#2
真っ白な生クリームに芋けんぴを砕いた粒が散りばめられている。見るからにカロリーの高そうなそれに望は目を据わらせている。
「……相変わらず里美はすごいの飲むね」
望は向かいの席に座る平川里美の飲み物は見るだけで腹が膨れる。半分以上砂糖でできているのではないかと思わせる見た目のそれを飲む勇気は望にはない。
「甘いの飲まないとやってられないよ!」
里美は、いただきます、と言って季節限定のスイートポテト風味のそれを飲み干す勢いですする。望はその様子を眺めつつ、注文した柚子ティーに口をつける。ちょうどいい甘みと柚子の爽やかな風味が暑さを吹き飛ばしてくれる。
里美とは大学に入ってからの友人だ。二人とも心理学部で、一年生時の第二言語のクラスが同じだったことがきっかけで友人になった。同じ講義では、隣で一緒に授業を受けるようにもなった。二年生になって専攻の小クラスが同じだったときは二人とも手を取り合って喜んだ。
里美のことを初めて見たとき、望は派手な人だと思った。飴色の長髪を緩く巻き、メイクもばっちりと決め、キラキラと輝く女子大生。望はシンプルな物が好みのため、里美とは正反対だ。見た目は丸っきり正反対の二人だと周りから言われたことがある。
実際に話してみると、里美は相手の様子をよく窺う人間だった。やっほー、と初対面の望に声をかけ、小クラスのことや履修している授業、出身の話などなど、次から次へと矢継ぎ早に話しかけてきた。怒涛の勢いについていけなかった望に、突っ走り過ぎた、と里美は頭を掻いた。ごめんね急に、と今度はゆっくりと話しかけてくれた。彼女も下宿をしているようで、一緒だ、と満面の笑みを浮かべた。それが彼女との初対面だった。
話し上手、聞き上手の里美はグループワークのまとめ役に向いている。グループワークがあると、大抵里美が仕切ってくれる。これについてどう思う、その考え方いいね、と相手の話を聞きつつも、私はこう思う、あなたとちょっと違う考えだけど、と自分の考えも述べる。いてくれると助かる、頼りになる存在だ。
流行に敏感で、オシャレにこだわる。おしゃべりの話題にも事欠かない。いつもあれがしたい、これがしたいがあって時間が足りないという彼女は人生を謳歌している。一年半つき合ってきた望は里美のことをそんな風に思っている。
「はー、美味しい!」
スイートポテトの甘さがいい。芋自体の甘味に加え、生クリームが加わるとこってりとしないかと思っていたが、バランスが絶妙だ。思っていたよりはこってりとせず、まろやかな味わいだ。
「よかったね」
「望ってこういうの飲まないよね」
「飲み切れる自信がなくて」
甘いもの自体は好きなのだが、だからといって無限に食べられるわけではない。とくに、里美が飲んでいるような砂糖を溶かしまくりましたと言わんばかりのドリンクは見るだけでお腹がいっぱいになる。生クリームを大量にトッピングしたパンケーキなども途中でくどくなってしまうだろう。
食べきれない自信があるなら、頼まない方がいい。残すのは申し訳ないから。そう思って望は中々手を出せない。
その点、この柚子ティーのようなシンプルなものが望に合っていると思う。夢屋でバイトをするようになったためか、出先でお茶を頼むことが増えた。以前の望なら、コーヒーを飲むことの方が多かったが、紅茶やハーブティーも飲むようになった。
周にはめられた気がする。彼は、お茶にしようよ、と気軽に誘ってくる。最初は断っていたのだが、学習した周は、もう望ちゃんの分も用意しちゃったから飲んでね、と先手を打つようになった。結果、望は断れず、おやつの時間を過ごしてしまう。
周とのお茶会があるからだ。それで、コーヒーではなく、紅茶やハーブティーなどのお茶を頼むようになった。
「それで、今日はどうしたの?」
飲み物の話題はさておき、望は本題を切り出す。
大学の後期が始まって一週間が経つ。今日の授業が終わると、ちょっと相談にのってほしい、大学近くのカフェに行こう、と里美に誘われた。
普段、里美の言う悩みというものは望からすると小さなことや縁のないものばかりだ。コンサートやライブのチケットがとれなかったとか、ほしい服やコスメがあるんだけどお金がカツカツで買うかどうか悩んでるとか、望とはあまり縁はないが、学生にありがちな悩みだ。それらは普段の会話の中に織り込まれることが多いのだが、今回は違う。
里美はいつもと様子が違い、疲れた様子だ。いつもパワフルな彼女が珍しいと思いながら望は里美と一緒にカフェに入ったのだ。今もいつもに比べると元気がないように見えるのだ。明るく振舞うその姿が空元気に見える。
望の言葉に里美は視線を下げ、ドリンクを置く。
「実はさ、最近変な夢見るんだよね」
里美は深々とため息をつく。
「変な夢?」
望は思わぬ相談に首を傾げる。普段の里美が口にする悩みや相談に比べると毛色が違う。
「うん。そのせいかわからないけど、眠りが浅いのか二、三時間に一回目が覚める日もあるし……」
「ああ、それで後期始まってから里美のメイク変わったのか」
「望が私のメイクの違いに気づくって珍しいね」
里美は感心した様子で目をまばたかせる。
「メイク濃いなーって」
「えっ! ちょ、濃いって……」
里美は頬に手を添える。確かに、顔色が悪く、ひどいときは隈が出来ていることもある。そのため、隠そうと少し濃いめのメイクをしていた。メイクの仕方を変えたり、新しい化粧品を使っても何の反応も見せない望に指摘されるとは思わなかった。てっきり、気づいていないのかと思っていた。
「違いには気づいているけど、口にしないだけ」
「そこは言ってよ」
「じゃあ、今から言う。チークの色がとくに変わったって思う」
普段、口にしないだけで里美のメイクの違いに望は気がついている。化粧のあれこれに疎い望でも気がついてはいるが、一々言うのも面倒だと思い、言っていないだけだ。
そんな里美のメイクは後期になってから変わったと言うよりも厚めになったと言う方が正しい。今のメイクも似合うが、以前までのメイクの方が望は好きだ。だが、最終的にはどうするかは里美が決めることだから、意見を求められなければ言うつもりはなかった。
しかし、メイクが変わった原因が睡眠不足となれば話は別だ。
「隠してたんだ」
「うう……。だって、肌荒れもひどいし」
睡眠不足による肌荒れ。鏡を見ると疲れた顔をしているし、肌の透明感が失われている。それを見せたくないのだ。
「いつから?」
「今月入ってちょっとしてから」
「三週間近くか……」
「うん。最初の内は暑いからかなって思ってたんだ。ほら、今月の頭、すっごく暑かったでしょ?」
「暑かった」
真夏日です、と天気予報で言われていた。夏真っ盛りという気温で、できることなら一歩も外に出たくないぐらいの暑さが全国的に続いていた。
「それで寝苦しいからかなって思ってたの。冷や汗をかいて起きることもあるし。だけど、ここずっとほぼ毎日同じような夢を見るから、気温云々より夢の方が原因なんじゃないかって」
「うーん……」
暑さの残る夜のせいで夢見が悪い可能性を捨てきれない。そう思うも、ここ数日の夜は暑さが控えめになってきたような気がする。
「ちなみに、どんな夢を見るの?」
「あんまり覚えてないんだよね。ただ、沈んでいくような感覚があってから目が覚める。それぐらいしか覚えてない」
よくわからないところへ沈んでいく。どれほどの時間沈んでいくのかはわからないが、エレベーターに乗っているときの身体がふわっと浮くあの感覚が終わると起きるといった調子だ。汗もかき、喉が渇いているほどだ。
「目が覚めると、寒いと言うか冷えると言うか……。ほら、怪談話とか、お化け屋敷とかのホラーを体験したときのゾゾッて冷える感じ。ジャパニーズホラーの類の寒気?」
「そういう寒さね」
望は妖怪たちとの接触が一般人よりも多いため、耐性がある。よって、ホラーも平気。里美の言うジャパニーズホラーというのは、妖怪たちから醸し出される雰囲気に空気が冷える感じと似ているような気がする。何とも言えない不気味さから来る寒さは里美の言うとおり、ゾゾッと背筋に寒気が走る感じだ。
「夢見が悪いんじゃない?」
望は長いこと夢を自力で見ることができていないためわからないが、夢見が悪いと寒気を覚えることがあるそうだ。
「かな? 夜はわからないけど、実家のリビングで昼寝してたときうなされてたよってお母さんに言われたことがあるんだよね」
眠れている実感がないせいか、昼寝をすることが増えた。そんなある日、リビングでスマホをいじっていたら寝落ちしてしまったらしく、うなされているところを母親に起こされたのだ。汗をかいていて、母親に水分をとるように促された。
「でも、どんな夢を見てたかわからない。多分、覚えているのは最後の場面なんじゃないかなって思うんだ」
ふわっと浮く感覚と共に目が覚める。よって、覚えている部分は夢の終わりなのではないかと里美は推測している。
「夢の大半は覚えてないんだ」
「だと思う」
夢に関する事象はいまだわかっていないことも多い。科学的に解明されていることで言えば、夢は毎日、いくつも見ているということ。ただ、大半の夢は起きたときには忘れられている。覚えていないのだ。
同じ夢を何度も繰り返し見る。決まって、沈んでいった後に身体が浮き、目が覚める。ここのところ繰り返し見ている夢だ。繰り返し見ていると言っても、最後の場面しか覚えていないというものまた不思議だ。
「夢のせいか寝不足気味だし、睡眠不足になるような原因は思い当たらないし」
里美はネットで睡眠不足や寝つきの悪さの原因について調べてみた。睡眠不足になるほどのストレスになるようなこともなければ、カフェインもとっていない。しいて挙げるとすれば、寝る直前までスマホをいじっていることぐらいしか思い当たらなかった。そのため、スマホをいじりながらベッドに入るのをやめたのだが、それでもよくならないのだ。
「体調の方はどう? 寝不足だから、身体が怠いとか、注意力散漫とか」
「そこまでひどくはないと思うけど、やっぱり怠いときが多いかな。すぐ疲れちゃうんだよね」
とくに、講義中やバイト中に眠くなるのが辛い。何とか気力で持ちこたえているところだ。そのため、ここ一週間はやるべきことをさっさと済ませてすぐにベッドに入る。
とにかく、原因がわからない睡眠不足。九月の頭は実家で過ごし、先週下宿に戻ってきた。環境が変わったことをきっかけに収まるかと思いきや、変わらない。母親に相談してみたところ、あまりにも続くようなら病院に行った方がいいと言われている。
「で、前置きが長くなったんだけど、望のバイト先、お茶屋さんでしょ?」
「そうだけど……」
「いいお茶ないかなーって思って」
「はあ……」
茶葉を売るのは副業で、本業は夢売りだ。里美の睡眠事情を思うと、茶葉にしろ、夢にしろ周を頼ることになるだろう。
と言うか、今回は本業の出番な気がする。他に原因があるのかもしれないが、今のところ、疑うべきは繰り返し見ている夢だろう。
「えーっと、行ってみる?」
「そう! 行きたいなって思って望に声かけた!」
わざわざカフェでなくとも、と望は思うも、甘いものでもとらないとやってられない、と里美は言っていた。本心はわからないが、相当参っているのかもしれない。それに、おやつ時にしては空いているカフェだ。ちょうどよかったのかもしれない。
「案内はするけど、あまりにもひどかったり、改善しなかったら病院に行くんだよ」
「わかってるって。今日はお店やってる?」
「やってるけど……。今から行くの?」
望は時計を確認する。ティータイム時の今は営業時間内だ。
「駄目?」
「多分いいと思うけど……。ちょっと電話するね」
今日のバイトは休み。連絡なしで行っても、どうしたの、と周は出迎えてくれるだろうが、先客がいないかだけ確認をとろうとスマホを取り出す。夢屋に電話をかけると、五コール目で、ガチャッと音がする。
「お電話ありがとうございます、夢屋胡蝶です」
言葉遣いは丁寧だが、口調は変わらず軽い。居眠りでもしていたのか、若干声がふわふわしているような気がしないでもない。
「もしもし、舟橋です」
「あれ、望ちゃん? どうしたの?」
「今いい?」
「いいよー。何かあった?」
のんびりとした周の声以外に音はしない。店に客がいる様子はなさそうだ。
「店に友達連れて行きたいんだけど、今いい?」
「うん、いいよ。すぐ来る?」
「二、三十分で着くと思う」
「わかった。待ってるね」
望は通話を切る。
「いいって」
「よーし! ちゃちゃっと飲んでお店行こう!」
そう言って里美は飲み物を口にした。




