第7話 死のち………………曇り
【花恋side】
「――三人は被害者なんだよ。だから……三人には……俺なんか気にせずに――」
そっか……。
センパイがそんなに言うなら、私も気にしすぎないようにしよう。
そう思った――次の瞬間だった。
――違う
――違う違う違う
声が、脳内に響いた。
その声は――私の声と酷似していた。
――私たちは、被害者なんかじゃない。
――センパイが苦しんでいる中、何も出来なかった傍観者。
――センパイが私たちを救おうとしてるのに、酷いことしか言えなかったクズ。
――運命に最後まで操られていた無能。
謎の声は、矢継ぎ早に言葉を紡いでいく。
何? なんなの? この声は……一体……?
「――普通の幸せを手にして普通に生きて欲しいんだ」
――違う、そんな権利、私には無い。
ユウの言葉に、謎の声が反論する。
誰? 一体、誰なの?
――誰って……そんなの決まってるでしょ。私は――私だよ
……どういうこと?
――だから……私は、花恋。貴方だよ?
わた……し?
意味がわからなかった。
――お願いだから……私。全部を思い出して……貴方が犯した本当の罪を。本当に償わなければいけない罪を。幾星霜、センパイを見殺しにした罪を。
次の瞬間――私の頭に割れるような痛みが走った。
しかし、刹那のうちに痛みは収まり……代わりに幾つもの知らない記憶が、濁流のように押し寄せてきた。
それは私が今まで失っていた記憶。
それは私が忘れていた罪の記憶。
それはセンパイが一万回以上、死に戻りをして――精神崩壊しながらも、私たちを助けた記憶。
――――――――――――――
【Loop:1168】
私、死ぬんだ。
私はすぐに、そう理解した。
目前には、私達めがけて、時速100キロほどの猛スピードで迫る車。
けれど、私の体はピクリとも動かない。
つまり――死。
――バンッ!!!
激しい衝突音と共に、私は宙を舞い――意識を失った。
Loop:1168+1
↓
Loop:1169
【Loop:1169】
「……」
見慣れた天井。
ピンク色のカーテンや可愛らしい小物で彩られた『夜桜花恋』の自室。
まただ。
また、ここから始まった。
でも――もう、何も感じることはなくなった。
どうせ、抗っても無駄なのだ
どうせ、抗っても――予定調和の死を迎えるだけ。
どうせ、抗っても――また、繰り返すだけ。
この状況を、それっぽい言葉で言い表すのなら、こうだ。
――私は、死に戻りをしている。
始まりは、突然だった。
いつも通りに学校へ行って、雪那と月乃と話して、三人でご飯を食べようという話になった。
私達は、校門を出て、ごはん屋さんへ歩いていたら――
――横断歩道で、私達は車に轢かれて死んだ。
でも……何故か、私は目を覚ました。
調べてみると……そこは、死ぬ3日前の自室だった。
つまり、死に戻りしたわけだ。
最初は喜んだよ。
今度こそは死を回避してやろうって。
でも……ね。
――1回目のループと同じ行動以外、出来なかったのだ。
まるで誰にプログラムされた機械のように、体は勝手に動き、勝手に言葉を話す。
逆にプログラムされていない行動は一切できないのだ。
つまり、これが何を意味するのかと言うと……
――どんなに頑張っても、一回目のループと異なった結果を起こすことが出来ないのだ。
つまり――どんなにループしても、私達は最終的に死ぬ。
私は、ただただ、死を繰り返すことしか出来なかった。
涙を流すこともできず、誰かに助けを求めることもできず、永遠に死に続けるのだ。
それがーー夜桜花恋の運命だった。
――――――――――――――
「この後さ、どっかご飯食べに行く?」
校門を出た後。
雪那ちゃんが、少しダウナーっぽく、私たちに尋ねてくる。
この台詞を聞くのは、何回目だろか。
「良いですね〜っ! 私、唐揚げ食べたいですっ! 学校で飼ってるにわとりさん見てたら、唐揚げ食べたくなっちゃいました!」
この台詞を言うのは、何回目だろうか。
「二人とも? そろそろ定期テストだからね? ご飯なんて行ってる暇なんてあるの?」
今度は、月乃ちゃんが私たちを見て、唇を尖らせた。
それに対して、雪那ちゃんは――
「真面目か〜! 良いじゃん、ご飯くらいさ。テスト前だからって、ご飯食べるくらいの息抜きはあってもよくない?」
「そうですよ、そうですよっ!」
「むぅ……それもそうね……じゃあ、私も行こうかな」
「じゃあ、決定〜どこ行こっか〜」
そうして、私たちは道を歩いていく。
本当に呑気なものだ。
まるで――この後、私たち全員が、車に轢かれて死ぬのことを知らないみたいだ。
「じゃあ、私もそのお店が良いと思いますっ!」
意図せず、口から言葉が発せられる。
今の私を例えるなら、プログラムされた機械だ。
決められた時間に、決められた台詞を発して、決められた行動を取る。
――当然、決められてない発言や行動はできない。
そして――今、私は、決められた通りに、横断歩道を渡っていた。
――次の瞬間、遠くからエンジン音が、聞こえてきた。
その音は、とんでもないスピードで近づいてきている。
不思議がった雪那は、プログラム通りに音の方を振り向き――
「――きゃあああッ!」
猛スピードで、私たちに向かってくる車を見て、悲鳴を上げた。
ああ……何千回も見た流れだ。
車は、スピードを落とすことなく、突っ込んでくる。
どれだけ、足を動かそうとしても、逃げようとしても――私の身体が動くことはない。
これが、私に定められた運命。
絶対に回避することができない、予定調和の死。
気づけば目前まで車が迫ってきていた。
「……」
私、死ぬのか。
死ぬ……。
……それがわかっていても、私の心に恐怖の感情は湧いてこない。
気がつけば、死への恐怖は殆どなくなっていた。
千回以上も死んでいるのだから……仕方がないだろう。
私は、そんなものよりも、この地獄が永遠に続くんじゃないか、という恐怖の方が大きかった。
運命に抵抗することも、死までに残された時間を謳歌することも――それどころか、自由に動くことすら許されず、同じ日の同じ時間に死を繰り返す地獄。
ねえ、あと、何回耐えれば開放されるのかな。
自由になったら、好きなものを好きなだけ食べたいな。
あと、雪那と月乃とプログラム通りの会話なんかじゃなくて、普通に会話したいなぁ。
あと……家族とも、ちゃんと喋りたいな。
やりたいことは考えれば考えるほど、生まれてきた。
心のうちに秘めている夢だってある。
だから、だから、だからだからだからだからだからだから……!
神様、お願いします――
「(――もう、このループを、終わらせてください……ッ!!!)」
しかし、願いは神様に届かなかった。
「――危ないッ!」
けれど、貴方には届いていた。
突然、横から人が現れ、私たちを庇うように立ちはだかった。
彼は――見ているだけで眩しくなるような勇気を瞳に宿した青年だった。
彼は、車を掴み、なんとか減速させようとする。
――しかし、運命は、簡単にねじ曲がらなかった。
彼が幾ら頑張っても、車の速度は減速しなかった。
運命の前には物理法則なんて無意味だったのだ。
結局、全員車に轢かれた。
意識は徐々に薄れていく。
その最後に
「……ごめん。けど……絶対に助けてみせるから」
そんな青年の声が聞こえた気がした。
結局、それは始まりに過ぎなかった。
彼は、無限のループの中で、何度も何度も私達を助けようとした。
【Loop:1170】
「三人とも、ちょっと時間をくれないか?」
校門で、彼が話しかけてきた。
きっと、車がやってくる時間と私達が横断歩道を渡る時間をずらすためだろう。
けど――
「危ないッ!」
話の途中で、車が私たち目掛けて突っ込んできた。
彼は咄嗟に私たちを庇って……でも、庇いきれなくて、全員死んだ。
「次こそは、絶対に……」
彼は全身から血を流し、ボロボロになった体で、最後にそう呟いた。
――私は、そんな彼を見ていることしか出来なかった。
【Loop:1171】
「ちょっと、こっちに来てくれッ!」
今度は、私たちが校門から外へ出ようとした時に、無理矢理、安全な場所に連れてこようとしてきた。
結論から言うと、それは失敗に終わった。
「――は、はあ? なんですか? 貴方ッ!」
荒れた言葉が、勝手に口から飛び出した。
同時に、体は勝手に彼に抵抗し始めた。
「い、いや、俺は君たちを助けようとして――」
「何言ってるんですか? 頭おかしいんですか?」
違う。
そんなこと、言いたくないのに。
結局、私たちは、彼を振り払い、校門の外へ向かい――轢かれた。
彼は、最後まで私達を安全な場所へ連れて行こうとし――最後には、私達を庇って死んだ。
「クソ……」
死に際に彼が呟いた言葉が、私に向けて言われた言葉な気がしてならなかった。
ごめんなさい。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
貴方は、私を助けようとしてくれているのに……私は何も出来ないどころか、酷い事を言って、その邪魔をして……。
本当に、ごめんなさい。
でも、その謝罪を言うことすら、出来なかった。
【Loop:1180】
彼はまだ諦めていなかった。
今回は、私たちが車に轢かれる寸前に現れて、死に物狂いで三人全員を突き飛ばそうとしていた。
――ダメだった。
彼が頑張って引っ張っても私たちの体は何故か石像のように動かず、全員まとめて車に轢かれた。
もう、私も気づいてしまった。
私達は、どんなに頑張っても救われないのだ。
この永遠の地獄に囚われ続けるのだ。
だから――
――もう、諦めてよ……。
お願いだから……。
もう、貴方が死ぬところは見たくないの……。
【Loop:1272】
もういいよ。
やめてよ。
嫌、もうこれ以上、死なないでよ……ッ!!!
私のことなんて、見捨ててよ……。
何も出来ずに、ただ見ているだけの最低女の私なんて……見捨ててよぉ……。
【Loop:1372】
なんで。
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで――見捨ててくれないの?
もうやめて、お願いだから、やめて、やめてよ……ッ!
ああああああああああああああああああああ。
【Loop:1561】
「三人に、ちょっと話があるんだ」
彼はまた私達の前に現れた。
どうして、なんで、貴方はまだ諦めないの……?
私は、もうとっくに諦めているというのに。
彼は、酷く疲れた表情をしていた。
瞳には最初のときのような輝きは――全く無かった。
私が、彼をこうしたのだ。
私が何も出来ないから。
挙げ句の果てには酷い事を言うから。
運命にずっと踊らされている無能だから。
ごめんなさい。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
本当に……ごめんなさい。
謝罪の言葉が、心の中を埋め尽くしていく。
でも――私には謝罪の言葉を言う権利すら無かった。
【Loop:2539】
彼は未だに諦めることはなかった。
けれど、ループを重ねるごとに彼は壊れていった。
まず、瞳から光が消えた。
次に、言葉から抑揚や感情が消えた。
最後に――
――バンッ!!!
いつも通り、車に全員、轢かれる。
その後、今までなら、彼は何かを言っていたのに――
「……」
――車に轢かれても、彼が何かを言うことはなくなった。
口を閉じて、じっと動かずに、死を受け入れていた。
それが――1番、辛かった。
これ以上、壊れる前に、もうやめてよ……。
お願いだから……。
【Loop:5324】
その頃から、以前に試した方法を再び試すようになった。
また、どうしてか、彼の表情や発言に、最初のような元気が取り戻ってきた気がする。
でも、良かった。
彼が元気を取り戻していることが、なによりも嬉しかった。
【Loop:6534】
違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
何が、『良かった』だ。
彼は、最初のような元気を取り戻していた。
しかし――何故か、最初の時のような方法で、100回以上、私たちを助けようとしていた。
おかしい。
明らかに、おかしい。
考えていくと、私は1つの可能性にたどり着いてしまった。
――彼は、心が壊れすぎてしまったせいで、今までの死に戻りしている記憶を失ってしまっているのでは?
それであれば、最初のような元気を取り戻していることも、何度も同じ方法で私達を助けようとしていることにも、説明がつく。
つまり――彼は、壊れた心を取り戻していたわけではなかったのだ。
――むしろ、心が壊れすぎていたせいで、取り返しのつかないことになっていたのだ。
私は……そこまで、彼を追い詰めてしまっていたのだ。
私は馬鹿だ。本当に馬鹿だ。
何が『良かった』だ……ッ!!!
ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなッ!
【Loop:12683】
「絶対に、助けてみせるからッ!」
彼は明るい表情で、光に満ちた瞳で、私たちを助けようとする。
やめて。
お願いだから、もうやめて……。
その明るさは、心が壊れていることの裏返し。
私たちが彼の心を壊したせいで、生んでしまった明るさなのだ。
彼が明るい表情をするたびに、ポジティブな発言をする度に、胸が酷く締め付けられる。
まるで罪状を突きつけられているようだ。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
本当にごめんなさい。
『許して欲しい』なんて言わない。
でも、謝らせて。
お願いだから、謝らせて。
そして、永遠に償わせて欲しい。
私の持っているものなら、何でも捧げる。
私のできることなら、何でもしてみせる。
貴方が死ねっていうなら、死んでみせる。
誰かを殺せって言うなら、完璧に殺してみせる。
だから、お願いだから、お願いだから、
もう……これ以上、壊れないでよ……。
【Loop:12684】
――彼の努力は実った。
――地獄は終わった。
車が突撃してきた後……私達は、生きていた。
五体満足で無事だった。
――私達だけは。
「あ……ああああああああああああああ」
彼の右足は車に轢かれて、ぐちゃぐちゃになった。
どうして、何も出来なかった私達が無傷で。
貴方が大怪我を負わなきゃいけないの……ッ!!!
「ごめん……なさい。本当に……ごめんなさい」
私は……気を失っている彼に、何度も何度も、謝罪の言葉を繰り返した。




