王都へ(1)
飛竜の巣はものすっごい切り立った崖の側面にあった。
「じゃあ、行ってくる」
そう言うと、エドさんはがしがしと岩肌を掴んで降りていった。30メートルくらい下にある巣まで行くとまたがしがしと登ってきた。私はそれを匍匐前進の姿勢で顔だけ崖に出して見守っていた。
「ただいま」
ヒョイっとこっちに戻ってきたエドさんは、オープンと呟いて飛竜の卵2つを見せてくれた。実物は思ったよりずっと小さく、20センチくらいだ。
「案外小さいですね」
「飛竜は成長速度がすごいのだ」
そう言いながらエドさんは卵をしまう。
その四次元ポケットみたいな魔術、いいなー。
エドさんの後ろに付いて下山しながら私はリリアーナに尋ねた。
“リリアーナ、私も魔術って使えるの?”
『無理じゃないかしら。異世界から来た私たちに魔力は無いの。笛を使うのは、空気中の魔力を取り込んで使うためよ』
ショック!!!
『でも、防御力とか攻撃力とか、元々持ってるものなら強化できるから、死なないとは思うわよ。私は弓を使って、命中率とか威力とか範囲とか強化して無双してたわね』
“なるほど!そんな事も出来るんだ!”
『うん、最初に私の記憶全部カノンに流したんだけど、いきなり入れすぎて入りきらなかったから最低限残して消したのよね。これからちょっとずつ教えていくわね。多分役に立つわよー。』
リリアーナは楽しそうに言って私の頭に弓術の記憶を流し込んだ。
その情報量に、倒れないまでもフラッとして座り込む。
「カノン!どうした?」
その気配を察してエドさんがすぐに助け起こしに来る。
後ろに目があるのか。そしてまぁまぁ過保護だね。ちょっと嬉しい。
「大丈夫です。リリアーナから、弓術教えてもらいました。多分これで私も戦えます」
頭が痛いので上手く笑えないけど、ヘラっと笑ってみる。
「それはいいが、こんなところでフラフラになったら危険だから、そういう事は安全なところでしてくれ」
そう言うと、エドさんはため息をついた。おっしゃる通りで。
「ごめんね、次から気をつけます」
ふうっともう一息吐くと、エドさんは私を小脇に抱えた。
「うわっ、エドさん、私歩けます!大丈夫です!」
これじゃあまるで荷物だ。
「フラフラなのは見て分かる。そんな状態で歩いて足を踏み外してどこかに落ちでもしたらその方がまずい」
「本当にごめんなさい…」
申し訳ない。
「とりあえず、筋力強化と体力上昇と体力消費減少かけますね」
荷物状態でぐでーんとしながら、シャーンと笛を吹いた。綺麗な音。
「ありがとう。ハハッ本当にすごいな。カノンの重さをまるで感じない。」
エドさんが私を抱えて駆け下りるように下山する。
『そんな持たれ方でいいのー?女の子なのにー』
頭の中でリリアーナの不満気な声がする。
“いーの、この持たれ方が多分一番マシだと思う”
リリアーナは、まぁまぁカッコいいけど女の子の扱いがなってないわ、とか言ってプリプリしてる。
「ねーエドさん、下山したら具体的にどうやって王都に行くの?」
「まず、この麓のケルク村に依頼主の使いが居るから飛竜の卵を渡す。そして、そこに泊まって王都を目指す。西方の中心都市ララドに私の騎獣がいるから、あれに乗ればだいぶ早く王都に着くだろう」
「分かりました!ケルク村って弓売ってますか?」
「冒険者ギルドに行けば売っているだろう。あまり良いものは無いだろうが…」
「たぶん、普通の弓で大丈夫です」
「あとは、その見た目だな。ここら辺では見ないから、少しリスキーだな。召喚した者もカノンを探しているだろうし」
確かに。
“リリアーナ、何とかならない?”
困った時のリリアーナ。
『んー、私っぽくならなれるかもね。精神統合率上昇させてみて。今、私とリリアーナの精神は繋がってるから、精神の肉体に対する影響力を増やしたら、私の見かけもブレンドされるかも。』
変な感じにブレンドされたら怖いな。
“リリアーナ、普通の強化魔法は効果時間1時間くらいだけど、これももって1時間くらい?”
人前で解けたら大変だもんね。
『なんでか分からないけど、自分を強化したら最低でも12時間はもつのよね。不思議』
リリアーナ、それも早く言っといてくれ!
“分かった、ありがとう”
「エドさん、もしかしたらこっちの人っぽくなれるかも。ちょっと降ろしてもらっていい?」
「ここはまだ危険だからダメだ。麓付近の安全な場所でやってみてくれ」
エドさんは過保護。
3時間くらいして麓付近に着いた。途中、フラフラが落ち着いたので私も筋力や体力強化してみたら、すっごいスピードで歩けた。身体がすごい軽いし、疲れない。ただ、エドさんにはついていけなかったから速度上昇も加えた。
「じゃあ、やってみますね。リリアーナの見た目と私の見た目が混ざるみたいなんで、もしかしたらヤバいのが出来るかもしれません。そしたら12時間は解けないので、もし許容範囲を超えた見た目になったら今日はここで野営してもらっていいですか?」
「問題ない。」
エドさんは腕を組み、興味津々といった様子でこちらを見ている。
「じゃ、吹きます」
シャーン
私の体が一瞬ブレたが、すぐに安定した。
ちょっと目線が高くなってる。
「どーなってます?あの、鏡ってありますか?」
エドさんはマジマジと私を見ている。
「あの、エドさん?」
「あぁっ、すまない。オープン」
エドさんは鏡を出してくれる。
見ると、そこにはフランス人形みたいな顔があった。私の要素は、丸い目とヨーロッパ系にしては少し低めの鼻と、輪郭ぐらいかな。髪はミディアムロングの緩くカールした金髪で目は薄い水色になってる。体の方を見ると、スカートが少し上がっている。足が伸びたみたい。あと、胸も大きくなっている。スクエアにカットされた胸元を覗くと谷間が出来ている。このワンピースが結構キツい。
「リリアーナ寄りですね」
私は嬉しいような、悲しいような、複雑な心境で言った。
「この見た目、大丈夫ですか?」
そう聞くと、エドさんは胸元から目を逸らして言った。
「大丈夫だろう。…少し美しすぎるが」
最後の方はモゴモゴ言ってて聞こえなかった。
『うわー、カノンちゃん、私と姉妹みたいになっちゃったわね!私張り切って自己主張しすぎたかも!カノンちゃんも小ちゃくてチャーミングだったけど、こっちもグラマラスでいいわぁ〜』
“なんか、手足が長くて落ち着かないし自分の顔じゃないから変な感じ”
『あら、そう〜?確かに私が主張しすぎてるけど、カノンちゃんのまん丸な目とか小さくて可愛い鼻と口とか顔の形とか、やっぱりベースはカノンちゃんよ』
んー、ま、いっか!特殊メイクと思って過ごそう。そのうち慣れるでしょ。
「じゃ、エドさん行きますか」
私が聞くと、エドさんは少し難しそうな顔をして言った。
「そうだな、早く村に行って服を買って落ち着かせねばいかん」
エドさんは立ち上がると、あんまり私を見ずに歩き出した。
カノンが金髪美少女になりました。
読んでいただけてうれしいです、ありがとうございますm(_ _)m