裏方の苦労1
(悪役視点)
圧倒的熱量に空気がかき混ぜられ、顔面を叩く。乱される黒髪を軽く押さえ、イザベラ(偽名)、もとい、≪DH社No.6 キョウカ(本名兼コードネーム)≫は目を細めた。轟っと駆け抜けた業火は、前々回、前回と、仕事上の相棒である彼の必殺技であるため慣れてはいるものの、うんざりする。
「行った?」
炎が通り過ぎたあとは、黒こげの壁とちょっと溶けた石床が残るだけで、埃やちょっとしたゴミなんかは全部蒸発してしまっていた。ただ、焦げたとはっきりわかる臭いが頂けない。鏡花の言葉に、シグウィル(本名)もとい、≪DH社No.11 蘇芳(コードネーム)≫は、先程の不愉快そうな表情から無に近い素の表情で頷いた。
「行ったな」
「そ。まぁ、フラグとしては上出来じゃないの、今の」
先程までの気取った淑女の姿を捨てて、一般的にはOLの彼女は機嫌よく言う。それに、真面目腐った頷きを返して、蘇芳は確認した。
「設定としては、代々魔具を保有していた一族で、魔力のない一般人に差別され滅ぼされた、近代魔女狩りの被害者、その生き残り、だったか」
「そうそう。他国の事だから、『嘆きの夜明け団』も把握するのに時間がかかるって事で、裏方の方で、情報小出しにしてんのよ。でもここの教団、情報戦は優秀なんですって。うっかり、≪不備≫にならないように気をつけましょうね」
悪役派遣会社であるDH社の、悪役実務部で恐れられている業界用語≪不備≫。それは、悪役としての真価を発揮できないだけではなく、悪い状況を作り悪者になり、主人公を輝かせるために行っている自己工作がバレバレになって、悪役にあるまじきカッコ悪さを晒してしまう、仕事失敗の合図である。
「あぁ。――で、これからどうする」
「今日の目標は、“悪役としての残虐性を主人公達に示す”だから、業務終了でっしょー。一杯行かない?」
サングリアや甘めのワインなど、鏡花の好みのお酒が溢れているこの国は、彼女にとって住みやすいようだと、蘇芳は冷ややかな目で見る。一方、蘇芳は清酒を常として、蒸留酒などの強い酒は、まぁ良いが、どうにも物足りない思いだった。
「ところで、ソレ、なんだが」
不満を言っても仕方がないと、彼は気になっていた氷像を指す。蘇芳が蹴り飛ばして暴力的に気絶させた人間は、地元の、会社とは関係ない悪人であるが、鏡花を拘束していたそれは会社からの支給だと、鏡花に説明されている。鏡花の特殊能力【感応力】にて動かしていた、肉の塊で出来た人形という事だが、血の匂いを良く知っている蘇芳も本物と思う出来だ。
「大道具担当の、血糊のゲンさんが、全力を尽くした、“身代わり君三号”よ!」
「一号と二号はどうした」
「それは聞いてやるなぃ」
酷い出来だったのだろう事は理解した蘇芳は、適当に頷く。そのタイミングで、悪役七つ道具の一つ、二人のイヤーカフ型のトランシーバーに通信が入る。
「この現場の調査と帳尻合わせは、うちの会社の奴か」
「ゲンさんが“身代わり君”回収したいって言ってたし、地元民に任せるわけにもいかないしね。というわけで、撤収、撤収ぅ!!」
明るく言って、鏡花が蘇芳の背中を押した。背中に軽くもたれかかり、足を動かしながらも、蘇芳はふっと笑い混じりに息を吐く。
「了解した、“現場監督”殿」