1
「男が何故ここにいるのかしら?ここは王立ルドワール学院。ルドワール王国の至る所から才気に溢れる子どもを掻き集め、その中から更に選りすぐりの天才・怪物たちを輩出する由緒ある学校なの。」
「ああ、どうやらそうみたいだな。しかし、男がここにいると変なのか?」
「はぁ、わかってないわね。この学校はまず卒業するまで全寮制。次に、優秀な人材を世に送り出すとは言ったけど、この時世で才能を秘めているのは女性。そして、この学校は初等部、小等部、中等部、高等部、大学部と進級するけれども、学年が上がるにつれて学年における男子の割合は減っていく現実。言いたいことわかる?初等部に入る以外で男が正門から入る理由がないの。まして、今は入学試験の期間でもないわ。それにあなたはどう見ても初等部に入学するには些か、…いえ、だいぶ成長しているわ。以上の点から、あなたという男がここにいるとおかしい訳なんだけど、いいかしら?」
「なるほど、長々とした説明ありがとう。生憎、俺は初等部に入学しに来たわけじゃないさ。あと、不審者としてもな。」
因みにこの学院の初等部入学年齢は10~12歳までとなっている。
「?じゃあ、この学院の誰かの知り合いかしら。申し訳ないけど、例え血縁者でもこの学校は関係者以外立ち入り禁止なの。立ち去って頂戴。」
「いや、そっちでもない。俺が来た理由は編入試験を受けに来たんだ。」
これは俺が王立ルドワール学院の中等部に編入しようとした際に起きたもめ事だ。随分と懐かしい。正門から入ったら突然女子が大勢で取り囲んできたのは鮮明に覚えている。
さて、鑑定玉の結果、俺の潜在能力が半端ないことがわかったエミリアさんとアランさんによって徹底的に扱かれた。幾度となく死線を彷徨ったが無事に生き延び、心身ともに逞しくなったわけだが、鍛錬も漸く楽にこなせるようになった頃、ある日二人は俺にルドワール王国の王都にある王立学院へ通うように言ってきた。
母であるエミリアさん曰く、
「私たちがあなたに教えることはもうありません。なので、武術、魔術、気術、学問のいずれも盛んなルドワール学院へ通いなさい。」
それで父であるアランさんも
「折角まだ若いんだから、青春を楽しめ。若者の特権だぞ?あ、そうそう、これに拒否権はないぞ。頑張ってこい。」
とのこと。
まぁ、あっちでも学生だったし、特に拒否するものでもないから次の日には王都へ向けて旅立った。家族となったのにたった三カ月もしないうちに離れなければならないのは寂しかったが、着いたら向こうの理事長に渡す推薦状とその間生活に必要なものを詰め込んだリュックを背に王都へたどり着いた。それで、様々な経緯を経て学院へ着き正門から入ったら以下冒頭に遡るわけである。
「……プ、…クク、…アハハハ!何とも面白い冗談をありがとう!さあ、帰って。」
「?何がおかしいんだ?俺は真面目に受けに来たのだが。」
見ると周りの女性たちも笑っているようだ。変なことを言ったっけ?てか、鳥肌が立つから笑わないでほしい。
「あなた、本当に何も知らないのね。いいわ、教えてあげる。この学院は創設123年目を迎える他国でも類を見ないほどの歴史が長い学校なの。」
確かに長いな。
「勿論、入試を受ける人数は毎年数万人、内一万人前後の合格者を出すのだけれども、残念ながら小等部、中等部に上がるに連れその数は激減していくわ。平均で小等部進級時では五千人弱、中等部進級時ではおよそ千人、卒業認定を貰える高等部に至っては入学時は大体五百人、卒業できるのはたった百名程度ね。酷い年は五十人もいなかったそうよ。」
因みに初等部、小等部、中等部、高等部は皆3年間、研究者を目指す者が進学する大学部に関しては4~6年在籍しなければならない。
つまり、入学して三年で半分以下、六年で10%、九年で5%、十二年で1%、要は100人に1人しか卒業できないわけだ。
「それで、話は戻るけど一応才能ある人物は見逃さないのがこの学院の基本理念だから、途中入学と編入を認めているわ。才能があると認められればの話だけど…。途中入学は小等部、中等部入学前に行われる入試に合格したら認められるものよ。こちらは大して問題ないわ。小等部から入る人も多いのから。」
この世界では魔法の才能が開花するのは14歳までらしい。これはアランさんから聞いた。俺の場合は特殊なのでどうしようもないと言われたが。
「で、問題があるのはもう一つの編入ね。編入は中等部の途中入学の時期を過ぎた人が受けるものね。途中入学と違っていつでも受けることができるのが利点なんだけど、こっちはね、近年だともう受ける人すらいないわ。理由はね、百年を超す歴史を誇る学院で編入合格者は二人だけなの。」
勿論例外は存在する。遅咲きと言えばいいか。だが、残念ながら、そういう人は大抵弱い力を発現する。なので、編入は余程の逸材でなければならないのだろう。
「一人は女王で在らせられた現女王の母ミリシア様。そして、もう一人は戦場として荒れ果てたネストアを「奇跡の地」として復活させたことで有名で、稀代の魔女として知られるエミリア様。いずれも後に名を残す人物であることがわかるように、編入は途中入学と比べて遥かに厳しいの。」
…待て。今、さらりととんでもないことを言われた気が…。
「この学院の編入試験に失敗した人物にあのパウル卿がいるのは知ってるでしょ?あの救国の英雄ですらこの学院に入ることが叶わなかったの。まして、男が入ろうとしたところで話にもならないのは一目瞭然ね。わかった?」
「ふーん、そうか。じゃあ、理事長の元へ行くから説明ありがとうな。」
エミリア様って義母か?まさかな~…。あり得そうだ。
因みにパウル卿は勿論女性で、第7次魔物大侵攻の際、故郷を守るために志願兵として戦場に赴いた。そこで、一戦だけで300体を屠り、その際に浴びた返り血を畏怖した者に「鮮血の女傑」と呼ばれ、今は将軍としてこの国にいる。
「そう、潔く帰りなさいな。そうすれば…って、え?」
「別に心配しなくていいよ。受けて失敗したらそれまでの話だから。別に受けちゃいけないわけでもないんだろう?」
「ええ、そうだけど、人の話聞いていた?」
「ああ、聞いていたよ。試験はすごく難しいっていうことは。」
「いいえ、違うわ。私があなたに言ったのは男が編入試験に受かるはずがないから引き返して消え失せろということなの。」
「随分な言い様だな。悪いけど、指図される気はないから。」
「さっきから思っていたけど、あなたは女性に対する態度がなってないわ。まして、この私を誰だと思っての無礼かしら?」
「いや、俺はお前らのこと全く知らん。」
これ、本当。さっきから絡んでくる面倒くさい女たちとしか認識してない。
「…まさか、近頃の男がこれほどまでに愚かだったとは。いいわ、名乗ってあげる。私はエミリー=バラジーナ。バラジーナ侯爵家長女にして王立ルドワール学院中等部二年序列第七位、『薔薇姫のエミリー』とは私のことですわ。…流石にここまで言えばおわかりでしょう?」
「……ああ、あんたがエミリーって名前とこの学院で『薔薇姫』って呼ばれていることは。あと侯爵家?の長女ぐらいか。」
…何だろうか?今、何かが罅割れる音がした気がする。エミリー嬢が肩を震わせている。また、可笑しなこと言って笑わせてしまったのだろうか?
「あ、あ、あなたという人は!」
「?」
心なしか些かお怒りになっている?周りの取り巻きたちも何故か慌てている気がする。
「あなたという人は一体何ですのーーーー!!!!」
彼女が叫ぶと同時に突然地面から槍のようなものが俺に目掛けて突き出された。
難なく躱して、観察してみると、
「茨?」
何か刺々しい草の蔓が伸びていた。