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英雄の孫で、大英雄の息子が、超英雄になるまで  作者: 桃栗ドリアン
第一章 学園襲撃編
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第一章2 『予兆』

 ――時間は少し前に戻る。

 空高く、日が輝いている。

 時刻は正午を迎えようとしていた。

 EIU魔法学園行きの機関車が停車している駅。

 その駅構内で、金髪赤眼の少年が、売店に並ぶ弁当を前に悩んでいた。


(……決めた!)


「この幕の内弁当を二つ下さい」


「はい、二二六〇円になります」


(あの弁当屋が開いてなかったから仕方ない出費とはいえ、やはり駅弁は高いな。二倍か……)


 予想外の出費を悔やみながら。お金をぴったり払い、「袋はいりません」と言う。


「ちょうどですね。ありがとうございました」


 ありがとうございます、とお礼を言い、売店員の男性から渡された弁当をバックにしまいながら身を翻し、自分たちが乗る車両――最後尾の十六号車の乗車口に歩き出す。


「……やっぱり、凄いなぁ……!」


 ――景色を眺める感覚でこれから乗る機関車を観察する。

 清潔感はあるがどこか古臭い木造の壁、若干色褪せた赤いシート、車内からほのかに香るオイルの臭い、この車両が年代物なのは明らかだ。

 実際この機関車は四百年くらい前の源賀平内(げんが ひらない)という魔法使いが作ったもので、本当に古いものなのだ。


 そんなものがなぜ使われているのかというと、この機関車が空気中の二酸化炭素を動力にしているからだ。

 その上、環境に優しいこの仕組みは彼の【魔法】によるものなので再現ができず、だから現在もこうして使われている。

 そんな遺物(発明)をじっくり眺めていると。


「兄さん! こっちです」


 可愛らしい、しかし凛とした声で呼ばれた。

 小走りで声の方に向かうと。

 黒いカチューシャにより強調された、絹織物のように綺麗な、ピンクがかった白髪。

 今咲いたばかりの花のように、凛として、しかし、どこかあどけなさを残した輪郭の整った美しい顔。

 黒を基調とした制服により、降ったばかりの雪のように白く輝いて見える肌。

 その制服の上からもわかる立派に大きく育った胸に、その胸と均整がとれた百九○CMという僕より一回り大きい身長を持つ眼鏡美少女がいた!


(……まあ、僕の()なんだけどね)


 妹をべた褒めした自分にツッコミを入れる。


「兄さん、どうしたんですか? そんなににやけて」


 妹がグイッと雲一つない空のような蒼い瞳で顔を覗き込んできた。

 どうやら顔に出ていたようだ。


「『(さくら)はやっぱり可愛いなぁ~』って思ってね」


 自分の思っていたことを正直に話すと。


「に、兄さんてば」


 桜は満ち足りた顔で笑った――守りたいこの笑顔。




――『隼人はいと、桜を……お願い……!!』




 幸せな現在とは対極に、隼人の脳内に地獄の過去の一幕が流れる――あぁ、そうだ。守り『たい』じゃない守『る』んだ! 約束を……桜を!

 そう隼人が覚悟を再燃させると同時に、駅構内に乗車を促す放送が流れた。


「おっと、急いで乗らないと。皆も待っているだろうし」


「はい! 兄さん」


 兄妹はそそくさと、仲睦ましく列車内に乗り込んだ――しばらくして。


 まるで劇の始まりを告げる開演のベルのように、機関車は高らかに汽笛を鳴らして出発した。




○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○




 ――少年には――紅葉場隼人(もみじば はいと)には、ありがたいことに三人の親友がいる。

 ある事件で心が壊れかけてい彼が、荒んでいた彼が、今こうして人並みに笑うことができるのは彼らのおかげだ。

 二人と紅葉葉との関係の秘密(・・)を知ってもなお変わらず付き合ってくれている彼らのおかげだ。


「おーい、隼人(はいと)こっちだ」

 

 最大六人座れる二席対面の座席から身を乗り出し、ホワイトタイガーのような白黒のぼさぼさ髪を揺らして遅れた兄妹を誘導する。

 三人の中で最も仲の良い親友――研磨(けんま)だ。


「悪い研磨、遅れた」


「すみません、皆さん」


 兄妹は遅れてしまったことを各々謝罪する。


「んっ…気にすんな」 


 黒髪セミロングの目つきの悪い女性――若菜(わかな)が不愛想に擁護する。


「姉さんの言う通りだよ」


 ぽっちゃり体系の優しい顔の少年――鬼若(おにわか)は姉の言ったことを肯定する。


「乗り過ごしたわけじゃないしな」


 研磨も快活に笑いながらその言葉に同調する。


「ありがとう」「ありがとうございます」


 兄妹は気にするなと言う三人の親友に感謝の言葉を述べ、席に座った。

 そして、早速買ったばかりの弁当を広げ、楽しい談話を開始する。




○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○




 ――同時刻。

 ――花畑市(はなばたけし)東部。

 ――魔法部隊(まほうぶたい)詰所(つめしょ)


 付近に存在する黒い巨球――『迷宮(ダンジョン)』に対応するため設置されたこの詰所。

 構成人数は三十二人で、全員魔法使いである。

 そして現在。その中の二人の隊員が書類仕事に追われていた。


「ハァ~もう! 多すぎ!!」


 書類の山と向き合って二時間、ようやく一つの山がなくなった。

 そのことに喜んだのも束の間、机に置かれた残り九つの山を見て大きくため息をつく。


三春(みはる)、そんなことを言ったって仕事は減らないわよ。手を動かしなさい、手を」


「わかっているわよ! もう! 由香子(ゆかこ)は厳しんだから」


 三春がそんなボヤキを言いながら再び書類の山に目を通し始める。

 と。

 一枚の書類が彼女の目に留まった。


「ねえ、最近、魔物の出現数増えてない? ほら」


 そう言って書類を由香子に渡す。


「本当だ、ここ数週間で少しずつだけど魔物の発生数が増えている」


 それ自体はしばしばあることだ。

 だが、自分が見ていた書類の内容を思い出し、『異常事態』に気づく。


「おかしい……これは……もしかして!」


 血相を変え、ガバッと席を立ち、二枚の書類を手に持って部屋を後にする。


「ちょ、ちょっと!? 由香子どこ行くの!?」


 慌てて三春も後を追いかける。

 そんな三春を置いてスタスタと由香子が向かった先は隊長室。

 コンコンコンと、ドアをノックするが、


「隊長、失礼します!」


 返事が返ってくる前に部屋に押し入る。


「し、失礼します!?」


 あわあわと遅れて三春も入る。


「なんだ、騒々しい! もう少しでハイスコアが出せそうだったのに!」


 立派な椅子に深く腰を下ろしながら、ゲーム機片手に隊長が怒号を飛ばす。

 毎度のことだが、これが上司かと思うと頭が痛くなる。


(だけど、今はそんなことより)


「隊長、この書類を見てください!」


 二枚の書類を隊長に渡す。


「なんだこれは……『魔物の発生数に関する報告』に『迷宮(ダンジョン)からの瘴気(しょうき)量に関する報告』? これが一体なんだっていうんだ?」


「『発生数』のグラフを見てください! ここ数週間で魔物の発生が増えています!」


「それがどうしたよくあるこ――」


「確かに増加自体はしばしば起こることです……ですが! 『瘴気量』のグラフ、これと()()()()()()()んです!」


 隊長の言葉を遮り、矢継ぎ早に話す。


「魔物は『迷宮(ダンジョン)』から漏れ出した瘴気から発生します。なので、当然『迷宮(ダンジョン)』からの瘴気の量も増えてなければおかしいんです。しかし、その量はほとんど変化しておらず、また、付近の詰所からも増加の話は出ていません」


 書類を指さし、続けて言う。


「このような異常事態が当てはまる状況は一つしかありません。『大侵略(だいしんりゃく)』です!!」


「!? 『大侵略』だと……!!」


「……ッ!?」


 隊長は動揺を隠せず、三晴は絶句していた。


 世界に点在する『五大迷宮(ワースト・ダンジョン)』。

 そこに溜まった瘴気が一気に噴き出し、大量の魔物を発生させる大災害。

 それは前兆だけで、通常よりも強い魔物を出現させ、その上、他の『迷宮(ダンジョン)』を活性化、急激にそこから出る瘴気を通常とは比較にならない程の量にしてしまう。

 故に――


「急いでこのことを上に報告していただきたい!」


 由香子は鬼気迫る表情で隊長に懇願する。

 さすがに状況が状況なので、面倒くさがりな隊長もすぐに動き出そうとするが、


「わ、分かった! すぐーー」


 ブウゥゥゥゥゥゥウン! と。脳に反響するけたたましい警報がそれを阻んだ。

 その警報が意味するのは、


「こんな時に魔物か……!」


 魔物の発生である。


 『魔物は瘴気から発生する。ならば、必ずその兆候がある筈だ!』

 

 そう考えた先人たちが研究をし、見つけ、作り上げた装置。

 『魔物感知システム カナリア』。

 『カナリア』を使い、人類は魔物の発生を十五分前に知ることができるようになった。

 十五分という時間を短く感じるかもしれないが、魔物という脅威から避難するには充分すぎる程の長さである。

 そして今、その『カナリア』が鳴いている。

 ならば、すべき行動は一つ。


「仕方ない! すぐに出るぞ!」


「はい! 三春しっかりしなさい! 出撃よ!」


「…………ふぇ?」


「出撃!!」


「は、はいいいいいい!?」


 先程の話で茫然自失(ぼうぜんじしつ)していた三春を正気に戻し、三人は出撃した。




○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○




 一足先に出撃した隊長は魔法部隊に指示を出し、住民たちをスムーズに誘導させ、シェルターに避難させていた。

 魔物出現まであと七分。

 避難の大部分も終えた。

 何も心配する要素はない――ないはずなのに、本能が警鐘を鳴らしている。

 

 『大侵略』。


 由香子の台詞が絶えず脳内に再生される。

 起きれば必ず二つは国が亡ぶと言われている大災害。

 まだ前兆だけの筈の存在が、激しく隊長の心を揺さぶっていた。


「大丈夫……起きるわけない」


 自分を落ち着けるために紡いだ言葉。

 だが、安堵ではなく後悔の気持ちが湧いてきた。

 ()()()()()()()()()()()

 そして、案の定。



『『『『ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィ!!』』』』



 聞こえる筈のない魔物の声が響き渡った。


「どういうことだ! まだ十五分経っていないぞ!?」


 ありえないはずの異常事態に、予感した最悪に直面し、隊長の心は掻き乱される。


「隊長おおおおおおおお!?」


 隊員が一人、慌てて駆け寄ってくる。

 その隊員の名は数尾調(かずお しらべ)。彼の【魔法】は【魔物(モンスター・)感知(パーセプション)

 彼はいち早く魔物の正確な数を知ることができる。

 故に彼は誰よりも早く今の危機的状況を理解した。


「何体だ!」


 数尾隊員にすぐに魔物の数を聞く。


「な、七百八十四体です……」


「なっ……!」


 普段の八倍以上の数。その上、住民の避難も完了していない。

 異常事態の中、心は既にグチャグチャだ――だが、頭は驚くほど冷静だった。

 今ある戦力を鑑みて、『隊長』である音広進(おとひろ すすむ)はすぐに判断し、指示を出す。


「六班は周辺地域に連絡、一~四班は住民の保護を、五、七、八班は魔物を可能な限り殲滅、ただし深追いはするな!」


 彼の【魔法】【止まらぬ(アンストッパブル・)(サウンド)】で市全域に指示をする。


「「「「了解!」」」」


 あちらこちらから隊員の返答が聞こえた。

 ――その配分は現状の最適解だった。

 音広進、三十四歳。

 伊達に『隊長』をやっているわけではない。

 だが、指示を伝えた隊長は苦虫を噛んだような気分になる。


「間違いなく、これは()()()……」


 そうボソッと呟き、隊長も戦場に身を投じた。

今章は『迷宮』には触れません。

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