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第十三話 恐怖と欲望

 11月11日、金曜日。

 今日も担任は休みで、代わりに副担任が出席を取っていた。

 昨日、動画の件を伝えた保坂は、会話したからといって近づいては来ない。廊下ですれ違っても、何事も無かったかのように通り過ぎていくだけ。二人の関係性に変化はない。仲良くしているところを見られれば、迷惑がかかると思っているのだろう。


 昼休み。

 学食に行った帰り、中庭で祐樹と平塚悠仁が一緒にいるのを見かける。


「シニ」


 ふと、思ったことがあって呼び出す。シニは球体状の空気の揺らぎを作り出した。


「何かね?」

「代理バトル前に、代理人が死んだ場合は?」

「そうならないよう、我々は“うまくやっている”」


 その答えで充分だった。

 次の対戦相手だと思われる人物を事前に殺しておく。そういうことは出来ないのだ。

 彼らは、エネルギー源として相応しい感情を決める目的で代理バトルを行っている。その計画が破たんしないよう、バトル前を控えた代理人の安全は確保されているのだ。代理バトル勝者に対する傷の手当ても、そういうことの一部と云える。





 11月14日、月曜日。

 学校に向かう電車の中、ドア付近に立ち、スマホで痛い人ブログを閲覧する。

 担任の記事がアップされて以来、自分がいる地域の記事は更新されていない。地元を担当している“孤高の自室守り人ミッチー”なる人物に関して、何かを知っていたような気がするが、どうにも思い出すことが出来なかった。

 新たな記事はアップされていないが、コメント数は伸びている。話題は保坂絡みの問題ではなく、部活動における体罰や生徒同士のいざこざ、そういった関連の動画となっていた。中にはリベンジポルノと呼ぶべきものもある。

 アップされた動画にキレた人が、アップしたと思しき人物を攻撃する動画を上げる。そんな流れのようなものが出来つつあった。

 画像や動画を使った本性晒しによって、混沌としてきたコメント欄をザッと眺める。


『この裸、どうよ?』


『イキ顔、ブサイクだな』


『もうやめようよ』


『は? ふざけんな。これは俺の問題だ。関係ない奴が勝手なこと書くな』


『きっと、話し合えばわかるって。お互い、腹を割って本音で話し合えば、誤解も解けるから』


『優等生は帰れ』


『エロ画像、もっと。暴力動画は飽きた』


 南波健吾から憎しみを引き出す為にアップした動画から、こんな展開になるとは夢にも思わなかった。人の心に潜む悪意を見せつけられた気分だ。

 同時に、やめようと提案する者がいることにも驚く。ただ、本音で話し合えば云々は、好きになれなかった。


 いつだったか、誰かに親友の数を訊かれて、いないと答えたことがあった。そのときに訊いてきた相手は、親友がいないのは“友達と本音でぶつかり合っていないから”だと指摘し、自分が親友との絆を深めたエピソードを熱く語っていたように思う。

 それを聴きながら、親友だと思っているのは、この人だけじゃないのかという疑問を持った。

 本音でぶつかったことなら過去にある。だが、得てして人間というのは、本音か否かに関わらず、自分の行動を注意されれば、相手を否定的に捉えがち。本音でぶつかった時もそうだった。

 相手の言い分が正しいとわかっていても、自分が非難されたという事実が我慢ならず、反感を持って関係がギクシャクしてしまう。自分だってそうだ。

 だから、本音で言い合えば信頼関係が築けるというのは幻想であり、フィクションの産物ではなかろうか。少なくとも、自分が見てきた人間はそうだった。

 本音でぶつかり合っても、反感を抱かずに素直に受け止められる。そんな器の大きさを持った人物が、どれだけいるというのだろう。いや、仮に自分が思っている以上に存在したとしても、心無い者達に囲まれても変わらずにいられるのだろうか……。


 電車が停車駅に止まる。乗り換えをする駅ではない。

 ドアが開いて、人が入ってくる。開かない方のドア付近にいた良の元に、他校の生徒が押しやられて来た。

 その人の波に背を向け、スマホをしまって窓の外に目をやる。

 ゴミ集積所が見えた。有料の指定ゴミ袋が山積みになっている。その半透明の袋の中には、大きなキリンのぬいぐるみもあった。どこか破けているわけではない。要らなくなったから、捨てられた物だろう。

 まだ、使える。でも、ゴミとして出されれば、もうゴミなのだ。

 ゴミにまみれれば、ゴミになる。もう、価値のある存在には戻れない。

 なんだか、人間にも同じようなことが言えるような気がして、複雑な気持ちになっていく……。


 様々な創作物で、友情なんてものが当たり前に描かれているが、誰もが出会いに恵まれるわけではない。出会いたくもない人間とばかり会ったとしても、人は生きて行かなくてはいけない。ゴミの山に埋もれても、人は生きようとする。

 だから、せめて……。

 人は誰かを嫌ってもいいのだと、保坂の顔を思い浮かべて、頭の中の彼女に語りかける。





 帰宅後、宅配便で傘や防刃ジャケットが届く。自室で段ボール箱を開け、選んだ物が入っているのを確認してホッとする。予定通りに届いてよかった。

 明後日、これを使って最後の戦いに挑む。二対一の不利な戦いに……。


「シニ」


 呼ぶとすぐにシニが球体状の揺らぎとして現れる。


「戦いの打ち合わせをしたい」

「いいだろう」

「作戦を考えた」


 そう言ってA4のコピー用紙を机の上に置き、図と文字を書いて説明を始める。


「作戦名は、身投げプランだ。僕が窓から飛び降りたら、地面に衝突しないよう、風のクッションで受け止めてほしい。でも、地面にぶつかったかのような音は出したい。できる?」

「可能だ。40,000ptほど消費するだろう」

「わかった。できれば、地面に落ちてバウンドしてるように見せたい。見せる相手は二階や三階にいる人物だ」

「それなら5,000ptほどの追加で可能だ」

「これって、敵から逃げると判断されて、体が勝手に動いたりは……」

「逃げる意志が無いのなら、そうはならない」


 “よし”と小さな声で言う。

 今回の戦いが三つ巴であり、二対一になる可能性があると聴いてから、頭の中にあった作戦になる。使えるかどうかもわからないが、用意しないよりはいいだろう。


「シニ、身投げプランを指示したら、頼むよ」

「わかった」


 球体状の揺らぎが飛び跳ねた。





 11月15日、火曜日。

 しばらく休んでいた担任が戻ってきた。

 髪がベリーショートになり、前よりも厚化粧になっている。前の戦いの影響かもしれない。燃えた髪を切り、火傷の跡を化粧で隠す。そんなところだろう。

 勝ち抜いた代理人には次の戦いがあるから治すが、もうバトルに関係のないターゲットは治さない。そんなところかもしれない。

 だとしたら、最終的に勝ち残った代理人も、彼らにとっては用済みとなる。もう代理バトルが行われないのなら、怪我をしても治す理由が無い。つまりは、致命傷を負わずに勝たなくてはいけないのだ。

 まったく、何処までも厄介な戦いである。





 11月16日、水曜日。

 最後の戦いの日を迎える。

 晴れたとしても購入した傘を持っていくつもりだったが、雨だったので差していくことにする。逆に自転車には乗らないのに、ヘルメットは持ち歩くことになった。防刃ジャケットもバッグに入れておく。見た目はハーフコートっぽい。

 持ち物検査と服装検査もあったが、それらは特に何も言わなかった。




 昼休み。

 保坂の席を通り過ぎる際に、メモ用紙を彼女の机の上に置いていく。

 通り過ぎた後に振り返り見ると、彼女はコクンと頷いた。

 メモに書いたのは、放課後になったら教室で話したいことがある。それだけだ。実際に話したいこともあるし、教室に居てほしい理由もある。あの作戦が、その一つだ。




 放課後。

 最後の授業が終わり、教室から生徒が出て行く。

 その中には五十嵐祐樹の姿もあった。平塚悠仁の元にでも行くのだろう。今までの戦いなら、共闘するには同じ場所にターゲットを呼び寄せることが必要だったろうが、三人のターゲットが同じ今、彼女を指定の場所に誘導する必要はない。

 無論、罠を仕掛ける予定があるのなら、その場所に導くことが必須。もしかしたら、今は教室にいる彼女も、17:00近くになったら移動し始めるのかもしれない。だが、彼らに呼ばれたというのなら、押さえてでも行かせないだけだ。その為のメモである。

 とはいえ、バトルの準備もしなくてはいけないので、玄関に置いた傘だけは取りに行く。


 傘を取って教室に戻ると、自分の席に座る保坂しか残っていなかった。

 シニたちによる人払いのお陰かもしれない。


「残っていて、くれたんだね」


 自分の席から椅子を持って、彼女の傍に歩いていく。


「うん、約束だから」


 一方的に頼んだことなのに、彼女は何処となく嬉しげだった。

 彼女の席の近くに椅子を置き、それに座って彼女と向き合う。


「これから話すことは、たぶん信じられないと思うけど……」

「はい……」


 真顔で話し始めると、彼女も真剣な目になった。


「17:00になったら、この教室で戦いが始まる。代理バトルと呼ばれるものが」

「えっ……」


 彼女はキョトンとしている。いきなり、こんな荒唐無稽な話を聴かされたら、自分だって唖然とするだろう。でも、話しておきたい。

 幸い、代理バトルのことを話してはいけないという制限はないし、喋り出したところでシニも出てこなかった。


「今、そのことを証明するものは何もないけど、できれば黙って聴いてほしいんだ」

「はい」

「まず、この世界には肉体を持たない生命体がいるんだ。彼らは人間の感情をエネルギー源にしていて、それを風力や火力といったものに変換できてしまう」


 間違ったことは言っていないが、傍から見れば完全に痛い人である。中二病をこじらせた感じで辛いが、言い出したのだからと続きを言う。


「その彼らのリーダーが消滅し、新たなリーダーを決める為に、代理バトルが行われているんだ。肉体を持たない彼らの代わりに、人間を戦わせるから代理バトル。そのバトルで勝ち残った人間を選んだ者が、新たなリーダーになるって話……」


 彼女は茶化す感じもなく、真顔でうんうんと頷く。


「彼らは48の感情の中から一つを選択して、代理バトルでは選んだ感情だけを変換するというルールを作った。僕には“憎しみ”をエネルギー源に選んだ彼らが憑りついていて、この後に戦う相手には“恐怖”や“欲望”を選んだ彼らが憑いている。でも、バトルで感情を変換できる相手は一人しかいない。それがターゲットと呼ばれる人で、戦いごとに彼らが選んでいるんだ」


 何処まで理解してくれているかわからないが、取り敢えず最後まで話してみる。


「そのターゲットが君なんだ。僕らは君から、特定の感情を引き出し、殺し合わなくてはいけない。17:00になったら、君がいる場所で戦いになるんだけど……。何か質問は?」

「まだ、よく理解できていなくて……」

「そうだよね……」

「でも、回避することはできないの?」


 溜め息をついて首を横に振る。


「回避できたら、とっくにしてるよ。逃れようとしても、その場に連れて行かれる。体が勝手に動かされてね」


 彼女が下を向いて黙ってしまう。

 話があるからと言われて、残ってみたらこの内容。聴く人によっては、怒っていたかもしれない。話を聴いてくれただけ、有り難いと思うべきか……。

 そもそも、こんなことを話したからといって、彼女から憎しみを引き出せるわけではない。それでも、何の説明もないまま、担任のような被害を被るのは、回避させたいと思った。でないと、身勝手な理由で彼女を責める連中と同じになる気がする。


「それで、私はどうしたら……」


 彼女に真っ直ぐな目を向けられる。自分の話を信じ、問題を解決しようとしているようだ。


「どうって……。君はターゲットだから、“憎しみ”を抱けば僕の力になるし、“恐怖”や“欲望”を抱けば対戦相手の力になる。何も感情を抱かなければ……」


 何も感情を抱かなければ、代理バトルは成立しえない。

 理屈としてはそうだが、ずっと無感情のままというのは無理だろう。


「私が負の感情を抱かなければ、戦いが起こらない……」

「それは、そうかもしれないけど……」

「なんだか、自分の心が試されてるみたい」


 神にでも祈るかのように、彼女は目を閉じて手を組んだ。


「それが君の戦法か、良」


 教室に祐樹が入ってくる。彼の後ろには、ギターケースを持った平塚悠仁もいた。


「祐樹……」


 久しぶりに彼と目を合わせる。祐樹は教卓の前に立ち、そこに手を置いた。


「僕を見ても驚かないんだな、良……。薄々、感づいていたというわけか。僕が相手だと」

「そうだね……」

「よもや、良が相手だとは……。だが、戦いにあっては残忍酷薄。容赦はしない」


 彼に続いて入って来た平塚は壁を背にし、彼女に向かって話し始めた。


「聴いていたよ、美優。随分とおかしな考え方をするようになったじゃないか。負の感情を抱かなければ、戦いが起こらない? バカなことを言うな。痛みを受ければ苦しみを感じ、死の危険が迫れば恐怖を感じる。それが人間というものだ」


 肉体と感情は結びついている。彼女が幾ら抑え込もうとしても、できるとは思えない。


「そして、人には常に“欲望”がある。生きていようと思う限り、人は欲からは逃れ得ない。それこそが真理」


 平塚の鋭い視線が彼女を突き刺す。

 保坂は彼の話を聴くと、良の方を向いた。


「あの二人が対戦相手?」

「そうだよ」


 二人が来て話してくれたことで、彼女にした話の信憑性が高まる。こんなバカげた話でも、三人が同じことを言い出せば、真実味が増すだろう。

 彼らが来る前から、彼女は信じていたようにも思えるが……。


「どうせ、17:00までは手出し出来ないんだ。人生最後の語らいといこうか?」


 平塚の発言を受け、シニが人型の揺らぎとして現れる。


「良、君は今すぐ戦いを始めても構わないか?」

「別に、いいけど」

「そうか」


 小声で答えている間に、祐樹と平塚も何かを話していた。二人が話し合っていたのではない。互いに違う方向を見ていたのだから、その先にいたのは“彼ら”だ。


「良、我々の結論が出た。バトル開始時間を早める。5分後にスタートだ。五十嵐祐樹と平塚悠仁も了承している」

「そう……」


 保坂を見ると、彼女もこっちを見ていた。


「5分後に戦いが始まる。開始時間が早まった」


 彼女は良の手に自分の手を載せ、力強く頷いた。

 まるで、何かを訴えかけるように……。

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