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教示

「――最初に言っておきますが」


 予備魔導師ノート・ラインによるフィルミニア・リイル・オーグランドへの指導は、そんな言葉から始まった。


「僕にはきっと、君の悩みを、君の望む形で解決することは叶わないでしょう」

「え? それは、どういう――」

「それをお話しするために、まずはオーグランドさんの成績を振り返ってみたいと思います……よろしいですか?」


 その問いに、少女は一瞬嫌そうに顔を顰めたが、すぐに表情を引き締めて頷いた。自身の芳しくない成績について語られて、不快感を覚えるなど愚かしいと考えたから。

 フィルミニアが煽るように紅茶を飲み干した。礼儀作法の観点から見れば褒められた行為ではないが、幸いこの場にそれを咎める者はいない。妙にニコニコしているサーシャが、空になったティーカップに新たな紅茶を注ぐ。


「――先も言いましたが、君は周囲と比較しても特別劣っているということはありません。むしろ、過去の演習の評価を見る限りは、発動速度を除けば平均を上回っています」

「……ええ。でも、トップの成績には遠く及びませんわ」

「そうですね。そして僕には、君の魔術そのものを伸ばし、洗練させ、強化することはできません」

「それでは――!」

「オーグランドさん」


 何の意味もない、と言って立ち上がろうとした少女を、サーシャの発した声が制止した。それは冷ややかな響きで、身を竦めたフィルミニアに、しかし女は優しく微笑んだ。

 ――話を最後まで聞け、と。そういう意味合いなのだろうと判断して、少女は浮かせていた腰を下ろした。


 そのやり取りに苦笑を浮かべながら、男は話を続ける。


「……僕が生徒に教えるのは、実践的な魔術の使い方と心構え――つまりは実戦(・・)です」

「実戦……?」

「オーグランドさんはたぶん『能力の底上げ』を望んでいますよね? 威力を大きく、速度を速く、範囲を広く――その考えそのものは否定しませんが、現実的とは言えません」

「なぜ、ですの?」

「魔術は、兎にも角にも先天的な才能に大きく左右される力です。魔力の量や発動速度など、個人差の生じる点はいくつかありますが――特に『魔術の出来』は瞭然で、それ故に非情だ」


 ほう、と嘆息したノートが紅茶に口をつけると、隣のサーシャが話を引き継いだ。


「今日の授業、魔術の射撃訓練があったでしょう? たしか演習の中でも、特に基礎的なヤツだよね」

「はい、三日に一度くらいの頻度で行われますわ」

「それを思い出してほしいんだけど……例えば『速度は速いけど威力は低い』とか、『弾は大きいけど速度は遅い』とか、そういう人はいた?」

「ええと――」


 訊ねられて思い返してみる。彼女の記憶の中にある数多くの魔術を比較してみれば、


「――いえ、いませんでしたわ。同じ術式で生じた効果の差異は、優れた者は全てに優れ、劣る者は全てで劣っていたと思います」

「そうだね。魔術の効果は、優劣がハッキリと現れる。そしてそれは才能の差によるものであって、後天的な努力や修練で覆せるものではないの」

「で、ですが、優れた魔導師の下で学んだ魔術士には、魔術の効果が飛躍的に向上したという人も――!」

「魔術の能力は、二十代半ばをピークに成長していくからね。ほら、背の低い子がほんの数年で爆発的に背が伸びたりとか、見たことない? それと同じだよ」


 衝撃的な事実を聞かされて、開いた口が塞がらないフィルミニア。

 そんな少女に追い打ちをかけるように、再びノートが口を開いた。


「加えて、魔術の効果は術式帯(フォーミュラベルト)の出来によっても左右されます。術式が地図に例えられるように、描き方が正しくなければその分遠回りとなり、辿り着いた先の効果を発動する、そのための魔力を無駄に消耗してしまう」

「術式帯の展開が下手な人、少なくありませんからね……ただ、その点に関してオーグランドさんは、その」

「君にとって幸いかどうかはわかりませんが――非常によくできています。それこそ、改善する余地もないほどに」

「――――」


 少女の目の前が真っ暗になった。比喩ではなく、現実として。

 失神したのだ、ほんの一瞬だけ。ソファの背もたれにぶつかった衝撃で目を覚ましたフィルミニアは、昨日以上の『絶望』というものを実感する。


 彼らの言を端的にまとめてしまえば、『フィルミニアの魔術は上達しない』ということだろう。それは、彼女が胸にした一縷の望みを斬って捨てるようなもので。

 さらに先天的な才能が重要であるということは、自分がこれまで傾けた熱意、費やした時間、重ねた努力も全て否定されたということに等しく。


「……わた、くしは――」


 何のために頑張っていたのだろう――と、多くのものを無駄にしてきた自らの滑稽さに自虐の笑みを漏らす、その寸前、




「重要なのは、だからどうするか(・・・・・・・・)、ですよ」




「――え?」


 魔導師のその一言が。

 少女にとって、小さく微かな――そして確かな光明となる。


「ショックを受けた君が泣き喚くも、怒り狂うも、笑い転げるも、それは君の自由です。しかしその前に、まだやれることがあるのではありませんか?」

「やれること……?」

「ええ。そもそも君が魔術を学ぶ目的は何ですか? この学院で優秀な成績を収めるためですか? 箔をつけて軍に入隊するためですか? 魔導師として活躍するためですか?」

「それは……っ」


 一瞬言葉を詰まらせた少女は、抱いた迷いを振り切って、


「……襲い来る脅威(ロムト)から、人々の平和を守るため、です」


 胸を張って、そう答えた。


 実際のところ、彼女が魔術学院に入学した理由の根幹にあるのは、実家への――家族への反抗心だ。

 しかしそれは、語った内容に嘘がある、ということでは決してなく。あくまでも反感はきっかけに過ぎず、たとえそれがなかったとしても正義感の強いフィルミニアであれば、考えた末にやはり軍人を志すことだろう。


 葛藤を秘めた回答に、ノートは満足げな笑みを返して、


「――でしたら、君がこの学院で手に入れるべきものは何ですか? トップの成績ですか? 人脈と派閥ですか? 強力な魔術ですか?」

「……違いますわ」

違いませんよ(・・・・・・)

「えっ」


 予想だにしない男の言葉に、少女は目を丸くして戸惑いを見せる。先の問いは明らかに反語的であったのに、否定に対して否定を返されたのだから無理もない。


 肩を震わせて笑いを堪えているサーシャ。この手の意地の悪い問いは、彼女も学生時代によく食らったものだ。

 羞恥に頬を染める少女に、すみません、と一言謝罪した男は、


「評価は高い方がいい。友人は多い方がいい。魔術は強い方がいい。それは当然のことです。――そして、多くの生徒がそこで満足してしまう。最も重要なことを学ばないまま」

「最も、重要なこと……?」

「戦い方、ですよ」


 それは彼にとって、憂慮すべき事態なのだろう。常の微笑みの代わりに表れた険のある顔がそれを物語っている。

 しかし、だ。その言葉には、少女の知識と相違する点がある。逡巡するも、その違和感を解消させるため、


「……演習科の授業には、実戦形式の訓練もあるはずでは?」


 訊ねると、男は首を横に振った。


「あくまで僕の個人的な意見ですが……あれでは足りません。そもそも多くの魔導師は、戦闘技術というものを軽視している節がありますから」

「優れた才を持つ者は、極めて単純な高火力・高速・広範囲によって、凡人の策や技巧を容易く捻じ伏せる。教師にとって、どちらを教育するのが効率がいい(・・・・・)かなんて、考えるまでもないよね」

「……でしたら、私が戦い方を覚えたとて、その……意味があるのでしょうか?」


 おずおずと、卑屈を伴った質問。

 ノートは再度、頭を振った。それは失望の表れに他ならない。物わかりの悪いフィルミニアに対して――ではなく、彼女をそうさせてしまった(・・・・・・・・・)この学院の教育に対して、だ。


 故に彼は、強く、諭さなければならない。




「――君の『敵』は、魔術士なのですか?」




 剣呑な気配が室内を満たす。

 少女が息を呑む。目の前の相手を見くびっていた訳では決してないが、しかし目算を誤ったことは間違いないだろう。才に劣る魔導師――元Eランク魔術士だからこそ(・・・・・)の言葉の重みを、フィルミニアは実感していた。


「戦い方を身につけても、優れた者に及ばないと言うのなら――逆に問いましょう。そもそも、及ぶ必要が(・・・・・)どこにあるのですか(・・・・・・・・・)? 優れた魔術士とは、即ち強大な味方に他なりません。であれば味方に勝つ(・・・・・)ことにどんな意味がありますか?」

「それ、は――」

「さらに言えば、君自身(・・・)はどうでしょう? 君が戦い方を知っているかそうでないかで、勝利、あるいは生存できる確率がどう変化するのか――口にする必要がありますか?」


 ブンブンと、今度は少女が首を横に振る。

 こちらの言いたいことを十分に理解したと思われるその様子から、鬼気を霧消させたノートは、いつもの儚げな微笑みに顔を戻して、


「他者と比較するな、とは言いません。好敵手(ライバル)と競うことには意味があります。――ですが一番大事なのは、君が、君の手の届く限りの強さを手に入れること。相対的な評価に囚われて、それを見失わないでください」

「……っ、はい!」


 魔導師の忠言に、少女が力強く返事をする。その言葉を肝に銘じ、深く心に刻み付けるべく。


 そこに昨日までの、ノートをEランクと見下していた姿はない。根が真面目な彼女は、師事すると決めた相手には畏敬の念を抱いて接するからだ。

 自分の恩師に敬意を払う様子には好意を覚えつつも、同時に垣間見える盲目的なきらいに危うさを感じるサーシャは、それを胸の内に秘めて男に訊ねる。


「――それで、先生? 戦闘技能の習得という点において、オーグランドさんに見込みは?」

「……!」


 自身に残された最後の望みの有無を問われ、少女が固まった。

 もしも「期待できない」と言われたら――そう思うと、全身が強張る。緊張の面持ちで答えを待つフィルミニアを一瞥し、少し迷いを見せた末に、


「……そう、ですね。この際、ハッキリ言ってしまった方がいいでしょう」

「あの……それ完全にダメな時の言い方なのですけれど、そうですの……私には、何の才能もないのですわね……」

「いえ、そういう訳ではなくて。すみません、誤解させるような言い回しを」


 肩を落として虚ろな顔で、目の端から一筋の涙を流す少女に、ノートが慌てて頭を下げる。


「よく聞いてください。――君にはとても大きな伸びしろがあると、僕は考えています」

「…………え?」

「オーグランドさんには素質があります。……しかしその扱い方を知らず、加えて精神的な未熟もある今の君の戦い方は、とても拙い。試合演習の様子を見れば明らかです」


 試合演習――生徒同士による一対一の対人戦。勝率や対戦相手、試合内容に応じて各生徒は順位付けをされ、作成されるランキングは最も簡明な強さの指標となる。

 フィルミニアはこれを苦手としていた。他の演習の成績ほどに戦績が振るわないからだ。


「現在の順位は中位よりやや下。過去の試合映像を拝見しましたが、格上相手には順当に負けることが大半であり、一方で同格以下に敗北することも少なくない」

「……珍しい、ですね。一年生の時分であれば、他の演習の成績と試合の順位との間にそれほど差は生まれないはずなのに」

「ええ。現段階で、オーグランドさんは『戦闘』において周囲より劣っているのは間違いありません。――だからこそ、実戦は君にとって最大の成長要素」


 そう言うと、ノートは杖で体を支えながら立ち上がった。その隣のサーシャもまた、紅茶を飲み干すと腰を上げ、ティーセットの片付けを始める。

 その様子を見たフィルミニアは、手をつけていなかった二杯目を一気に飲み干すと、二人に倣って自身も立ち上がり、


「……実技指導、ですのね」

「ええ。とりあえず、君には自身の課題を理解してもらいます。自覚の有無だけで、戦闘中の意識は大きく変わりますから」


 そんな言葉と共に、穏やかで覇気のない、老人のような笑みをノートは見せる。

 それを向けられたフィルミニアはしかし、瞳の奥に宿る冷酷な輝きに気づき、恐怖を覚えながら気を引き締めるのだった。












 ヴァルテシア魔術学院の敷地内には、大小合わせて百近い数の演習場が点在している。

 学院内では基本的に魔術の行使は自由だが、戦闘行為やそれに類する訓練の場合には演習場を使うことが暗黙の了解となっている。流れ弾に当たって他の生徒が負傷したら大変――正確に言えば、流れ弾に当たった生徒が注意力の欠如した(・・・・・・・・)防御すら覚束ない(・・・・・・・・)名家の子息や子女(・・・・・・・・)だったら大変――だから、らしい。


 学院の生徒数は約四千人。その中で、自習で演習場を使う割合の高い、士官部に属する生徒は全体の七割ほど。つまり放課後や休日には、ざっと二八〇〇人で百箇所の演習場を使うことになる。


 もちろん、一度に全員が演習場を利用することなどまずありえない。多くて半数、平時なら二割ほどだろう。

 本来、どの演習場も最低十人は同時に訓練を行えるだけのスペースがあるのだが――それでも現状、数はまるで足りていない。理由は色々あるがやはり一番大きいのは、優先的に演習場を利用できる成績優秀者が、自身が引き連れてきた身内の数人以外の生徒を締め出すからだろう。『優れた者をより伸ばすべき』という思想が教師陣に蔓延しているこの学院では、上位の生徒のために下位の生徒を切り捨てることなど決して珍しくはない。


 フィルミニアも、その憂き目に遭ったことは一度や二度ではない。落ちた成績を取り戻すために自主練習をしようとしたら、成績が落ちたがために演習場を利用できなかったのだから、八方塞がりと言うより他にないだろう。


 ――だからこの場所を初めて知った時、彼女は釈然としない気持ちを抱えることになった。


「……まさか、総務部棟の地下に演習場があったなんて」

「そもそも、総務部棟に地下階があることに驚きだよね。それも昇降機(エレベーター)まで用意して」


 ブレザーを脱ぐフィルミニアの耳に、壁に反射したサーシャの声が届く。


 総務部棟地下に秘された演習場。そこに併設された女子更衣室で、少女は演習用のボディスーツに着替えようとしているところだった。

 帯同したサーシャは、服を脱ぐフィルミニアを視界に映さない立ち位置で、白色のロッカーに背を預けている。同性同士である以上、着替えを見ていたとて問題になることはないものの、マナーの面でよろしくないのは間違いないだろう。少なくとも人並みの羞恥心を持つ少女にとっては、その配慮はありがたいものだった。


「元々は、魔導師用の訓練設備として作られたらしいんだけどね。Dランク以下の元魔術士を雇って警備部を設立させてからは、魔導師が腕を磨く必要もなくなったから」

「警備部の人は使わないんですの?」

「当時の魔導師が使わせなかったんだって。その頃の魔導師には、能力で劣る相手が自分たちの領域に踏み入ってくることに不快感を覚える人が多かったみたいで。結果使われなくなったこの演習場は、個別指導の場としてノート先生に与えられたの」

「……ここが一般開放されていれば、多くの生徒が自習の機会を得られたでしょうに」

「そう? 一部の生徒に独占されるだけじゃないかな」


 他人事のようにサーシャは言う。

 彼女の意見はとても現実的で、しかしその煽りを受ける側に立つフィルミニアとしては面白くない。


「それは……そう、ですけど……」

「――ふふっ」

「? どうかされましたの?」

「ううん、なーんでもないっ」


 すっかり固さが取れた少女の姿に笑みを浮かべながら、それを彼女に自覚させないよう女ははぐらかす。


 首を傾げるフィルミニアは、シャツとスカート、ストッキングに靴まで脱いで、レオタードのような下着姿――学校指定の、こちらもボディスーツと呼ばれる上下一体の補正下着(ファウンデーション)――になると、持ってきていた薄型のアタッシュケースを開き、綺麗に折り畳まれて収納されていた自身の戦装束であるスーツ、それにガントレットとブーツを取り出す。

 青と白の濃淡に彩られたボディスーツには、生命維持や防御効果の術式(フォーミュラ)が刻まれている。このような、術式が組み込まれた装備――通称『魔術兵装(ベルトローダー)』の使用は通常、一年生の間は禁止されているものの、安全面を考慮してこのスーツだけは許されている。


「覚悟、しておいてね」


 緩いスーツに足を挿し込んだ少女に、サーシャが忠告する。その声は少しだけ静かで、だからこそ真剣味が伝わってくる。


「先生は容赦をしない。普段は優しいけど、指導の場におけるあの人の顔は、それとは全く別物だよ」

「……怒鳴ったり、手を上げたり、とか?」

「まさか。……でも、下手したらそれよりも怖いかな。最初の内は、ノート先生に何度も殺される(・・・・)と思うから」


 その物騒な言葉に僅か身を震わせながら、少女は戦闘服の袖に腕を通した。両足の爪先から両手の指先まで覆われたところで、左右の肘の部分にあるファスナーを、肩口を経由して首元まで引き上げる。

 最後に、ブカブカで隙間だらけのボディスーツに魔力を通して、刻まれた術式を起動すれば、


「んっ……」


 自動で身体にフィットし、やや小柄ながらも女性らしいボディラインが浮き出される。

 全身を締めつける圧迫感に艶っぽい声を漏らした後、ガントレットとブーツを装着する。ガチャガチャと立てた音で着替えが終わりそうだと気づいたサーシャが、少女へと向き直り、


「――――」

「よし……っと。それでは――あの、サーシャ先生?」

「――――はっ」


 絶句して固まっていた女は、フィルミニアの呼びかけで我に返った。

 顔を赤らめながら青ざめる、という器用な真似を無意識に行った彼女は、少女から視線を逸らすと、


「う、わぁ……改めて見ると、学生時代はよくこんな恥ずかしい格好してたなあ。アタッチメントなしの素のスーツなんて、この歳じゃもう絶対着れない……うう、若さが眩しい」

「ど、どうかされましたの? 私の装いに、何かおかしなところが?」

「いや、その――ううん、今は気にしなくていいよ。……十年くらい経ったら嫌でも気づかされるから」

「?」


 劣情を知らない純真無垢な瞳が、従軍中にすっかり擦れてしまった女を不思議そうに見つめていた。












 試合演習で主に使用されるものより二回りは広い、地下の演習場。

 着替えを終えて戻ってきたフィルミニアは、待機していたノートの姿を見る。


 彼もまた戦闘用のスーツを身に纏っているが、少女の簡素なそれと違い、プロテクターのような追加パーツが全身を覆っている。

 これらの装備は、ノートが現役時代に愛用していたものだった。見た目こそ重厚だが、実際のところは十年以上前に製造された型落ち品ばかりであり、性能的には学生たちに支給される現行のスーツに並ぶか、あるいは下回る程度だろう。


 杖を突いて立つ彼の元に二人が駆け寄ると、彼は感情の失せた無機質な表情を向けて、


「――それでは早速、指導を始めましょう」

「っ、よろしくお願いします!」

「君と僕、一対一の試合形式で、基本的なルールは試合演習と同じ。ただし変更点として、この試合では相手に一撃入れたら勝利とします。ダメージの有無は問わず、命中した時点で決着です。いいですね?」

「はい!」


 シビアなルールだ、と少女は思う。通常の試合演習であれば、体力と精神力の続く限り闘いは続行される。一撃で決着がつくことは、全くないとは言わないが、よほどの戦力差がないとまず起こり得ない。少なくとも、フィルミニアにその経験はない。

 闘志を燃やしながら、しかし緊張を隠し切れない少女に、男は続けて言葉を放つ。


「それから、僕と君の実力差を埋めるためのハンデを設けたいと思います」

「ハンデ、ですか?」

「ええ。まず、僕は魔術兵装を使わせてもらいます。でないと、あっという間に燃料切れになってしまうので」


 そう言うと男は、杖でコンコンと地面を叩く。

 あの杖が魔術兵装なのだろう。幾度も視界に入っていたのに全然気づかなかった。


「そしてオーグランドさん――君には、複数の術式の同時発動を禁止します」

「同時発動……」

「一つの術式が効果を発揮している間は、他の術式を行使してはなりません。攻撃も、防御も、補助も、どんなものであれ例外なく。ああ、ただし術式帯(フォーミュラベルト)の同時展開は構いません、発動さえしなければ」

「あの……それって、こちらがものすごく不利なのでは……?」

「理解しているなら結構。そして、そのためのハンデです。所定の位置についたら、合図と同時に演習を開始します。――サーシャさん、号令と判定を頼めますか?」

「わかりました」


 言うと男は背を向けて、床の印を頼りに対人戦用の立ち位置へ歩く。サーシャも同様に、試合を俯瞰で確認できる位置へ移動する。

 圧倒的に不利な闘いを強いられた少女は、胸に大きな不安を抱きつつ、同時に漠然とした希望をも感じていた。

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