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そして、試験日の翌日、要は今日ってことだが、俺は数々の転校生が歩んできた道を踏み出そうとしている。
すなわち、編入するクラスへの挨拶等を目前に控えている。
俺が配属されたクラスは一組、この学院は各組ごとの戦力をできるだけ均一に保とうとしているため、クラス自体に何かしらの意味が込められているわけではない。つまり、組順が成績順という制度は存在せず、むしろクラスごとに優等生と劣等生が存在する。ただ一つの例外を除けばの話だが…。
その例外とはS組の存在である。俺が在籍する学年では通常クラスが1~15組まで存在するのだが、別枠として特別クラス、所謂S組が存在する。これは特段、珍しいことでもなく各等部、各学年ごとに設けられている。
このクラスは名の通り特別で、特に成績が優秀とされる生徒が最大10名まで配属される少数精鋭クラスである。
現在中等部二年は在籍者700弱の内、Sクラス所属者は満員の10名である。この数字は例年から見ても明らかに多いらしく、学院関係者の間では豊作の年といわれているようだ。なんでも、Sクラスはお眼鏡に適う事が出来なければ0人ということも珍しくないらしい。
まぁ、与太話はここまでにして、問題が一つある。クラスに、いや、俺が所属する学年には男がいない。つまり、一組は勿論、中等部二年は男子が存在せず、所属している者は皆女子であるということだ。
これの何が問題なのか。すなわち、友達ができる気がしない。実はルックスは悪くないおかげで女子と話す機会はあっちでも多かったのだが、これといって仲のいい異性の友達を持ったことがない。悪友のせいで誤解されがちだが、俺はこう見えて異性と話すのがあまり得意じゃない。本当だ。さっきも言ったが仲の良い女友達はいなかったし、まして恋仲になった人もいない。どうにもわからないんだ。女子の感情というものが。
だから、担任が「編入生を紹介します。」と言った時に盛り上がる様や俺が教室に入って行ったときに嬉しいのか怖いのかわからない悲鳴を上げる様を見ているとどう反応すればいいのかわからない。ただ、幸い担任はクラスが色めきたってもお構いなしにHRを続けてくれたので、一応自己紹介に集中すればいいと落ち着いていることができた。そして、ついに俺の出番が回ってきた。
「それではカワヒラ君。自己紹介をお願いします。」
「はい。」
俺は息を軽く吸い込んで変に力んでいないか確認した後、教室を見渡す。当然女子ばかりで全員が興味津々と身を机の上に乗りあげんばかりに前屈みになっているが、俺自身そこまで緊張はしていないようだ。
俺は笑顔を作り、クラスメイトに自己紹介を行う。
「みなチゃッ!………。」
早速噛んだ。
「「「「「「「「「………………っ!!」」」」」」」」」
クラスにいる女子皆が必死に笑いを堪えて俯いている。鳥肌が立ったので間違いない。今すぐにでも逃げ出したい気分だが、誰にでも失敗はあると言い聞かせて思い留まる。どうやら、思うより随分と緊張していたようだ。挫けるな!俺!今度こそ落ち着いて、同じ失敗をしないように、大きく息を吸って――
「すみません、みなチゃッ!………。」
「「「「「「「「「………………ぐっ!!」」」」」」」」」
今、俺の顔はトマトよりも真っ赤になっているはず。鳥肌もさっきより酷く立っている。
とにかく、今この場から逃げ出して一週間ほど寮に引きこもりたい。俯きながら俺はどうにか羞恥心と格闘して心の平穏を取り戻そうと試みている。
一瞬の間にどうにか羞恥心を押し込んだ俺は恐る恐る顔を上げる。クラスメイト達は俺から顔を背けて肩を震わせている。縋るように担任へ目線を向けると、担任は俺に頑張れと口パクで伝えてきた。必死に笑いを堪えるあまり、肩は疎か全身が震えているが。俺がそれでもまだ見ていると、担任は限界が来たのか、顔を背けて口を手で押さえた。
俺は恥辱に塗れた気分だったが、歯を食いしばり強引に笑顔を作って自己紹介を震え声で続ける。
「み、皆さん。に、二度もすみません。トシヒデ=カワヒラと申します。学院での生活は初めてですので、色々と厄介になるとは思いますがどうぞよろしくお願いチまちゅッ!……くっ!!」
「ま、待て!!」
震え声でイントネーションやらアクセントやらガン無視してまでどうにか自己紹介をしたのに、最後の最後で語尾を噛んだ!それも二度!!
俺は何もかもかなぐり捨ててこの場を脱するために本気で教室のドアへ駆けだした。が、逸早く俺の逃亡に気付いた担任に回り込まれ、脇をすり抜けようとしたところを見事に足を刈られ、地面に伏したところで背中に乗られ確保された。だが、何もかもを犠牲にしてでもこの場から逃げ出そうとする俺は気術を使って最大限の身体強化を施し、担任の拘束を無理やりにでも解こうと足掻いていた。
「お、おい!誰か、こいつが落ち着くまで一緒に押さえつけてくれ!」
担任も火事場の馬鹿力まで発動している俺を押さえ続けることに無理を感じたのか、生徒に助力を頼んだようだ。俺の知ったことではないが。とにかく離せ!俺はおうちに帰るんだ!!
そんなこんなで落ち着き、席に案内された俺はHRが再開してからずっと机に突っ伏している。
「えーと、知っている者も多いだろうが、カワヒラ君は編入試験に合格するほどの腕の持ち主であり、この学年で唯一の男子生徒となったわけだが、決して悪い奴じゃないのは明らかなので誰でもいいから仲良くしてやれ。以上!」
HRが終わったようだ。担任からフォローを貰ったようだが、どうしてだろう?全く嬉しくない…。今すぐ帰って寝よう。一カ月ぐらいふて寝してやる。
「ねえ?ちょっといいかな?」
そんな残念な決意をしている俺の頭上から声がかかる。俺はこの世の人生が終わったかのような澱んだ目を上に向ける。そこには天使のような微笑みを携えた美少女が俺を覗き込んでいた。一旦落ち着いた肌がまた粟立つ。
「大丈夫?」
大丈夫なら机に突っ伏していないし、不登校を決意したりはしない。だが、折角声をかけてきてくれたのだ。無碍に扱えばそれこそ学院生活は終焉を迎えるに違いない。俺は頑張って笑顔を作って返事をする。
「ああ、どうにか…ね。」
「ふふ。凄い変な顔。」
今ので凄く傷ついた。ただでさえ傷心している男の心を笑顔で抉りやがった。
俺はアホなことだとわかっていながら顔をもう一回机に沈める。
「あ!今のは別に馬鹿にしているわけじゃないんだよ?!本当だよ!だから顔を上げて!!」
彼女の必死な声を聴いて、渋々、俺はまた顔を上げる。
「ごめんね。今のは別にカワヒラ君を馬鹿にしているつもりはないんだ。本当に酷い顔していたからつい。」
この子、またサラッと心に刺さるようなことを…。
「い、いや、今のも違うよ!ほら、折角かっこいい顔しているのに、そんなやさぐれた顔するのは勿体無いと言うか、あはは、私何言っているんだろう…。」
俺が結構不機嫌になっているのを察知して、彼女は言い訳をしているがしどろもどろになりつつある。これ以上は彼女の好意を無駄にしかねないので、不機嫌さを引っ込める。
「ごめん。折角話しかけてくれているのに、こんな態度は失礼だったな。」
「い、いや、いいんだよ。私も多分同じことをしていそうだから。」
この子は悪気がないんだろう。人当たりの良さを感じる。
「で、話っていうのは何だ?」
「えっと、カワヒラ君。この学院、初めてでしょう?それに男の人だし。だから、もし困ったときに頼れる人がいないんじゃないかなって思って。このクラスの委員長でもある私で良ければ、アドバイザーになってあげようかなって思ったんだけど…、迷惑かな?」
俺はその言葉を聞くや否や、手を擦ってちらちらこっちを窺う彼女の手を両手でとって顔を近づける。
「ひゃっ!!」
「本当か!?本当にアドバイスしてくれるのか!?」
「え、えっと…う、うん!」
俺はその言葉を聞いた途端、彼女の手を上下に振りながら彼女に愚痴を零す。
「いやぁ、助かった。その点に関してどうしようかなって考えていたから本当に助かる!」
「そ、そうなんだ。…あの、できれば手をはな…。」
あ!俺としたことがまず言うべきことを言い忘れていた。
「ありがとうな。えっと…、ごめん、名前を聞いていなかったな。」
「うぇ?ええ、えっと、フローラ=ブランシャール…。」
俺は手を振るのをやめて、彼女の顔をしっかり見て満面の笑顔で言った。
「そうか。ありがとう!フローラ!」
「……………。ハッ!ど、どういたしまして…?」
何故か俺がお礼を言った後、フローラは呆けていたが直ぐに意識を取り戻すと言葉を返して、すぐさま顔を背けた。よく見れば、耳まで顔を真っ赤にさせている。やっぱり、アホやらかした残念な男に恥ずかしい思いを我慢して、委員長という立場から頑張って俺に話しかけてきてくれるなんて…。この子、マジで天使だ!




