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煽動

 まさに、死屍累々といった有様だった。

 それは、もちろん比喩表現としての言葉ではあるものの、ある意味では字面通りの意味にも捉えられるだろう。なぜなら彼ら――一人ずつ順に倒されて演習場に横たわる彼らにとって、そうして味わう敗北は疑似的な『死』であるのだから。


 であれば、それを彼らに与える彼女は『死神』と呼べるだろう。

 少なくともこの瞬間だけは、魔導師見習いのSランク魔術士――サーシャ・ウィンダーは受け持つクラスの生徒たちにとって死神以外の何者でもなかった。


 大小様々な魔力弾が飛び交う中で、女は緩急を織り交ぜた疾走で接近と離脱を繰り返しながら、的確に急所やガードの薄い部分を突いた攻撃を行う。

 クラスメイトたちが次々と膝をつき、倒れ伏していく中で湧き上がる混乱と恐怖の渦に、しかしただ一人だけ呑み込まれていない者がいた。


 フィルミニアだ。彼女は密集する生徒たちの輪から離れて、冷静に戦況の推移を観察している。サーシャの動き、身のこなし、狙い、目線、クセ、思考――相手のありとあらゆる要素を読み取り、見出した弱点を徹底的を突くために。

 急遽行われた演習に半ば巻き込まれた形で参戦しているフィルミニアだったが、だからといって手を抜くような性格ではない。真面目で勤勉な彼女はむしろ多くを学び取る好機と捉え、サーシャにも勝つつもりで――とまでは言わないが、せめて一矢報いるくらいの気持ちではいる。


 そういう意味では。

 この状況を招いたクラスメイトたちの愚行に対して、少女は小さくない感謝を覚えていた。












 事の発端は軽視と、そして軽率にあった。


「――はい、おはようございます」


 彼女が授業の補佐について一週間、朝のホームルームの時間に現れたサーシャが挨拶する。

 対して、応じる声はない。それは生徒たちに芽生えている彼女への悪感情もあるのだろうが、それ以上に常との相違点への戸惑いが大きい。


 教室に入ってきたのは、サーシャ一人だった。クラスの担任であるゼイロンの姿はない。彼がホームルームの時間にいなかったことなど、ほとんどなかったのに。

 ざわつく生徒たちに、両手を叩いて注意を自身に向けさせると、笑顔を見せて、


「クルージオ先生は本日、所用で学外へ出ることになりました。なので演習科の授業では、今日に限りわたしが指導を行いますので、どうぞよろしくお願いしますね」


 口にした言葉に、再度のざわめきはより大きなものとなった。

 それが否定的なニュアンスを多分に含んでいることはフィルミニアにもわかっていた。それをより強く感じているはずのサーシャは、しかし余裕を持った態度を崩すことはない。


 ――そして、あるいは彼女以上にその空気を把握している者がいた。


「……先生」


 この教室の半数以上を掌握し、他のクラスにも影響力を持つ派閥の主――クラマイトだ。生徒たちが抱く反感を敏感に察知した彼に、それを利用しない手はなかった。


「今日の演習は、自習でいいんじゃないですか?」

「あら、どうして?」

「先生は出来の悪い生徒の面倒を見るのがお好きなんでしょう? ならそういった生徒にだけ別個で対応するのはどうです?」


 不敵な笑いを浮かべて言いながら、少年は後方のフィルミニアを見やる。

 その意味が理解できるため不快には思うものの、サーシャから個人指導を受けられると思えば、少女は決して悪い気はしなかった。彼女の指導を熱心に受けるのはクラス内で自分だけだから、あるいは多くの時間を割いてくれるかもしれない、と。


 しかしサーシャは、それを良しとはしなかった。


「貴重な意見をありがとう。でも、授業の内容を決めるのは先生だから」

「……僕の言葉に耳を傾ける気はない、と?」

「教師はね、生徒の言いなりじゃやってられないの。自分の言葉に耳を貸してほしいなら、せめてそれだけの価値があることを言いなさい」


 涼やかに、それでいて煽るように口にした女の言葉に、少年は不快そうに顔を歪めた。


 一等貴族のレイスロール家の子息であるクラマイトの言葉は、上級生や魔導師たちにもそうそう無視できるものはない。彼に、というより彼の家に目をつけられれば、自身だけでなく家族や友人にも危害が及ぶ可能性がある。クラマイト自身は家の権力を頻繁に行使する性格ではないが、その大きさは重々承知しているし、それによって人々が畏怖することも理解している。

 それ故に、自分の言葉に従わないのはまだしも考慮さえせずに切り捨て、どころか挑発すらしてみせたサーシャに対して、彼は怒りのようなものを覚えていた。


 その感情は周囲に伝播し、取り巻きの生徒たちもまた同様の思いを抱く。やがて口を開いたのは、その集団でクラマイトに次ぐ地位にいる紫髪の少女――チェルシャだった。


「平民風情が偉そうに……」

「ふふ、テンプレートな貴族の常套句だね。先生、軍で散々その手の言葉は聞かされてるからさあ、もうちょっと気の利いた冗句を言ってくれるとありがたいかな」


 少女が吐き捨てた侮蔑に、しかしサーシャはダメ出しまでした上で鷹揚に返す。

 先からのサーシャの様子に、フィルミニアは驚きを隠せずにいた。なぜなら少女の知る彼女は、優しく穏やかで、冷静で理知的で、けれどちょっと色ボケっぽくあるのも否定できない、そういう性格だ。無闇に人を煽って諍いを誘発する性格には――


「――いえ」


 思えない、と自分の中で結論づけようとしたところで、しかしよくよく思い返せば思い当たる節もある。

 初日の授業でクラマイトを諭した際も似たような、やや高圧的な口調だったように思う。その後のクラス全体に対しての呼びかけも、反感を誘うような言い方だった。


 個人で接する時と集団で接する時とで違う顔を見せる女にフィルミニアが首を傾げていると、顔を赤くしたチェルシャが机を叩いて立ち上がり、


「馬鹿にして……!」

「ふうん、怒るんだあ。先にそうした(・・・・)のはあなたの方なのに」

「……ッ!!」


 憤る少女に対し、女は至って冷静だ。柔和な笑みを全く崩していない。

 一層強まる生徒たちの疑念と不信、そして敵意。それが最高潮に達し暴発する、その寸前、


「落ち着きなよ」


 響いた声が生徒たちの意識を引きつけ、怒気を散らす。

 クラマイトだ。彼も他の面々と似た感情ではあったが、それでも正常な判断力は維持できていた。


 この女性は、弁が立つ。それも自らの考えを押し通すというよりは、正論と屁理屈を織り交ぜて他者の意見を潰す方向で、だ。感情的で正当性を失った言葉ほど、彼女にとっては御し易いに違いない。

 故に彼は、アプローチを変える。


「――サーシャ・ウィンダー先生。この際、ハッキリ言わせてもらいます」

「どうぞ、忌憚なく」

「僕は貴女の、魔導師として――いいえ、それ以前に魔術士としての実力に対して懐疑的です」

「そう」


 少年の思惑通り、自身に否定的な言葉に対してさえサーシャは口を挟まない。

 なぜなら彼の意見が間違っていると主張する術を、今の彼女は持ち合わせていないから。実力があると、口でそう言うのはとても簡単だが、だからこそその言葉には何の説得力もない。Sランクという評価も、それ自体に疑問を持たれてしまった以上、少なくともこの場に限っては意味を成さないだろう。


「不出来な生徒を伸ばすことが重要と、尤もらしく貴女は主張するが――それは実のところ、優れた生徒を教え導くだけの能力が貴女にないだけなのでは?」

「そうだね。そういう『仮説』も立てられる」

「魔術士としてもそうだ。貴女の同期には、同じくSランク魔術士である『妖術士(ミスターダイヤモンド)』シン・ゼイレーン中佐がいますが、在学中の試合演習で貴女は一度も彼に勝利したことがないらしいですね。それに卒業時の順位は、彼が一位であったのに対して貴女は百位以下。同じSランクなのに、この差はどういうことなのでしょうね」

「あー、彼はねえ……戦い方が対人の一対一に向いていたから。それにわたしも、魔術士としての戦闘力(・・・・・・・・・・)に自信があるタイプではないし」

「であればどうして、そんな貴女が魔術士の最高峰であるSランクの一人に数えられているのでしょうか?」


 サーシャに向けられたその問いは、しかし実際のところ他のクラスメイトに聞かせるために放たれたものであることを、フィルミニアは正しく理解していた。

 クラマイトによって思考を誘導させられた生徒らは、彼の言が正しいことを前提として――そこに「純然たる実力によって評価を得た」という可能性は存在しない――各々で推理を進める。その上で、彼女がSランクに至るために考えられる一般的な方法といえば――


「――あァ、『接待』ってヤツ?」


 そうして誰もが思っていたことを、チェルシャが口にした。

 その考えには、サーシャの肉感的な体躯と可愛らしい美貌も相まって十分な『説得力』があった。生徒たちの視線が、男子は下卑た、女子は軽蔑の色に染まっていく。


 そのことに気づかないはずもない女は、しかし自分に向けられる謂れのない疑いに笑みを強め、


「じゃあ――それを教えてあげるね」


 クラマイトの策に対する、己の回答を述べる。


「今日の演習の授業は、わたしときみたちとで試合を行います。現役で最前線に立つ魔術士の実力を、若い身と心で存分に感じ、そして何か一つでも有益なことを学び取ってください」


 その言葉も含めて、この流れは少年の思惑通りだった。

 そう、この時までは。












 そして、演習の授業の時間がやってきた。

 総務部棟の地下にあるものより一回りは小さい屋内演習場に、ボディスーツに着替えた五十人ほどの生徒が集まっている。そしてそんな彼らの前に現れたサーシャの姿に、一同は眉を顰めた。


「はい、それじゃあ早速――」

「ま、待ってください先生!」

「オーグランドさん、どうしたの?」

「……どうして、着替えてないんですの?」


 これから試合を行うというのに、彼女は常の軍服姿のままだった。手が露出しているので、下にスーツを着込んでいる、ということでもない。

 ほぼ全員が抱くその疑問に、女は困ったように――察しの悪さに呆れるように答えた。


「いやあ、だって――魔術士未満の学生を相手するのに、戦闘服なんて使うまでもないから、ねえ?」

『――――ッ!』


 その言葉に、生徒たちはまた怒気を募らせる。防御や生命維持の効果があるボディスーツを着用しないということは、それを必要としないということ――つまり一撃だって食らわないという宣言と同義だ。


 ナメられている、と憤るクラスメイトたちを、一人冷ややかに眺めている少女がいた。

 フィルミニアだ。ノート主導の個人指導を受けている彼女は、その補佐をするサーシャとも試合形式で相手をしたことがある。その時にも彼女は軍服のままで、それでも少女を圧倒してみせた。


 着替えない理由についても当然聞き及んでいる。それでも、クラマイトたちをあまり刺激しないために自らが問うたのだが……彼女の方がわざと煽るような答え方をしたせいで無意味な気遣いになった。

 とはいえ、それで怒りを覚える他の生徒らもどうかと思う。見くびっているのはどちらの方だ、と内心で毒づきながら少女は大きく息を吐いた。


「きみたちは、さ」


 女は語る。生徒たちに背を向け、彼らと反対方向に歩きながら。


「学院に入学したことで、ずいぶんと舞い上がっているみたいだね。自分は一流の魔術士になると息巻いている人も、あるいは早々に退役して魔導師として安泰の生活を満喫しようとしている人もいるのかな。その志は結構だけど」


 女は振り返り、射竦めるような視線を生徒たちに向けて、


「増長するのはさあ――せめて魔術士になってからにしなよ」

「……何を言ってるんですか? 僕らは入学した時点で、Cランク魔術士になることが確約されて――」

「それは卒業後(・・・)の話でしょ? 在学中(・・・)のきみたちは魔術師ですらない。軍の預かりではあるけれど、訓練生ってことで階級も与えられていないから、実質的には二等兵のEランク魔術士よりも立場は下。あえて言うなら今のきみたちは、Fランクの三等兵ってところかな?」

「僕らが……Eランクより、下?」

「そう言ったはずだよ」


 サーシャが立ち止まる。生徒たちと距離を置いた彼女は両手を大きく広げ、


「さあ――いつ始めてもいいよ」

「……なら、僕から」


 呼びかけに応じたのは案の定、クラマイトだ。彼は集団の輪から抜け出すと、彼女と対峙する。

 彼の顔には隠しきれない怒りが滲んでいる。他のクラスメイトと比べれば幾分かマシではあるし、プライドの高さを考慮すれば、むしろあれだけ悪し様に言われて平静さを捨てていないことを称賛するべきかもしれない。


 現状、このクラスで――否、この学年で最も魔術に長けた少年の戦いに注目が集まる。

 数秒の静寂、そして深呼吸を繰り返す彼は、


「――ふっ!」


 唐突に、動いた。

 手を突き出すと、長大な術式帯(フォーミュラベルト)を展開。術式の重さに応じて必要になる長い準備時間を、同学年の生徒では追いつけない早さによって完了させ、発動させる。


 それまでの十秒間、サーシャは微動だにしなかった。攻撃も防御も、術式帯の展開すらせずにただ待ち構えていた。

 それを少年は、自分を怯ませるための策だと解釈する。あえて防御しないことで、人を傷つけることへの躊躇いを抱かせて攻撃を中断させる――そういう算段なのだろうと。


 ――くだらない。

 少年はそれを一笑に付した。手心を加えるはずもなく、全力の一撃を叩き込む。死にはしないだろうが、怪我は避けられないはず。そうして勝利すれば、Sランク魔術士を倒したとして己の名に箔がつく。良いこと尽くめだ。


 そうして放たれた一撃は、極大の魔力砲。広域に及び、威力も十分。その輝きにサーシャが蹂躙されることを予期してか、女生徒の幾人かが悲鳴を上げる。相手が嫌いな人間だからといって、大怪我を負わせて平然としていられるほど人間は割り切れない。

 フィルミニアもこの時ばかりは息を呑んだ――が、直後にそれが杞憂だったと知る。


 迫る攻撃に、サーシャの取った行動はシンプルだった。

 サイドステップで横に跳び、回避する。ただそれだけだ。


 その行為は、生徒たちを一斉に鼻白ませた。彼女の行動は彼らにとってそれくらいあり得ない、恥ずべき行為であったからだ。

 おそらく、それを肯定的に捉えていたのはただ一人――フィルミニアだけだろう。


 サーシャは駆ける。正面に、クラマイトへと一直線に。

 少年は白けた表情を浮かべながら、次の魔術を準備する。どういう訳か、相手は身体能力強化の魔術すら使っていない。何をするつもりなのか見当もつかなかったが、彼は恐れなかった。この時点で、恐れを抱くような相手として見ていなかった、と言うべきか。


 少年は右手で魔力弾を連射しつつ、左手で防御の術式を用意しておく。

 一方で、巧みな体捌きによって射撃を回避しつつ接近するサーシャは、これまで魔術の発動どころか、術式帯を展開する予兆さえ見せていない。


 女が距離を詰める。少年はその場で射撃を続けるばかりで、動こうとはしない。

 とうとう互いの手が届く間合いにまで接近し、さすがにクラマイトも冷めたままではいられない。正面か、後ろか、右か、左か、上か――相手との距離が近すぎるために、どの方向からでも来る可能性のある魔術による攻撃(・・・・・・・)を警戒していた彼は、それ故に、


「がら空き」

「――が、ッ!?」


 魔術以外の攻撃(・・・・・・・)――疾走の勢いのまま放たれた蹴りを、ノーガードの腹部に食らった。

 再度の悲鳴が上がり、生徒たちは信じられないものを見るような目を女に向ける。彼女はそれらを気にすることなくその場にしゃがみ込むと、倒れて悶絶する少年に言葉をかける。


「ほら、いつまで寝てないで。戦場だったら格好の的、ロムトの餌だよ?」

「……っ!! ……っ!!」


 痛みのあまり声も出せない少年の姿に、取り巻きの生徒らが声を荒げた。


「――卑怯だぞ!」


 ピクリ、とサーシャの眉が微かに動いた。

 生徒の一人が発した言葉を皮切りに、他の生徒たちも次々と抗議を口にする。


「……そうだ、卑怯だ! 魔術の戦いで蹴り技なんて!」

「そんなのは魔術士の正しい戦い方じゃない! やはりSランクには汚い手を使って成り上がったんでしょう!?」

「恥知らず、魔術士の面汚し! その蛮行、必ずゼイロン先生に報告してやるからな!」


 怒声と罵声の数々を浴びるサーシャは、それらの主張を一通り聞いた後、総括して一言、


「――で、なんで蹴っちゃいけないの?」


 険しい視線を送りながら、今度は彼女が興醒めた表情を見せて生徒たちに問う。

 たじろぐ彼らの中に、答えられる者はいない。彼女が初めて見せた笑顔以外の表情に臆しているのもあるが、それ以上に彼らには「反論しても潰されるだけ」という予感があったからだ。


 この状況における沈黙とは、つまり『逃げ』だ。

 そしてそれを追わない理由を、サーシャは持ち合わせていなかった。


「試合演習において、物理的な攻撃は禁止されていない。王国の騎士のように、近接戦を得意とする魔術士はこの国にもいるしね。ただそれが帝国で――ううん、きみたちの間でメジャーじゃないというだけで、ルールにも抵触していなければ、暗黙の了解というヤツもない」


 ――開始の立ち位置から動くことは、敵を恐れて逃げるも同義。

 ――真に強い魔術士とは、全ての障害を正面から受け止め、それを圧倒する者である。


 そんな、どこから伝わったのか定かでない言葉を信じてきた自らを、フィルミニアはクラスメイトたちに先んじて恥じていた。

 そんな理屈、基礎能力に秀でた連中が楽に勝つための方便だ。策も何もない平易な撃ち合いであれば、スペックが高い方が勝つに決まっているのだから――フィルミニアのような例を除けば。


 言い返せない生徒たちに、女はさらに畳み掛ける。


「というか、きみたちだってよく相手を蹴ってるじゃない」

「は――はあ? 俺たちは、そんな――」

「過去の試合演習の映像見たけど、実力差を示すためなのか知らないけど、倒れた相手を足蹴にするの、あれはきみたちの言う『卑怯』じゃないんだ?」


 フィルミニアの視線の先、チェルシャが苦い顔をしている。つい一週間前にフィルミニア自身がそれをされているし、きっと他の生徒にも同様の真似をしているのだろう。他にも何人か、思い当たる節があるのか目を逸らしたり俯いたりする者がいた。


「というかさあ」


 そして、トドメとばかりに。

 失笑したサーシャは、生まれながらに高い魔術の才を有したエリートたちに向けて、言い放つ。


「魔術という強大な力を使う彼は、魔術を必要としない程度の体術を駆使するわたしに負けた。つまりは魔術が体術に負けたわけだけど――魔術士志望として、きみたち恥ずかしくないの?」


 その言葉は。

 クラマイトやチェルシャといった貴族ではない、むしろ平民の身で学院に入学し、魔術の才能こそが絶対だと信じている生徒たちにこそよく響いた。


 なぜならその言葉と、そして先に起きた出来事は。

 魔術の力が絶対ではないことを、端的かつ明瞭に示してしまったのだから。


「――言ったはずだよ。わたしときみたちとで(・・・・・・・・・・)試合するって」


 憤怒、呆然、失意、屈辱――各々が微妙に異なる感情を胸に黙りこくってしまう中、女が言う。


「これは一対一の連戦じゃない。教師であるわたし一人と生徒であるきみたち全員の――一対五十(・・・・)の試合なの。それは彼が攻撃した時点でもう始まってるし――当然、現在進行系で続行中だよ?」


 無謀だ、と。あるいは試合が始まる前に聞かされていれば思っていたかもしれない。

 しかしこの局面において、フィルミニアはすでに自分たちの敗北を悟っていた。それは人数比とか、経験とか、戦術とか、それらから導き出せる戦力差とか、そういう兵学的な話によるものではなくて。


 同時に、彼女は以前に(ノート)から言われた言葉を思い出す。


『――オーグランドさんは、サーシャさんのような魔術士を目指すべきかもしれませんね』


 どういうことですの? と少女が訊ねたら、彼はなぜか苦笑を浮かべて、答えた。




『彼女は、駆け引きを得意としていますから』




『――恋愛以外で?』と思ったことは内緒だ。

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