交渉成立
「なるほど、最も印象に残っているのが、大きな木の下で笛を吹く様子だと。」
「そうです。さっきエドワードさんから伺った話を合わせると、私を召喚した人を探して会って、目的を聞いて、多分それは大きな木の前で何らかの曲を吹くということだと思いますが、それを達成すれば元の世界に帰れるって事ですよね。」
「そう、…いや。」
私が言うと、エドワードさんは一瞬肯定しかけて止めた。
「いや、それははっきりと言えない。そもそも召喚術は一方通行で、送還術は存在しない。また、異世界からの召喚は伝説でしか聞いたことが無いんだ。それに、君を召喚した者が何をさせたがっているかはっきりしない限り、うかつに接触しない方がいいと思う。」
エドワードさんは慎重に言った。
私はハッとした。
確かに、今の今まで私を召喚した人は世界を救う系の目的の人で、それを達成したら元の時間に元の世界に戻してくれると思い込んでたけど、そんな保証はどこにもない。
そして、今はっきりエドワードさんに送還術はないって言われた。
帰れない。
いや、そんなの困る!
せっかく頑張って医学部入ったのに!
あんまり頭良くないから、頑張っても私立しか無理だったけど、一浪してせっかく入ったのに。
しかも私立だから学費めちゃくちゃ高いし、医学部専門の予備校行かせてもらったし、地元には国立しかないから一人暮らしさせてもらってるし、たぶん総額3000万くらいかけてもらってる。家建つよ。
それなのに行方不明って、親不孝過ぎる!
何が何でも帰らなくちゃ!
しかも元の時間に!
今実習期間だから、1日でも大学休んだら留年しちゃう!
私は蒼白になった。
考えた時間は一瞬だった。
こんなに一気にものを考えたのは初めてかもしれない。
「困ります!」
私はエドワードさんに向かって立ち上がって大声を出してしまった。
「本当に困ります!私、しなくちゃいけない事とかしたい事がたくさんあるんです!親にも迷惑かけるし、絶対帰ります!」
エドワードさんに言っても意味ないのに、言わずにいられなかった。
「すまない、言い方がまずかった。送還術は、私が知らないだけでもしかしたらあるのかもしれない。本当に、君の気持ちも考えず、申し訳ない」
エドワードさんは優しい。
私はこの憤りをどこにやったらいいか分からず座った。
「魔法、というか、召喚術に関する情報が集められてるところはどこですか?」
全然気持ちは落ち着かないけど、今後の方針をとにかく立てたい。何かを考えずにいられない。
「王都だ。王立図書館に蔵書があるはずだ。」
ふむふむ。まぁ予想通り。
「でも、きっと禁書とかになってるんでしょう?」
「おそらくそうだ。しかし、古い友人が王都にはいる。彼を頼れば何とかなるかもしれない。」
エドワードさんが、私に希望を与えようとしてくれてるのが伝わってくる。私は少し落ち着いてきた。
「薄々感じてましたけど、エドワードさんってけっこうすごい人?」
魔法、いや魔術にも詳しいし、伝説とかも知ってるし、オートヒール出来るし、王都に権力あり気な古い友人いるし、召喚されたのは最悪だけどエドワードさんに会えたのは不幸中の幸いかも。
「エドでいい。私はただの冒険者だ。ではカリン、とりあえず王都に行く事にするか。」
「えっ?」
「私も少し思うことがある。確かめるためにも王都に行きたい。ただその前に…」
エドワードさん、いや、エドさんは少し言いにくそうにする。
「飛竜の卵を頼んできたのがその王都の古い友人なんだ。だから、卵を手に入れてから行きたいんだが…」
なーんだそんなこと!
「ふっふっふ、任せてくださいエドさん!例の金髪美少女のおかげで多分私すごい笛吹きになってますよ。いっぱい強化しますから、きっと大丈夫です!
えっと、私がエドさんを強化して助ける。んで、エドさんは私を王都に連れて行く。かかる費用は元の世界に帰るまでに何とかして返しますから、それでお願い出来ますか?」
今の流れだとエドさんはきっと無条件に私を王都に連れて行ってくれるだろうけど、それだとなんだか落ち着かない。
「費用なんか気にしなくていい。ただの冒険者だが、金には困ってない。それに、カノンは私の恩人なんだから。」
やっぱりな。しかし金に困ってないただの冒険者ってすごいな。語るに落ちてるぞ。
「ダメです。私の世界には、タダほど高いものはないって諺があるんです。だから、タダで何かしてもらうことは出来ないんです。エドさんはこの条件を飲まないといけないんです。」
お世話になるばっかりなんて落ち着かない。
エドさんはちょっと困っている。
「まぁ、そこまで言うならいいが、渡そうとしても受け取らないぞ。」
今思い付いたけど、恩人なんだから受け取れって言ったら受け取ってくれるんじゃないかな。とりあえずこれは最終手段にとっておこう。
「多少の意見のズレはありますが、いいでしょう。よろしくお願いしますね、エドさん。」
「ふふっ、よろしくな、カノン」
イケメンの困った笑顔頂きました。
おじさんなんて全然興味なかったけど、これだけイケメンだったら全然ときめけるね。
「よーし、じゃあ強化しますね」
やるぞ〜、やってやるぞ〜。
さっきまで最悪の気分だったのに、今はなんだかちょっと楽しい。情緒不安定だな。疲れてるんだな、きっと。
とりあえず、筋力強化、体力上昇、視覚強化、魔力量増大、魔力消費量減少とかかな。5段階あるけど、飛竜ってすごそうだし、全部最大でかけとこう。
笛を口元に持っていき、吹こうと思ったが止める。
「そうだ、エドさんって今までに強化してもらったことってあります?」
エドさんは荷物を片付けていた手を止めて答えてくれた。
「笛で強化魔法をかける者はいない事はないが、音色を使った魔術は治癒中心だからな。私は治癒魔術には長けていたから、お世話になったことはないな。」
「そーなんですか…」
「戦闘強化は印魔法中心なんだ。印魔法では脚力強化、腕力強化、魔力回復速度上昇をかけてもらった事があるぞ。」
「なるほど!じゃ、今回もそんな感じでいいですか?」
また今度印魔法について教えてもらおう。
「そうだな…飛竜の巣は崖の側面にあって魔術を多用するから、魔力回復速度上昇があると嬉しい。」
「一つだけでいいんですか?魔力系だったら他にも魔力量増大と、魔力消費量減少と、魔術効果増大がかけれますけど。」
「いや、でも一度にかけられる強化魔法は一つだけのはずだ。」
あれ、金髪美少女の記憶と違うぞ。強度によって違いはあるけど、最高強度でも5つまでかけれるはず。あんまりかけ過ぎると身体が対応できず逆効果になるみたい。多分大丈夫だと思うんだけど、不安だから一つにしとこう。
「じゃ、魔力回復速度上昇かけときますね。」
早速吹こうとするが、
「飛竜の巣はまだ先だ。勿体無いから、近づいてから強化してくれ」
と止められてしまった。
早く使ってみたかったのに、残念。
私立医大のくだりは、現役私立医大生の友人から聞いた話を書きました。不快に思われた方がいましたら、申し訳ありませんm(_ _)m
今回も読んで頂き本当にありがとうございます。