第一章3 『ボーイミーツガール+マンティス』
――花畑市で魔物が大量発生していた頃。
「しっかし、本当にお前らって仲いいよな~恋人みたいだ」
同じ中身の弁当をアーンで食べさせあう兄妹をニヤニヤ見ながら、研磨はそう言った。
その発言に、
「こんなに可愛くて、できた妹なんだよ、大事にしないわけないよ」
「こんなに優しい兄さんなんですよ、慕わない筈がないじゃないですか」
お互いがお互いを好きだと、口を揃えて返す。
「……シスコン&ブラコン」
「えぇ、僕はシスコンですよ。桜を世界で一番愛してます」
「兄さん、そういうの皆の前だと恥ずかしいです……でも、私も兄さんのこと世界一大好きですよ」
(((ごちそうさま)))
若菜の呟きへの受け答えを聞き、親友三人はほのぼのと心の中で呟いた。
「しっかし、俺の妹も桜ちゃんみたいに素直でいい子ならよかったんだけどなぁ。あいつ、いつもツンケンしてくるんだもん」
研磨が自分の妹の冷淡な態度を愚痴る。
――けど、皆わかっている。本当はそうは思っていないことを。
「そうはいってもぉ~」
隼人がニマニマと意地の悪い笑みを浮かべながら研磨に迫ると。
「まあ、大好きなんだけどな」
照れ臭そうにあっさりと自白した。
なんだかんだ言っているが、やっぱりそんな妹が大好きなのだ。
「俺の姉ちゃんも凄いよ! カッコよくて、綺麗で、義理堅くて、それに――」
「バカ、やめろ!」
自分の姉がいかに素晴らしいかを語る鬼若を、滅多に表情を出さず『氷の仮面』と言われている姉の若菜が赤面して止めに入る。
『鬼若の姉自慢』。
人の兄弟の自慢話を聞くと、条件反射的に姉の素晴らしさを語ってしまう、鬼若の癖である。
そして、若菜の赤面を見れるレアイベントでもある。
「まったく、ホントおま――!?」
何の前触れもなく、先程まで赤面していた若菜の表情が、顔に水を掛けられたようにキュッと締まる。
「どうしたんですか? わ――ッ!?」
続けて隼人も、若菜が感じたその気配に気づいた。
即座に鞄から『鎮痛剤』を取り出し、体に打ち込む。そして、窓を開け放ち、【魔法】を発動させ敵の臭いを嗅ぐ――沢山の枯れた花のような匂いが近づいてくる。
「隼人来てるか?」
「来てます。多いです。しかも速い!」
二人の淡々とした会話を聞き、行動を見て、他の三人も察する。
魔物が迫って来ているのだと。
すぐさま、五人は戦闘準備を開始する。
それぞれの鞄から『専用武器』を取り出し、鬼若も『鎮痛剤』を体に打ち込む。
――そして五秒後。
「……! 接敵します!」
ガッシャ~ン!! と強烈な破壊音を響かせ、蟷螂型の魔物が壁を突き破り侵入してきた。
壁が突き破られた場所には三人家族が座っていた。当然、紙切れのように吹き飛ばされる。
――だが、それでも、家族は誰一人として傷を負っていなかった。
「鬼若、ナイス!」
隼人は鬼若の対応を称賛する。
そう、これは鬼若の【魔法】『弁慶』のおかげである。
この【魔法】は義経記などに出てくる弁慶の逸話や伝説に基づく力を使うことができる。これはその力の一つ【仁王立ち】である。
【仁王立ち】
・射程:半径五十M。
・捕捉人数:一〜二十人。
・発動条件:仁王立ちをする。
・弁慶の立ち往生が元になっている。
・この能力の影響を受けた人間のダメージは、全て鬼若が引き受ける。
・守るという意志が強いほどダメージカット。
「セヤァ!!」
暴れさせまいと、すぐさま若菜が白銀の刀で『蟷螂』の首を切り飛ばす。
生命活動を停止した『蟷螂』の体は、なす術なくそのまま崩れ落ちた。
と、同時に。
キィィイイ、という耳障りな音を鳴り響かせ機関車がゆっくり減速し、停車した。
この機関車は魔物の襲撃があった場合、自動的に乗客に影響の無い様に停車するようになっている。脱線を防ぐためだ。
だが、場所が悪かった。
そこは渓谷に架かる鉄橋の上だったのだ。
つまり、逃げ場がない。
「ぎゃあああああああああああああああああ!?」
「ひゃあああああああああああああああああ!?」
「うわあああああああああああああああああ!?」
耳を澄まさずとも、他の車両から悲鳴が聞こえる。
壁に開いた穴から空を仰ぐ。見渡す限り、一面をすさまじい数の『蟷螂』が埋め尽くしていた。
「…………」
――それを聞いた、それを見た。
――だから。
牛島若菜は考える。
車両数十六両。
さらに、橋の上。
そして、この『蟷螂』の数だ。
最前列の列車に常駐している魔法使いだけでは対処しきれないだろう。
現在自分達がいるのは最後尾の車両。
そこから増援に向かうために取れる行動で最適解は――
「鬼若、桜は後方車両四つ、研磨、隼人は前方の増援に、私は……墜とす!」
言うやいなや、若菜の体が黒い光を纏う。魔力を全身――主に足に流し、脚力を強化する。
そして、穴から矢のごとく勢いよく空に跳躍。
跳んだ先に出現させた自分に体を掴ませ、跳んできた勢いを利用して回転。
さらに上に投げさせる。
投げさせた自分を消しながら通りざまに二体。
進行方向の『蟷螂』に飛び移り、斬りつつ霧散する前の体を足場に利用し、再び跳ぶ。
斬る、斬る、斬る、踏む、跳ぶ、斬る、出す、投げさせる、消す、斬る、斬る、踏む、跳ぶ。
その行動を、ただひたすらに繰り返す。
連続で敵を斬り伏せて戦うその姿は、さながら『黒い暴風』のようだった。
ただし、そこに存在する『黒い暴風』は一つではない――四つだ。
牛島若菜
【創造型】
【魔法】実像分身
・射程:半径百M。
・最大出現数:九体。
・発動条件:なし。
・禁止事項:なし。
・魔力を使い、牛島若菜を完全に再現した分身を召喚することができる。ただし、【魔法】は使えず、魔力も込められた量しか使えない。
・分身が死亡した場合、消滅から二十四時間経たないと再召喚できない。ただし、若菜(本体)が意識的に消滅させた場合、すぐに再召喚できる。
――牛島若菜は戦闘の天才である。
戦場の状態をいち早く理解し、最適解を選出。
多大な集中力と戦闘技術をもって、それを実行することができる。
飛べないにもかかわらず高速空中戦闘を行い、そのうえ、【魔法】が使えない分身三体にも、完璧なタイミングで足場を出現させ、本体同様の高速空中戦闘を実現させている。
「「「「すごい……!」」」」
その暴風は四人の魔法使いの胸を掴んで打ち震わせた。
自分も彼女のようにと戦意を掻き立てられる。
鬼若、桜は迎撃と避難の誘導を始め。
研磨、隼人は穴から列車上部に乗り、前方列車に向かい走り出した。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○
研磨が先行する。
前方に三体。
『蟷螂』もこちらに気づき『鎌脚』を構える。
だが、『暴風』に鼓舞された彼の前では塵芥に等しい。
翠緑に輝く光を纏った、雄々しい大太刀を振るう。
「ハッ!」
一体目、隙だらけの首を斬り飛ばす。
勢いそのまま、二体目に詰め寄り右下から逆袈裟。
体を捻り、右上から『鎌脚』ごと袈裟斬り、三体目も斬り伏せた。
――霧崎研磨は牛島若菜と違い天才ではない。
強いて言えば、『実戦では使えない』と言われている剣術を極めているということぐらいである。
そんな彼が、ここまでスムーズに敵を斬り伏せられるのには当然理由がある。
霧崎研磨
【増強型】
【魔法】絶対切断
・射程:四M。
・発動条件:刃物を握る。
・禁止事項:なし。
・この力は、『絶対』とあるが、『使えば必ず斬れる』というわけではない。『斬る』という意志の強さに比例して『斬れる』という概念を補強するというもので、『人の思いの力に限界はない』という意味合いから『絶対』の名が与えられた。
彼の剣術が『実戦では使えない』と称されるのは、敵を一撃で必ず殺し、続く敵も一撃で殺すという、相手の強さや武装を度外視した、実現不可能な一撃必殺の対軍剣術だからである。
だが、彼の【魔法】はどんな固い盾も、防御力も関係なく斬ることができる。そう、一撃で仕留められるのだ。机上の空論でしかないこの剣術を、彼は使える。
そして、もしその剣術が使えたのなら――
「十二!」
超強い。
さながら『突風』のごとく突き進んでいく。
「これで、半分だ!」
七号車に到達すると、天井に他の列車よりも大きい穴が開いていた。
――怯える子供の泣き声が聞こえる。
中に魔物がいるのかと思い、入ろうとする――が。
白い光を纏った銀髪の少女が、感嘆してしまう程の見事な蹴りで、横から『蟷螂』を蹴っ飛ばすのを見た。
研磨は見事な蹴りだと感嘆した。
(制服じゃないが、他にも魔法使いがいたのか……ここは彼女に任そう!)
自分の役割は先頭車両への増援だ。戦える人間がいるのならばそこは任せて自分は進むべきだ。そう考え、研磨は少女を信じて先の車両に向かって再び走り始めた。
――だが、研磨は勘違いをしていた、勉強不足だった。
彼女はまだ魔法使いではなかったのだ。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○
(クソ、鼻が!)
研磨には先を行かせ、隼人は車両に穴がないか、注意深く確認しながら行く。
理由は単純明快である。
研磨の剣術が人がいるところ――車内では使えないからだ。
あの対軍剣術は、多対一を想定したもので、『周囲が全員敵』という前提の剣術なのだ。
――本当は犬の嗅覚も使えたらいいのだが、血の匂いが凄くて使い物にならない。
九号車の確認が終わった。
(ここまで四体。急いで次の車りょ――)
「や……め……て」
――かすかだが、恐怖に震える声がした。
空耳ではないかと思える程の小さな声。
――だが、怯えた子犬のようなこの声を、無視する理由にはならない!
足をダチョウの脚のような形状の黒い肉の足に変化させ、弾丸のごとく声の方へ走り出す。
気配がする七号車、大きな穴の上に差し掛かった瞬間、『蟷螂』が『鎌脚』を上げているのが見えた。
「誰か……助けて……」
その言葉を聞き『急げ! 助けろ!』と、細胞が、心が、火がついたように熱くなる。
伴って、隼人の腕が紫紺の光を発する。
腕を黒い巨腕に変形させて体を重くし、無理矢理体勢を下に向ける。
そして、穴の縁を蹴り、右腕を構え、全身全霊で叫ぶ。
「任せろ!!」
叫ぶと同時に、後ろから『蟷螂』の頭をぶん殴る。すると、車に撥ねられたボールのように頭が吹っ飛び、壁にトマトを投げつけたような染みを作った。
(折紙流 零!)
『蟷螂』の正面にいるであろう声の主に激突するのを避けるため。
【魔法】を解除しながら体術を使って衝撃を和らげ、首を失って倒れこむ『蟷螂』の背中に騎る。その直後、『蟷螂』の体が霧散し、今度は床に着地する。
正面を見ると倒れ伏す銀髪の少女を確認した。
「大丈夫ですか!?」
少女の状態を確認するため、側に駆け寄り、顔を覗き込む。
涙で濡れてしまっているが、凛々しく、力強さを感じさせる顔をしていた。
少女の唇が動く。
「ありが……とぅ……」
感謝の言葉を口にすると、少女の目が開かなくなる。
まさかと思い脈を計ると、しっかりと心臓の音がした。
耳を澄ますと呼吸音も聞こえた――耳を澄ましたことで気が付いた、戦闘音が聞こえない。
窓から外を確認する――そこには桜の瞳のような青空が広がっていた。
(……『ハート』は落ちてない。吸った感覚もない。誰かが『コア』を倒したのか……!)
『迷宮』の外に出現する魔物たちの中には必ず一体『コア』という携帯電話の基地局のような個体がいる。
『コア』を殺さない限り、いくら魔物を殺してもものの数十分で最初に出現した数に戻ってしまう。その代わり、『コア』を殺すことができれば魔物も一掃することができる。
言うのは簡単だがこれをやるのが意外に難しい。
見た目に違いがない癖に、強さは他の個体の倍以上、しかも『核』と呼ばれる心臓部を破壊しない限り再生してくる。
しかし、今回はそれを誰かがやり遂げたのだ。
ひとまずこの危機を乗り越えたことにほっと胸をなで下ろし、倒れている少女に目をやる。
(とりあえず、救助が来るまではこの子の側にいよう)
少女をこの場に放っておくわけにもいかなず、隼人は救助が到着するまで、側にいることにした。
こうして紅葉場隼人と貝木信は運命の出会いを果たしたのだった。
親友の出番は一旦終了です。
研磨が勘違いした理由は単純に勉強不足です。要は馬鹿だから。
若菜は『暦流』という剣術を使います。
『一の月 睦月』に始まり『十二の月 師走』まで繋げて攻撃ができる、とても強力な剣術です。
『蟷螂』との戦闘の際はこれを使って戦っていました。