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蛇足な後日談2 SF部署


『ここの男共は、か弱い私に、ちょっと冷たくありませんかね!?』


 片膝を立てて、片手を地面につけた漆黒の巨大ロボから、機械的になった鏡花の声が降って来る。その掌に乗ってアイリスに手を差し伸べている整備員の若い男は、それに苦笑しながら顔を上げて返答した。やり取りの気安い感じが、彼女との付き合いを感じさせる柔和な表情の彼は、全力で首を横に振り、弱腰のアイリスの手を取ると、一気に引きあげた。


「はいはい。シグウィル様がカッとなっちゃって、真紅機ハンザルの整備が遅れてるんだから、漆黒機ウレアクースの点検を前倒しにしないと、もれなく作業員残業決定なんだよ。今日は早退するんだろうから、協力しろよ、≪キョウカ≫」


 言って彼は、これまた全力で拒否を示しているクロイドの手を取ると、再びひょいっと漆黒機の掌に上げる。機械巨人の掌に座り込み、置物と化した二人を確認後、作業員の彼は「オーケー」と親指を立てた。彼の合図に、漆黒の巨人は目に光を灯して起動し、掌をそのまま、ゆっくりと立ち上がる。


「ク、クロイド…!」


 ゆっくりとだが、すぐに時計台程の高さに持ちあがる掌の中で、緊張で固まるアイリスは、同じく座り込んだクロイドのシャツの裾を握り締める。にこやかな笑みで二人を見守る作業員は、シグウィルもとい蘇芳と同種族で人間とは違うらしい。逃げようとするアイリス達の手を掴む素早さも素晴らしいが、片腕で、男性であるクロイドもひょいと抱える腕力も、ちょっと鍛えたぐらいでは発揮できそうになかった。改めて異世界を感じる二人に、漆黒機は掌を、中段の作業足場へ差し出す。


「ばっちりだよ、≪キョウカ≫。さて、お嬢さんから良いかな?」


 確認ではなく宣言だったようで、彼はぷるぷるしているアイリスを抱えると、軽やかに掌から作業場へ飛び下りた。そして彼女を立たせると、軽い様子で掌に飛び乗り、クロイドを担いで降りてくる。二人を立たせてにこっと笑った彼は、次いで漆黒機に向かって「Eゲートで親父さんが待ってる!!」と大声で指示していた。搭乗している鏡花の心情を現すかの様な、少し肩を落とした人間らしい動きで、漆黒機は作業場に歩いていく。状況について行けなくて呆然と見送った二人に、作業員の彼は近くの扉を指した。


「君らは“人族”だったよな? 二人を待っている間、退屈だと思うから、そこの休憩所を使ってよ」


「は、…はい」


 他に言う事が出来なくて頷く二人は、作業員の彼がそう言って「じゃ、ごゆっくり」と三階建ての建物の高さから飛び降りたのを見、慌てて通路の転落防止用柵に飛びついた。二人の心配を余所に、彼は蘇芳が真紅機から降りた時の様に、最低限の音だけですたっと降りて駆け出すのを、冗談みたいに見る。


「異世界…」


「シグウィルさんと同じ、異種族…」


 どうにも頭で理解は無理だと感じた二人は、指示された休憩所の扉を開けた。中には、作業服を着た人間や、人間に獣の耳が付いたような姿の、なるべく人間に近い姿の作業員が休憩していた。先程の彼が“人族”だと確認したのは、異種族に慣れない人を配慮した結果なのだと二人は気づくこともないが、それでも衝撃は強かったようで、一斉に二人に注目が集まったのに恐怖を感じたか、慌てて退出した。


「私、夢を見ているんじゃないの…!?」


「俺も、そう思えてきた」


 扉を閉めて背をつけた二人は、同じ様な感想を言って頭を抱える。そこにすたっと着地音を聞き顔を上げると、白っぽい肌で、外見は人に戻った蘇芳の姿があった。スーツ姿でなく和装なため、目新しい感じがする彼だが、見知った人間の存在は大きいらしく、二人は一斉に彼に飛びついた。


「「シグウィルさん…!!」」


 飛び付かれて少し身を引いた彼だが、二人が混乱する事に理解を示してはいるらしく、好きな様にさせる。早口で「これは夢でしょう!?」と捲し立てる二人の肩に手を置き、「落ちつけ」と根気強く声をかけた。そんな事をしていると、休憩室から出て行ったクロイド達を気にして、一人が顔を覗かせる。


「あれ、≪蘇芳≫様。点検終わりました?」


「ラズロ。客人が怯える。顔を出すな」


「うわ、ひでぇ。おいらは耳としっぽだけなのに」


 言って彼は、ふさふさの耳をぱたぱたと動かした。彼の尻の部分には、客人に対する興味か、茶色の尻尾がぶんぶん振れている。その様に、近所の犬の存在を思い出したアイリスは、ちょっと興味が惹かれたように凝視した。


「あ、お嬢さん、獣人は初めて? おいら、セントバーナード型のラズロって言うんだ。尻尾触らせてあげるよ?」


 人懐っこい笑顔で、さらに尻尾をぶんぶん振るラズロに、アイリスは先程の恐怖が消えた様に感じた。おずおずと振り返ると、ラズロを押し潰すように上から乗りだしたもう一人も明るく声をかける。


「抜け駆けすんなっ。久しぶりのお客さんだぞ、俺にも紹介させろっ」


「おい、俺もだっ」


「退けよ、お前ら。俺が先!!」


 悪役の会社ということで、お客さんに敬遠されるこの会社では、見学者に飢えている。ラズロを皮切りに、一斉にドアに殺到する作業員に向かって、蘇芳は「座れっ!!」と一喝した。びりっと殺気が広がり、犬型の獣人を始め、人間の作業員までが「はいっ」と元気よく返事をして、その場に正座する。


「全く…。おい、クロイド。何をしている」


 ため息を吐いてアイリス達を見た蘇芳は、他の作業員と同じく座ったクロイドに変な顔をした。はっとして立ち上がったクロイドは、条件反射のように出た己の行動に、顔を赤く染める。余程動揺していると思ったのか、蘇芳は休憩室の一人に声をかけた。


「佐藤。茶を用意しろ」


「はいはい、≪蘇芳≫様の仰せのままに。おーい、お前ら、机の上、片してくれ」


 蘇芳が室内の人間に声をかけると、彼はそこらで反省している獣人達に声をかける。嬉々として作業を始めた彼らに代わり、蘇芳が「すまんな。気の良い奴らなんだが」と二人を先導して、休憩室に入った。そうして、四人用の机に二人を誘導すると、佐藤と呼ばれた作業員が、紅茶を二人に出す。


「ようこそ、お嬢さんに、若様。SF担当部署、整備員の佐藤だ。ここに居る奴らは、≪蘇芳≫様の搭乗機の方を主に担当している。SF部署は、比較的人間型の種族が多いから、安心していいよ」


 兎に角気を使われている事はわかったので、二人は曖昧に頷いた。すると、先程までうずうずと待っていた他の作業員が次々に挨拶していく。どれもこれも、久しぶりのお客さんにはしゃいでいる様子だ。そろそろ慣れた様子であしらっている二人を見て、蘇芳も何か言う事はなく、他の誰かが持ってきた緑茶を飲んでいた。


「あ、そうだ。≪キョウカ≫の秘蔵のお菓子がここら辺に――」


「こらぁ!! アンタ達、仕事しなさい、仕事ぉ!!」


 バンっと乱暴にドアを開けて、鏡花が現れる。イザベラの時のドレス姿でなく、黒いラバー質の全身スーツだ。肩を怒らせている彼女の悋気に触れて、アイリス達の傍に集まっていた作業員の大半が、慌てて外へ出て行く。見事な散りっぷりに感心していると、彼女は湯飲みにお茶を入れて、四人机の空いている席に腰かけた。不満そうにため息を吐いてから、お茶を飲む。


「ったく、もう。やっとゆっくり出来るわ。――じゃあ改めて尋ねるけれど、アンタ達がここに来た経緯を、最初からお願いね」


「あ、はい」


 アイリスとクロイドのどちらともなく話始めると、鏡花と蘇芳の顔が次第に何とも言えない物へと変化した。「悪役の矜持が」と呻いている所を見ると、彼らも精神的なダメージを受けているらしい。話を聞き終えて、鏡花は耳に片手を添えた。通信機を使用しているらしく、少し席を離れて誰かと話をしている。


「アイリス、クロイド、わかったわよ。アンタ達、今日一日帰れないみたいだから、夢だと思って諦めなさい」


「え?」


「≪暗黒神≫が転移じゃなくて、召喚を使ったみたいなの。それで、帰還条件が一日こちらで過ごす事。すぐに転移でイグノラント王国へ行けるけど、召喚条件がこじれたらどうなるかわからないから、安全取って、大人しくなさいな。そうそう、どこか行きたい所ある?」


「「ええーー!?」」


 絶句する二人に、蘇芳もまた「諦めろ。神は気まぐれだ」と呆れた様に言った。


「あの眼鏡の人、か、神様?」


「あぁ。分類上、邪神の類に該当するようだが。過去に、下半身吹き飛ばされて死ぬだけだった俺を、五体満足で生かして連れて来たのも奴だ」


「か、下半身、吹き飛ばされ…? え?」


 さらりと凄い事を言われた二人は、じろじろと蘇芳を見る。鏡花が「色々諦めなさい」と再度言い、時刻を確認した。


「うーん。どこか観光に行こうにも、もう15時だしね。書類提出して、着替えて移動しても、主だった施設は17時には閉まっちゃうし。折角だから、外に食べに行く? それとも、うちで良ーい?」


「うち?」


「そう、私の家。社宅の狭いアパートだけど」


「私、イザベラさんのお家が良い!!」


 ここに居て、色々ショックなモノを見るよりは、人族である彼女の家が精神的に安定できるのではないかと考え、即座にアイリスが言った。「そ、そぉ?」とちょっと照れたようにはにかむ鏡花は、「ところで」と彼らに話しかける。


「そろそろ自己紹介しましょうか。私は、藤崎=鏡花。できれば、≪イザベラ(役名)≫じゃなく、キョウカって呼んで」


 二人が慣れないように「「キョーカさん」」と繰り返すと、彼女は二コリとする。次いで黙っていた蘇芳を肘で突くと、彼はちょっと眉根を寄せた後、続けた。


「俺のは、本名だ。会社では別の名だが、面倒なので、お前たちはそのままで良い」


 広義で役者みたいな仕事だと頭で整理した二人なので、目の前の二人も色々偽名を持っているのだろうと頷く。クロイドが、鏡花に「何故本名でないのか」と尋ねると、彼女は「アンタ達の国の名前に合わないでしょ」と至極簡単に答えた。それも納得した。


「あ、そうだ。夕飯何にする?」


 早退の書類を準備しながら、鏡花が自然と蘇芳に尋ね、彼は「何でも良い」と返す。一瞬聞き逃しそうになりながら、アイリスはごくりと唾を飲み込み、以前聞いた話――彼らは恋人同士ではない――を思い出していた。


「もしかして、一緒に住んで、いる、の…?」


「え? まさかっ! 社宅が隣同士なだけよ。この人、料理出来ないから、都合が合えば一緒にしてるの」


 「食べた分の食費くれるし」とあっけらかんという鏡花に、アイリスは混乱して、眉根を寄せた。そして、以前蘇芳が言った、“相当な悪女だ”のセリフに納得する。


「キョーカさん……」


「え、何? 一体、貴女の中で何があったのよ?」


 アイリスの、気の毒そうな、鏡花を責めるような視線を受け、彼女は困惑に表情を変える。アイリスが言い淀んでいると、蘇芳が気付いて微かに首を横に振った。ますます彼を気の毒そうな目で見てしまうアイリスである。少しだけ話についていけないクロイドが、「これからどうするんだ?」との声をかけたので、鏡花はそっちに集中することにしたらしい。


「流石にこの格好じゃあ、往来を歩くと変な目で見られるわ。着替えてくるから、出て左の階段から降りて、出入り口で待っててくれる?」


 そのセリフに、「階段あったんだ…」とアイリスとクロイドは遠い目をした。何でロボの掌に乗せられたのか納得出来ずにいると、休憩室より外に出た二人の目に、機械や適当な荷物の上に乗って、慣れた風にショートカットしている作業員達の姿が映る。階段を使う光景は少なく、多分、彼らの中で“普通”な事だったのだ。二人は、鉄製の階段を大人しく降りて、最初の位置まで戻って来る。先に来たのは蘇芳で、彼は豪奢な和装から、簡易な着流しに変わったぐらいだ。それから鏡花が遅れて駆けてくるが、イザベラの時と同様、洒落たスカートとボレロ姿でやって来る。化粧も直したらしく、きつめの目を少しでも柔らかくするように工夫されていた。


「さぁ、買い物行きましょう。あ、お酒も買っていいかしら?」


 鏡花のセリフに、思わず、隣の酒豪を窺ってしまう、クロイドであった。


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