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「フフフ、本当に一体何なのでしょうね?あなたという人は…。ここまで虚仮にされたのは初めてですわよ。知らないというのなら、二度とそんなことが言えないぐらいに私の恐怖をその体に刻み、いえ刷り込ませばいいだけですわね。ボロボロに負かすだけでは足りませんわ。惨めな姿を街中に晒すのはどうかしら?」
いつの間にか十数本に増えた茨の鞭に囲まれて、エミリーさんとやらは物凄く興奮、いや狂乱していた。
正直に答えただけなのに、何が一体気に食わないというのだろうか?あと、前々から思っていたのだが、俺が会うこの世界の女性は少々癖が強い人が多い気がする。ああ、変な笑みが見えたせいで鳥肌が…。
「その澄ました顔をぐちゃぐちゃした泣き顔にするのもいいですわね。どう料理してやるか、考えただけでもこの胸の疼きが止まりませんわ。」
ごめん、訂正。凄く癖が強い。Sで変態で頭おかしいとか、彼女が見惚れるほどの美少女であっても相手にできない。誰か助けてほしい。
「フフ、では処刑開始ですわ。覚悟!」
そういうと同時に十数本の鞭が俺に目掛けて振るわれた。仕方なくドクトリーナ夫妻に徹底的に鍛えられた魔術を展開させようとした時だった。
「何をしているの?エミリー。」
「!!ヘ、ヘレン様!」
鞭が目の前で急停止し、地面の中に帰っていく。
「何をしていると私は言ったんだけど?」
「も、申し訳ございません。只今、男の不審者が正門から堂々と侵入したのを感知したので、事情を問い質したところ、貴族家を蔑ろにするので制裁を加えようとしたところです。」
「そう、彼はなんて言ったのかしら?」
「私が侯爵家の長女で名前がエミリー、学院で『薔薇姫』と呼ばれているのを初めて聞いたと」
「…別にあなたが制裁しようとする理由や経緯については聞いていないわ。私が尋ねたのは彼が何故ここにいるのかということよ。」
「申し訳ありません。彼の者はここの編入試験を受けに来た模様です。戯言が過ぎると思い追い返そうとしたところ…。」
「エミリー。」
「ひっ!も、申し訳ございません。」
「同じことを何度も言わせないで。」
よくわからんが、助かったというべきか。しかし、一睨み利かせただけで震え上がらせるとか、この人は誰だ?まぁ、兎も角助けられたのは事実だからお礼ぐらいは言わないとな。
「なんだか、わからんが助かった。あり……」
「で、こいつが件の男?」
聞いちゃいない…。
「はい、その通りです。」
「フーン、ねぇ?あなた、本当に編入試験受けるの?」
「ああ、推薦状もあるが何か問題でもあるか?」
「…そう。………。」
「………………。」
「………………。」
「「「……………。」」」
なんだ、この空気。編入試験受けに行っていい?てか、俺をそんなに見つめるな!
「じゃあ、俺は編入試験を受けに行くので。さようなら。」
「…そう。………。」
行っていいよな?行くぞ?行っちゃうぞ?行くからな?
彼女たちに背を向け校舎に歩く俺。だが、その歩みは僅か5歩だけで終わる。
「なあ、なんでお前らまで着いてくるんだ?」
「校舎がこっちにあるから。あなたが意識過剰なだけ。」
「そうですわ。これだから男は。」
「…そうか、悪かった。」
絶対に怪しいが知らぬ存ぜぬで通すみたいだから挑発にも乗らないし、さっさと謝って歩き出す。
気にしたら負けだ。
前言撤回。現在、俺はソファーで蟀谷を押さえている。
「君らの教室はここなのか?違うよな。ここは理事長室だよな。なんで、お前らも一緒になって紅茶飲んでいるだよ…。」
「偶々理事長室で紅茶を飲みたくなっただけ。そう、偶々あなたが先に入室して紅茶飲んでいただけ。」
「そうですわ。これだから男は。」
「ええ、まぁ、別に紅茶を飲みに来ようが単に理事長室に来ようが私は構わないのですが、」
いや、そこは構えよ。てか、薔薇姫のエミリーさんも何チャッカリ座って紅茶を飲んでいるんだ…。
「今は大事なお話がこの男の子とあるので、席をはずしてくれませんか?」
「……、これは失礼しました。エミリー、引き上げ。」
「はっ、了解いたしました。では、理事長様、失礼いたしました。」
そう言って、出ていく二人。因みに薔薇姫の取り巻きはここに来る前に解散済みである。
本当に何しに来たんだ?あの、ヘレンって少女、さっきからこっちをチラ見していたし、侯爵家の長女を従えているし、一体何者なんだ?
「さて、本題に入りましょうか。」
紅茶を机に置き戻すと、理事長が切り出す。
「それで、あなたは編入希望者ということで間違いありませんね?」
「はい。推薦状も頂きました。是非とも、貴校の試験を受けさせて下さい。」
理事長に頭を下げて、推薦状も渡しておく。
「頭は下げなくて結構ですよ。編入試験は何回でも誰でも受けることはできますから。大抵、一回で終わりますが。」
実質、一回で合格するか諦めるということか。
「さて、編入試験についてですが、丁度いいことに私が暇なので今から行いましょう。」
…眼前にある執務机に積み上げられた書類の山々を尋ねたら負けだろうか?
「準備の程はよろしいですよね?」
「はい、できています。」
「当然のことですが、ここに来た時点で試験は始まっているんですよ。申し込む前からね。実は編入を受けに来た受験生の約9割がここで落とされています。勿論、あなたは難なく通過ですけどね。当然ですよね、何が起きても対応できるように常日頃から準備するのは。ここは学校ですが、卒業生の進路先を見ればどんな学校か一目瞭然ですからね。…おっと、無駄話が過ぎましたね。では、行きましょう。」
ここは王立ルドワール学院。健全なる学校教育を謳っているが、実際は半ば軍学校である。卒業生の主な就職先は軍関係。学年が上がるにつれて、選択式であるものの、多くの生徒は戦闘関連の講義を受講するようになる。この学院は国が優秀な人材を囲い込むために設立されたと言っても過言ではない。例外は一部あるが。
因みにこの情報は王都に着いてから自分で集めて導き出したものでもある。どうやら、理事長の態度や言動からそれが大方間違っていないのは明らかだ。正直に言うと、行きたくない。ただ、行かないと義親に何をされるかわからないので、泣く泣くここに来た。が、しかし、もう帰りたい。さっきの出来事だけでお腹一杯で、男というだけで無条件に迷惑が舞い込んできそうな雰囲気がたっぷりする。誰か助けて。




