女魔王(まおう)の翼
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女魔王イリス、絶大な魔力を持ち魔族の国ファルスハインを統治していた彼女だったがその統治は唐突に終わりを告げた、対立していた人族主体の対魔同盟、神聖抗魔同盟より講和条約締結をもちかけられたイリスは配下の進言に従い首都グロスロンディニウムに使節団を招き入れ、その使節団に襲撃された、その使節団は各国から魔王対策の選抜された勇者、聖女、聖騎士等の混成集団の偽装であり、厳重なチェックにより無防備であった筈の集団は聖剣、聖槍、聖弓等のありとあらゆる聖なる武器で武装しており完全武装の一団は約定通りに無防備で謁見していたイリスに襲いかかった。
イリスは激しい戦いの末に使節団を全滅させたもののかなりの深傷を負い、その中でも特に重大なのは背中から生えていた蝙蝠の翼が切断され、聖なる武器の効果によって再生不能になってしまった事である。
龍すらも凌駕する速度で空を駆け、あらゆる戦場に駆けつけ猛威を振っていたイリスの飛行能力は全て喪われ、それを見てとった同盟軍は複数の方面で同時多発的に侵攻を開始した。
単体では圧倒的な戦力を持つ魔族だったが同盟軍側はそれを補ってあまりある程の戦力を注ぎこみ、イリスは怪我をおして出陣するが一方面を押さえてもその他の方面は侵攻を押さえられず、更に一部の部隊に至っては戦わず後退までしてしまった為にファルスハイン軍はずるずると戦線の後退を余儀無くされた。
状況が悪化する中、イリスに使節団受け入れを進言した配下を中心にした一団が憂国騎士団を名乗りクーデターを実施してイリスに退位を迫り、それを受け入れたイリスは北方の僻地の孤島、ノルトラントの領主と言う捨て扶持を与えられた。
憂国騎士団はその後領土割譲を条件に神聖抗魔同盟との間に講和条約を妥結し、同盟は高らかに戦役の勝利を宣言した。
一方ノルトラントの領主となったイリスは裏切りによる傷心を癒す様にもともとこの島の領有していたマーメイドの女子爵でイリスの熱烈な信奉者でもあったイリーゼの協力を受けつつ島の視察と開発に心を配り、その話を伝え聞いたイリスの信奉者(その多くはイリスの強さと美貌に憧れていた同世代の魔族や他種族の女性)が到着して北方の孤島ノルトラントは徐々に活況を呈する様になった。
そうしてイリスがノルトラントの領主となってから3年が過ぎ、裏切りによる傷心が癒えかけたイリスは極々稀(平均で500年に1度)に発生しこの世界とは異なる世界の住人を呼び寄せてしまう霧、黒い霧によって迷い込んできた異世界の女性御劔百合と出逢った。
たった1人でこの世界に迷い込んでしまい気絶している百合の姿に、配下に裏切られこの島に流された自分の姿を重ねたイリスは百合を自分の邸宅で保護することを決め、その際に百合と共にこの世界に迷い込んで来た巨大な鉄よりも軽い金属の塊にも同じ様な憐憫の情を抱いた為に何気無く劣化防止の魔法をかけ、同行していた部下に風雨を凌ぐ小屋の建築を命じて邸宅へと戻った。
連れられた邸宅で目を覚まし驚く百合に対してイリスは状況の説明と元の世界への帰還が難しい事を伝え、信じがたいその話を受け入れた百合はイリスの厚意に甘える事となった。
そうして百合がイリスの邸宅で庇護を受ける様になって3ヶ月が経過した神聖歴(講和条約妥結を記念して採用)3年海月四日、百合はイリスの従兵でイリスと共に気絶した百合を最初に見付けたオーガ娘のイリーナ・デル・ティフォーネと共にイリスが何気無く命じて建築した小屋へと向かっていた。
セミロングの黒髪に黒檀の瞳の美貌とスラリとした肢体のボーイッシュな雰囲気の美女の百合は、セミロングの碧の髪と黄金色の瞳に額から伸びる1本の角というワイルドな雰囲気の美貌とライトアーマーを纏った長身で鍛えられて引き締まると同時に女性らしい凹凸がしっかりと存在している魅力的な肢体が印象的なイリーナと共に歩き続け、イリーナは歩きながら隣を進む百合に声をかけた。
「……なあ、あの妙な代物について心当たりがあるかも知れないって言ってたけど、ありゃ一体何なんだ」
「……うーん、取りあえず実物を見てから教えます、まだ、実物を見てないので本当に私が思っている物か分からないので」
「そっか、そうだよな、しかしあれか何か分かるかも知れないとは驚きだな、しかもアタイが一番先にしるとはねえ、あれが何なのかってのは密かに話題になってたるからなあ」
百合の答えを聞いたイリーナは納得した様に頷きながら興味津々と言った様子で呟き、その後に怪訝そうな面持ちになりながら百合に問いかけた。
「けどさあ、やっぱ一番初めに報告するのはイリス様の方が良いんじゃねえか?」
「それも考えましたがやはり不確かですので取りあえずイリス様と一緒にいたイリーナさんに知らせようと思ったんです」
(あの女を糠喜びさせたくないし)
イリーナの問いかけを受けた百合は胸中で呟きつつイリーナの問いかけにも応じ、イリーナが納得した様に頷いていると前方にかなりの大きさの木造の平屋の建物が望遠され、それに気付いたイリーナはその建物を指差しながら口を開いた。
「ああ、あれだ、あれだ、あの建物なあの妙な代物を入れてんだ、だからあそこがイリス様とアタイが気絶してたお前さんを見付けた場所って事になるな」
「……そう、ですか」
(……あそこが、私がイリス様やイリーナさんと出逢った場所)
イリーナの説明を聞いた百合はある種の感慨を抱きながら足を速め、やがて2人はまだ真新しさを残した建物に到着した。
「……結構、大きいんですね」
(大きさは、同じ位)
「……ああ、割とデカい代物だったし、ある程度余裕持たせて作ったんだよ」
百合が建物の大きさを確認しながら呟くと建築を指揮したイリーナが当時を思い出して説明しつつドアを開けて中へと入り、百合はゆっくりと深呼吸して意識を整えた後にそれに続いた。
「マジックライト」
百合が中に入るとイリーナは言霊を紡いで魔力の照明を灯し、百合はその光に照らされて建物の中に鎮座するそれを目にして黒檀の瞳を見開いた。
照明を受け滑らかな光沢を放つ流麗なフォルムの機体と頂戴な主翼に各一基づつ搭載されたハ―112空冷式発動機(出力1500馬力)に風防と一体化した機首、イリーナの灯した魔力の光に照らされながら鎮座するのはこの世界には存在する筈の無い物であり、百合は暫く無言でそれを見詰めた後に静かにそれに近寄り主翼に手を触れた。
百合は何かを懐かしむ様に主翼を何度か撫で、その様子を目にしたイリーナは暫く気を効かせて無言でいたが、やがて湧き出てくる興味に負けて百合に語りかけた。
「……なあ、百合、どう、なんだ?」
「……間違い無いです」
イリーナの言葉を受けた百合は主翼を撫でる手を止めながら返答し、その後にイリーナに視線を向けると真剣な眼差しでイリーナを見詰めながら口を開いた。
「イリーナさん、イリス様はこれに劣化防止魔法をかけたんですよね?」
「……うん?ああ、そうだ、確かにイリス様はコイツに劣化防止魔法をかけてたよ」
百合の言葉を受けたイリーナは百合を見付けた時の事を思い出しながら答え、それを受けた百合は暫し思案した後にイリーナに語りかけた。
「……イリーナさん、イリス様を呼んで頂けませんか?大事な話があるんです」
「……イリス様に?よし、分かった、呼んで来るから待っててくれよ」
百合の言葉を受けたイリーナはその真剣な言葉と眼差しに表情を引き締めながら応じた後に身体強化魔法をかけてイリスの邸宅に向け出発しようとしたがその前に興味深げに百合の背後に鎮座するそれを見ながら口を開いた。
「……なあ、コイツが何なのか、教えてくれないか、やっぱ気になるからさ」
イリーナの言葉を受けた百合はゆっくりと頷く事で応じ、その後にその主翼を懐かしげに撫でながらその名を告げた。
「百式司令部偵察機三型、それがこの機体の名前であり、私が自分のいた世界で操っていた機体です、そして、この世界でイリス様の新たな翼になるかもしれない機体です」
「……翼?ど、どう言う事だよ、百合、コイツがイリス様の翼って言うのは!?それってイリス様がまた飛べるって事なのかっ!?」
百合の説明を受けたイリーナは黄金色の瞳を大きく見開いて百合の後方に鎮座するそれ、大日本帝国陸軍航空隊が誇る高速戦略偵察機、百式司令部偵察機三型を見ながら百合に対して問いかけ、百合は難しい顔付きになりながら口を開いた。
「……はっきりと約束は出来ません、ですが、この機体は空を飛ぶ事ができ、私はこの機体を操縦出来ます、克服しなければならない項目が多々あり実現しない可能性の方が高いとも思いますが、それでもイリス様はまた飛べる可能性があるんです、だから、お願いします、急いでイリス様を呼んで来て下さい」
「……勿論だ、待ってろぶっ飛ばしてイリス様を呼んで来るからなっ!!」
百合の言葉を受けたイリーナは興奮した面持ちでそう言うと床や地面に深く靴跡を刻みながら駆け出していき、百合は視線を背後に鎮座する百式司偵(してい・司令部偵察機の略称)三型に向けて改めて機体を見詰めた。
百式司偵三型は百合が見詰める中、魔力の光を受けて滑らかな光沢を放ち、百合は懐かしげにその機体を見詰めながら脳裏にイリスの姿を思い浮かべた。
絹糸の様に滑らかな淡い桃色のストレートロングの髪とエメラルドグリーンの瞳に髪を掻き分けて存在する羊のそれによく似た形状の2本の角が形成する勝ち気な雰囲気の美貌に扇情的な装いによって強調される豊かな双丘にすっきりと引き締まりつつ魅惑的な腰回りにもぎたての果実の様に瑞々しく引き締まった臀部、そしてロングブーツを履いたスラリとした美脚と言う瑞々しさと色香を兼ね備えた肢体、魅惑的な容姿の彼女の背中には本来なら蝙蝠の羽根が存在していた筈だが、現在そこには3年前の戦いによって負わされた痛々しい傷跡が刻み込まれており、その姿を思い浮かべた百合は百式司偵三型を見詰めながら思わず唇を噛み締めた。
(……神隠しに逢いこの世界に迷いこんでしまった私を受け入れて下さったイリス様、あの女は今この孤島の領主となりそれ以上を求める気も無い、だけどあの女を裏切った連中にとってはあの女の存在その物が頭痛の種になる、恐らくそう遠くない内に豊臣家を滅ぼした徳川家の様に難癖をつけてやってくる。戦力の少ない私達の勝つ方法は1つ、イリス様自らが首都グロスロンディニウムを直接叩く事だけ、でもその為には翼を喪い飛べなくなってしまったイリス様には新しい翼が必要)
百式司偵三型を見詰めながら百合は決意を募らせ、やがて決意の表情で呟いた。
「……私は、旧大日本帝国陸軍少尉御劔百合、陸軍航空隊、独立飛行第八十一中隊所属、イリス様、私が貴女の翼になります、貴女と共に歩んで生きたい、だから私は飛ぶ、行きましょうキ―46」
甚大な空中勤務者の損耗を補う為に採用され急速錬成された女性空中勤務者の1人であった百合はリリスの姿を思い浮かべて決意の表情で呟きながら百式司偵三型を見詰め、百式司偵三型は魔力の光を浴びて滑らかな光沢を放っていた。
それから半年後、憂国騎士団はイリスの正式な廃嫡とノルトラントの併合を一方的に宣言して、軍を進発させ、その半月後留守部隊が護るグロスロンディニウムに空を飛べなくなった筈のイリスが来襲し、陥落させた。
空を飛べなくなった筈のイリスの新たな翼、それは改修によってガソリンでは無く無尽蔵のイリスの魔力によって機動する様になった百式司令部偵察機三型I(Iはイリスの頭文字)でありその機体のコクピットには操縦桿を操る百合の姿があった。
その後リリスは百合の操る百式司偵三型Iと共に猛威を振るい、配下の者達は龍ですら容易く振り切る鋼の翼を操りリリスと共に歩む百合を畏敬の念を籠めてこう呼んだ。
女魔王の新たな翼、黒百合姫と……