度、と文を読みなおし、再度文から顔を上げる。
「ねえ、君。篁卿と望ちゃんって会ったことあるの?」
「はい。ちなみに、望様。あなたは私とも会ったことがあるのですよ」
「へ?」
望は玄の顔をまじまじと見つめる。が、当時の記憶はひどく曖昧で、彼の顔に見覚えがない。
「覚えていないのも無理はないかと。我々が到着したとき、ひどく混乱していましたし、すぐに気を失ってしまいましたから」
ひどく取り乱していた。恐怖で顔がひきつり、目に涙を溜めていた。声を上げることもできないほど、幼い望は固まっていた。篁たちの到着により、恐怖の対象が増えたと思われても仕方なく、幼い望が混乱するのも無理はない。
「……繋がったね」
周は小さく笑う。篁からの文、玄の言葉から望との関係がはっきりした。玄の口ぶりからして、篁たちは望を助けた側だ。篁の仕事からしても、望を助けなければならない事情があったのだろう。
「うん」
小野篁。歴史上の偉人や冥府が関わってくると思っていなかった望は実感が湧かない。
「文にも書いてあると思いますが、今後は電話で連絡を取らせてください」
「ありがたいね。……篁卿がスマホ持ってるのびっくりだよ」
文の終わりの方に記された電話番号はどう見ても固定電話の番号ではない。
「便利だと愛用されています」
「電子機器使いこなす篁卿の絵面面白そう」
使える物は使って、事を成す。今の時代に適応しながら生きていると言えるだろう。
「こんなことなら、電話番号書いとけばよかった」
そうすれば、ここまで時間がかからなかったかもしれない。
「周、手紙の続きは?」
「ん? 直接会って話がしたいから、日程のことを式神と話し合ってほしいって。あと、寒くなるから体調に気をつけてねって」
草々、と文章は締められ、末尾にはたかむらと平仮名で記されている。
周は望に文を渡す。綺麗な薄青の文を受け取った望は流れるような文字に首を傾げながら、末尾の名前を指でなぞる。
「小野篁さん……」
この人が恩人なのだろうか、と当時のことを思い出そうとする。しかし、黒い影のことしか思い出せない。
「こっちも電話番号教えるよ。ショップカード持って来る」
そう言って周は炬燵を出て店の方へ駆けて行く。すぐに戻ってきた周はカードを玄に差し出す。
「お預かりします。望様、文に目を通されましたか?」
「えっと、一応……」
字は読めないため、文字を見たのみだ。
「この番号、スマホに登録してもいいですか?」
望が尋ねると、玄はこくりと頷く。
「構いませんよ。ただ、名前は高い村の高村で通していますので、そのように登録していただければ」
「高村さん、ですか」
「本名は使えないので、偽名を使っています」
「なるほど」
望は篁の番号を高村としてスマホに登録する。望の隣で、周はメモ帳に電話番号を写す。
「私の番号もお教えした方がいいですか?」
「可能ならば」
望は玄からショップカードを受け取り、夢屋の電話番号の下に自分の番号と名前を書く。
「お願いします」
「はい」
玄をショップカードを受け取ると、じっと望の番号を見つめた後、懐にしまう。
「さて、次は日程の話?」
周は棚のカレンダーを見上げる。今年のカレンダーの隣に来年のカレンダーが置かれている。今年も残り二週間ちょっとで終わりだ。
「はい。こちらの勝手で誠に申し訳ないのですが、主は京から離れることが難しい方です。お二人にお越しいただけないでしょうか?」
篁は京都での活動が主である。緊急事態や冥府からの命がない限り、基本的に京都から出ることはできない。
「僕は構わないよ。久しぶりに京都行きたいし」
「周、遊びに行くわけじゃないんだから」
「かしこまらなくとも結構ですよ。お時間をいただきたいので……予定としては、二、三日ほどですね。二泊三日の旅のつもりでいらっしゃいと主が申しておりました」
「へえ、珍しいことを言うね」
用が済んだら解散、と篁なら立ち去るのに。その様子がありありと想像できた周は望の横顔を盗み見る。周だけなら用が済めば帰れと一蹴されそうだが、望がいるから丁重な扱いなのだろう。
篁が関わった人間。何か負い目でも感じているのだろうか。そんなことを考えた周は視線を下げる。
「望様、京都までお越しいただくことは可能でしょうか?」
「はい」
むしろ、望が篁を訪ねる方が筋だと思う。忙しい人がわざわざ時間を作ってくれるのだ。こちらから足を運ぶのが筋だろう。
「では、続けますね。年末年始は皆さん忙しいでしょうし、望様は学生さん。望様が春休みに入られてからがいいのではないか、と言付かっております」
「いいんじゃない?」
「春休み……。えっと」
望はスマホのカレンダーを開く。冬休みの開始は二月の一週目末からだ。
「はい、大丈夫です」
今のところ、予定は少なく、空きが多い。
「帰省のご予定は?」
「するとしても、長くは帰らないと思うので」
「そうですか。……では、こちらから何日か提案をしてもよろしいでしょうか?」
「はい」
「いいよー。よいしょ」
周は立ち上がってカレンダーを手に取り、また炬燵に戻る。
玄はカレンダーの日付を指さしながら、日程をいくつか提案する。
「いつがよろしいでしょうか?」
「まあ、できるだけ早い方がいいと思うな。望ちゃんは?」
「私も、皆さんの都合がよければ一番早い日に」
「かしこまりました。では、主にお伝えいたします」
玄は淡々と言うと、頭を深々と下げる。
「では、私はこれにて失礼いたします」
「もう少しゆっくりしていきなよ。ほら、お茶もあるし」
玄にと用意した茶は一口も飲まれていない。玄はじっと茶器を見つめると、茶器を手で包む。いただきます、と小さく言って玄はこくこくと飲む。
「……美味しゅうございます」
「どうも」
玄は水面に映る自分の顔を見つめた後、また飲み始める。そして、最後の一滴まで飲み干すと、茶器を置き、手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様です」
「では、これで」
「君、せっかちだねえ」
「主が帰って来られる時間になりますから」
そう言って玄は時計を確認する。今から急いで帰るとなると、ぎりぎり出迎えができる時間だろうか。
玄が炬燵から出ると、周と望も炬燵を出る。
「寒いですから、どうぞ、温まっていてください。とくに、望様は耳まで真っ赤でしたから」
「いや、ですが」
「じゃあ、僕だけお見送りに行くよ。望ちゃんは温まっていてね」
周に半纏を掛けられた望は視線を彷徨わせた後、おずおずと玄を見上げる。
「……お言葉に甘えて。こちらで失礼します。あの、お世話になりますと、よろしくお伝えください」
「はい。また、お約束の日が近づきましたら、ご連絡差し上げます。寒さ厳しい折、お身体ご自愛ください」
玄が深々と頭を下げると、望も頭を下げる。見た目に似合わず、大人びた言動の少年だ。
「じゃあ、お見送りしてくるね」
コートを着た周が先導する。玄は再度、望に頭を下げて周の後を追う。
カラン、と店のベルが静かに鳴る。冷え切った明けの空気に周の息が凍るも、玄の息は何も変わらない。
「どっちに帰るの?」
扉を閉めた周は玄に尋ねる。玄の無機質な目が周を見上げる。
「その前に、あなた宛てに主よりお言葉を預かっております」
「へえ……。何だろう」
周は深々とため息をつく。
篁からの文には違和感があった。あの篁がいの一番に言及すべきことが文には書かれていなかったのだ。彼の第一声にあるだろうと予測した言葉は文に一言も書かれていなかった。
「ご自分が一番よく理解していらっしゃるのではないでしょうか」
「そうかもね。……一応、聞くよ」
周は目を伏せ、玄の言葉を待つ。張り詰めた冷たい冬の空気が玄の雰囲気に似ている気がする。
「望様に貘の一族とのことをお伝えしないのですか?」
「うん。伝えていないよ」
「左様ですか」
玄は事務的な口調で受け答える。
「では、主からそのまま伝えるように、と言われたお言葉を申し上げます」
周は真っ直ぐに見上げてくる玄に先を促す。
玄の呼吸音が聞こえる。
「俺を頼るという手は間違いない。実際、俺が関与したことだったから、こちらでできる範囲のことなら協力しよう。だが、頼る順序が違ったようだ。そちらに何か考えがあって、貘よりも先に俺を頼ったのなら理由をお聞かせ願おう」
少年の声ではなく、篁の声で玄は伝える。気圧されるような篁の声音に周は身体を震わせる。
「……絶縁された僕に彼らを頼るなんてできないから」
「現状、遠回りになっているがそれでも?」
玄は篁の声のまま続ける。
「彼女には申し訳ないと思っているよ。だけど……彼らは僕のことを許していないはずだ。縋っても駄目だ。文を送りはしたけど、受け取りを拒否されたと返ってきてしまった」
「……そうですか」
玄の声は淡々とした少年のものに戻る。
「一応、行動はしたのですね」
「うん」
「わかりました。主からのお言葉は以上になります。それでは、私はこれにて失礼します。明朝に突然押しかけてしまい、申し訳ありませんでした」
玄は深々と頭を下げる。
「いや。……篁卿に言伝を頼んでもいい?」
「はい」
「……」
周は目を閉じる。瞼の裏にあの日の光景が焼きついて離れない。縁を切られてからどれほどの月日が流れたことか。
「……僕が弱いばかりにご迷惑をおかけします、と伝えておくれ」
「承知しました。では、私はこれにて失礼致します」
そう言って玄は一歩、二歩、と駆けだす。すると、黒い衣が翻り、一羽の烏となる。烏の姿となった玄は太陽とは反対側の空へ飛んで行く。
玄の姿が見えなくなるまで見送った周は顔を覆い、そのまましゃがみこむ。
「……ごめんよ、望ちゃん」
そう呟いた周の髪を凍るように冷たい風が揺らした。




