#6
綺麗な人、美しい人、可愛い人。彼女たちはキラキラと輝いていて、あの人の顔やスタイルに憧れるとか、羨ましいとか言う人もいるだろう。
里美もその一人だった。あの人素敵だな、とテレビや雑誌、SNSの女優やモデル、アイドルたちを見るたびに思う。目鼻立ちの整った彼女たちのようになりたいと里美なりに努力している。彼女たちがしている美容法を真似をすることもあった。
望と初めて出会ったとき、地味だが綺麗な子だと思った。くっきりとした顔立ちの中でも、その瞳が一等目を惹いた。透き通るような一点の汚れもない目だ。瞳の綺麗な女優やモデル、アイドルは当然いる。が、望の瞳は彼女たち以上に美しかった。心から綺麗な目だと思ったのは望の瞳が初めてだった。
ナチュラルメイクな望の目元は必要最低限のアイシャドウで済ませていますといった具合だ。アイラインも少しいれている程度、ビューラーやマスカラは使っていないと本人から聞いた。望の目元は本当にナチュラルなのだ。
最低限の化粧。それであんなにも目を惹く目をしているなんて、元からなのだろうと里美は悟った。
自分は作っているのになぜ。そうも思った。望は美容に対する興味は薄く、里美がメイク用品の話をしても反応は薄い。どっちがいいかな、と訊けば、こっちの方が里美に合うと思う、と意見はくれる程度。
元の素材がいいから、望は気にしなくても最低限のメイクで済む。気づいてしまった里美は羨ましいと思ってしまった。
そんな彼女に里美は尋ねてしまった。案の定、望はその綺麗な目をまばたかせ、不思議そうに里美を見つめている。
「そんなこと訊かなくても、里美はいつも綺麗で可愛いよ」
望の口調は淡々としていて、クールな印象を抱きやすい。表情がよく変わるわけでもないため、余計にそう思わせる。
「頭の天辺から、つま先まで念入りに気を遣っていると思う」
淡々とした口調でこのようなこと言うのだ。
望の褒め言葉はストレートだ。回りくどくあれこれ言うことはなく、思ったことをそのまま口にしている印象だ。
「ありがとう、望。ごめんね、重い質問して」
「質問内容もそうだけど、いつになく真面目な顔で訊かれるとかなり重い。時々ならいいけど、毎日言われたら嫌だ」
その言葉に里美は言葉を詰まらせる。確かに、誰に対しても、私って綺麗? なんて毎日訊いたら相手が嫌がるのは想像にかたくない。
「ばっさり言ってくれてありがとう。……もっと早くに望に出会えたらよかったのかな」
里美は苦笑する。無意識に削っていたのか、ネイルが少しだけ剥げている。
「えっと、何の話だっけ……」
「セーラー服の女の子」
周がやんわりと言う。
「あ、そうだ。心当たり……。多分、彼女は私自身だと思います」
「あの子が里美?」
「うん。あの制服、中学校の制服だし、声も私の声」
制服に見間違いはない。セーラー服の少女の声は今の里美よりも高い声のときものだ。
「そうだよね」
周はわかっていたと言わんばかりにあっさりと言う。
「ちょっとだけ、昔話につき合ってください」
里美は脳裏に浮かぶ顔を黒く塗りぶされた彼女に重ねる。
一重の目、低い鼻、荒れた肌。
それが昔の里美の顔立ちだ。今と比べると全く違う顔だ。当時は鏡を見るのも憂鬱なほど、自分の顔が嫌いだった。
それが表にも出ていたようで、周りからいじられることがあった。いじめとまではいかないものの、里美の顔って地味だよな、不細工だ、とからかわれた。
学年には可愛らしい子が何人もいた。その子たちと比べられることが嫌だった。
少女から女性への変化。そのようなタイミング、思春期という時期も時期だったこともあり、肌荒れでいじられることが一番嫌だった。
「高校進学を機に変わろうと思ったんです」
見た目のことでいじられるのは嫌だ。それならば、変わろう。
そう思った当時の里美は校風の自由な学校へと進学した。里美の学力ならもっと上の高校に行ける、と担任から何度も言われた。親にも反対されたが、里美はその高校へと行きたかったのだ。
里美が通っていた中学校からその高校への進学は少ない。通学に一時間半はかかる高校で、近場にも同じぐらいの偏差値の高校があるため、あまり志望する生徒がいないのだ。
その高校は本当に自由なところだった。髪を染めようが、メイクをしようが、バイトをしようが先生からの口出しはなし。自由だが、責任は自分でとるようにという方針だった。中には問題行動を起こす生徒もいたにはいたが、大多数は自分の手に負える範囲で好き放題やっていた。
変わりたかった。高校デビューなんて言葉があるが、まさにそれだった。そこなら中学生時代の里美を知る人は少なく、オシャレもできる。
そう考えた里美はちゃんと勉強するからと親を説得し、その高校への進学を渋々許してもらった。
そこで里美はファッションやメイクを友人たちから教わった。それから里美の見た目はガラッと変わり、性格も明るくなった。里美と同じ中学出身の生徒が数人いたものの、里美とさほど接点なく高校生活を送っていた。
そして、大学受験。里美は自分の昔を知る人から逃げるように地元から離れたいと思っていた。地元を離れるなら国公立大学にしてほしいという親の願いのとおり、現在通っている大学に合格したのだ。
「っていうだけの話」
里美は一息つく。少し疲れた顔の里美の横顔を望は心配そうに見つめる。
望の知らない里美の過去だ。里美との今までの会話を振り返ってみると、高校時代の話が多かったように思う。単純に近い時期だからと思っていたが、中学生時代には苦い思い出があったから話しにくかったとも言えるのではないだろうか。
「この辺りには私の過去を知っている人なんていないし。一人暮らしをしてみたかったっていうのもあるけどさ」
通っている大学に同じ高校の出身者はいない。中学校の出身者もいない。まさに里美のことを知る者などいなかったのだ。
そんな新たな地で自分をさらに磨こうと決めた。
「そういうことがあって、セーラー服の私は綺麗になるってずっと言っていたのかも」
里美の中での心当たりはこれだった。中学生時代の里美が心から願ったことだ。だから、彼女はセーラー服姿で里美の夢の中に現れたのだろう。
「でも、どうしてここ最近同じ夢を見るの?」
望の疑問に里美も首を傾げる。
「確かに」
夢の内容の心当たりはあった。次の疑問は繰り返しあの夢を見ることについてだ。今日初めて夢の全容を覚えていたため、今までの夢に差異はあるかもしれないが、何となくいつも見ている夢のような気がする。これもまた不思議だ。
「きっかけがあると思うんだ」
周はそう切り出す。
同じ夢を何度も見続ける。それは何かしらのきっかけがあるはずなのだ。里美の夢を覗き見たとき、繰り返し見ている夢だと気がついた。何度も同じ夢を見ていながら覚えていないのは体質の問題か、もしくは、覚えていないようにと無意識の内に忘れているか。
「きっかけ……」
里美はそう言葉をこぼす。中学生の自分に関することで、近い内に何があったか、もしくは、何かあるか。
あれしかない。里美は帰省中の出来事を思い返す。
「望、成人式、行く?」
「え? うん、その予定だけど……」
振袖も決め、前撮りも済ませた。中学校、高校の同窓会も成人式の日前後に行われることになっている。久しぶりに友人に会えると思い、参加する意思を幹事に伝えてある。
望は、あ、と声を上げる。
「そっか。地元の子たちと顔を合わせることになるのか」
市内の新成人が集まるのだ。同窓会を行う学校もあるだろう。そうなると、中学校の同級生と顔を合わせる可能性がある。
「そう。夏休み中に前撮りを済ませたときにそれがよぎってさ。別に会うこと自体はいいんだけど、からかわれるんじゃないかって」
大学デビューかよ、と中学校の同級生の男子の顔が浮かぶ。思い出したくない顔だ。彼らの進路がどうなったのかは知らない。
「ちょっと怖いなって」
「高校進学後はずっと連絡取ってない?」
望に尋ねられた里美はこくりと頷く。
「ほとんどの子とは連絡取ってない」
今でも連絡をとっている数少ない友人は小学生からの縁だ。彼女たちぐらいしか今の里美を知らない。彼女たち伝てで誰かに知られている可能性もあるが、面と向かって話すのはその限られた友人だけだ。
「店主さんのときの成人式ってどんな感じでした?」
「えっ」
周は思わず目を泳がせる。里美からしてみれば成人式を済ませたと見られて当然だ。成人式に参加されましたか? と言われても不思議ではない。
が、周は人間ではない。成人の儀自体はしたものの、それは貘流の儀式。当然、人間の成人式に参加したことなどないのだ。
「えーっと、普通だったと思うよ。ニュースで取り上げられるような感じだったかな。まさにあんな感じ」
「テレビで流れるあんな感じですか」
「そう、そんな感じ」
どんな感じなのか知らないよ、と思いながら周は答える。望の冷めた視線が地味に痛い。
「同窓会も参加しました?」
「い、一応……」
「参加率って高いですか?」
「どうだったかな……。うん、ほぼ全員いたような気はする」
「やっぱりそうですよね」
うーん、と考え込む里美に周は落ち着こうと麦茶を飲む。
望からの視線が痛い。ちらっと望を見れば、嘘つきと言わんばかりに冷めた目で見ている。しょうがないじゃないか、と周が眉を下げると、望はふいとそっぽを向く。
「で、でも、嫌なら参加しなくてもいいんじゃないかなって思うよ」
「同窓会はそれでいいかもしれませんが、成人式は難しいですよ。振袖予約してますし」
「あ、だよね」
女子の成人式は何かと金がかかるだろう。周は頭の中で成人式に必要なものを列挙する。
振袖はもちろんのこと、帯やら、髪飾りやら、草履やら、揃えなければならない。ヘアメイクもそうだが、記念の写真撮影もある。同窓会に参加するなら、ドレスコードに沿った服の用意や参加費用もかかる。
成人式関係の一連の流れ。どれほどの金額になるかはわからない。振袖を買うかレンタルするかによっても変わるため、一概にこれぐらいとは言えないにしても、それなりの金が飛んでいくだろう。
金も時間もかかる。せっかく準備をしてきたのに、キャンセルするなんてとんでもないことだ。
「顔を合わせたくないなって思ってたから、あんな夢見たのかな……」
頭の中で算盤を弾く周をよそに、里美は呟く。
「その仲いい子たちとずっと一緒にはいられないの?」
知っている人間がいるなら、と望は思う。わざわざ同級生全員に挨拶をする必要もなければ、会話する必要もないのだ。長いつき合いの友人と一緒にいればいいではないかと思う。
「それも考えたけど、彼女たち、地元の高校に行ってたんだよね。となると、成人式で高校のときの友達とも話したり、振袖姿の写真撮りたいよなーって。そう思うとずっと一緒は難しいよ」
「うーん……。今のところ、里美は成人式にも同窓会にも参加する予定?」
「一応。でも、正直、中学の同窓会はちょっと気乗りしない」
「うん……」
気にしなくていいと思うよ。
望はそう思うも、それは言ってはいけない言葉だ。里美は見た限りでは平然としているが、奥底では思い悩んでいて、それが夢という形になったのだろう。その気持ちを否定するのはやってはいけないことだ。
見た目で判断してはいけない。そうわかっていても、無意識の内にしてしまう。言った本人は、何となく、ちょっとからかっただけ、と思っていそうだが、その言葉で傷つく人もいるのだ。一線を越えればそれは一生消えない傷になる。里美のことをからかった生徒たちは何の気なしに言ったのかもしれないが、それで里美が傷ついたのは事実。里美の場合、その言葉を受けて変わろうと決意し、実際に変わったのだ。いい方向へ進んでいると思うが、場合によっては立ち直れない。
結局、周や望があれこれ言っても決めるのは里美だ。望ができることは限られる。こうして話を聞くことが最善なのかもしれない。
「悩みが夢になったのでしょうか?」
里美は周に尋ねる。周は、そうだろうねえ、と静かに答える。
「お友達はどうしたい? 悩みが解消されれば夢を見なくなると思うんだ。夢を通じて解決、もしくは、いい方向に変化させたいのなら、お手伝いするよ」
「……具体的には、どんなことをしていただけるのでしょうか?」
「夢は変幻自在だからね。君がこうしてほしいと思うことがあるなら、僕はその要望に応えるよ」
夢は変幻自在。夢が切り替わる前、周がそう言っていたのを里美は覚えている。
夢を操ることができるのなら。里美はセーラー服の少女を思い浮かべる。
「……あの、質問をひとつ」
「ん? 何?」
周は首を傾げる。
「既存の夢をいじることは可能ですか?」
「できるよ。夢を見る本人の中でイメージがあるならやりやすい」
里美はしばし考え込む。
怪しさはまだ拭いきれない。だが、周の言葉を信じるのならば。
「お力を貸していただけませんか? 少し、やってみたいことがあるのです」
周の細い目がさらに細くなる。
「もちろん。話を聞かせてくれるかい?」
そう言って周は里美に話を促した。




