夜の校内ラジオ
『時刻は0時を回りました。皆さんこんばんは。5月6日木曜日夜の校内ラジオ。パーソナリティーの夜です。』
夜の12時、小崎高校の校舎についているスピーカから若い男性の声が響いた。雲一つなく月明かりが綺麗に校舎を照らしている。いつもの放送より少し小さいその声は校内に小さく響き渡る。
窓から入る月明かりは幻想的で静かに廊下を照らしていた。この景色を始めてみる人はきっと異世界に見えるかも知れない。物音一つしない透き通った廊下は海の中に沈んだような静けさと安心感があった。
酸素がたっぷりとある校舎で第一回夜の校内ラジオが始まった。
『始まりました第一回、夜の校内ラジオ。このラジオは特に日にちは決まっていませんが、できるだけ多く放送したいと思っています。第一回目の今夜は私、夜の紹介と今後こんなのやってみたいな~とか雑談とか悩み相談とか適当にやっていきたいと思います。あ、おそらくどれか一つです。それでは30分間お付き合いください。』
言葉が区切れ数秒後、今にも踊りだしたくなりそうな、軽快なジングルが鳴った。
『改めましてこんばんは夜です。すみません少しジングルに手間取ってしまって。』
照れたような柔らかい声が聞こえクスっと笑ってしまう。
『すべて一人で行うのは大変ですね。さて、気を取り直し最初に近況報告です。』
先ほどとは違い今度は柔らかい声が校内を包む。
『ゴールデンウィークが明け電車の中は重い空気が漂っていたのではないでしょうか。校内の空気も重かったですね。テストがありますしね。』
校内の空気を話すときの声も重くずしっと乗っかった。
『そんなことは置いておいて、ゴールデンウイーク皆さまはどうでしたでしょうか?黄金の習慣を楽しめましたか?私は家で本ばっかり読む習慣になりましたね。』
机に頬を当てると冷たく心地いい。先ほどよりっもテンションが高い声は夜の静かな空間に何故かあっている。
『ゴールデンウイーク最終日。丁度機能ですね、5月5日皆さまは何の日か知っていますか?』
5月5日..こどもの日、何かそれ以外にあるのだろうか。
『5月5日はこどもの日ですね。男の子の日でもあるとか。3月3日は女の子の日。4月4日はおかまの日だそうです。なんてのがあったり~なかったり。そんなことを考えていたら時間が過ぎ去りました。』
ジングルが校内に響き渡った。
何だろう、意味が分からない感じが癖になりそうだった。
『皆さんの悩みはなんですかー』
突然先ほどとはまた違う明るいトーンがスピーカーから鳴った。私は少しドキリとし、姿勢を正してしまった。
『第一回の今夜はコーナーがありません。代案として今、考えました。今回は皆さんには聞けないので、ある人の悩みを話し私の答えを返していこうと思います。「Sさんはスマホから離れられない。」この悩みに関して私の個人的な感想や偏見をなどを述べ解決していければと思います。』
私は机にあるスマホをブレザーのポケットにしまい、腕を組んで机に置きその腕に頭を乗せた。椅子の先にお尻が乗り少し滑ったら落ちそうだが何故か深く座ろうとは思わない。
『近年は中学生でもスマホを持つ人が増えていますからね。生活に染みつきすぎて中学校にも持っていく人がいるそうですよ。実際のところは知りませんが。 Sさんはスマホから離れない見たいですが、どのような事をしているのですかね?悩みというだけあって、おそらくSNSに振り回されたり、ゲームにはまっているのでしょうか。それプラス動画ですかね?』
男の声音は少し笑っていたが決して馬鹿にした感じではなかった。
私はスマホに音楽アプリとマップアプリしか入っていません。あ、ラジオのアプリ最近入れたんだった。
『その気持ちよくわかりますよ~。私自身、授業中に集中が切れた時ふとバックの中にあるスマホを見てしまいます。最早これは生活習慣病に認定していいのではないかとさえ思います。麻薬とも言いかられると私は思ってますよ。一番簡単にやめれる方法は人間関係を断つことですかね。でも、これはオススメすることができないので、読書ですかね。物語に没頭すると時間、SNS、食欲、睡眠欲、性欲、周りの状況など、どうでもよくなってしまいます。そんなことを繰り返しているといつの間にかスマホを触る時間が減ります。どうでしょうか』
意外と安易な答えが返ってきて口角が上がってしまう。
『そして、私みたいにゴールデンウイークにメッセージが一件も来ず読書だけの休みになってしまいます。』
悲し気な声は校舎の壁にべたりと付き染み込んでいった。
『....こんな感じで悩みを解決していければと思っています。それでは今夜の悩みにぴったりな曲「スマホちゅうどく」をお聞きください。』
数秒間の沈黙の後、力強いギターの音が鳴り響き次々と違う楽器の音が重なっていく。始まりから音楽が流れるまでのゆったりとした時間とは違い、今は激しい声が響き渡り校舎を震えさせている。
段々と音楽が小さくなりまた安心感のある男性の声が聞こえた。
『只今、お聞きいたしました曲はガチャコンさんの「スマホちゅうどくでした」』
そして今日三回目のジングルが鳴る。
『はい~てことでお送りしてきました夜の校内ラジオ。そろそろお別れです。緊張しましたが一回目無事に終わることができました。...途中、何言っているかわからない部分もあったので無事ではないかもしれませんね。』
本当にスマホの下りは本気なのか冗談なのかわからなかった。私はサブスクリプション契約している音楽アプリを開き「スマホちゅうどく」と検索しライブラリーに追加していた。
『聞いている方は楽しめましたかね?第二回がいつになるかわかりませんが、またお会いできることを願っています。お相手は夜でした。それではいい朝をお迎えください』
ぶっちっと布がちぎれた音が聞こえてからはスピーカから音が聞こえることは無くなった。
私は椅子から腰を上げ息を吸いながら腕を天井に伸ばし体をほぐした。肺に空気が目一杯に溜まったところで勢いよく鼻から息を出し腕の力を抜いた。体が軽くなり教室の後方に足を向ける。
教室の後ろのドアを開け廊下に出た。窓から入る月明かりは私を優しく迎え入れ床に私の影を作る。
手を後ろに回しドアを閉め私は歩きだす。
誰もいない廊下。私の歩く音。灯りは月の光。この世に私しかいないような錯覚。
頭の中では先ほどのラジオのジングルが鳴っている。
私、「夜」好きだな。
読んでくださりありがとうございます。