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さて、どうするか。俺は今、宛がわれた部屋に漸く戻ってきてベットに倒れこんで考えに耽っている。エミリアさんは結局、俺が食べ終わったころにやってきた。再三、学習した俺は墓穴を掘らないために食事に関して、
「ご馳走様でした。大変おいしかったです。」
と、賛辞を述べて会話の主導権を握るべく先手を打った。
エミリアさんはというと、一瞬キョトンとした後、
「口に合って何よりだわ。ありがとね。」
と、微笑んでくれた。
そこで透かさず最初の部屋へ戻ることを提案し、無事に何事もなくベットに横たわっている訳である。そして、俺は今、今後の身の振り方について悩んでいた。
なんというか、今日一日を振り返るとドクトリーナ夫妻とは所々話が噛みあってない。まず、名前についてだ。貴族がどうたらこうたら言っていたが何のことだろうか。まさか、苗字は特権階級にいる人々しかつけられないとか?それこそ、江戸時代の平民と武士の差別化でもあるまいし。
そもそも、彼らが日本を知らないのが俄かに信じられない。さっきまで話していたのは間違いなく「日本語」である。外見からして、日本人とまでわからなくともアジア圏の人だとわかるはず。日本語で話していれば、目の前の青年が日本人であることには気づくだろう。しかし、彼らは日本はおろか、アジア圏の国を挙げることなく知らないと答えたのだ。これが何を意味するのか、俺にはサッパリ見当がつかない。そもそも、俺がいる場所がどこなのかわからない。最初、アランさんたちは外国の資産家か何かで、俺は彼らの日本にある別荘に連れて来られたと考えていたのだが、辻褄が合わなさ過ぎる。部屋に戻る途中、窓の外を眺めたのだが夕日で赤く染まる草原が視界一杯に広がっていた。こんな景色がある場所が日本に存在するのだろうか?考えれば考えるほど、底なし沼に沈んでいくような錯覚に陥る。
明日、聞くか。ここは何処だとか、今後の俺の身の振り方だとか。ドクトリーナ夫妻は初見の俺でも親切にしてくれていた。そこまで悪い扱いはされないだろう。今日はもう寝よう。
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「ふむ、トシヒデはここがどこかわからない、か。」
「ここはネストアってところよ。」
「???」
はて、そんな国や地域名はそもそも地球上にあっただろうか?今、アランさんとエミリアさんに今後のお話と質問をしている。
「その顔を見る限りわからなさそうだな。ここいらは他国でも有名な場所なんだがな。」
「はぁ、そうなんですか。」
「だめね。ここら辺は昔、といってもほんの5、6年前なんだけど血を血で洗う戦場だったのよ。それも泥沼化していて、辺りには青草一つすら生えなかったと言われるぐらい激戦地だったの。」
「え!でも、今はそんな跡も見当たらないぐらい草が繁々と生えてますよ。それに、所々5、6年程度では成長しない木だって立派に立ってますけど?」
そもそも、現代の地球上にそんな危険地帯なんぞあったか?そんな血みどろの戦争があれば、ニュースにもなっているはず。なのに、一切聞いたことがないのは何故に?
「だから、ここ、ネストアは有名なの。草木が立派に青々と生い茂った奇跡の土地であると同時に、ある魔女一人の力によって停戦を余儀なくされたその両国にとっての因縁の地でもあるわ。因みに、こんなにも草木が生えているのもその魔女が停戦記念に再生魔法を使って復活させたからなの。」
ん???今、なんて?聞き間違いでなければ再生『魔法』って言ってたような…。
「そう、ここら一帯は魔法によって戦争後とは思えないぐらい自然に恵まれ、戦争の終結を待ち望んだ人々にとっても停戦を齎したことから『奇跡の地』と呼ばれ、尚且つ両国に対して自分一人で戦争を終結できることをその魔女が誇示した『威風の漂わす地』とも言われているわ。」
聞き間違えではなかった。マホウって、あの時空やら物理法則やらを捻じ曲げて願望を具現化させる、あの魔法?いやいや、そんな馬鹿な…。
「因みに、エミリアさんは使えるんですか?」
「ええ、もちろん。見せてあげましょうか?」
肯定として首を縦に振る俺。てか、更に驚きなのが、エミリアさんの口調からすると魔法は当たり前の存在っぽい。なんか怖くなってきた。そう思っているうちに、エミリアさんは何か呟くと掌の上で野球ボールぐらいの大きさをした炎の球体を何処からともなく出現させた。それだけでなく、球体から四角形、三角形と形を変えていく。そして、最後に窓の外に発射する。狙いは庭に生えている雑草。当たると大きな爆発音が鳴り響き、屋敷がやや揺れる。あとに残っていたのは、一部がガラス化した地面と黒く焦げた地面だけだった。草は消し炭すら残らず、たまらず俺とアランさんは腰を抜かしてへたり込んでいた。
「あら?加減を間違えたみたいね。ちょっと、強すぎたわ。」
寿命が縮む思いをするから、こういう時に限って茶目っ気を見せないでほしい。
「ちゃんとしたの撃つからもう一回していい?」
追撃の天然ボケも結構です。アランさんも諦めたように首を縦に振らないでください。GOサインなんて出したら死んでしまいます。感情とかが。
それで、別の驚きが先行したがどうやら今のあれが『魔法』だ。威力が想像を遥かに超えていたが、想像の領域でしか存在しえなかった『魔法』が目の前で使用された。細かい理屈とか抜きにして俺は興奮していた。
「で、ここからが本題なのだが…。」
ん?ああ、俺の処遇についてですね。エミリアさんも魔法を止めてこっちに向き直っている。
「君は一体何処から来た?」
「……?東京ですけど?」
「どこの国だ?」
「え?日本ですけど?」
「………聞いたこともない国だ。地図上であれば、大体でいいから何処に位置する?」
「…東ですね。『極東』と言われるぐらい東に位置してますよ。周りには韓国や中国が近隣国として存在してます。」
「……トシヒデ、残念ながら君の言うことはあり得ない。」
「え?何故ですか?」
「その『極東』やらなんだが、トウキョウも二ホンもカンコクもチュウゴクもありとあらゆる地図の上には存在していない。地方の方言であればまだしも、君には教養がある。初対面の人物に共通名を言わず、地方の独特の言い回しをするとは思えない。だが、君がここらの出身ではないのは今までの行動を見れば明白だ。仮に、君が東の方から来たとしてどうやって大陸中央部から西方にあるこのネストアに来たのか?そもそも、我々より魔法の研究が盛んな東国出身の君がたかが初級魔法が存在することに驚くはずがないし、このネストアという地を知らないはずがない。
こうして疑問を挙げればキリがない。だからこそ、君は一体『何処』からやってきた?」
「こんなことは言いたくないんだけど、当然隠し事や言動が怪しい人を信用できないの。場合によっては犯罪者として騎士や衛兵に引き渡さなければならないかもしれない。だから、正直に話して。トシヒデちゃんは『何処』から来たの?」
「俺は……。」