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『Orympos』

〜オリンポス〜

こことは異なる次元の神々の住まう世界。

全ての存在の中心、万物の故郷。

現代いまはもう、失われてしまった楽園…


その世界の遥か遠きいにしえ


豊かな緑の雄大な大地。

東方には壮大な山脈が幾重にも広がっていた。


空中の浮遊岩からほとばしる透き通った水の流れ。

地に落ちた水は河を造り、やがては大きな湖と成していく。


果てしなく広がる青の空。

何匹もの鳥達が大きな翼を広げ、優雅に舞い飛んでいた。


見る物や触れる物。

それらは様々な色や音に彩られ、美しい旋律を奏でる。


そこに住む人々は当たり前に自然を壊す事なく共存していた。

この世界に在る全てのモノは神に与えられ、オリンポスの王が守ってくれている大切な贈り物なのだと。

だから、それらを取り囲む全ての世界をより良き方向に調和しようと常日頃から心掛けている。


もちろん、争いなど存在しない。

誰かと、何かと、戦う。

その概念自体がない。

皆が家族であり、友人であり、愛する人である。

人々の顔には笑みが溢れ、穏やかでゆっくりとした刻が刻まれていく。


『至高の楽園』


まさにその言葉が相応しい、誰もが一度は憧れるであろう世界。


オリンポスの人々はこの楽園が永遠に続くと信じて疑わなかった。

いや…

『始まりがあれば、必ず終わりがある。

 永遠など存在しない』

それ自体を考える事さえなく日々を生きていた。

光の裏側に確かに在る影が少しずつ、でも確実に侵食し始めている事に気付かずに…



オリンポスの中心に浮かぶ、白き光を放つ象牙の宮殿。

この世界の女王、ガイアの住む王宮。

四方はガイアを守る為、薄い水色の結界で被われている。

そのせいで一目には水色の大きな球体が浮かんでいる様に見えた。


広大な王宮内には常に光が溢れていた。

何層にも重ねられた建物は鮮やかで壮麗な彫刻が施されている。

あちらこちらに緑豊かな庭園や透明な幾筋もの滝の数々。

包まれる空気はとても優しく、見ている者やそこに居る者を穏やかの気持ちにさせる慈愛に満ちていた。


王宮の最上階の奥、瞑想めいそうの間。

ガイアの自室の一つである広い部屋は、溢れる光と透明な水が装飾の中心をになっていた。

部屋のあちこちで噴水の様に水が噴き上げている。

噴き上がった水は再び床に落ち、部屋全体に幾何学的な模様を描いていた。

この部屋を真上から見る事が出来たなら、その水の流れが曼陀羅まんだらを描いている事に気付いたであろう。

曼陀羅の中心は一段高くなり、王の立つ蓮華座れんげざがあった。


ガイア。

彼女はとても美しかった。

人が彼女を見て真っ先に感じる事は、慈愛。

そして母性。

彼女は全ての世界、ありとあらゆる存在の、母であった。

床に届く程の長い金の髪と金の瞳。

白く透き通った肌と同じ、白く長い絹の神衣しんいを全身にまとっている。

華麗な細工を施し、中央には碧く輝く宝石があしらわれた白金の首飾りを着けていた。

それはオリンポスの王である証。


蓮華座に立つガイアは憂いの表情を浮かべながら首飾りに触れた。

曼陀羅の外側に控える側近達もまた憂いをにじませて顔を伏せている。

深遠なる宇宙の深さを感じさせる瞳は、目前に控える二人を見つめていた。


一人は白銀の髪に蒼い瞳の男。

端整な甘いマスク。

長い手足に引き締まった体躯。

優しげな印象の青年はオリンポス唯一の軍を率いる、チャリオット[戦士]ソリドール。

もう一人は黒の髪に紫の瞳、額に紅きチャクラを持つ女。

ガイアと同じ白い肌と細い躰。

涼しげな瞳。

唇には薄く紅を差していた。

オリンポス史上最高とうたわれる、メーガス[魔術師]レア。

二人とも白い革の軍服に似た上下に長いマントを羽織っている。

長い髪はそれぞれ彫刻を施した揃いの髪飾りで後ろに束ねていた。


「やはり、避ける事は出来ないのですね…」

ガイアが静かに口を開く。

声には深い悲しみが含まれていた。

レアは顔を上げると真っ直ぐに彼女を見る。

「ハデスの異動宮は日毎に力を増し、オリンポスに接近しています。

 結界を破り、こちらに侵入してくるのは時間の問題です」

その答えにガイアの口から重い溜息が漏れた。



オリンポスに敵対する破壊の民達の王、ハデス。

彼は元々オリンポスの神の一人であったが、破壊と混沌を愛し調和と秩序を憎んでいた。

戦いをもたらすであろう、その思考に危険を感じた最高神達は彼を異空間に封じ込めた。

オリンポスでは殺生は基本的に禁じられている。

その為、ハデスは殺さずに永久に追放する事にしたのだ。

まだ幼かった彼を殺すには理由が足りず、何よりも彼に対しての最高神達の慈悲があったからだ。

だが、ハデスはその慈悲を理解する事は出来なかった。

なぜなら彼の心には慈悲という物自体が存在しない。

あるのは全てに対する強い憎悪、破壊への欲求、殺す事で得られる甘い快楽。

ハデスは閉じ込められた異動宮の中で力を蓄え、同じように破壊と混沌を愛する者達を集めていた。

オリンポスをこの手で滅ぼす。

それだけを望んで…



「彼らには話し合い等は存在しません。

 ただ破壊と殺戮の限りを尽くすのみ。

 もはや戦いは避けられぬかと…」

言い終えてレアは唇を噛んだ。

「ソリドール。

 その場合、我が軍に応戦するだけの力はありますか?」

彼もまたガイアを真っ直ぐに見つめた。

「我々は秩序を守るという名目で造られた形だけの軍かもしれません。

 それでも軍に属する者達はいずれも劣らぬ強き者達ばかり。

 彼らに対抗する力は十分に保有しています」

「しかし…

 彼らに勝てる程の力はない…」

ガイアは憂いの表情を濃くして呟いた。

瞑想の間を重苦しい沈黙が支配していく。

「我らは争いを好まぬ民。

 だからこそ、戦いを経験した事がない。

 戦う事だけが生きる道としてきた彼らに打ち勝つ可能性は低い…」

絶望を言葉にしたガイアにソリドールが堪らず立ち上がった。

「ガイア様。

 それでも、私達は負ける訳にはいかないのです。

 初めから諦める訳にはいかないのです。

 このオリンポスと民達を守る為にも」

ソリドールの強い口調につられ、レアも立ち上がる。

「守る為に。

 勝つ為だけに。

 我らは己の出来うる限りを尽くします」

二人の決意に満ちた言葉と眼差しを受け止め、ガイアは静かに頷いた。

「私がこの様に弱気ではいけませんね…

 民達が不安に襲われる事になる。

 戦いがもはや避けられぬ宿命さだめならば受け入れましょう。

 負ける為ではなく、勝つ為に」

その場に居た全員が強く頷く。

「では、直ちに準備に取り掛かって下さい。

 しかし、まだ民達には悟られぬ様に。

 不安は混乱を招きます。

 良いですね?」

ガイアは曼陀羅の外側にいる側近達に命じる。

「御意」

声を揃えて返事をすると、慌しく次々に瞑想の間を後にする側近達。

その姿をガイアは黙って見守っていた。

「ソリドール、レア。

 来たるべく戦いにあなた方の力は絶対に必要です。

 だからこそ、今は十分に休養を取って下さい」

側近達を見送った後、ガイアは二人に向き直り優しい笑みをたたえる。

「有り難きお言葉。

 それでは私達も失礼致します」

深く礼するとソリドールは背を向け扉に向かう。

だが、レアはじっとガイアを見つめたままで立っている。

「レア、どうかしましたか?」

動こうとしないレアにガイアが問い掛けた。

「ガイア様…」

「何ですか?」

笑みを湛えたままのガイアにレアは口をつぐんでしまう。

「レア?

 どうしたのだ?」

引き返して来たソリドールがレアの行動を不思議そうに見ている。

「いえ…

 何でもありません。

 失礼します」

レアは深く頭を下げると足早に扉に向かった。

再び軽く会釈をするとソリドールが慌てて後を追って行く。

扉が閉まる瞬間、レアは蓮華座を振り返った。

そこには深い哀しみに囚われた王がただ立ちすくんで居た。



一人残されたガイアは、吹き抜けの向こうに広がる外の庭園に視線を移した。

滝が光を反射してキラキラと輝いている。

美しい光景を見ていても、心は少しも癒されない。

いや。

目の前が美しい程、心は薄暗い闇に支配されていく。


おそらく、勘の鋭いレアはこの闇に気付いたのだろう…

隠そうと必死になっても、闇は拭えない。


「全ては私が犯した過去の過ちの結果…

 そのせいで…

 多くの血が流れる…

 罪を背負い、罰を受けるべきは私一人なのに…」


光かららした瞳はこれから起こる戦いを静かに見つめていた。

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