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裏方の苦労2

(悪役視点)


 今日の取引がダメになったからと、そこまで責任を負わせられる謂われはない。大方、こちらの契約金を値切るか、言いがかりをつけて契約期間を伸ばしてしまおうという所だろうと、鏡花はクレーマーに対応する時の様に、アルカイックスマイルで聞き流す。一通り、相手の感情の丈をぶつけてもらって、熱量が一旦落ち着いた所で、反撃とばかりに、契約内容はあくまで商人の護衛だと、ゴネまくる商人に業務用の笑顔で言い、丁寧に、丁寧に説明してやれば、鏡花の剣幕に押された商人は渋々納得を示した。

 蘇芳が帰ってきたのはそんな時で、一応の終結を見せた交渉の場に右手を適当な布で吊った状態で入室し、彼が怪我をするなんて想像したこともなかった鏡花は、思わず腰を浮かせてしまった。けれど彼は、常の様に冷静な表情で、二三言葉を交わして状況を整理し、自身の怪我を理由に契約金を割引してこの仕事を終了すると纏めてしまう。もちろん商人はほくほく顔で、折角頑張った鏡花は、やや不満で拠点を後にした。


「で、どうしたのよ、それ」


「クロイドにやられた」


「えぇ!? どうやって!?」


 会社に手配された宿屋の一室で話を聞き、鏡花はあの線の細い優し気な少年が、実は蘇芳の腕を折れる程の化け物だったかと戦慄する。慣れた蘇芳が自身で応急手当をしてはいるが、彼の右手先は骨が折れた事で循環が悪く浮腫んでおり、患部は二倍に腫れて熱を持っている様で、鏡花は頭を抱えた。


「第一、阿修羅族は、闘気で肉体をコーティングして、鋼鉄の硬さだって、生身で何とかなるんでしょう?!」


 蘇芳の懐に入るのだって難しいのだと知っている鏡花の言葉に、「あぁ」と彼は納得の声を上げて首を振る。相当痛いはずなのに、目の前の男は普段通りの平静そのもので、少しは痛がれと鏡花は思った。


「使ってない」


「え?」


「だから、闘気は使っていない。イーサの調べで魔術的要素への反応は少ないだろうと言われたが、竜人のようなタイプには感知されるし、相応の実力者なら気配の変化に気付くだろうと、使用を控えた。それでなくても、今回の相手は柔らかい子供だから、俺が本気を出すのは不味い。お前だって、そろそろ終盤だから、拘束具でも付けて戦闘力を制御しようかと話をしていただろう? 丁度良いと思って、腕をくれてやった。それなりに楽しめたからな」


 何でもないように言うので、鏡花は盛大に顔を顰めて「く・れ・て・やったぁ~!?」と呆れて繰り返す。そして、「そうだ、こいつはそういう奴だった」と思い出した。阿修羅族No.2の彼は、自身が楽しむ闘争の他は、人形のように無感動で無表情なのだ! 絶句する鏡花に、彼は少しだけ笑い混じりに続ける。


「しかし、骨の折り方が下手でな。俺も神経や血管をやられるつもりは無かったから、少しだけ受け方を変えて手助けしてやったのに、骨の断面は乱雑で、破片が散っている状態だ。ファート(弟)のように、ぽっきりやってくれれば早く治るんだが…」


「何、楽しそうに言ってんのよ――!!」


 聞いていられなくなって、鏡花は会社への帰還を実行する。次元転移のための転移陣(改)の影響で、二人はぶわっと、下からの強烈な風に煽られて目を閉じた。次に目を開けると、幹部の控室に到着している。転移陣の副作用(強烈な暴風が吹き荒れる)を知っている会社の人間は、さっと避けた様で、鏡花たちから離れた位置で帽子や資料を押さえていた。


「ただいま!! 悪いけど、蘇芳が怪我したわ、マッドとイーサを呼んで!!」


 鏡花の言葉に、「えぇ!? どんな化け物に?!」との声があがるのに、蘇芳は首を傾げ、鏡花はさもありなんと頷いた。そして、彼の診断はどうなったかというと。


「全治、六週間」


 ぼさぼさの金髪は跳ねて、折角の青い目は瓶底眼鏡に隠れている、不精髭もぼろぼろの白衣も汚らしい、普段通りのマッドがぽんと言った。労災の診断書を書かせながら、鏡花は処置が終わった蘇芳を見下ろすと、彼は漸く麻酔がきれたようで、寝起きの様にくわっと欠伸する。


「ホントはねぇー、腕をぉドリルにしよーよーぅって、…ひひひ……言ったんだよぉ?」


「心底どうでもいいわ」


 レントゲンを確認すると、散らばっていた骨欠片は綺麗に取り除かれ、主な二本の骨は、バイオ支柱で固定されているらしい。もう少し寝てて良いのだが、手術のための麻酔が切れると早々に彼は起き出し、仕事着である洋服を着て、その時代にあった治療跡を施すようにスタッフに声をかけていた。


「助かった」


「お礼はぁ、こぉの、“遺体譲渡書”にサインでいーぃよぉ?」


 通常運転の二人のやり取りに、いつも通り、鏡花はマッドから紙切れを奪うと破く。「あぁー」と悲しげな声をバックに、二人はとりあえず控室に戻った。


「ええと、これが診断書と労災の申請書類でー…、業務はどうする? 休養申請できるけど」


「こんな掠り傷ぐらいで動けなくなるわけじゃない。適度に動きが悪くなるから、あいつらの相手に丁度良いと言っただろう? もちろん、戻る」


「まだ熱持ってるし、腫れてるじゃないの。裏方に連絡しておくから、何日か休んでなさいよ」


 利き腕が不自由になっているのに、彼にとっては掠り傷の認識らしい。毎日何かしらの暴力沙汰が起こる阿修羅族の出身で、慣れているからの言葉かもしれないが、鏡花は顔を顰めた。いくら本社の医療技術で固定手術を行い、点滴治療を受けたとはいえ、麻酔が切れた今はジクジク痛むはずである。痛覚ないのかと、ある意味別の心配しつつ言えば、彼は少し考えて首を振る。


「いや、特にすることもないんだが」


「怪我を負った人間が、数日でピンピンする方がよっぽど不自然でしょう。向こうの医術なら、今頃高熱出して何日も意識不明よ。私達の立場上、拠点は毎日変えないといけないから、貴方は碌に治療も、休めもせず、高熱のまま行動して、次に主人公たちに会う時には、随分やつれていないといけないわけ!!」


 異星人である彼に、人間としての常識を教えてやれば、彼は大変可哀そうな物を見る目で「なんと、脆弱な…」と驚愕していた。それに苛っと来て、鏡花は付け加える。


「あとね、一週間は禁酒だから。可哀そうだから、次に向こうに行く時は、清酒を二本持っていっていいわよ」


 その言葉に弾かれたように彼女を見た彼の顔は残酷な処刑法を聞いたかのようで、掠れる弱い声で「お前は悪魔か」と嘆いていた。当然鏡花は、知った事かと顔を背けたのである。


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