王都へ(2.ケルク村)
麓の山の獣道を歩いてケルク村へと向かう中、何やらエドさんが亜空間を探っている。
空中に出来た奇妙な亀裂を覗いてごそごそやっている姿はなかなか面白い。
私にも出来たらよかったのに。
「よし、これだな」
エドさんは懐中時計のようなものを取り出した。
「懐中時計?」
「そうだ、時計がないと不便だろう。持っておくといい」
「ありがとうございます!」
さらに、エドさんは何やら紺色の布のようなものを取り出した。
「街に入る前にこれを被っていろ」
渡されたのはローブだった。
「えっ、なんで?」
せっかく紛れられるようにリリアーナもどきになったのに。
「その姿は…まぁ、この世界の人間に見えるが、んー、余計なトラブルを招くかもしれん」
エドさんは、ちょっと言いにくそうに答えた。
まぁ、目立たないに越したことないもんね。私は素直にローブを被った。かなり大きく、くるぶしくらいまである。逆に変じゃない?
あ、エドさんの匂いがする。
私がフードをかぶってフガフガしていると、
「臭いか?クリーンはしているのだが…」
と、ちょっと心配そうにする。
「だいじょぶです」
エドさんが心配するから今度から音を立てずに嗅ごう。
ケルク村は、中世ヨーロッパの農村のような感じだった。ただ、村人が着ているものの時代性も地域性もまちまちだ。基本的に男性は足首が見えそうなズボンに襟付きのシャツ、ベストで、女性は足首が隠れるワンピースにエプロンだ。他にもTシャツのようなものを着ている人や、カウボーイのような服装の人もいる。
エドさんは有名人なのか、よく挨拶されていて、村人は私をジロジロ見ているようだ。やっぱりこのローブおかしいと思うんだよね。
エドさんは、村の中で明らかに異質なお屋敷前で足を止めた。村長さんの家かな?
「エドワード・オールウィンだ。ダリウス・マクファーレンの使いの者はいるか?」
門番のおじさんにそう聞くと、おじさんは少々お待ちくださいと言って中に入っていった。
あまり待たずに、屋敷の扉が開く。
「エドワードさま、お待ちしておりました」
執事さんらしき人が出迎える。
エドワードさんが堂々と入っていったので私もその後に従う。あ、人様の家に入ったらフードは取らなくちゃね。
私がフードを取ると、すれ違った若い女中らしき人がポカーンと私の顔を見る。
リリアーナもどきの威力すごいな。
もうちょっとカノンを出せないか、あとでリリアーナに聞いてみよう。
「こちらへどうぞ」
応接室に通される。
「エドワード!久しぶりじゃないか!」
入るといきなり両手を広げて満面の笑みでエドさんを迎える人がいる。年の頃はエドさんと同じくらいで茶色がかった金髪。少し目尻が下がっていて軽薄そうな印象を受けるが鍛えられた体が彼の雰囲気を引き締めている。
「…ダリウス。仕事はどうした」
エドさんはちょっと嫌そうにしている。使いの人じゃなくて、本人なのね。
「君のせいで僕の仕事が増えたからね、ちょっと文句を言ってやろうと思ってね。」
ダリウスさんは満面の笑みだ。
そして、後ろにいる私に気づいた。
「あれー、君は?もしかしてエドワードの恋人かな?エドワード!君にもついに春がやって来たか!しかもこんなに若くて綺麗な子、どこで引っ掛けたんだい?」
ダリウスさんはエドさんの背中をバシバシ叩きながら愉快そうに言う。
「恋人ではない。これは私の強化魔法師だ」
ムスッとしてる。これって言われた。
「初めまして、ダリウス・マクファーレンです。ダリウスって呼んでね、お嬢さん」
ダリウスさんはそう言って私の手を取ってキスしようとしたが、エドさんが払った。
「は、初めまして、カノンといいます」
一ノ瀬花乃と言うのはやめといたほうが無難だろう。私にしては気が利いてるぞ。
「へー、カノンちゃんね」
払われた手は気にせず、ニコリとこちらを向いて言う。エドさんと違ってノリの軽いイケメンみたい。
「早速だが、飛竜の卵だ。確かめてくれ」
エドさんは一刻も早く用をすませたいみたいで、卵2つをダリウスさんに押し付けた。
「せっかちだなぁ。確かに、飛竜の卵2つだね。じゃ、ギルドカードに報酬を振り込んで置くよ」
ダリウスさんは、なにやら薄い銀色の金属板を取り出して操作する。
エドさんも、同じサイズの薄い赤褐色の銅板のようなものを取り出して操作する。
「確かに、受け取った」
そう言ってカードをしまい、嫌そうにダリウスさんに言う。
「気になることがあって、王立図書館を使いたいんだ」
「へぇ、禁書?」
「まぁ、そうだ」
「ふーん」
ダリウスさんは面白そうにエドさんを眺める。エドさんはしかめっ面だ。
「君は無理だよ」
「分かっている。カノンだけでいい」
エドさんは少し心配そうに横目で私を見ながら言った。
「うーん。まぁ、当てがないことはないけど。」
今度は私の方を見る。
「とりあえず、私たちは王都に向かうから、何か案があれば連絡してくれ」
エドさんはダリウスさんから庇うように私の前に立つと、そう言った。
「では、またな」
そっけなくそう言うとクルリと私の方に向き、私を押し出す形で部屋から出ようとする。
「本当に君はせっかちだなぁ」
ダリウスさんは後ろでハハハと笑っている。
「お帰りでございますか?」
部屋を出ると、ワゴンにお茶などを載せた給仕の女性が目を丸くする。
これからお茶を出そうとしていたのだろう。無駄になっちゃって申し訳ないな。
「申し訳ない、急いでいるのでこれで失礼する」
エドさんに腕を引っ張られながらお屋敷を後にする。屋敷から出て、エドさんに聞く。
「あの人が王都にいる古い友人?」
「そうだ。いや友人でない。ただの腐れ縁だ。くそっ、あいつがああいう感じで笑う時はいつも何か企んでいるんだ」
エドさんは忌々しそう。
「腹黒そうな人だったね」
「まさに、腹黒だ」
エドさんが力強く言う。
「ただ、あいつは無理を通すのが人一倍得意な凄いやつだ」
「だから頼ったんだね」
「まぁ、報酬の請求もすごいがな。しかし、とにかく服屋だ。カノンの格好をなんとかしなければ危険だ。あいつも見透かすような目で見ていた」
エドさんは服屋目指してずんずん歩く。
“ねぇリリアーナ、この容姿、リリアーナに似過ぎて綺麗すぎて厄介なんだけど、もうちょっと普通にならない?”
根本的な解決を狙う。
『えっ、無理よ!だって一番精神を反映した見た目だもん!これ以外なんて、私の精神が揺れちゃうわ』
リリアーナは無理無理って感じで言う。
“うーん、そっか。なんか、皆を騙してるみたいで悪いんだけど、実際騙そうとしてるんだからしょうがないか。”
『あのね、ベースはカノンなんだから、気にしなくていいのよ!』
リリアーナが力強く言う。
“ありがとう、リリアーナ”
原型ないけどね。うん、気持ち切り替えて、元の世界に戻るまで美女ライフを楽しもう!
服屋に着くと、店員のおばさんが目を丸くする。
「エドワード、すごい美人じゃない!あんたも隅に置けないねぇ!」
大きな声でそう言う。
「いや、彼女は強化魔法師なんだ。断じてそういう関係じゃない」
エドさんが堅い口調で言うと、
「そんなこと言ってるからいつまで経っても女房が出来ないのさ。見た目はいいのに勿体無いねー。さ、お嬢さん、どういった服が入用かい?」
おばさんがカウンターからのしのし出てきて私に優しく話しかける。
「形態可変布で作った装備一式があっただろう。あれと、その、寝間着や日用品の服が欲しい」
「まぁ、あんなセンスの欠片もない服ダメダメ!!この子に似合う魔法師用の衣装があるよ」
おばさんは、何バカな事を言ってんだいと呟きながら、腰を紐で絞るタイプの長袖ワンピースを取り出した。
「これはシルクワームで織られたものだから、寒さにも暑さにも強いよ。若草色で、お嬢さんにピッタリ。両サイドのポケットは空間魔術で拡張してあるからね。あと、このロックタートルの皮で作った編み上げブーツを履けば完璧!こんな辺鄙な村に来る冒険者は男ばっかりだから街の店に渡そうと思ってたんだけど、お嬢さんが来てくれてよかったよ」
おばさんは上機嫌に笑いながら私に服を当て、満足そうに頷いている。
「エルダ、彼女にあうローブもくれ」
エドさんは仕方ないと言わんばかりの顔つきだ。
「まーこんな男物のローブ着させて、いくら人に見せたくないからって、これは無いよ。独占欲の強い男は嫌われるよっ。さっ、この白いローブを着てみてごらん。これは火の魔術耐性つきだよ」
白いローブはアンゴラのような手触りですごく気持ちいい。
「すてき」
思わず呟くと、
「そうだろうそうだろう、野暮なエドワードの言う通りの服なんか着ちゃダメだよ!」
と言った。
それから寝間着やら下着やらあれこれどっさり買ってもらって服屋を出た。
「エドさん、ごめんなさい。私が目立たないようにしてくれてたのに、おばさんにいっぱい色々言われて…」
「いや、彼女のあれはいつもの事だ、気にしてない。ここは辺鄙な村だが、堺の大山脈の麓ということもあって色々な冒険者が来るから目が肥えているし気も強いんだ。」
ちょっとげっそりしたエドさんが言った。
「あと、このお金、絶対お返しするんで、しばらく借りることになりますけどごめんなさい」
エドさんは笑って
「まぁ、そうしたいならするがいいさ」
と言った。
私は可愛い白いローブのフードを目深にかぶってルンルンだ。エドさんの匂いがしないのは残念だけど、可愛いものを着るとテンション上がるよね!実は、どうやってお金を稼ぐか考えたんだ。
「エドさん、ギルドに連れてってください。私も冒険者になります」
読んでいただきありがとうございました。