表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

第七話 操られる想い

 近づく口実を探していた相手に話しかけられたのは、ある意味で言えば幸運なのだが、自分の視線に気づかれていたのは想定外だった。彼氏持ちの後輩を遠くから眺めていた男となった今、良は自分が情けない立場にあるのだと自覚した。


「ごめん……」


 出てきたのは謝罪の言葉だった。見ていたかどうかの返答ではなく、覗き見ていたことへの素直な反応になる。


「アハハ……何で謝るの?」

「いや、勝手に見てたから……」

「超ウケる。瞳子だって、イケメンがいれば勝手に見るけど、謝ったりしないよ」


 何がウケるのかわからないが、相手が笑顔になったのでホッとする。彼女がイケメンを勝手に見るというのなら、自分が見ていた理由はそれでいい。


「じゃ、僕も謝らなくていいのかな? 可愛い子がいると思って、勝手に見てた」

「ヤダ~。真顔で言わないでよ、恥ずかしい」


 恥ずかしいと言うものの、そんな素振りをまったく見せない。初対面なのに、彼女は良の腕を軽くパンッパンッと笑って叩いた。


「言っとくけど、瞳子には透クンって彼氏がいるから、付き合ってあげられないからね。バイバイ」


 胸元で手を振ると、北村瞳子は立ち去った。何処かで二重谷透と待ち合わせでもしているのかもしれない。

 変な子がターゲットになったなという感想を抱き、良は学校を後にした。





 夕食と入浴を済ませた後、テレビやネットで代理バトル絡みの報道がされていないかチェックするも、取り上げているところは無かった。シニたちが何をどう“うまくやっている”のかは知らないが、あの手この手を使って事件をもみ消しているのだろう。

 感情操作に長けた彼らだけに、何をしていても不思議はない。脳に刺激を与えて幻を見せたり、思うように体を動かしたりするくらいだ。情報操作なんて造作もないことなのかもしれない。


 報道されていなかったことを受け、代理バトルは続いていくのだという諦めがつく。生き残る為には、次の対戦相手を殺す必要がある。相手がエネルギー源とする感情は“愛”だ。ターゲットは北村瞳子。

 彼女から愛という感情を引き出し易い相手となると、彼氏である二重谷透が一番厄介な存在となる。ここは山を張って彼が対戦相手だと仮定し、二人の仲を引き裂いておくのも手だ。エネルギー源さえ断てば、酸素が無ければ燃えない炎のように、脅威度が一気に薄れるというもの。

 できれば、保険として殺傷能力の高い武器を用意したいところだが、次も服装検査と持ち物検査があるだろうから、堂々と持ち歩くことは出来ない。パチンコ玉を持ち込んだのと同じ方法なら、何処かに隠して置くことができるだろう。あの折りたたみナイフも、そんな感じで持ち込まれたのかもしれない。

 だが、相手に飛ばしたパチンコ玉のように、敵の手に渡ってしまえば自分を傷つける武器となる。隠していた物が見つかってしまえば、自分を不利にする要因となってしまう。そう、隠していた物が見つれば……。


「ああ、そうか……」


 ナイフが保坂美優の机に入っていた理由がわかった気がした。誰かが隠していたナイフを見つけ、彼女が持ち物検査で引っ掛かるように入れたのではないか……。

 これを逆に考えれば、武器を探して歩けば、相手の攻撃力を奪える上に、自分の攻撃力を高められる。勿論、武器を見つけたとしても、それが対戦相手の物だとは限らない。それでも、代理バトルの日にすべき行動のひとつと言っていいだろう。

 自分と同じように武器を隠す者がいる。だから、それを奪って使えばいい。




 10月21日、金曜日。

 2年D組の教室に入っても、近寄ってくる者はいない。祐樹は自分の席でスマホをいじっているし、毅も顔を突っ伏して寝ている。まだ大輝は来ていない。

 良は自分の席に座って、北村瞳子と二重谷透の仲を引き裂く方法を考えた。



 昼休み。

 ベタな方法を思いつき、2-Bの教室に向かう前の北村瞳子をつかまえようと、1-Aの教室に急ぐ。ちょうど、彼女が弁当を持って出て行くところだった。


「あっ、昨日の人じゃん」


 良の顔を見た途端に、北村瞳子は声に出した。


「なぁ~に? また見に来たの? 瞳子には透クンがいるって言ったよね?」

「うん、言ったね。覚えてるよ」

「瞳子、しつこい人はヤダなぁ~」


 気持ち悪いものでも見るような目に変わる。


「ごめん。もう見に来ないよ、写真を撮らせてくれれば……」

「えっ? 写真?」


 少し考えた後に、彼女はクスッと笑った。


「いいよ。まぁ、瞳子も鬼じゃないからね。片想いの辛さはわかるつもり」


 自分には理解力があるとばかりに、北村瞳子は誇らしげだった。良としては、彼女に片想いをしていることにされたのが不満だったが、代理バトルの為に受け入れることにする。元々、そういう設定で“写真を見て我慢するから”と言うつもりではいた。


「ありがとう。今度から、君を見たくなったら写真で我慢するよ。それなら、君にも彼にも迷惑かからないしね」

「上手に撮ってね」


 北村瞳子は廊下の陽が差している場所に移動すると、頼んでもいないのにポーズを取った。その迷いのなさから、普段から取り慣れているのが想像できる。


「いくよ」


 スマホのカメラで彼女を写す。静止画で見ると、動いている彼女より可愛く見えた。


「ねぇ、見せて」


 返事をしないうちにスマホを取り上げられ、彼女のチェックが始まる。首を傾げて少し唸った後にスマホを返された。


「もっと可愛く撮って欲しかったけど、こんなものかなぁ~……。じゃあね」


 胸元で手を振り、彼女は走って行った。向かう先は彼氏がいる教室だ。


「次の被写体を用意しないと……」


 彼女の後を追うように自分のクラスに向かう。




 教室に戻ってすぐに、自分の席でボーッとしている毅の前に立った。彼の机の上には菓子パンの袋が一つと、紙パックのジュースがある。彼の昼飯としては明らかに少ない。


「大輝に金を貸したから、持ち合わせが少ないの?」

「そうなんだよ、良」


 すがりつくような目を向けてくる。


「少しなら貸してもいいけど、条件がある」

「どんな?」

「写真を撮らせてほしい」

「俺の? 別にいいよ。ほら、好きなだけ撮れよ、なぁ?」


 手を広げる毅を見て、良は首を振る。


「ここじゃダメだなんだ。別の場所で撮りたい」

「わかった、早く行こうぜ。なぁ?」


 良は頷いて、北村瞳子の写真を撮った場所へと彼を案内した。





 帰宅後、学校で撮った写真をパソコンに取り込む。

 決めポーズの北村瞳子と、空気を抱くような毅の写真だ。同じ場所で、同じくらいの時間に撮っている。横幅は別としても、身長的には近い。

 画像ソフトを立ち上げ、毅の写真を読み込む。彼の輪郭をなぞっていき、その部分を選択して切り抜く。仕上げとして横幅を縮めて少しスリムにする。次に、北村瞳子の写真を読み込んで、そこに切り抜いた毅の画像を貼り付ける。あとは毅が彼女の肩を抱いているように調整。

 画像処理のプロではないので、凝視すれば粗に気づくが、パッと見ではわからない程度にはなった。この合成写真をプリントアウトして便箋に入れる。これを二重谷の下足箱に入れ、精神的な揺さ振りをかけるつもりだ。

 毅をスリムにしたのは、自分が合成した事実を二重谷に知られた場合を想定してのものだ。元の写真を誰が撮ったのかわかれば、自分に辿りつくのは容易になる。もしもそうなってしまったのなら、リア充に憧れている毅の為に“夢の写真”を用意したと言う。“夢の写真”だから細身にしている。そんなところだ。あとは、その写真を紛失しただけで、他意はないと言い張る。

 もっとも、それは最悪のケースであって、予想しているのは他の男と肩を組んでる彼女に二重谷が苛立ち、二人の関係性に亀裂が生じるパターンだ。二重谷と話した回数は少ないものの、同じクラスに居ただけあって気質は把握済み。気が短い方だったので、すぐにキレてくれると期待している。

 彼ならば、あの写真を持って北村瞳子に詰め寄るかもしれない。写真を撮った位置から、彼女は誰が撮った写真か気づくだろう。気づかなかったら、言ってやればいい。二人の仲を引き裂く為にしたと言えば、彼女は憎しみを抱いてエネルギー源にできる。

 問題は、二重谷が何のアクションも起こさない場合だ。自分がもし、北村瞳子と付き合っていて、彼女の“愛”が生き残る為に必要だとしたら、そのエネルギー源を断たないよう追求はしない。代理バトルが終わるまで、彼女には自分を好きでいてもらう必要があるからだ。

 そういう考えを彼が持っているのだとしたら……。

 念のためにと、同じ写真を幾つかプリントアウトしておく。

 彼がアクションを起こさなかったとしても、周りからアレコレ言われるように仕向ければ、動かざるを得ないのではないか。そう考えてのプリントアウトだ。これを二重谷と親しい者の目に触れさせる。

 そうなれば、少なからず二人の関係はかき回され、彼女の“愛”は不安定になることだろう。例え、次の対戦相手が彼じゃなかったとしても、彼女が不安定になってくれた方が自分としては有利なハズ。心が乱れた方が憎しみには繋がり易いだろうから。





 10月24日、月曜日。

 いつもより早い時間の電車に乗り、あまり生徒が来ていない学校に入る。二重谷の下足箱を探し、例の写真が入った便箋を入れておく。これで準備完了だ。

 予備の写真を使うのは、彼と仲が良い者を確認した後になる。想定通りに、彼が北村瞳子に詰め寄ったのなら話は別だが。



 休み時間になるたび、二重谷がいる2-Bの教室の前に行く。さりげなく、彼が話している相手の顔を見て、知っている者の場合は名前を控えた。委員会が同じで名前を知っているのが一人、悪目立ちしているので知っているのが一人いる。実行に移すなら、この二人でいい。

 あれを見たであろう二重谷は不機嫌そうだったが、他のことで苛立っている可能性もある。昼休みに彼女が教室に来た時、どんな顔をするかで判断するしかない。



 昼休み。

 二重谷のクラスに向かうと、いつも通り教室に来た北村瞳子を連れて、二重谷が何処かに行こうとしていた。二人に気づかれないよう、後をつけていく。


 彼らが向かったのは生徒指導室だった。あまり使われているのを見ないし、部屋の周囲も人通りが少ない。近くにあるのは、用務員の部屋くらいだ。

 部屋の中に入った二人の声を廊下で聴く。

 “写真”という単語が聴こえた。もう、それだけで充分だといえる。怒気を含む二重谷の声から察するに、彼は想定していた中で、もっとも有り難いパターンを取ったのだ。

 ここに残って見つかるのは避けたいと、良は足早に生徒指導室から離れていった。その途中で平塚悠仁とすれ違う。人気があることで有名な先輩であり、保坂美優が振った相手としても知られている。


「どうした? 祐樹」


 急に声がしたので振り返ると、平塚悠仁が電話で話をしていた。祐樹の名が出たことで気になり、聞き耳を立てる。


「明後日の件か。それなら、前に話した通り…………何!? ターゲットが?」


 明後日、ターゲットという言葉に嫌な予感がする。代理バトルは明後日だ。明後日にターゲットとなれば、彼が代理人である可能性が高い。しかも、その話を祐樹としているとなれば、二人は協力していることになる。

 二人とも代理人で共闘しているのか、それとも代理人である平塚悠仁に強力を促されているのかは不明だが、一人を相手にするよりも二人組の方が厄介なのは確かだ。


「わかった、俺に考えがある。まずは彼女のメルアドが必要だ。透に訊けばわかるだろう」


 平塚悠仁は通話をやめるとスマホを操作し、再び耳元に持っていった。二重谷透に掛けたのだろう。


「よぉ、透。今、話しても大丈夫か?」


 二重谷透は北村瞳子と話をしている最中だ。


「そうか……。それが終わったら中庭に来てくれ」


 通話が終わるとスマホをしまい、来た道を戻り始めた。中庭に行くのだろう。

 彼が代理人だとすれば、その動きはチェックしておきたい。ここは彼に気づかれないよう、中庭に潜んで会話を聴くのがベターだ。





 中庭のベンチに座る平塚を確認し、彼の視界に入らない位置に移動する。植木の陰に隠れて立ち、スマホを見ているフリをし続けた。

 しばらくして、二重谷透が一人でやってくる。彼を見つけた平塚が呼び止めると、その声に引き寄せられるように駆け寄った。二人は同じベンチに座って話し始めたが、ボリュームを抑えているので聴き取りづらい。

 見つかる危険性を冒しても、二人に近づくべきか迷った末に、自然な形で前を通り過ぎることにした。今いるのが最も近い隠れ場所になる。ここでダメなら、一瞬でも接近して何かを聴いた方がいい。


「助かったよ。ところで、俺を合コンに誘った記憶はないか?」

「俺が先輩を? それはないっすね」


 肝心な話は終わってしまったのか、聴こえてきたのは合コンの話だった。


「おかしな話だが、誰に誘われたのか思い出せないんだ」

「思い出せないって言うと、うちのクラスでも何人かいるんっすよ。急に思い出せなくなった人がいるって。特に、先輩を振った女の酷さを誰から聴いたのか……」


 二人の前をゆっくり歩いて通り過ぎたものの、聴き取れたのはそこまでだった。代理バトル絡みの情報は得られなかったが、気になる言葉は幾つもある。

 自分が初戦の相手を思い出せないように、彼らも誰かを思い出せくなっているようだった。そう言えば、大輝もそんなことを言っていた気がする。代理バトル後、同時多発的に発生しているとすれば、それはシニたちによるものだろう。

 これが彼が言った“うまくやる”ということなのかと思うとゾッとした。自分でも気づかないうちに何かを削り取っていく。そのやり口は恐ろしい。



 そのまま食堂に歩いていき、券売機でカレーを選んで食券をオバチャンに渡す。昼休みに入ってから少し時間が経っているので、食べ終わって出て行く生徒が多く、並ぶことなくスムーズに食事を受け取れた。

 空いている席に座って食事をしながら、平塚と二重谷の会話を振り返る。


 平塚を合コンに誘った相手の記憶が無くなっているということは、その者は代理バトルで敗北したのかもしれない。皆の記憶から消されてしまったから、死んでも騒ぎになっていないのなら筋が通る。だとしても、完全に消されていない辺りは雑ではないか。中途半端に思い出せても、何もできないと踏んでいるのかは知らないが……。

 二重谷の周りでは先輩を振った女、つまりは保坂美優の悪評を流した存在が消えている。これにも同じことが言えるのだが、一斉に思い出せなくなったということは、同じ人物から聴いていることになるのではないか。

 彼女が実際に酷い行いをし、性格が最悪だったのなら、複数の人物から広まっていくのが自然。誰かが消えたら思い出せない時点で、彼女を陥れようとした存在がいる。

 それは誰か……。

 考えるまでもなく、振られた腹いせに先輩がやったという結論が出てくる。先輩を好きな女が、彼を振るなんて生意気だとか、嫉妬から悪評を流した可能性もあるが、何となく彼が誰かを使ってしたような気がしてならない。

 彼は人気のある先輩だ。モテている自覚もあるだろう。であれば、人気者としてのプライドが、振った女を許さないのではないか。自分の誘いに乗らない女性が目障りだから、目の前から消したい気分なのでは……。そんな風に思えてしまう。




 帰宅後、自室で机に向かったところで、数学のノートを返してもらっていないことに気づく。大輝のことだから、無くしてしまっているのかもしれない。正直、もう話すのが億劫になってきていた。


「そういや、あれから大輝と話してないな」


 ゲームソフト代を弁償してもらってから口をきいていない。嫌悪感を丸出しにして接したので、相手も自分を避けている感じだ。


「寂しいのか?」


 机の上にシニが現れる。正八面体に近い形状だ。


「別に、寂しさはない。むしろ、彼が近寄ってこないのは楽でいい。今なら言える……。僕の人生に彼は必要ない」

「そうか、不要だと判断したんだな。好ましくない人間は遠ざけた方が楽になるのに、君は嫌われることを怖れて近くにいることを望んでいた。一言で言えば、嫌われ恐怖症……」

「そんな言葉があるんだ」


 自分の傾向を表す言葉があることを知り、良は少しだけホッとした気分になった。自分と同じような人は他にもいる。それは同志を見つけたかのような喜びだった。


「そういう言葉があると知っただけで、そのすべてを理解したかのように思い、安心感を得るのは人間の悪い癖だ。根本的には何も解決していないのだからな」

「まぁ、そうだけど……。でも、原因のようなものを探ったところで、無駄みたいなことを言ってたよね?」

「原因論の否定は私の思想ではない。アドラーだ。フロイトのトラウマを否定し、今の目的に重きを置いている。その原因がある限り、未来が決まっているのだとしたら、そこには救いが無いからな。過去に辛いことがあったから外に出ない人が居るとして、その辛いことが原因だからというのが原因論。辛いことはキッカケかもしれないが、外に出たくないという意志によるものだというのが目的論といったところか。君の母親が持っていた本によれば」

「確か、それにも否定的だったよね?」

「そうだ。世の中には様々な人が居る。心身ともに健康な人ばかりではない、そう言えば想像がつくだろうか? 無論、原因論にも問題点がある。それでは説明がつかない事例があるからな。パニック障害などは、原因も何も脳が反応してしまっている。これは、とある精神科医が患者に話していた言葉だ」


 正八面体がクルクルと回転する。


「なんだか、難しいね……。原因というか、キッカケみたいなものはあるんだ。僕のそれは、父の教えのせいかもしれない」

「ほう、それはどんな?」

「いつ、誰の世話になるのかわからないから、みんなに親切にするように……」


 情けは人の為ならずを地で行くような教えだ。情けは人の為だけではなく、いずれ巡り巡って自分に恩恵が返ってくるのだから、誰にでも親切にせよ……。今では、この考え方が嫌いだ。

 情けを乞うような者は、その恩恵を忘れるような薄情者ばかりじゃないか。与えた恩恵を当たり前だと捉え、恩恵が無くなれば文句を言う。そんな連中に恩を返す気持ちがあるものか。


「面白くなさそうな顔だな、良。その言葉が嫌いか?」

「嫌いだね。僕は与えてばかりじゃないか。こんな言葉、信じられるか」

「信じる必要はない。万人に合う言葉など無いのだからな」


 正八面体のまま、シニは飛び跳ねて見せた。


「君は人に甘えることは得意かね?」

「人に甘えるなんて冗談じゃない」

「なら、情けなど捨てるべきだ。甘え下手は困窮しても、情けを乞うこともできない。そういう生き物だ。助けられることを拒む者が、誰かの恩恵を期待しても仕方がない。関わる人を増やすだけ、収支としては損をするだろう」

「古くから言われてきた言葉でも、シニは容赦がないな」

「古さが何になる? 古の言葉なら真理でもついてるとでもいうのか? よく考えてみたまえ。50年前の常識と今の常識は違う。50年後も違う。そんな世の中にあっても、人の心には不変の何かがあると思うか?」


 人に求められる要素が変われば、悩みというものも変わる。万物は流転するように、言葉が持つ価値も変わっていくのだ。多くの記録が打ち破られるように、かつては伝説的だったものでも、今の世では取るに足らない価値しか持っていないものもある。

 格言だって同じことが言えるのではないか……。


「それ以前に、同じことを言ったとしても、口にした者の背景は違う。リンゴとナシしか食べたことが無い者が、果物の中ではナシが一番うまいと言うのと、百種類の果物を食べた者が同じことを言うのでは大きく違う」

「だろうね……」

「誰かの言葉を聴いたとき、その者がどれだけ理解しているのかが重要なのだ。偉そうに見えても同じ人間。どんなに賢く見えても、浅い見方をしている場合もある。芸術方面で秀でた者だからといって、その者の政治的な発言にも価値があるとは思うべきではない。大局的にものを見れずに、稚拙な想いを口走っているだけかもしれない。そう言う意味では、誰が発した言葉なのかわからない時点で、古の言葉とやらの怪しさは極まっている」


 話している内容はわかったが、こんな話をシニが自分にする理由がわからない。前に信念がどうたらと言ったときもそうだが、代理バトルの為に自分を利用したいだけなのに、考え方のアドバイスをしているようで気になってはいた。


「今度は疑問だと言わんばかりの顔ではないか。そんなに私の話がおかしいか?」

「いや、そういう訳じゃ……」

「なら、聴いてほしい。代理バトルは新リーダーを決める為のものだが、私にとっては人間と接触する良い機会でもある。今まで、人間と接することなく、エネルギー源として観察してきた私にとって、分析結果をぶつけられる最後のチャンスになるかもしれないのだ」

「最後?」

「人間との接し方は新リーダーの判断に委ねられる。前リーダーは人と関わらない道を選んだ。次のリーダーも同じ方針であれば、私は研究成果の発表の場を失うようなもの」


 正八面体だったのにハート形になる。


「いろいろ観察してきたから、こんなに理解したよって言いたいってこと?」

「平たく言えば、そうなるだろう。人間の感情をエネルギー源とする我々にとって、人の心の動きを理解することは重要だ。より強い感情を抱く為の心の在り方を、私は研究していきたいのだが、それには人間と接する機会が必要不可欠。故のお喋りだ」

「なんだか、人間っぽいところもあるんだね」


 苦笑するとシニは球体に変化して縮んでいった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ