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夢屋 胡蝶  作者: 真鶴 黎
第三夜 右目にさよなら、左目に光を
16/88

#2

 まだ薄っすらと日の赤が残る空の下、周と望は川辺を歩く。そよそよと吹く風は昼間の熱を残したままだ。

 お客だ。人間界に出るには訳ありで、できることなら妖街に出向いてほしい。

 杏介の言葉を預かった式が今朝方店を訪れた。夢の要望については、自然豊かな山の夢を欲しがっているとのことだ。周は該当する夢を持って妖街へ向かうことにした。妖街へ夢を売りに行くと周が言うと、望も行くと言ったのだ。


「望ちゃん、レポート試験の締め切り大丈夫なの?」


 周は隣を歩く望に尋ねる。中間テストやレポートが終わったと思ったら、今度は期末試験。学生は忙しそうだ、と望を見ていると思う。


「うん。今のところ順調」


 望は涼しい顔で言う。


「早めに論題を発表してくれた講義があったから、その分のレポートは先月の終わりにはできたし、残りももう少しで終わる。八割ぐらいは終わったかな」


 早めどころか、中間レポートの論題と一緒に発表されたのだ。一回目の授業で論題を発表した講義もあった。それらの講義のレポートは全てのレポートを書き終えたら見直しをして提出する状態になっている。


「君、早いね。そんなにレポートってさくっと書けるものなの?」


「そんなことない。色々調べてから書くから、時間がかかる」


「って言っておきながら、早くない?」


 手書きではなく、パソコンで入力する分、早く完成できるのかもしれない。が、それにしたって早くはないかと周は思う。

 締め切りは七月の半ばと聞いている。まだ七月の初めの状態で八割終わっているというのは早い。

 望はいつもレポートをさっさと書き終えている印象だ。遅くとも締め切りの一週間前にはほぼ完成していて、時間を置いてから見直しをして提出しているようだ。


「ほとんどのレポートは文字数制限が二〇〇〇から三〇〇〇字、多いレポートは五〇〇〇字とかだけど調べたことや自分の考えを書けばそれぐらい埋まる」


「ふーん? 去年から思ってたけど、夏休みの宿題とかは早めに片付けるタイプだった?」


「うん」


 余裕をもっておきたい。これが望の信念だ。焦りは禁物という言葉があるとおり、早め早めの行動を心がける。遅刻することはないし、寝坊もしたことがない。待ち合わせの十分前には絶対に到着している。

 余裕を持って行動することが理想。それが望にとって当たり前なのだ。それは課題においても同じだ。早めに資料を集めてレポートの作成に取り掛かる。早めにまとめ、提出前に確認した後、締め切りの前日、遅くとも当日の朝には提出していないと気が済まない。


「君って優秀だね。だけど、無理は禁物だよ」


「無理はしてない。それに、レポートを書くにあたって調べるの楽しいし」


 知らないことを知ることができる。興味のある分野のことだったら、さらに知りたいと思う。


「それは結構。勤勉家だ」


 周自身、勉強は好きでもなければ嫌いでもない。必要最低限のことを知っていれば問題ないと思っているため、興味のない分野は概要さえ覚えておけばいいや、と気楽に考えている。

 そんな話をしていると、橋の下に着く。二人はそこで足を止め、辺りを見回す。とくに人影はない。

 誰もいないことを確認した周は水面をじっと見つめる。深くはない川底の奥を真っ直ぐ見据える。


「清水の、映る月影、さやかなり」


 周が川に向かって詠唱する。すると、水面がわずかに揺れ、さざ波がたつ。風は吹いていないのにだ。


「……月影欲しけりゃ、いかにする?」


 川の中からくぐもった声がする。


「柄杓で掬ってみせようぞ」


 周が声の主に応じるように返す。すると、ぽちゃん、と雫が一滴、どこからともなく落ちて水面に波紋を広げる。その波紋がゆらゆらと揺れると、そこからぬっと深い緑色が現れる。


「よお、夢屋の旦那」


 その者は水搔きのついた手を挙げる。ぎょろっとしたその目は望の姿を捉えると嬉しそうに目を細め、望に手を振る。


「お嬢さんも一緒か」


「こんばんは、河童さん」


 望は頭に皿をのせている彼、河童に会釈する。河童は愛嬌のある笑顔を浮かべる。


「こんばんは。旦那、今日はどちらに?」


 彼は人間界と妖界を繋げる渡し守だ。水辺や坂、峠、橋などは異界との境界線。河童の彼のようにふたつの世界を繋げてくれる存在がいると、楽に行き来できるのだ。


「常盤街に頼むよ」


「はいよ」


 河童は水掻きのついた手を上げる。すると、川面から水が昇り上がり、二人に降りかかる。水の膜につつまれた二人はそのままふわっと浮遊する。そして、水面にぽっかりと空いた穴に吸い込まれる。川は浅いはずなのに、深く深く潜っていく。

 呼吸を二、三回すると、ふわっと身体が浮く。沈んでいたはずが、今度は上昇する。ザア、と雨が強く吹きつけたような音がした後、視界が開け、二人は地に足を着く。


「着いたぜ」


 気がつくと、二人は桟橋の上に立っていた。河童は水面から顔を覗かせ、二人を見上げている。


「ありがとう」


「どういたしまして。あ、そうだ、旦那。今度、おいらに夢を売ってくれよ。陸地の夢」


「いいよ。陸地のどんな夢?」


「陸地の夢なら何でも!」


 河童は子供のように笑う。

 河童は陸地に長時間いられない。水場が彼らの生きる場所なのだ。雨が降っていればまだしも、日が燦々と照りつける夏の昼間なんて彼らの敵だ。そのため、河童たちは陸地の夢を欲しがる傾向にある。


「今、いくつか陸地の夢を持っているんだけど、先客が済んで、僕が持っている夢で気に入るのがあればその場で売るよ」


 今持っている夢は先客用だ。そちらが済めば彼に売ることができる。


「うん。おいら、待ってる!」


「じゃあ、約束ね」


 周はしゃがんで河童に代金を支払う。


「約束な、旦那」


「うん。また帰りもよろしく」


「ありがとうございました、河童さん」


「お嬢さんもありがとう! またな!」


 河童が手をぶんぶん振ると、二人も手を振り、その場を去る。


「あの河童さん、いつも元気だよね」


「ねー。可愛いよね」


「最初はびっくりしたけど、慣れてくると茶目っ気があるというか」


「望ちゃん、最初はびびってたもんね」


 ぬっと川から河童が出てきたとき、望は声が出なかった。アニメや絵本で見た河童よりも薄気味悪い姿をしていた。

 沼地を思わせる深い緑の身体は猿のような形をしていて爬虫類のような質感の肌だ。その背には亀のような甲羅を背負い、目はぎょろっとしていて魚を思わせる。本人には悪いが気持ち悪いと望は思ってしまった。しかし、彼の性格柄だろうか、愛嬌のある笑顔や無邪気な様子が子供のようで不思議と愛着が湧いてきた。


「失礼な態度をとった気がする」


「本人は気にしてないと思うけどね」


 彼の性格からして、気にしないで、と言いそうだ。むしろ、びっくりしてもらえた方が彼としては嬉しいのかもしれない。時々、周が声をかける前、例の合言葉を詠唱する前に、ばあ、と顔を覗かせることがある。それで驚いた周と望を見て楽しそうに笑うのだ。


「詫びキュウリもあげたことだし」


「河童って本当にキュウリ好きなんだって思ったよね」


 キュウリを渡したときの喜びようは想像の遥か上だった。本当にいいの? もらっていいの? と身体全体で喜びを表現した後、バリバリと食べていた。その姿に望は呆気にとられてしまった。


「いつもお世話になってるし、またキュウリ持って行こうかな」


 周は彼が勢いよくキュウリを食べる姿が好きだ。美味しそうに食べるものだから、ついつい餌付けしたくなる。


「さて、妖街だ」


 周が上を向くのと同時に、望も上を見上げる。夜空が広がる上空を悠々と飛ぶ鳥の妖怪が目に飛び込む。

 妖街。妖怪たちが暮らす街である。二人が訪れたこの妖街、通称、常盤街は妖街の中では大きい街らしい。望も周について夢の回収を行く際にいくつか妖街を訪れたことがあるが、確かにここは大きな街だと思う。この街に行けば大抵の物は揃うし、どこかへ行くにしてもアクセスがいい。言うなれば、妖街の都会だ。

 人間界は寝静まる夜だが、妖街は賑わっている。あちこちから声をかけられながら、二人は道を進んでいく。


「相変わらずここは賑やかだね」


「そうだね」


 おっと失礼、と言って周は足元を駆け抜ける付喪神に声をかける。茶碗の姿の付喪神はペコリと頭を下げて走り去っていく。そんなに慌ててどこへ行くのだろう、と周は小さな姿を見送る。


「お祭りの準備も進めてるみたいだし」


 望は夏祭りと書かれたのぼりを見やる。店先に祭り用の提灯が下げられたり、出し物の整備が行われていたりと来月の祭りへ向けた準備をする妖怪たちの姿もある。


「だねえ。今年も派手にやるんだろうなあ」


 祭りは確かに楽しい。屋台を巡るあの楽しさはわくわくする。屋台の焼きそばはなぜあんなに美味しいのだろうと思う。射的も上手いことのせられてもう一回と挑戦してしまう。最終日の盛り上がり具合を見ると、皆楽しんでいることがよくわかる。

 楽しいのだが。


「周?」


「うん? 今年も手伝いがあると思うとね……」


 あはは、と周の目が遠くを見つめている。


「断らないんだ」


 嫌なら嫌と言えばいいではないか、と望は思う。


「棗先生には恩があるからね」


 周はため息をつく。


「昔働いてたから?」


 周も杏介も昔は棗が院長を務める満月医院で薬師として働いていたそうだ。当時はまだ小さく、満月診療所として開院していたらしい。


「それもだし、怪我や病気したときにいつもお世話になってるから」


「ああ、そっちが先ね。昔、杏介さんと遊んでたときのこと?」


「誰しもやんちゃする時期ってあるしね」


 またかお前ら、と棗に何度呆れられ、蹴り飛ばされたことか。棗には本当に世話になったため、頭が上がらない。


「ところで、望ちゃん。君の肩の子はどうしたのかな?」


 周の視界で黒いものが揺れる。望の髪よりも柔らかそうな毛を生やすそれは機嫌がよさそうに揺れている。


「私が訊きたい」


 望の肩には猫がいた。

 望の頭に顔と前脚をのせ、二本脚で望の肩に立っている。ゴロゴロと喉を鳴らしている黒猫の尻尾の先は二又になっている。


「ねえ、あなたはどこから来たの?」


「あそこ!」


 猫又は前脚で背後を指さす。具体的な建物などなく、道を指している。


「そう。どうして私に飛びついてきたの?」


「人間だから! ……って、うわっ!」


 猫又は周に首根っこを掴まれる。ぷらん、としなやかな身体が伸びる。


「何だよう。いいじゃん」


「変にちょっかいかけないの」


「ちぇ。まあ、いいや。また遊んでね!」


 猫は身をよじり、周の手から抜け出す。音もなく地面に降り立った猫又は走り去って行った。


「君って、ああいう小さい子や弱い子によく好かれるよね」


「可愛いからいいけど」


 妖街に人間がいることは昔はままあったが、現代では珍しい。望のように力を持っている人間はとくに懐かれることが多い。その懐いてくる者は先ほどの猫又のような動物の姿であったり、小さな付喪神であったりと可愛らしい姿の者が多い。


「見た目に騙されちゃ駄目だよ。スリにあうことだってあるんだから」


 周の言葉に望はショルダーバッグの中を確認する。とくに何も盗られていない。


「大丈夫」


「まあ、あの子は何か盗むような子には見えないけどね」


 あの猫又はただの興味本位で望に飛びついたのだろう。悪意は見られなかった。

 そんなこんなで二人は妖街をしばらく歩くと、目的地に着く。丸に狐の顔の絵の看板には《何でも屋 日輪》と描かれている。

 周は暖簾をくぐる。妖街の店は夏場は戸を開けていることが多く、日輪も例外ではない。主である杏介が出かけるときに戸が閉まっている。つまり、戸が開いているときは主がいるためご自由にお入りくださいという状態だ。

 事務所に入ると、一段上がって板の間となっている。衝立の向こうにはちゃぶ台と座布団が置かれ、部屋の隅には文机が置かれたシンプルな部屋だ。ここで依頼人の話を聞くのだ。


「どうもー、夢屋ですー」


 周は声をかけながら、履物を脱いで上がっていく。

 そのときだった。バタバタと走る音が二人分、こちらに向かってくる。


「待て、このガキ!」


「待てない!」


 そんな声が聞こえたと思ったら、小さな影が文机の奥の方から飛び出してくる。その影は周の横を通り抜け、靴を脱いでいる望に向かって一直線で走って行く。


「望! そのガキ捕まえて!」


 杏介が息を切らせながら望に言う。望は靴を脱ぐ手を止めて反射的に身構えると、向こうから飛び込んできた。


「うっ……」


 小さな影、少年は望にぶつかり尻もちをつく。


「大丈夫?」


 その少年の姿に望は目を見開く。

 薄汚れた着物や髪にも目がいくのだが、目元に巻かれた包帯が目立つ。包帯も土で汚れている。


「はあ、はあ……。ったくよ……」


「杏、大丈夫か?」


 杏介がここまで息を切らせているとは珍しい。掃除や簡単な大工仕事、潜入調査を請け負う何でも屋である彼は体力がある方だ。一日びっしりと依頼が入っていても平気な彼がゼエゼエと息を切らせて壁に寄りかかっている。そんな姿を見たのはいつぶりだろうかと思うほどだ。

 周は肩で息をする杏介と尻もちをついている少年を交互に見る。


「あのガキ、言うこと全然聞かなくて……」


「ふーん?」


 周は少年の様子を観察する。小柄な少年は人間で言うと七つぐらいの姿をしている。本当は綺麗な若草色であろう着物は土で汚れていてもったいない。髪に艶もなく、着物の裾から覗く足も傷が多い。何より、長い前髪の下の包帯が気になる。あのような状態でよく走れたものだと思う。


「あの、痛かったよね? 大丈夫?」


 望はしゃがんで少年の様子を窺う。


「いてて……。ちょっと痛いけど大丈夫。お姉さんの方こそ、怪我はない?」


 少年は腰を撫でながら望に尋ねる。


「私は何ともないよ」


 少年は望に顔を向け、首を傾げる。


「お姉さん、人間?」


「うん」


「やっぱり」


 少年はヘラリと笑う。


「お姉さんが夢屋さん?」


「私じゃなくて、もう一人の方」


 もう一人、と少年は首を傾げると、周と杏介のいる後方を向く。


「……不思議なにおいがするお兄さんの方?」


 少年の知らないにおいだ。知っているにおいに近いものは花だろうか。花の蜜のようなにおいが近いかもしれない。


「不思議なにおいかどうかはわからないけど、夢屋は僕の方。その子はお手伝い」


 周は望と少年の方へ歩み寄り、少年の傍にしゃがむ。


「夢屋胡蝶の周。君が今回のお客さん?」


「うん。直人(なおと)って言うの。よろしく」


 少年、直人は屈託のない笑みを浮かべる。と言っても目元が覆われているため、口元だけは子供らしい可愛い笑みを浮かべているように見えるのかもしれない。


「こちらこそ、よろしく。それで、杏がそんなに疲れてるってどうしたの?」


 周が尋ねると、杏介は深々とため息をついて直人に視線をやる。


「やんちゃ坊主なんだよ、そいつ。今はしおらしくしてるけど、さっきまで暴れ回ってたんだから」


「違うよ! お店の中で迷子になってあっちこっちぶつかっちゃっただけだもん!」


「はあ!? このガキ! 俺のことを散々おちょくって煽ってたくせに!」


 杏介と直人の言い合いが始まる。こうして見ると歳の離れた兄弟の喧嘩に見えなくもない。


「……僕ら、帰っていい?」


 嫌な勘が働いた周は望に目配せする。望は、それはさすがに、と思い首を横に振る。客人から何も聞かずに帰るのはさすがにまずいだろう、と望は思う。


「駄目に決まってるだろうが。職務放棄か?」


「いや、落ち着いたらまた来るって」


「今すぐ、こいつの話を聞いてくれ!」


 杏介は声を張りあげる。これ以上、直人と関わり合いたくないのだ。

 杏介があそこまで声を荒げるとは珍しい。そんなことを思っている周に望がそっと近づく。


「周、直人君の目って……」


 望は周に耳打ちする。望が直人の目元の包帯を見たときによぎったことだ。周はそのとおりだと言うようにひとつ頷く。


「あの子は目が見えていないのかもしれない」


 望の予想は的中。周は眉をひそめる。


「どんな夢を欲しがっているんだろう」


 夢の形はそれぞれだ。目の見えない者が欲しがる夢は、大抵音に関する物が多い。賑やかな夢、静かな夢、とそれぞれ聞きたい音にまつわる夢を欲しがる。

 直人は自然豊かな夢を欲しているようだ。その自然豊かな夢というのは彼にとってどんな情景を思い浮かべているのか。彼からすると、どのような状態が自然豊かなのだろうか。風で揺れる葉の音か、山鳥の声か、川のせせらぎか。

 彼は一体どんな夢を欲しているのだろうか。周がそう考えていたときだった。


「もう、やだ!」


 直人の声が響く。今にも泣き出しそうなその声と共に、直人は望たちの隣を駆け抜けてしまう。


「え、ちょっと!」


 望は手を伸ばすも、直人の足は速い。履物を履かずに外へ飛び出してしまう。望は反射的にスニーカーを履き、直人を追う。


「望ちゃん!?」


「あ、望!」


 周と杏介も慌てて履物を履く。


「ったく、どうしてこんなことに!」


「早くあの子を捕まえないと」


 周と杏介は人混みを駆け抜ける。すでに直人の姿は見えず、望の姿も遠ざかっている。

 そんな彼らの背中を見送るように、日輪の斜め向かい、満月医院から獣が顔を覗かせる。ピンと立った真っ直ぐな耳、円らな目が周と杏介の背中を見送る。


「……行っちまったか」


 少し話があったのだが、仕方ない。何やら急いでいる様子だ。こちらとしては急用ではないため、また後程にしようと決める。


「先生、杏介さんは? 周さんの声もしましたけど」


 杏介の後輩にあたる女性が暖簾をくぐって顔を覗かせる。


「おいかけっこだ」


 胡桃色の髪の彼女はまばたきをすると、開け放たれた日輪の戸に首を傾げ、おいかけっこという言葉を理解した途端、目を丸くする。


「杏介さん、戸も閉めずに出かけちゃったんですか!?」


「緊急のようだったからな。仕方ない。茜、お前さん、今手空いてるだろう? 店番してやれ」


「え、私ですか?」


「ああ。あそこは情報の宝庫といっても過言ではない。そう簡単に破られないだろうが、盗まれでもして悪用されたら傷がつく。薬では治らない傷だ」


「そうですね。わかりましたよ、先生」


 茜は胡桃色の髪をなびかせながら日輪へと入っていく。その背中を見送った先生と呼ばれた獣は白衣を着直す。


「不用心だなあ、あいつらは」


 兎の医師、棗は呆れた様子で周と杏介が走って行った方角を見やった。妖通りの多い道でのおいかけっこはどうなることやら、と肩をすくめた。

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