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蛇足な後日談1 DH社へようこそ!

そういえば書いていなかったので、今更ながら注意書きさせていただきます。

ここからの「蛇足」シリーズは、筆者の欲望を詰め込んだ、キャラ崩壊が激しい、「暁と星屑」本編よりも、さらに読んだら後悔する感じに仕上がっております。ご注意ください。

 気持ちの整理がついたと思うと漸くアイリスが言った時、クロイドは思わず彼女を抱きしめてしまいそうだった。ずっと沈んだ様子の彼女が前を向き始めた事を喜んだのは、彼だけでなく、ミレットやブレアも同様である。それでも、今はそっと見守るスタンスは崩さず、彼女らは一番近い場所に居るクロイドに、彼女を託した。


「花を?」


「うん。お墓参りに行こうかって思って」


 そんなある日、朝早くから町に出たアイリスは、白い花を選んで購入し、クロイドに言った。いつぞやの事だが、イザベラ達が向かった共同墓地だろうと察せられる。まだ折りに触れて苦しそうな顔をするアイリスだが、気持ちの整理をつけたというのは本当なのだろう。オーヴァルの民に墓はないと、苦笑していたイザベラが思い返される。


「わかった。行こうか」


 是非もなく承諾したクロイドは、早々に馬車を捉まえて、二人で乗り込んだ。幸運な事に、町の僻地にある墓地の場所を御者は知っており、二人は大した時間も消費せずに目的地にたどり着く。小さな丘に登る、真っ直ぐに踏み固められた道と、両脇の緑の芝生、所々に突き出した石の風景は、前と全く一緒だ。またそこいらの木の影から、ひょっこりイザベラが悪戯顔を出すのではないかと想像し、クロイドもまた苦く笑う。強烈な魔法の中で、溶ける様に消えた二人の遺体や、“オーヴァルの奇蹟”と呼ばれる五つの魔具は残らず燃え尽きたのを、きちんと目の前で見て、残骸まで調べたというのに、だ。自身もショックだったのだなと自覚しながら、クロイドは、先に駆けたアイリスが振り返ってこちらを呼ぶのを耳にする。

 足早に移動すれば静かに広がる墓地があって、アイリスはその中央、一際大きな墓石の前に居た。長い間風雨に晒された石の表面には、文字が刻んであるが読めそうにない。彼女はそこにしゃがむと、白い花ばかりで作った花束を捧げた。しばらく目を閉じて祈りを捧げる彼女に倣い、立ったまま黙祷する。次に目を開けた時、彼女は立ち上がっていて、クロイドに向かって、満足気な笑顔を見せた。彼女なりの決別がついた様だと見て、クロイドもまた微笑むと、人の行き来が無いこの場所にやってくる人影を見つけた。


「こんにちは」


 真黒のスーツに眼鏡をかけた優男が、人懐っこい笑みを浮かべて、クロイド達に挨拶する。瞬間、クロイドはビリっと背を泡立たせ、詠唱を始めていた。


「氷の女神、グラシスに乞う。今ここに、汝が力、顕現したまえ。≪凍る鉄の盾フリーレン・フェルシルト≫!!」


 クロイドの鋭い声にビクリと反応したアイリスは、目の前の優男の足元が凍りつくのを目に入れながらも、剣を抜く。一体どういう事かと問う視線に、しかしクロイドは答える暇無く、「≪束縛せよリストレクション≫」とさらに拘束魔法を発動させた。アイリスの疑問に答えたのは、足を凍らせられ、全身を縛られた優男である。


「おやおや、凄い歓迎だねぇ。心配しなくても、危害を加えに来たわけじゃないよ、僕は」


 表向きには、魔法は物語の中の存在だ。そんな魔法に拘束されながらも平然としている優男に、アイリスも強い警戒が浮かぶ。いつでも防御出来るように、詠唱を続けているクロイドに代わり、彼女は問うた。


「貴方は、何者なの」


「二人から聞いてないかな? 僕は、DarkerHolic社、No.1 ≪暗黒神≫」


「Darker…? 暗黒神? 貴方は、悪魔か何かなの?」


 クロイドの警戒様から困惑するアイリスに、優男はくすくすと笑うと、どうやったのか、一瞬で魔法を解除し、両手を広げて肩を竦めた。ぎょっとするクロイドを気にせず、「君らは気になるんじゃないかと思ってね」と、彼は片手を差し出した。その掌の上には、黒い正立方体が浮かんでいる。


「アイリス、気をつけろっ」


 優男を目にした時から、人にない、物凄い魔力を感じて麻痺しそうなクロイドが注意喚起するものの、その時には既に術中に嵌ったらしく、周囲は墓地から真黒なだけの景色になっている。足の底がつかない感触と、体が宙に浮く感覚があって、二人はバランスを取ろうと両手両足をバタつかせた。状況を確認しようと周囲を見渡すが、アイリスや自分の姿以外に見えるものはなく、当然優男の姿も無い。


「げ、幻惑の魔法!?」


「わからないっ。とりあえず、手を――!!」


 二人離れてはいけないと、手を伸ばすクロイドとアイリス。ぎゅっと二人が手を握った瞬間、そこから弾けるようにして閃光が溢れ、二人は咄嗟に目を瞑った。しばらくしてそろそろと目を開けた二人は、さらに困惑する。手は繋いだままお互いの顔を見れば、それはアイリス、クロイドで、服装だって、彼女は白のハビットシャツにアイビーのフレアスカートだし、彼はステンカラーのシャツと黒のスラックスだ。しかしながら、屋外に居たはずの二人は、今や屋内に居る。それもまるで王城のダンスホールの様な広さの、多分、エントランスに。断言できないのは、二人が見た事もない建築様式である事もだが、自動で動く階段やドア、人の身長を越える大きさの透明のガラス(とんでもなく高価なはずだ)が外壁がわりに使われている点など、信じられない物を見ているからだ。

 呆気にとられる二人は、正気を保とうとお互いの手を強く握る。その横を、緩いスーツ姿の男性が何か通信具のようなモノを耳に当ててしゃべりながら通り過ぎた。それから、膝を見せる短いスカートを履いた、これまたスーツらしき姿の女性達。作業服らしきツナギの男性は、荷物を乗せた滑車を押して、どこぞの通路へと消えていく。隅の一角には、植木鉢に植えられた観葉植物とベンチがあって、その前には四角い箱型の何かが置いてあり、近くで休憩していた人間が、それにコインらしきものを入れて操作した。


「ここは、どこ、なんだ?」


 幻惑の魔法とは思えない質感に、クロイドは弱り切った声を出す。アイリスも、確かに人の往来がある空間なのに、見慣れない空気を感じて周囲を見回した。そして部屋の中央付近に、知った文字で“案内”と書いてあるのを見つけて、警戒しながらも近づく。


「いらっしゃいませ、お客様。DarkerHolic社へ、ようこそ!」


 何の素材かわからない、ピカピカの床と同じ材質のカウンタの向こうに待機していた女性が、そういって笑顔で振り返る。肩口までの黒い髪に、黄色味がかった肌の、華やかなスーツの女性だ。彼女は、受付嬢らしい綺麗な笑顔で二人を迎えたものの、ぽかんと顎が外れたようになった二人と目が合って、笑顔のまま固まった。


「え…? えぇぇっ!?」


 大声で驚くのはアイリスである。彼女はこれが現実かどうか確かめる為に咄嗟に頬を抓るが、「痛いっ」と手を離した。クロイドも似たようなもので、何か言おうとして、ぱくぱく口を無駄に動かしている。先に硬直から解けたのは受付嬢である女性で、彼女は再び営業スマイルを浮かべるとカウンタから横に出て、ソファーの方へ片手を向けた。


「初めてのお客様ですね。案内役を連れて参ります。どうぞ、お掛けになり、お待ちくださいませ」


 言って、にこやかに踵を返そうとした彼女の腕を、咄嗟にクロイドは捕まえていた。一瞬ビクリとする受付嬢だったが、ゆっくりと笑顔でクロイドを振り返り、「どうなさいましたか」と慌てず返す。クロイドは眉根を寄せたまま、ゆっくり深呼吸すると、据わった目で彼女を凝視した。


「ちょっと待ってくれ。………イザベラさん、だろう?」


 呪いの影響で、クロイドの鼻は人間のそれより利く。それでなくても、イザベラと同じ姿形だし、アイリス達を見る彼女の挙動は変だ。確信を持って尋ねるクロイドに、彼女はにっこりと笑みを浮かべていたが、一向に手を離されないとわかると、「はーぁ」と大きくため息を吐いた。


「どうやって来たのよ、アンタ達ぃ」


 恨めしい目で見つめられ、クロイドはアイリスを見る。放心してイザベラとクロイドを眺めていたアイリスは、そこでやっと我に返ったらしく、「イザベラさん!?」と叫んで、離すまいと、クロイドと反対の腕にしがみ付いた。


「落ち着きなさいよ。……まぁ、無理でしょうけど」


 アイリスの悲鳴で一時注目を浴びた三人だが、イザベラが周囲に手を振ると、人の視線が逸れる。彼女は「ちょっと待ってなさい」と二人に言い含め、再びカウンタに入り、どこぞと通信を取った。交代らしい女性がやって来て挨拶を交わし、左胸のネームプレートを外して渡す。


「いらっしゃい。折角だから、案内してあげる。それに、色々話を聞かせてもらうわよ?」


 さっと髪を払って歩き出した彼女に、二人は恐る恐るついて行く。ランプとは比較できない明るい照明のある廊下を歩きながら、スーツ姿のイザベラが「私がバレたんだから、あいつも同じ目に遭わせないと気が済まないわ」と呟いているのを聞き、クロイドはシグウィルもまたここに居るのだと分かり、思わず口元が緩む。


「ここは、どういう場所なんだ?」


「あー…そうねぇ、何て言ったら良いのかしら。イグノラント王国じゃないのはわかると思うんだけれど、それだけじゃなくって、世界が違うのよ。理解しがたいかもしれないんだけど、ここは、人間以外にも、魔族やら妖精やら天使やらの人外の存在が居て、この会社で働いているってわけ」


 気取った淑女のイザベラでなく、砕けた口調の彼女の説明を聞き、首を捻る二人に、「あの世じゃないって事は確かよ。安心して」と彼女は壁のボタンを押した。チンと音が鳴って、壁に埋め込まれるように設置してあるドアがスライドする。「どうぞ」と促され、アイリスとクロイドは長方形の箱の中に入った。次いでイザベラが入り、これまた壁際のボタンを押す。軽く重力がかかり、箱全体が振動しながら下へ動く。再びチンと鳴って、ドアがスライドすると、三人は箱から出て、また廊下を歩いた。


「この会社は…その、≪魔具≫を取り扱う会社なの?」


「んー…。貴方達の世界と違って、ここでは魔法は、一般的ではないけれど、秘匿される物ではないのよ。異世界転移の技術も確立し、うちの会社で特許を持っているし、一部の企業限定だけれど、頻繁に使用されているわ。それでこの会社が、何をする会社かって言うと―――」


 そこで目的地に着いたらしく、一度言葉を切ったイザベラは、にやっと悪い笑みを浮かべると、ドアの横の突起に首から下げたカードを当てる。ピッと鳴って、馬車二台分はある大きな扉が開いた。ちょっと覗いただけでも、内部は広いとわかる。先程のエントランスの比でなく、時計台も入ってしまいそうな高さから強い照明の光が降って来た。


「ようこそ、チーム『アルバ』。ここは、DarkerHolic社。日夜、世界を陥れる為に悪行を重ねる貴方クライアントに、悪役の専門家プロフェッショナルを派遣する、派遣会社よ」


 見慣れない建築物や機械類を見ていたはずだが、イザベラの声に促されて入ったそこには、より奇怪な物があって、クロイド達はぽかんと見上げた。大凡30m、人型の真紅の機械だ。それは、正面の物見台から、光る棒の様なもので誘導する作業員の合図に合わせて、ゆっくりと歩行して移動する。一歩一歩踏み出す度に、ずしんと重い音と振動がこちらにも伝わってきた。アイリスはそれを見て、それから二人の後ろに立つイザベラを見る。


「イザベラさん、あれは?」


「無変形型の超高性能ロボット。言うなれば、イグノラント王国の汽車や自動車の物凄い版ね。種類によっては、魔具にも分類されるんじゃないかしら。本来の、私達の相棒よ」


 汽車には到底見えない人型の機械は、話をしている間に奥の方へと移動し、そこに停止した。すると、可動性の作業足場を動かして、何人もの作業員が、腕や足、関節部等々の装甲を外して内部を点検している。そういう所を見れば、汽車の炉や車輪を点検する情景にも通じる所があり、確かに人の手が要る機械なのだとわかるが、二人の想像を超えた産物に、そういうものなのだと考えを放棄した。


「本来のって、どういう事なんだ?」


「私の業務は、こういう機械に搭乗して戦う操縦士なわけ。イグノラント王国みたいに、ちょっとの魔法と科学が基準の世界には、通常なら別のスタッフが派遣されるんだけど、別の仕事が入ったらしくて、空いてた私達に依頼オファーが来たの」


「じゃあ、違法に魔具を所持していたのは、仕事で? だって、イザベラさん、殺人を――」


 イザベラの話は到底理解できそうにないアイリスは、混乱する思考のまま、彼女を見る。よくわからないが、仕事の為に違法に魔具を所有・使用し、殺人も簡単にしてしまう、とんでもない人なのかと問う真剣な視線に、しかしてイザベラは「あー…」と目を逸らすと、苦笑いした。


「実は、殺人も演技でした、てへぺろ☆」


 不思議な言葉を語尾につけて、小首を傾げ、こめかみに握りこぶしを当てて言うイザベラに、アイリス達は「え?」と固まる。二人の困惑を通り越した視線に、困った笑顔を見せていたイザベラだったが、どちらも思考停止していると見ると、物凄く気拙い顔で「悪かったわよ…」と肩を落とす。


「ここは悪役を派遣する会社って言ったでしょう? 悪行を行う事で、悪を規制する人間達への警告と警戒を促す役目をするの。例えば、今回の、貴方達と敵対した仕事に関して言えば、私達、悪役の行動の結果、王国の他国への監視を強化する要因になったし、教団へ魔具の扱いと使用者について調査と規制の改定が行われたわ。あとは、貴方達――」


「俺達…?」


「そ。貴方達の戦闘における危機感を煽り、敵にも同情しちゃうような柔らかい心を叩く事。要は、ショックを与えて成長させましょうって事。この事は重要項目として念押しされたわ」


 イザベラの説明を聞き、二人は「「はあぁ!?」」と口悪く絶叫した。色んな物を見たショックなど吹き飛ばすイザベラの説明に、クロイドはいつかシグウィルに言ったように「余っ計な、お世話だ!!」と言い、アイリスも「何考えてんの!?」と憤る。二人の声を避けるように半歩引き、片耳を指で埋めた彼女は「仕方ないでしょ、仕事なんだから」と苦言を呈した。


「第一、殺人を犯した敵が、ちょっとご飯一緒にしたり、共闘したからって、あんなに懐いちゃ駄目じゃない。クロイドだって、そんなアイリスを諌めるどころか放任しちゃう所があるし、アンタはアンタで、≪シグウィル≫に微妙に懐いたし。世の中にはねぇ、天使みたいな顔しといて、悪魔的な頭脳を持ち、人の皮被った化け物みたいな感性の極悪人だって居るのよ!? 話に聞いただけだけどっ」


「私だって、人を見る目ぐらいあるわよっ!!」


「何処がよっ!? 殺人演出した時なんか、冷血漢みたいな事言っといて」


「だって、それは、イザベラさんが――!!」


 やいのやいのと騒いでいると、奥の作業場での点検が終わったらしく、真紅の機体が、出入り口側のアイリス達を振り返る。目に当たる部分には、鈍い赤の光が灯っており、それが人の目よろしくひゅいっと動いた。視線が合ったと感じるそれに、クロイドとアイリスは何故か緊張して押し黙る。そうして少し機械音的なシグウィルの声が、真紅機のどこかからか発せられた。


『騒がしいぞ、≪キョウカ≫』


 巨大な物体が動けば、人は本能的に恐怖を感じるらしいと、固まった二人を眺めたイザベラ、もとい鏡花は、そこ声に応えて手を振り、内部通信も兼ねたイヤホンを触る。


「≪蘇芳≫、貴方にお客様、よ。降りてきて」


『客? 俺に?』


 シグウィルもとい蘇芳の声と共に、真紅の機体がゆっくり振り返る。目標物をズームするため、カメラを動かしたらしく、目の部分の光の加減が変わったのに鏡花は気付いた。そして、クロイドとアイリスを認識する事、数秒。途端に真紅機から靄のようなモノが立ち上り、周囲の空気がビリビリするほどの殺気が生まれた。付き合いが長い鏡花には、阿修羅族である蘇芳の感情の高ぶりに、彼専用の真紅機ハンザルが呼応したのだろうとわかる。そして、機体の近くに居た作業員――恐らく、彼と同種族の整備員だ――が、大声で闘気を抑えるよう指示していた。

 繰り返すが、冷淡で大抵の事には感情の揺れない元No.2様を動揺させる程の、蘇芳かれを襲った衝撃の度合いは、鏡花にも良く理解出来る。本来悪役(茶番)を知る事がないはずのアイリス達に詰られ、次に彼からも愚痴を言われるのかと、コックピットを蹴り開ける様にして飛び降りた蘇芳を眺めながら、鏡花はうんざりした。人間であれば骨を砕く高さから、すとっと小さな音だけで着地した蘇芳は、阿修羅族の戦闘服である和服を模したそれの長めの裾を払って、怒り心頭といった呈でこちらへ歩いてくる。


「言っておくけど、私じゃないわよ」


 一歩一歩、猛る武神が近づいてくる様子に、鏡花は保身を発した。近づいてくればわかる事だが、彼の動揺は怒りへと昇華されたらしく、感情に影響して、阿修羅族の真価である鬼化――赤銅色の肌と鋭く伸びた赤い爪、唇から覗く牙、そして額に立派な二本の角――となっている。阿修羅族の中でも、始祖の意識に触れた特別な者が取れる姿だが、元No.2の彼でも完璧に制御できない、危険な状態である。完全な鬼化をしてしまうと、周囲の全てを破壊するだけの化け物になる、正直、相棒を止めたくなる、彼の体質だ。


「ならば、誰の仕業だ」


 声まで若干濁り、聞き取りにくい。だが、まだ理性は残っている様子で、きちんとしゃべったことに鏡花はほっとした。彼を止める最終手段は、確かに鏡花が持っているものの、鏡花も意のままに操る事は出来ないのである。鬼化した蘇芳の言に、鏡花は、完全に彫刻と化したアイリス達を見た。


「アイリス。聞きたいんだけど、どうやってここに来たの?」


「えっ、その……眼鏡の男の人が、…あっ、と、≪暗黒神≫?」


 蘇芳の姿と普段より三割増しで怖い彼の顔に恐怖を感じたらしいアイリスが、鏡花の後ろに隠れながら、つっかえ言った。クロイドも、相手がシグウィルとはわかっているらしいが、明らかに人外の姿に少し腰が引けている。そして、聞こえた単語に、カッと般若面で目を見開いた蘇芳に、二人は「ひっ」と鏡花の後ろに下がった。同様に、鏡花も頭を抱える。


「何考えてんの、うちの上司ぃ!!」


 悪役は、神秘的で強く、かっこいいから、主人公達のライバルに値し、物語を盛り上げる重要なキャラクタなのだ。今回、鏡花達は、星屑オーヴァルの民として、信念の元に身を滅ぼした、かっこいい悪役として登場て、退場(死亡)した。主人公である彼らに正体がバレる事は、そんな華麗な悪役を再起不能にする、最大の禁忌である。それを、それを―――!!!


「もうだ。私、しばらく有給、取るぅ…」


 悪役愛好家(職業病)である鏡花は、自殺したくなる程の羞恥の中、頭を抱えてしゃがみこみ、弱々しく泣きごとを言った。


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