プロローグ 『機関車の回想』
連載します! よろしくお願いします!誤字とかがありましたらどうかご連絡くださいm(__)m
――四月一日、木曜日、午後十二時五十分。
吸い込まれてしまいそうな――雲一つ無い青空で太陽が神々しく輝く。
城壁のように蜿蜒と連なる山脈が、斜面一面を埋め尽くす満開の桜によって淡紅色に染め上げられている。
その合間を縫うように敷かれた線路を行く古びた機関車に揺られながら、これからの未来に希望を膨らませる一人の少女がいた。
少女の名前は貝木信。
『英雄』に憧れる少女である。
(まさか、あの人と同じ『魔法使い』になれるなんて)
少女は顔をにやけさせながら、自分が魔法使いになった運命の日を思い出す。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○
――三月二十九日、月曜日。
「……ん――うぅ~~ん~~~」
拳を突き上げ、大きくのびをする。
その日も、信は午前四時ぴったりに目を覚ました。思考を遮る眠気を覚ますため洗面所で顔を洗い、寝衣から中学校指定のジャージに着替えて、日課の体力強化のジョギングに出かける。
「スッスッハッ~~スッスッハッ~~」
白い息をメトロノームのように一定の間隔で吐き出し、アスファルトの罅割れが目立つ道路を軽快な足音を鳴らしながら全力で駆ける。
視界を遮る薄い朝靄、山道の端にぽつんとあるお地蔵様――いつも通りの変わり映えしない朝。『今日も何事もなく一日が過ぎてくれるのだろう』と信は予感していた。
だけど。
「スッ……あ、れ?」
――ジョギングに出てから二分後。
今までに経験したことのない眩暈が信を襲った。
足が縺れ、ズズズズと皮膚とジャージをアスファルトに削られながら倒れこむ。
そして。
そのまま気を失ってしまった。
――二十分後。
どのくらいの時間がたったのだろう?
と。
信は目を覚ました。
(……一体何が……体が動かない……声も出ない……)
靄がかかったように思考が纏まらず、体も鉛になってしまったかのように重く、全く動かせない。
全身のあちこちが――特に擦り剥いたほっぺが痛い、耳鳴りもする。
それに。
(……寒い)
冷えた空気が肺に刺さる。
最悪なことに、春にもかかわらずこの日の最高気温は三℃。空気が、道路が、体から容赦なく体温を奪っていく。
しかし、本当の最悪は倒れたここが町の中心地から離れた山道だということだ。
早朝に人が通ることはまずない。
(……このまま死んじゃうのかな)
信が最悪の可能性を考え始めた時、遠くから耳鳴りよりも頭に響く音が聞こえてきた――サイレンだ。
それだけではない。
視界の先、靄の中、段々と赤い光がこちらに近づいてくるではないか。間違いなく救急車だ。
(誰が呼んでくれたんだろう? ……とにかく……助かった)
――私はまだ死なない。
ホッとしたことで、信は再び意識の糸を手放した。
(……あれ? ……ここは?)
再び目を開けると、染みが目立つ、色褪せた白い天井があった。
信は周りを確認しようと体を起こそうとする。
と。
「イタッ……!」
筋肉痛のような痛みが全身に走る。だが、声は出るようになっていた。
信が痛みに耐えながら周りを見渡すと、まず腕に点滴が刺さっているのが見えた。次にナースコールのボタン――ここは病院か、と信が確信を持った、瞬間。
「起きたんですね」
ガラガラ、と扉が開き、三十代くらいの女医が顔を優しく緩ませて入ってきた。
そして。
「まずは、おめでとうございます」
と。
なぜか唐突に祝われた。
一体何を話されるのだろう、と信がドキドキしながら次に紡がれる言葉を待っていると。
「貝木信さん、あなたは『魔法使い』に『覚醒』しました」
言われた。
「………………えっ?」
だけど、何を言われたのか分からず、信はしばし時を止めた。
ゆっくりと頭の中で言葉を咀嚼し、意味を理解する。
そして。
「やったあああああああああああああぁぁぁ!!」
信は歓喜の雄叫びと共に両手を天井に突き上げて、女医が驚きのあまり仰け反る程の渾身のガッツポーズをした。
「ぁぁ〜いてててて……」
急に大声を出したせいで全身に再び激痛が走る。
伴って、涙が出てきた。
だけど、これは『痛み』から出たものではない――『嬉しさ』から出たものだ。
『魔法使い』。
それは人類を脅かす『魔物』という存在に唯一ダメージを与えることができる【魔法】を行使することができる人間の総称だ。
『魔物』への対抗手段が【魔法】しかないので、魔法使いになると強制的に『魔物』と戦わなければいけなくなるが、その代わりに生涯の衣食住を保証され、ありとあらゆる方面のことが優遇されるようになる。
これは魔法使いの人口が少ないのも一つの要因だ。
――これは噂だが、世界中の魔法使いの中で最も強い十人の魔法使い『TheTen』にもなると世界の法律を捻じ曲げられる程になるらしい。
信は五分かけて魔法使いになれたことへの興奮を収め、女医の話を聞いた――のだが、一発目から驚きの情報が飛び込んできた。
「えっ……二十八時間も経っているんですか!?」
「そうよ、今は三月三十日の午前九時」
「うっそぉ~…………」
信はその長すぎる睡眠時間を聞き困惑した。
だが、女医はなんでそんなことになったのかを丁寧に説明をしてくれた。
「あなたは魔法使いに『覚醒』したからこうなったんです」
『覚醒』とは、人間に備わっている『魔力』という【魔法】の源となる力を作る器官――『魔力腺』が文字通り覚醒することだ。
ただ、機能し始めたばかりの『魔力腺』は脆弱で『覚醒』の急激な負荷に耐えきれず、ブッチブッチに切れる。
それだけなら全く問題はないのだが、『魔力腺』は全身の筋肉と密接に関わっていて、それに引っ張られて筋繊維も切れてしまうのだ。だから、体が動かなくなった。そして、その回復の為に深い眠りに落ちてしまった。
「ほへぇぇ~~」
全身の筋繊維がぶっちぶっちに切れたと聞いて、信は心底驚き、喉から間抜けな声を絞り出す。
――蛇足だが、『覚醒』した人の子孫は『覚醒』しやすいとか、血の繋がった兄弟や姉妹が近くで『覚醒』すると連鎖的に『覚醒』しやすいとか、色々教えてくれた――信は『覚醒』という単語は知っていたが、詳しいことを聞いたのはこれが初めてだ。
女医は『覚醒』についての説明が終わると、今度は『これから』について説明してくれた。
「魔法使いになったあなたは魔法を正しく学ぶため、『EIU魔法学園』に編入することになるわ」
「『EIU魔法学園』……!」
その名前を聞き、信は目をキラキラと輝かせる。
『EIU魔法学園』。
正式名称は、『East Island United Magic School』。
それは、二十年前に信達が住む国――『月本』を中心に、周辺の島の諸国と合同で創設した、世界に八校存在する魔法使いの学び舎の一つだ。
創設元となった国で魔法使いに『覚醒』した人間は、いかなる年齢、職業であろうと、必ず六年在学しなければならない。
そして、そこには信が憧れる英雄達がいる。
例えば、【武鬼王】紅葉場太陽。『TheTen』の第八席の座に着いている月本の英雄。
例えば、【対者】紅葉場秤。太陽の息子にして『TheTen』の第二席の座に着いている世界の大英雄。
他にも沢山の英雄がいらっしゃるあの学園に行けるなんて、と信が感動に打ち震えていると。
「あなたは明日退院したら、学園寮への引っ越しの準備をしてもらいます。学園は全寮制だからです。そして、手続きがありますので、退院した翌日に一度学園に向かってもらいます」
女医がびっくりすることを言ってきた。
言い間違いではないかと慌てて尋ねる。
「えっ……明日ですか? 全身の筋繊維が切れているんですよね?」
「魔法使いになると身体能力が常人の数倍になるの、もちろん治癒能力もね」
ほら、と女医が信の右頬を指さす。
信は言われてはっとした。思いっきり擦り剥いた筈の頬の傷がなくなっている。
「だから痛みは今日だけで明日の朝には消えてるから、大丈夫よ」
信の驚愕する表情を見て、女医はにっこりとそう言った。
そして。
確かにこれなら大丈夫だろう、と信は安堵の笑みをこぼした。
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――結論。
全然大丈夫じゃなかった。
時間が経つごとに痛みが尋常じゃないレベルで増してくるし、動けないから一人で食事もできず、お花摘みにも行けず、その日は激痛と不便さに苦悶しながら過ごした。
けれど、翌日になると本当に痛みが引いていた。
これが一日で済んだことに信は心底ほっとした……本当によかった。
――その後、信は午前中に病院を退院して、学園への引っ越しの準備を済ませた。元々自分の所持品が少ないのでそれはもうあっさりと。
そして、四月一日――間違いなく信の一生の思い出になるであろう記念の日。
彼女は入学手続きのために『EIU魔法学園』行きの機関車に乗っている。
――人生初!
わくわくが止まらない、火に近づけたチーズのように表情が蕩ける。
だけど、楽しそうなのは信だけじゃない。春休みだからか、周囲には楽しそうに談話する家族連れのお客さんが沢山居た。
「…………」
――幸せな光景、守りたい大切な非日常――もう戻らないあの日々。
胸がチクリと痛む。
笑顔から一転、信の面持ちが場違いな寂しげなものに変わってしまう。
(…………思い出しちゃったな……)
そんな微笑ましい雰囲気の車内で、逃げるように再び回想にどっぷり浸ろうとすると。
「お姉ちゃん、魔法使いなの?」
一つ向こうの座席に座る五歳くらいの少年が、背もたれからひょっこり顔を出し、無垢な瞳で話しかけてきた。
なぜ、この少年が一目で信が魔法使いだと気づいたのかというと、信の長い髪が銀色だからである。
勿論、最初から銀色だったわけじゃない。
女医曰く、魔法使いに『覚醒』すると、魔力の影響で髪と瞳の色が変わることが多いらしい。
そのことはもちろん知っていたのだが、いざ自分の髪と瞳が派手な銀色に変わっているのを見た時は、腰を抜かして驚いたものである――そして、その衝撃から発生した痛みで信は悶絶した。
「ふふっ」
滑稽な自分の姿を思い出して気持ちが少し楽になった。
そのまま上機嫌に、信が「そうだよ」と少年の問いに答えようとした。
瞬間。
視界の奥、車内を歩く三人家族の上の天井が落ちた。
車内の全員が反射的に轟音の発生源に目を向ける。
(何が………………えっ?)
それを見て、息が止まる。
それを見て、心臓が警鐘を鳴らし始める。
――いつもそうだ。『終わり』は突然やってくる。
「――ぁ!」
視線の先には――理不尽がいた。
【読者の皆々様へ】
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私は『投稿してからアイデアが思いつく』という残念なタイプなので、改稿回数がとんでもなく多いです……ですが、必ずその度に「よくなったな」と思わせるような物語に成長させていきますので、どうか温かい目で見守ってくださいm(__)m
次の回もメインヒロイン視点です。