第一話 『辞めたいなら、逃げる前に俺を殴れ』
前書き
はじめまして。
黒崎工業高校二年D組へようこそ。
問題児しかいません。
教師もまともじゃありません。
でも、
たぶん少しだけ熱い話です。
黒崎工業高校。
通称、
“県内最悪”。
正門横のフェンスは曲がり、
校舎の窓は何枚か割れたまま。
昼間なのに、
裏庭では普通に煙草の匂いがする。
「……終わってんな」
新しい担任表を見ながら、
三年教師の須藤が苦笑した。
その視線の先。
二年D組。
教師たちの間で、
“墓場”と呼ばれるクラスだった。
「今度の新任、
三日持つかな」
「いや一週間なら上出来だろ」
職員室で笑いが起きる。
だが。
その時だった。
ガラッ。
職員室の扉が開く。
入ってきた男を見て、
空気が止まった。
ヨレた黒スーツ。
無精髭。
片手には缶コーヒー。
眠そうな目。
「……あ?」
男は周囲を見回す。
「職員室ってここ?」
教師には見えなかった。
須藤が眉をひそめる。
「君が新任の……」
「九条っす」
男は欠伸した。
「九条迅」
⸻
二年D組。
昼休み前だというのに、
教室は騒がしかった。
「おい金貸せって」
「は? 昨日返したろ」
「返してねぇよ」
机の上でカードゲーム。
後ろではイヤホン爆音。
授業を聞いてる人間は、
一人もいない。
すると。
ガラッ。
教室の扉が開いた。
全員が見る。
入ってきた男は、
教卓へ向かいながら言った。
「今日から担任の九条」
シーン。
三秒後。
「……誰?」
笑いが起きる。
クラスの中心、
柴崎龍也がニヤついた。
金髪。
ピアス。
ケンカ最強。
二年D組のリーダー。
「先生、
場違いじゃね?」
「そう?」
九条は缶コーヒーを飲む。
「うん。
すげぇ場違い」
柴崎が立ち上がる。
周囲がニヤニヤし始めた。
“新人潰し”。
毎回やっている。
だが。
九条は全く動じなかった。
「名前」
「……は?」
「いや、
お前の名前」
柴崎は眉をひそめる。
「柴崎」
「龍也?」
「……なんで知ってんだよ」
「担任だから」
九条は教壇に腰掛けた。
「よろしくな、龍也」
その瞬間。
柴崎が机を蹴る。
「馴れ馴れしいんだよ!!」
ドンッ!!
机が吹っ飛ぶ。
普通の教師なら、
ここで終わる。
だが。
九条は缶コーヒーを置いた。
「気ぃ立ってんなぁ」
「ナメてんのか?」
「別に」
九条は笑う。
「ただ、
ガキだなって思っただけ」
空気が変わる。
柴崎の顔から笑みが消えた。
「……上等」
拳が飛ぶ。
一瞬だった。
ゴンッ!!
次の瞬間。
柴崎の身体が、
教卓に叩きつけられていた。
「……は?」
誰も見えなかった。
九条は柴崎の腕を押さえたまま、
平然としている。
「暴れるのはいいけど」
低い声。
「相手見てやれ」
教室が静まり返る。
柴崎ですら、
動けなかった。
九条はゆっくり手を離す。
「ま、
仲良くやろうぜ」
⸻
放課後。
柴崎は一人で歩いていた。
イラついていた。
意味がわからない。
教師に負けた。
しかも。
全然本気じゃなかった。
「クソが……」
その時。
「おーい龍也」
後ろから声。
振り返る。
九条だった。
「なんすか」
「帰んねぇの?」
「帰る家ねぇし」
つい口が滑った。
しまったと思った時には遅い。
九条は黙る。
柴崎は舌打ちした。
「……別に。
気にすんな」
歩き出そうとした瞬間。
「腹減ってる?」
柴崎が止まる。
「……は?」
「ラーメン食うか」
「いらねぇよ」
グゥゥゥ……
腹が鳴った。
最悪だった。
九条が吹き出す。
「行くぞ」
⸻
夜。
古びたラーメン屋。
柴崎は夢中で食っていた。
「……うま」
「高校生って感じの食い方だな」
「うっせぇ」
九条は煙草を取り出しかけ、
やめた。
代わりに水を飲む。
「家、
なんかあったのか」
柴崎の箸が止まる。
「……関係ねぇだろ」
「まぁな」
九条は頷いた。
「でも、
お前ずっと“帰りたくない顔”してる」
沈黙。
柴崎は俯いた。
「……親父がさ」
小さく呟く。
「また捕まった」
九条は黙って聞く。
「借金もあるし。
母親は男んとこ行ったし」
笑った。
乾いた笑いだった。
「俺、
学校辞めようかなって」
その時。
九条が言った。
「辞めたいなら辞めりゃいい」
柴崎が顔を上げる。
「……は?」
「ただ」
九条の目が、
真っ直ぐ柴崎を見る。
「逃げる前に、
一回くらい本気で足掻け」
柴崎は何も言えなかった。
「喧嘩しかできねぇなら、
喧嘩でもいい」
九条は笑う。
「でも、
お前まだ負け切ってねぇだろ」
⸻
店を出た後。
柴崎は振り返る。
「……なんでそこまで」
九条は少し黙った。
そして。
「昔、
助けられなかったガキがいる」
それだけ言った。
「……え?」
「ま、気にすんな」
九条は笑う。
でも。
その目だけは、
全然笑っていなかった。
後書き
第一話ありがとうございました。
D組は問題児だらけですが、
たぶん誰よりも不器用な連中です。
そして九条先生も、
実はかなり不器用です。
次回、
さらに面倒な問題児が暴れます。




