蛇足な後日談4 食後のお茶を
食事時のおしゃべりは敬遠される藤崎家だが、お客さんが来ている場合はその範囲ではない。時折食事の手を止めて、私生活を面白可笑しく話す鏡花に、クロイドはくすくすと堪え切れずに笑い、アイリスはニコニコと聞き入った。そのまま食事が終わって、女性陣が片付けを始めると、食後のお茶の前に、蘇芳はリビングを出て左手にある浴室で風呂洗いを始めるという、クロイドにはちょっとショックな出来事が起こる。
「じゃあ、キョーカさんがこの仕事を始めたのは、その先輩の影響なの?」
「そう。意地悪な事言うんだけど、お人好しっていうか、世話好きっていうか。とにかくカッコイイの」
ちょっと頬を染めて言う鏡花に、アイリスは、蘇芳のライバルがその人なのだと気付いて、はっとした。丁度彼が席を外していて良かったと思ってしまう。だから慌てて話題を変えようと、頑張った。
「でも、この仕事は危険でしょう? いくら訓練していると言ったって、怪我だってするだろうし」
「まぁね。特に私は、戦闘ランクが一般人レベルのEランクだし、いくら超科学や魔法でもって、死んでなければ千切れた手足だって生える全回復の技術があっても、裏方が最大限フォローしてくれても、現場で動くのは幹部だから。あぁ、でも幹部は幹部で、特殊能力を持ってないと成れないのよ」
――私のは≪感応力≫。
急に聞こえた鏡花の声に、アイリスとクロイドは驚いて彼女を見る。口は全く動かさずに、彼女はにやっと笑って、洗剤を流した皿を流し台に置いた。
――どう? これ、汎用性は高いの。凄いでしょ?
「魔法じゃなかったんだ…」
呆然と言うアイリスは、以前、彼女の能力を受けている。クロイドは魔法の気配もなくそんな事をされて、鏡花もただの人間ではなかったのかと、改めて認識させられた。
「じゃあ、シグウィルさんは?」
「彼は特殊能力っていうか、種族自体がレアなケースかしら。彼は、元、惑星侵略をしに来た異星人のNo.2よ。貴方達の感覚でいえば、魔界から人間界を征服しようとやってきた悪魔たちの、上から二番目に強くて立場がある奴ね。地獄公爵みたいなものよ」
「えぇ…」
例えられて、想像以上に怖い存在なのだと知れ、クロイドとアイリスはちょっと引いた顔をした。そんな地獄公爵様は、鏡花に言われて風呂洗いをしているのも、ちょっと納得いかない。
「そんなシグウィルさんは、何でこの会社に?」
「え、あーっと、それはー……」
何か彼に対して後ろめたい事があるらしい鏡花が、明らかに言い淀むと、リビングのドアを開けて、濡れた手を拭きつつ、襷を解いて裾を戻す蘇芳が現れる。聞いていたらしく、「侵略戦争で負けたからだ」と簡潔に言った。
「防衛軍と征服を企む俺の一族、それから俺の一族の様に侵略戦を行った別種族が居て、複雑な様相だった。三つ巴の戦いの最中、俺は攻撃を受けて下半身を吹き飛ばされ、半死状態で、この会社のトップに命を救われ、拾われたというわけだ。よって、俺の世界では、俺は公式に死んだ事になっている」
彼が、前にさらりと言った大怪我は、本当の事らしい。鏡花も、手足が生える、瀕死なら助かると言っていたが、全く想像つかないアイリス達である。想像がつかなさすぎて、「ほへぇ」と言う他ない。
「幸いな事に、残った非戦闘民は難民として受け入れられた。仮にも立場のあった俺が生きて戻った所で居場所もないし、今後の一族にとっても邪魔なだけだ。それに、一族の為でなく、そろそろ俺自身の為に生きてみようかと思ってな」
そう言って、彼は微かに鏡花を見た。彼女はさりげなく視線を外すと、最後の皿を洗って片付ける。アイリス達にも手を洗うよう言って、彼女は食後のお茶を淹れた。緑のお茶は、鏡花達が頻繁に飲むものらしい。苦味のあるそれを飲んで、一息入れる。
「シグウィルさんが強いのは、異種族だからなのか?」
色々考えたらしいクロイドが、諦めを含んで呟くと、シグウィルはさも可笑しそうに、くつくつ笑った。
「我が一族に生まれれば、生ぬるくは生きられんぞ。力で全てが決まる世界だ。子供も例外ではない」
「あれ、シグウィル様。一応、良い処のお坊ちゃんじゃなかった?」
会社の資料でしか見た事がない彼の生い立ちに興味が出て鏡花が言うと、彼は「血筋はな」と冷たく微笑む。
「確かに、幼少の頃までは父母の庇護がある恵まれた環境だったが、王を決める争いで二人は死んだ。よく覚えてはいないが、弟と共に市井に下り、孤児と同様に育ったよ。一族の教えから父母に戦う術を躾けられてはいたが、それが生かされたのは、その時だ。生きると言う事は、何かを奪うという事だと骨身に染みた俺は、弟と生きる為に力を磨き、あの地位に就いたと言う事だ」
壮絶な話に他の三人が黙りこむと、彼は冷淡な視線をクロイドへ向ける。
「我が一族の強者は、須く同族の血に塗れた者だ。俺も例外ではなく、ただ死にたくなかっただけの、ちっぽけな理由で力を磨いてきた。漸く自身の力を把握するだけの余裕が出て来た頃に、俺は、力を磨くとはどういう事か、力を扱う事の意味を考え、一族の為にとの覚悟を決めた。必要に迫られて惰性で高めたのではなく、自身の意思で己を扱うとしたのだ。そうして全霊を賭けて事を成そうとして、出来なかった。俺が強いとお前は言うが、俺には俺が強いとは、とても信じられん」
いつも泰然としていて無感動なシグウィル様の姿を知っている鏡花は、彼の弱音らしい言葉を聞き、意外な思いで彼を見つめた。視線に気付いた蘇芳と目が合うが、彼の方から逸らされる。
「言えるとするならば、常に最善と最悪とを考えろ。戦いにおいて、死ぬよりも辛い選択を迫られる事が、必ずある。その時に、迷うな。俺が知る強者に、迷いのある者はいない。以上だ」
言い切り、彼は気を落ち着かせるように茶を飲んだ。息を詰めているアイリス達に代わり、鏡花は重苦しいため息を吐く。それからクロイドに「根を詰め過ぎないようにしなさいね」と忠告した。蘇芳の苦しい半生に同調するような、暗い表情のクロイドを、仕方がないような苦笑いで見つめる。
「この人の育った環境は特殊だし、性格はクソ真面目だから、話半分に聞いておきなさい。こんな固い性格だけど、弟の方は同じ環境でも、もっと柔和で柔軟だから。その癖、結構強いのよ」
鏡花の言葉に、蘇芳はふっと自嘲したが、安心したような笑みを浮かべた。アイリスは、あぁ、彼は、彼女のこういう所が好きなんだろうなと、こんな雰囲気の中、感じる。先程とは種類の違う笑いを喉で響かせ、蘇芳は聞き捨てならないと、軽くおどけた雰囲気で眉根を寄せた。
「アレが強い? 冗談でも笑えないな」
「良く言うわよ。反抗期で言う事聞かなくなった彼に、何度も物理的に説教しようとして、回避されているじゃない。挙句、最後は兄弟喧嘩でボロボロになったの、知ってるのよ?」
「愚かでも弟だ。手心を加えたまで」
「あら、阿修羅族らしくない言葉を聞いたわ、シグウィル様?」
イザベラとはまた違う雰囲気で話す鏡花に、蘇芳は弱り切ったように微笑む。いつも不機嫌そうに眉根を寄せている彼しか知らないアイリス達も、初めて見た彼の表情に、ちょっと見惚れた。鏡花も驚いたのだが、折角空気が和んだので、これまで凄い人に会ってきて、実感した話を披露する。
「男の子は強さに憧れるんでしょうけれど、一芸を極めれば、それはそれで物凄い力になると思うわ。うちの会社には、避ける専門家で、職人と呼ばれる人がいるんだけれど、その人は、このシグウィル様に全力で殴られても、力を逃がす事が出来るのよ。信じられる?」
再び「「えぇ!?」」と驚く二人に、話の真実味が増すような、蘇芳の「あの人は、わからん」という言葉にさらに目をむく。
「と言う訳! だから、クロイドはクロイドの持てる力を信じれば良いと思うし、第一、私達に言われなくても、貴方、実感しているんじゃない? 自分の力だったり、信念だったり、高めてくれる何かに、よ」
蘇芳と鏡花の二人に見つめられ、クロイドはちょっと赤くなったが、弱々しくアイリスを見て、「そうかも、しれない」と困った様に笑った。それに微笑ましそうな笑みを浮かべた鏡花は、壁に設置された給湯設備に目をやる。
「お風呂が沸いたみたいだから、アンタ達、先に入りなさい。私とアイリスは後から入るから」
言われて蘇芳は立ち上がり、手に着替えを持ってリビングを出る。予想外の事を言われてきょとんとするクロイドを外へ追い出して、鏡花は彼にバスタオルとタオルを渡すと、「あ、使い方は彼に聞いて」と押しやった。慣れた様に帯を外す蘇芳の背中を眺めていると、さっさと裸体になった彼が浴室に入る。空いた脱衣所で呆然としているクロイドを振り返り、一言だけ言った。
「言われた通りにしておけ。あれを、怒らせるな」




