死神と太陽
『奴らに言いつけるからな』
『12歳になってまで親に言いつけられるとか、どんな罰ゲーム』
中身に至っては400歳超えてるんだぞ?
『眼の制限解除に、改造小鬼の複数操作。医者の反応が楽しみぞ』
楽しそうに笑っているのに、眼が全然笑っていないのが怖い。
大鬼を迎え撃った“俺”は、人工筋肉と骨格で組み立てた人形に直前まで来ていた強化外骨格を着せた偽物。
無害化した霊子結晶、正式には“義魂”と言うのだが、俺の魂と同じ波長を有するので偽物に埋め込んで怨霊の眼を欺いた。
本物の俺は、義魂経由で偽物にありったけ魔力をぶち込み枯渇状態。
枯渇寸前の魔力量のお陰で隠密性が上がり、共鳴術で隠れ大鬼たちをやり過ごした。
そして偽物を追いかけている隙に、魔力を最低限回復させ隠形を使い戦線を離脱。
現在は大鬼と花狼の戦闘跡地に立っていた。
手には、二つの匣と一つの発光体。
匣の一つは赫腕で、一つは花狼。
どちらも手持ちの中で最も性能が高いDランクの匣に罅が入り、中身を出せばもう使えない状態。
Cランク相当である証拠だ。
花狼は理解できるが、体の一部でしかない赫腕一つで罅が入るとか装備を作る時が楽しみでしかない素材だ。
発光体は花狼の魂魄。
品質はC。金色の魂殻は花狼の魂が精霊だったと教えてくれる。
『弁明は帰ってから奴らにするがいい』
『清々しいほどお怒りですね』
『知らぬは馬鹿者が』
どうやって小竜の機嫌を取るか考えていると違和感に気が付く。
『大鬼の反応を見失った』
僅かに緩んでいた緊張が、再び張り詰める。
大鬼の行動には、常時意識を割いていた。
なのに移動した形跡も無しに、気が付けば認識できなくなっていた。
この感じを俺は知っている。
とても身近で他では知らない感覚。
全てを観る精霊の眼が見逃す例外事項。
共鳴術を使った隠形。
今まで感じた事の無いような悪寒。
魂の演算が答えを導くより早く、本能が身体を跳ばす。
浮遊感の後に来るのは、左半身を潰す衝撃。
強化外骨格を無視して、左腕と肋骨が砕ける。
腕は強化外骨格のお陰で形を保っているが、骨と肉がミックスされた肉袋状態。
肋骨は三本骨が砕け、破片が左肺に突き刺さって気胸を起こしている。
本能が回避行動をとっていなければ、全身が砕け挽肉になっていたことは想像に易い。
唯一の救いは、心臓に破片が突き刺さらなかった事だろうか。
さすがに心臓が機能しなくなったら、肉体が死んでしまう。
いや、痛覚が残っていれば、痛みのあまりショック死すら考えられる。
吹き飛ばされながら捉えたのは、左腕を横薙ぎに降り抜いた大鬼の姿。
勢いが止まらぬ前に姿勢制御。大鬼が次の行動を起こす前に、対応を迅速に行う。
気術で肉体を制御。
肺に刺さった骨片を取り除き、砕かれた骨を形だけでも正常の位置に戻し維持。
持っていた花狼の霊子結晶を速攻で砕き、魔力回復と肉体の修復に当てる。
合図も無く出した屑霊子結晶に小竜の”種火”が灯る。
即効性は高いが効果は魂魄に品質に左右される魂の粉砕と、遅効性だが質に関係なく効果は高い魂の燃焼。
両方を同時に行う事で行動制限が最低限に抑えられる。
痛覚の無い体から焼けるような熱を感じる。
特に損傷の激しい左腕が酷く熱い。
魂が直接感じる感覚故に除去できないが、必要な感覚として受け入れる。
動いたのは同時だった。
三度目の再現。
逃げる俺と追いかける大鬼。
依然と違うのは、二対二である点ぐらいだろう。
大鬼は怨霊によって増強された身体機能で追いかけて来る。
俺は肉体の操作を放棄して、強化外骨格による限界を超えた稼働を行い逃げる。
中身が壊れないように、小竜の魔力で保護をして貰う荒業だ。
しかし、命がけの鬼ごっこは、第三者の干渉によって均衡が崩れた。
死の呪詛の発動。
肉体の内側から伸ばされた手に、魂が引き込まれるような幻覚。
強化外骨格の操作に割いていた精神を呪詛抵抗に廻し、言語を絶する激痛が魂に走る。
時間が経つほど痛みは加速度的に増し、精霊の眼が明滅する。
魂の痛みに怯めば速度が緩み、後ろの大鬼に追い付かれる。
逆に強化外骨格の操作に気を取られれば、魂が死の呪詛に引き込まれ死ぬ。
加速する精神は考える。
もしここで俺が死んだとしたら?
どちらの陣営も俺を殺すことは確実だ。
しかし、共にいる小竜は?
大鬼の所業を振り返れば、無視するとは考えられない。
では小竜が力を使えばどうだ?
後ろから迫る大鬼を滅する事は可能だろう。
だが、小竜はこの時になっても、俺の肉体を守る以外竜の力を使わない。
力を使わない理由を頑なに喋ろうとしない小竜。
力を頑なに使おうとしない小竜。
思考する。考察する。推察する。設計する。類推する。構築する。思索する。吟味する。分析する。
結果。
終点となる崖に辿り着いた。
フェイスガードの裏に仕込んだ肉体保持剤を口に含む。
魂が無い間呼吸が出来ない肉体に、酸素を供給する効果がある。
肉体には小竜の魔力で保護されているので、いつ死んでもかまわない。
崖の下には、地の底に通ずる洞穴に流れ込む、落ちたら二度と這い上がれないと言われる激流“不帰の河”。
背後からは、三度逃すまいと加速する大鬼。
俺だけが生き残るのではなく、小竜だけが生き残るでもなく、全てを諦めず共に生きれる可能性を手繰り寄せる手順は整った。
一つの匣を大鬼に向けて放る。
弧を描く匣が展開されたモノ、人工筋肉の束が宙に舞う。
人工筋肉帯を全身に纏いながら、手を伸ばす大鬼。
残念だが届かない。
何故なら俺の身体は力を無くし、崩れるように崖下へ落ちている最中だ。
大鬼に纏わりついた人工筋肉帯から魔力を抜く。
俺を追うように落下する大鬼は左腕で崖を掴もうとするが、布の様に柔軟だった人工筋肉が一瞬で鋼鉄の硬さに変わる。
掴むはずの腕は半ばで固まり、俺を追うように崖へと身を落とす。
肉体は激流に呑まれ、魂と精神は死の海に引きずり込まれる。
落ちていく死の海は、いつもと同じように静謐だった。
浮上する/虚無に溶け輪郭を曖昧にしていた意識が、水底を照らす赤の光によって境界を産み出す。
浮上する/水面へ向けゆっくりと身体が組み立てられていく。
浮上する/水底で得た記録が零れ、底に溜まる。
浮上する/水面に映る自分を観る。
浮上する/違う。今まで水面に映っていたのは俺だった。しかし、今回はなにかが違う。
浮上する/自分によく似た。別のナニカ。
浮上する/違和感の正体に気が付けぬまま、“俺”が始まった。
『目覚めたかッ!』
『ああ、おはよう小竜』
小竜は首に設置した魂魄収容器に収まっている為、小竜の温もりを感じれない。
強襲する消失感を埋めれず精神状態は最低だ。
『挨拶しておらんと、目の前の異常事態に気が付かぬか!』
小竜に言われ、なんとか周囲の情報を拾い上げる。
『どこだ?』
としか言いようがない空間。天も地も境界も遠近すら存在しない真っ白な空間。
自分が立っているのか、座っているのか、寝ているのか分からない。
だからどうした、である。
小竜の温もりを感じれない以上の重要案件には、思えなかった。
『小僧が目覚める直前までは、激流の中を流されておった。しかし、小僧が目覚めたとたん、突如この場所におったのだって、えぇぃいい加減復帰しろ!』
収容器から出て来た小竜をフェイスガードを脱いで抱きしめる。いつもの存在確認をたっぷり堪能する。
『満足したか』
『まーだー』
どこか悟りを開いたような顔をする小竜が最高です!
死がいつもより身近に存在しすぎたせいか、小竜の温もりを求める欲求が止まらない。
『君ら私の領域でナニをしている』
どれぐらいそうしていたのか定かではないが、突然第三者の存在が発生した。
頭上から掛けられる聲は、どこかで聞いた事がある気がした。
頭を上げると、そこには鏡があった。
いや違う。
鏡ならば同じ姿を映すはずだ。
しかし、“目の前”にある鏡に映る姿は時間が違う。
今から十年時間を薦めれば、そう映るはずの姿。
『あれ?視界がある』
強烈な違和感。
そう視界がある。精霊の眼による全方位認識ではない視覚だ。
『ここは私の領域だからな。精霊の眼は使えない』
小竜も驚いたように“時間のズレた鏡”を見る。
『初めまして。ネフィルト式屍霊術の開祖にして、マベリスク建国の母の一柱。ティターニア・ネフィルトだ』
優雅に一礼する男装の麗神。
『――――――――』
小竜は衝撃のあまり、思考が停止しているようだ。
『ティファニア・ストラトスだ。ネフィルトの初代でいいんだよな?』
『そうだな。父の力を私に封じ、屍霊術を産み出したのが初代と言うならば、私が初代だ』
『簡潔に喋れ』
『――お前を観ていると自分の幼少期を思い出す。と言うか何故ヒトのままこの場に存在できるかが不思議だ』
『こっちはフロスの“不帰の河”に身投げ中』
『ああ、なるほど、いや、それでも、うん、なるほど根源が全て異なるのに外から見ると同じ柄に見えるな』
一柱で納得するなよ。こちらはお前の意味深な言葉が理解出来んのだ。
『それに懐かしい気配もする』
一頻り満足いったのか、俺の胸に手をやる。
そこは丁度死の呪詛が現れた位置だった。
『貴様、これの正体を知っておるのかッ!』
放心状態だった小竜が正気に戻り、一気に臨戦態勢に移る。
散々、渋っていた力をいつでも放てるようにしているあたり、本気度が窺える。
『あー竜君?神域で竜の力を使うのはやめてくれ、場が壊れる。つまり国に甚大な被害が出る』
『事と次第による』
視線をこっちに向けないでくれ初代。無理だから。
今日結構怒らせてるので無理。
『これは、身内の不始末の結果。そしてこの先にいる者は、私という存在を求めているだけだ』
『つまり、あんたに似ているから呪われた?』
『私は既に世界から独立した存在だ。魂の根源も、魄の起源も異なるのにも関わらず、人であり外見だけでなく魂魄レベルで類似しているティファニアを間違えても責められん。唯一の違いは性別ぐらいじゃないか?』
99.9%の一致だと笑うティターニア。
0.1%の差で性差が発生するのか。
『貴様の身内の不始末ならば、貴様がどうにかしろ。でなければこの場もろとも焼き滅ぼ――』
『無理だね』
『なに?』
『無理だと言ったんだよ竜君。いや例え出来たとしてもやらない。だってこれは私の領分ではない』
そうだろ?と俺に同意を求める。
いや、確認に近い。
存在が近いだけあって、俺の思考は想像つくようだ。
だってこの呪詛は俺が望んだ先にあった物だ。
これの副作用で手に入れた規格外の熟練度と適性、精神構造。
良いも悪いも俺が選び決めた事を、他者のせいにし、良いとこ取りをするのは道理が通らない。
『物事には対価が必要だ』
『対価は貴様の領域の安寧ではどうだ?』
『やりたければやればいい。ただし、向こうに戻った後、君と君が守ろうとしている者がどうなるか覚悟しろ』
小竜の胸中は葛藤の渦に呑まれている。
様々な思考が巡り、逡巡し苦渋の思いで力を下げる。
『ティターニア確認だ。これはあんたじゃ解決出来ないんだな?』
『別に意地悪で言っているわけではない事は確かだ』
『それは神性存在でも手が出せないって意味でいいか?』
『―――はは、そうだな神なる身であっても無理だ』
なるほど。
『小竜確認だ。小竜が竜の力を使わず、霊子結晶を食べていたのは何故だ?』
『語りたく『俺の呪詛を解くためだろ?』』
ずっと疑問に思っていた。
そしてギリギリの状況でありながら、小竜が大鬼に力を使うことを渋った理由を激流に飛び込むまでに仮説した。
そして雄弁な沈黙により答えは得た。
ならば後は結果に導くだけだ。
『なあティターニア。この呪いの一端はあんたに発する物じゃないのか?』
『それで?』
認めたな?今この瞬間もこの身体の内から、あんたを求める存在があなたに起因すると。
『なに話は簡単だ。慰謝料をくれればこっちも引っ込むってことだ。自分の不始末を末代に背負わせるのが、始祖たるアンタの本懐か?』
そう親に欲しい物を強請るように、要求を通す。
だってアンタは俺の祖先で俺は子孫なんだ。
別に構わんだろ?
『なるほどなるほど、では何が欲しいんだい?』
こちらの言いたいことを理解したように、良い笑みを浮かべる先祖様。
『精霊結晶、それも大精霊の霊子結晶をくれ』
屍霊術の講義で聴いた内容が蘇る。
マベリスクに存在する全ての大精霊は、初代ネフィルトが採取した精霊の霊子結晶から蘇生された神造精霊。
であるならば、建国時に使用しなかった精霊の霊子結晶があってもおかしくないのでは?
『ふうん?私が持っていると?機神や龍神が持っている可能性は?』
『死を司るアンタが持ってないとか、本当に死神?』
『『―――』』
同じ顔で同じ笑みを浮かべ向き合っていると、本当に鏡を見ている気分だ。
『まあ、合格かな?』
まだまだだけど、と溢しながらポケットから出てきたのは、無色透明な霊子結晶。
それも握りこぶし大の特大サイズで、輝きは今まで見たことも無いほどだ。
どうやってそのポケットに入っていた。
『無の人工精霊の霊子結晶だ』
無?人工精霊?聞いたことの無い単語ばかりだ。
差し出された精霊結晶を受け取る。
俺が今までで一番大きいと思った霊子結晶は、小竜が生まれた竜結晶だ。
しかし、これは人の心臓ほどの大きさと曇り一つ無い透明な結晶だった。
親戚のおばちゃんに強請る感覚で、とんでもない物を貰ってしまった。
『ありがとうティターニア。さて小竜。これを小竜に贈るよ』
他人からの贈り物を渡すなとか言わないでくれよ?
あれだ。駆け引きして手に入れたのだから正当報酬だ。
『小僧』
『いい雰囲気の所すまないが、ここでそれを食わないでくれ。何故かは分かるな』
『然り、界を壊すわけにはいくまい』
『と言うことでおかえりはあちらだ』
指さす先は何も――指された方に体が引っ張られる!
『それじゃあ、生きていたら遠くないうちにまた会おう』
男装の麗神がとてもいい笑顔で手を振っていた。
変化は一瞬。
天も地も前後左右遠近も存在しない白い空間から、水中に投げ出された。
多分、あそこに行く前まで居た場所だろう。
精霊の眼が戻り、現実世界に戻った事を実感。
周囲四百メートルに存在するのは、巨大な空洞とそこに満たされた湖だった。
水中で姿勢を制御し、水面へと浮上。空洞上部から流れ込む巨大瀑布の大轟音が、水中まで響き渡る。
湖の中にある岸へ泳いで辿り着くと、漸く一息つけた。
「地底湖か」
領域の下に水脈がある事は知っていたが、こんな場所があるなんて知らなかった。つまり常時知覚できる四百メートル以上深くに存在すると場所である。
『小僧、感慨は後にしろ』
小竜が収容器から出て、ずっと握っていた精霊結晶を焦れたように催促する。
「これ小竜より大きいのに取り込めるのか?」
普通の霊子結晶ですら口径ギリギリで丸呑みなのに、この特大霊子結晶は俺の握りこぶし台だ。
『問題ない』
小竜の口元に近づけた霊子結晶が、固体から液状に変化して小竜の口に入って行く。
精霊の眼でみる精霊結晶は、花狼や大鬼が保有する魔力や気の何百何千倍もの量を示している。
しかし、小竜は砂地に水を撒くように、際限なくを飲み込んでいく。
小竜の最後の一吸いで精霊結晶は跡形もなく消え、代わりに地底湖に太陽が現れた。




