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水宮堂

 失敗したと自覚している分だけ、今日のアイリスは普段より少し元気がない。遅れてついてくるクロイドも、逃亡した直後は気が高ぶっていたか、アイリスに少しだけ厳しい態度をとったものの、昨日の別れ際には生来の優しさを取り戻して彼女を慰めるに至った。自身が感情的になりやすいのは自覚しているが、ずっと相棒の優しさに甘えているなと、自己嫌悪している部分もある一方、彼女の思考の隅に流れるのは、昨日人死を見た事である。今日の朝刊には、その後の状況や推論などと共に事件として載っているだろうと思った彼女は、魔具調査課に入ってすぐ、ブレアから新聞を見せてもらう事にした。


「裏組織の抗争事件…」


「痛ましい事件だが、魔具の影響を世間に晒すわけにはいけないからね。被害者も、元々は加害者だと見られているし、移民の犯罪者で身元が良く知れない。亡くなった男は、一緒に居たはずの仲間の男にもよくわからない人物だったそうだよ。さらには、件の二人組が捕まっていない状況だからね。世間の安定の為に、そういう結果になった訳だ」


「―――っ」


 何だかやるせない思いを抱いているアイリスを見て、ブレアはため息を吐く。


「教団は件の二人を“危険人物”として判断した。また出張って来る可能性のある“魔的審査課”だが、彼らが登録されていない魔具を使用し、彼ら自身も魔具使用の許可を持っていない事から、“魔具調査課(うち)”の管轄だ。『暁』は二人とも接触をしている経験があるから、情報提供を求められている。今日の午後までには、報告書を提出するように。今後は、危険人物が持つ“違法魔具”の回収を第一に動いてくれ」


 彼女の言葉に、アイリスとクロイドは神妙に頷き、早速アイリスは報告書作成のため机に向かった。その場に残ったのはクロイドである。彼は昨日の二人の様子で、何か引っかかっていた。


「ブレアさん、昨日の件ですが…」


「あぁ、シグウィルの魔具も確認出来たんだろう? 良くやった」


「あ、はい、ありがとうございます。ところで、彼らの出自に関して何かわかったことはありませんか?」


 教団は隣国ともパイプを持っているが、この国であれだけ派手に騒がれる人物なのに、余所の国ではその限りではなく、二人の噂が広まったのは精々半年ほど前という不可思議な結果が出た。それまで大人しく身を潜めていたはずの二人が、どう心変わりをして、何を目的にこの国にやって来たのか。簡単に殺人を犯す残虐性を秘めながら、昨日までの一カ月間、彼らは裏で取引をしていたものの、裏組織のバランスを乱すでもなく、表社会に向けて騒動を起こしたこともないというのも、クロイドは違和感を助長させている。


「イグノラントへは、小国ギスパを経由して来たと予測される。似たような二人組が、“遊牧の民”であると答えたとの報告もあるから、南東の荒野か、北東の雪原を回遊する民ではないか、とね」


 ブレアに言われ、クロイドは幼少の頃培った知識を引っ張り出そうと苦心する。北は凍土、南は砂漠と、どちらも資源に乏しい関係から、転々と移動する遊牧の民が多い。だが、南はそういった部族を統合する、国らしき存在がある。唯一神である砂漠の神を信仰する他部族の集合体の国では、魔具を使用できる者が長になるという伝統から、血で血を洗う後継者争いが普通なのだそうだ。外見としては、黒髪に焼けた肌、堀の深い顔立ちが特徴で、成人男性は頭にターバンを巻く風習がある。ここまで思い出して、クロイドはシグウィルやイザベラの様子から違うなと思った。


「南の民の特徴とは違うと思います。イグノラントへ侵入するにあたり、それなりに適応するのでしょうが、南の神への信仰心は強く、宗教上の理由から行動も制限されるはずです。彼らにはそれが見られませんでした。北の遊牧民に絞って、調査してください」


「あぁ、そのつもりだよ。それからね、この二人組らしき人物が、よくよく訪れる場所があるらしい。そこにも話を聞きに行ってくれ」


「え、それって…」


 尋ね返したクロイドだったが、昨日も平和に町を歩いていた彼らを思い出して納得する。自ら騒動を起こすわけでもなく、対価にきちんと金を払い、渋る様子もないとは、一般としても上客の部類に入るだろう。裏社会では要注意人物でも、表社会での彼らは昨日まで、穏やかな移民の立場だった。まぁ、今では事件関係者として、表社会でも警官に追われる立場だろう。教団としては、警官と衝突するまえに彼らの確保と魔具回収を済ませ、その上で引き渡すのが理想だと思われ、目撃情報などを警官に渡す前に、こちらに流してくれている様だ。

 そこまで考えたクロイドに、ブレアは何てことない様に、「“水宮堂”だよ」と告げた。




☆☆☆




 大通りから離れた「猫の小路」は道幅が大変狭く、人一人通るのがやっとで、進行方向から歩いてくる人がいれば、どちらかの人間が下がるしかないという不便な通りだ。あまりに不便なため、人ではなく猫の通り道とも揶揄されるそれだが、通路の長さはそれほどない。けれども、猫の小路の入り口から奥を見れば、先へ行く程緩やかに曲がり、向こうの出口が見えない作りで、両側を高い建物に遮られて薄暗いので、そこに入ろうという人間はますます少なくなるという場所だった。

 さて、そんな猫の小路の中央付近には、知る人ぞ知る「水宮堂」という、一見骨董屋がある。猫の小路にあるという最悪の立地条件で、入り口も猫の小路側にしかなく、壁に埋まるようにしてある店舗だが、店の看板を小路から外れた場所に設置する事など一切ない。地元の人間でも、長く住んでいる人ぐらいしか知りようの無い場所にあり、客人など訪れる者もないように思われるそこだが、この国の裏社会に関係する人間達にとっては、正当な魔具取引の店と有名なのだ。

 好き好んで訪れる人のない、猫の小路に滑り込み、アイリスとクロイドは店を目指す。申し分程度に、レンガ一段分上げてある店のドアを開けると、ドアノブについている鈴が鳴った。音に導かれる様にして内部に入れば、壁に埋まった外見とは一転、天井からは緑の長い葉が垂れるプランターやランプが吊り下げられ、すっきりして広い店内が臨める。


「おや? アイリス嬢ではございませんか」


 奥のカウンタに居るのは、水宮堂の店主で、整えられていないボサボサの茶髪が、頭巾の隙間から覗いている。細い目を精一杯開いたような表情でこちらを確認するヴィルに、アイリスは愛想からでなく笑みを浮かべて挨拶した。


「こんにちは。今日は買い物ではなく、お話を聞きに来ました。お時間ありますか?」


「丁度、暇をしていましたし、アイリス嬢にはいつも御贔屓にして頂いてますんで、大丈夫ですよ」


「ありがとうございます。早速ですが、この一カ月ぐらいで、黒髪の女性と灰髪の長身男性の二人組が尋ねてきたと思うのですが、二人について何かご存知ありませんか?」


「ははぁ。噂の、魔雹と魔炎ですね。えぇ、ちょくちょくいらっしゃいますよ」


 この店主も情報通だ。最近目立つ二人組を当然把握していた。アイリスとクロイドは視線を合わせて頷き合う。


「こんにちは、ヴィルさん。すみませんが、最後に彼らが来たのはいつだったか教えていただけますか」


「こんにちは、クロイド君。――そうですね、四日前程ですか。それ以前にも、週に二回の頻度で足を運ばれていますよ。特徴のある魔具をお探しの様で、しつこく、“盾の中に三日月のある紋章が彫られている魔具を探している”とおっしゃっていました」


 ヴィルの言葉に、二人は「紋章?」と尋ね返す。


「えぇ。彼らの持つ魔具にも彫られている様です。魔炎の彼から見せて頂きました」


 言ってヴィルは、わかりやすいようにと、カウンタから黒板を出して図を描いて見せる。


「知ってる? クロイド」


「うーん…いや、わからないな」


 首を捻るクロイドに代わり、今度はアイリスがヴィルへ質問する。


「そういう紋章が彫られている魔具って珍しいんですか? ここでは取り扱いをしています?」


「今のところ、仕入れてはいませんね。魔具に紋章が彫られているとなると、作り手がサインのつもりで入れたものか、一族で所有している魔具を示すために刻んだものと考えます」


 再びヴィルの言葉を繰り返した二人は、また相談を始めた。


「彼らは他国の出身だ。もしかすると、名のある身分なのかもしれない」


「それか、“連作(シリーズ)”の魔具に魅了されて、それを集めているコレクターなのか。そういう依頼を受けているのか」


「うーん…情報が足りないな」


 困った顔でクロイドが唸るので、アイリスは再び店主に顔を向ける。あの二人、イザベラの方が社交的に見えるが、彼女は重要な言葉を吐く事を忌諱している印象がある。この店にやってきた時も、シグウィルが交渉しているらしい点からも、彼の様子を尋ねるべきだ。


「魔炎の男は、何か言っていましたか?」


「魔具に関して? そうだな…」


 一時、記憶をなぞるように口を噤んだヴィルだったが、すぐに顔を上げた。


「そういえば、探しているのは、あとは二点だ、と。この町での目撃情報のある彼らですが、集めた魔具も含め、拠点らしき場所を誰も把握していません。この町か、郊外で通える距離に拠点を持っている可能性がありますね」


 思いの外有力な情報を貰い、アイリスとクロイドの表情は明るくなった。思わずアイリスが「ヒュー!」と口笛を吹いたぐらいだ。


「ありがとうございます、ヴィルさん!」


「どういたしまして。お礼は――」


「ミレットに、株上げて、報告しておきます」


 言い切るアイリスに、「ついでにこれもお願いするね」とメッセージカードのついたお菓子を渡しながら、ヴィルはにこやかに笑った。


「ありがとう。また御贔屓に」


 普段通りひらひらと手を振って見送るヴィルに、アイリスとクロイドは頭を下げて店を後にする。その後二人は簡単に相談事を済ませると、クロイドは町の厩の管理する会社へ出かけ、アイリスが向かうのは教団である。彼女は、道中、嫌そうな顔をするミレットにお菓子を押しつけて魔具調査課に戻った。扉を開けて早々、運良く待機していたブレアに声をかける。


「ブレアさん、彼らの拠点の候補はありませんか!? この町から、15km範囲の郊外で!!」


「お、おう。おかえり。何か良い情報があったか?」


 唐突な帰宅に少しだけ驚いた顔をした彼女だが、アイリスの話を聞いて「よくやった」と笑みを浮かべた。


「盾に三日月の紋章、ね…。この国の資料にはない魔具だな」


 即座に判断したブレアは、黒電話で何処かへ連絡を取った。一度電話を切ると、アイリスに見えるように机に地図を広げ、それから定規と赤ペンを取って、びっと直線を引く。次いで手際よくピンを四か所に刺した。


「この町については、不動産を中心に当たってみている。郊外であれば、貴族の別荘、山小屋、農家の空き家、廃屋になりかけている教会跡地の四点だ。他にも何点か気になる箇所はあるが、使えるとなるとこれぐらいだろう。彼らが所有する魔具の種類や数が分かれば、規模からもっと絞れるんだが……」


 言って、ブレアは黒電話を見る。どうやら詳しい相手に連絡を取ったらしい。しばらく待って、再び電話が鳴り、ブレアはさっと出た。


「やったぞ、アイリス! 例の紋章の情報が入った」


 驚きの早さに、ブレアが連絡したのが情報課だと言う事が察せられる。思わず口を開けるアイリスに、ブレアは概要を説明した。


「同じ紋章が彫られている美術品があるそうだ。クロイドは――町か? 早速二人で行ってくれ」


「了解!」


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