第8話 曇りのち耳かき
「……何が起きてるんだろうなぁ」
俺は、静かになった病室で、ため息をついた。
思い出すのは――さっきの出来事だ。
三人は突然、様子がおかしくなり、瞳から光を消したり、絶望に染まった表情をしたりしていた。
特におかしかったのは、花恋の発言だ。
『私たちのせいで……壊れちゃったんですよね。私たちを助けようとして、死んで、また助けようとして、死んで、死んで、死んで、死んで死んで死んでしんでしんでしんでしんで……あああああああああああああああ……何もできなくてごめんなさい。壊れていく貴方を見ていることしか出来なくてごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……これ以上、壊れないで……センパイ……』
意味がわからなかった。
壊れた? 死んだ?
俺が……か?
『死んだ? 壊れないで欲しい? ……どういうことなんだ?』
俺は、花恋に訊いてみたのだが――
『………………いえ、なんでもないです』
明らかに長い沈黙の後、花恋ははぐらかした。
なんでもないわけがないだろう。
しかし……訊いても答えてくれない以上、どうしようもなかった。
その後、三人は逃げるように病室から出て行き……今に至る。
「はぁ……」
俺は再びため息をついた。
身を挺して、ギャルゲーのヒロインたちを助けたら、感謝されるどころか謝罪されまくり、相手はメチャクチャ表情を曇らせている。
こんなの、俺が求めていた結末じゃない。
こんな結末にしたくて、三人を助けたわけじゃない。
俺は、ただ単に――
「――『ありがとう』って感謝の言葉を言ってくれれば……いいんだけどな。後は三人には笑顔で普通に生きてもらえたら……それで俺は幸せなんだけどな」
なのに、欲しい言葉は、俺には手に入らないらしい。
なら――
「――決めた」
俺は、固く拳を握った。
ここまで、頑張ってきたのだ。
なら――最後までやってやろう。
なぁに、望んだ結末を手に入れるまでゲームをプレイし続けるのは――俺たちプレイヤーの権利だろう?
俺は絶対に諦めない。
「――そうと決まったら、早速、行動だ」
方法は幾つか、思いついていた。
まず……考えたのは、彼女たちの俺に償いたい……という欲求を逆に利用する方法だ。
俺は、早速、雪那にメールをした。
『明日の朝、会えないか? して欲しいことがあるんだ』
――◇――◇――◇――
「――おお! 来てくれたか……!」
翌朝。
10時くらいに雪那はやってきた。
「うん……」
雪那は、少し気まずそうに目を逸らす。
昨日のことを気にしているのだろう。
昨日、雪那は手をブルブルと震わせて佇んでいただけだった。
そのため、3人の中では、1番、話が通じそうだと思ったのだ。
「ねえ、ユウ。それで、あたしにして欲しいことって……何?」
「ああ、実はちょっと恥ずかしい話なんだけど……」
俺は雪那に、して欲しいことを伝えた。
すると、彼女は少し頬を赤らめた。
「ほ、本当にあたしでいいの?」
「勿論! 実は溜まっててさ……雪那にお願いしたいんだ。自分でするより、他の人にしてもらう方が好きでさ」
「……わかった。けど、下手でも許してよ……?」
雪那は覚悟を決めたのか、俺に近づいていく。
そして、雪那が物を手に取ったのを見て、俺は目を閉じた。
――ガサッ、ガサガサ
それは耳の中に入ってくると、優しく耳の中を撫でていった。
「えっと……耳かきって、こんな感じでいいの?」
「んっ……そうそう、上手いな……」
綿棒が耳の中を優しく擦っていく。
しかし、俺には少し言いたいことがあった。
「……でも雪那、膝枕まではしなくても良かったんじゃないか?」
俺は、頭に伝わってくる柔らかな太ももの感触を感じながら、そう言った。
それを聞いた雪那は不安げな表情をする。
「……月乃ちゃんから聞いたよ。悪夢を見ている間、膝枕して貰ってたんでしょ?」
「うっ……し、知ってたのか……」
「うん。……だから、あたしが膝枕しても嬉しいんじゃないかと思ったんだけど……嫌だった?」
「いやいや! 嫌なわけないよ!」
「ふふっ、ありがとう」
雪那は小さくはにかんだ。
……よし、良い傾向だ。
やっぱり……予想は正しかったらしい。
――3人は、俺に償う機会を欲しがっている。
俺は、3人の様子から、そう予測した。
だから俺は今日、雪那に耳かきを頼んだのだ。
勿論、俺は償わせることは嫌だ。けれど、償う機会を与えることによって、3人の瞳に光が戻ってくれるのであれば――俺は、彼女達に償う機会を与えることを選択する。
彼女達が呆れ果てるまで、何でもかんでも頼みまくって、彼女達の償いたいという欲求を消してやる……ッ!
――ガサ、ガサガサガサ
綿棒が心地よく耳の中を擦っていく。
耳かきは思いつきで頼んだのだが……予想以上に良いな。
なんというか……人の気配を直に感じることができるのだ。
そのため側に誰かがいるのだと、明確に感じられて、凄く安心する。
「……ユウ? なんだか、眠そうじゃない?」
「そう……かな?」
確かに、少し眠い気がする。
すると……雪那は左手を俺の頭に伸ばした。
そして、優しく頭を撫でてきた。
「ど、どうしたんだ……? 雪那?」
すると、雪那は「ふふっ」と小さく笑い声を漏らした。
「なんというか……私、ユウが凄く勇敢でヒーローみたいな姿しか知らなかったからさ。こういう凄く安心しきった様子は凄い新鮮で……可愛いなぁって」
「かわ……いい?」
「うん。可愛い」
雪那は、さらに頭を撫でてくる。
い、いや……くすぐったいし、可愛いなんて言われても別に嬉しくないぞ……?
しかし、耳の中に綿棒が入っている以上、俺は抵抗することができなかった。
「――偉いよ、ユウ」
突然、雪那は頭を撫でながら、そう言った。
「え……? ど、どうしたんだよ、急に」
「なんかさ、ユウのこの姿を見てると、ユウは超人なんかじゃなくて普通の人なんだなぁって思ってさ。なら……普通の人なのに、あんなに身を挺して私達を助けてくれたユウは、凄いんだなぁって……」
「そ、そうか?」
「そうそう。ユウは私たちを助けたこと、誇っていいと思うよ?」
雪那は、優しい手つきで耳かきを続ける。
そして、目を細めて、微かに笑みをたたえて、口を開いた。
「――本当に、助けてくれてありがとう。ユウ」
「っ……」
それは俺が一番、求めていた言葉だった。
ごめんなさい、なんて要らない。
俺が欲しかったのは……その言葉だ。
「ぁ……」
ツーっと冷たいものが目から頬を伝って滴り落ちた。
数秒経って、ようやく気づく。
滴り落ちたのは涙だったのだ。
「ど、どうしたの? ユウ、泣いてる……?!」
「い、いや……なんでもないよ。ちょっと……感傷的になっちゃってさ」
「……そっか」
涙なんて見せたら、折角、元気になった雪那が元に戻ってしまうじゃないか。
俺は、涙をこらえようとした。
だが――
「――良いんだよ、ユウ。我慢なんてせずに……好きなだけ泣いちゃえ……!」
温かくて柔らかいものが、俺の体を包みこんだ。
雪那は、生まれたばかりの赤子を抱きしめるような優しい手つきで俺のことを抱きしめていた。
甘い匂いが鼻腔をつき、雪那の柔らかな胸や細腕の感触がはっきりと伝わってくる。
それらは、俺の心の中のわだかまりを甘く溶かしていき……どうしようもない程に心を穏やかにさせていく。
最初は抵抗しようと思っていたはずなのに、気がつけば俺は雪那に身を委ねていた。
「ユウ……もう、我慢しなくて良いんだよ?」
甘く溶けていく意識の中、雪那の声だけが頭の中に響いていた。
「貴方は、もう何も頑張らなくてもいいの。何もしなくてもいいの。全部全部、私がどうにかするよ……? だって貴方は……あんなに頑張ったんだから」
それは消えそうで、悲壮感あふれる声。
誰かを心から想う優しい声。
その両方だった。
「だからさ」
意識が、まどろみに沈んでいく中。
「もう……壊れないで……」
最後に、それだけ聞こえた気がした。
曇り空は、まだまだ続く。
『――もし……私が死ねば、ユウさんは……ちょっとくらい、心が軽くなるかな……』
『――この世界が……ギャルゲー……? どういうことですか?』
同時刻、他の二人が苦しみに悶えていたり、真実に気づいていたりすることを……俺はまだ知らない。




