第6話 大事な話のち曇り
「――それで……話って、一体……?」
翌日。
俺は、病室に三人を呼び出した。
「今日は……三人に、ちょっと大事な話があってさ」
「大事な……話」
雪那が言葉を詰まらせた。
同時に、三人全員の顔が曇った。
俺は慌ててフォローを入れる。
「いやいや! 別に三人をどうこうしようって話じゃなくて……ただただ、三人に知ってほしいことがあるんだ」
「……わかった。ユウが言うなら、あたし達は何でも受け止めるよ」
雪那は、真剣な眼差しで、そう言い切ってくれた。
「そっか。なら良かった」
俺は、咳払いを1つ挟むと、さっそく本題に入ることにした。
「――まず、確認だけど……三人は、俺に罪悪感を抱いてるんだよな?」
「……そうだね」
幾ばくの沈黙の後、答えたのは雪那だった。
雪那は、目を伏せながら重い口調で話し始めた。
「私は、車に轢かれそうだったのに、何も出来なかった。この二人を守るどころか……そもそも、自分自身を守ることすら……出来なかった。私は車に轢かれそうなのに、動けなくて……そのせいで……」
ギシギシと音が聞こえてきそうなほどに、雪那は拳を握りしめる。
「そのせいで……ユウは私たちを助けるために足に大怪我を負うことになった……ッ! ユウは……あんなに頑張ってたのにッ、どうして……怪我するのがあたしじゃなくて……貴方なの……ッ」
薄暗い空気が病室を染め上げていく。
気を抜けば、俺もこの暗い雰囲気に飲まれそうだった。
雪那は、少し顔を上げると、光ない目で俺を見つめて――
「……あたしはね、許せないの。あの運転手もこんなクソみたいな世界も許せないけど……一番、許せないのは、何も出来ずにただ見ることしか出来なかった自分。……ユウ……本当にごめんなさい。あんなに苦しい想いをさせて……その上、怪我まで負わせちゃって……ごめんなさい」
雪那は、謝罪の言葉を繰り返した。
俺は、そんな雪那の姿を見ているだけで、心がきゅうっと締め付けられた。
違う、違う……雪那は悪くない。
悪いのは、全部、こんなクソッタレた世界だ……ッ!
雪那たちは、ただただ、真面目に生きて、人並みに青春して……何も悪いことなんて、していない。
それなのに、三人に死ぬ運命なんかを定めたこの世界が狂っているのだ。
……それに、俺だって、元々失った命なのだ。
大怪我を負ったとしても、生きていられるだけ俺にとってはラッキーなのだ。
だから……だから、三人は何も気にしなくて良い。
普通の女子高生らしく青春して、人並みの恋をして、部活や勉強に没頭して、放課後に何気ない会話で笑う。
『スタバの新作がー』とか、『あの芸能人がー』とか、『好きな人がー』とか……そういう、何気ない、ありきたりな、幸せを享受して欲しいのだ。
――本音を言おう。
三人には、俺なんかに……これ以上、罪悪感と恩だけで囚われてほしくなかった。
だから、俺は決意した。
俺の秘密を打ち明けて……それでも引いてくれなかったら、無理矢理、彼女たちを突き放そう。
嫌われる覚悟は……出来ていた。
軽く深呼吸を挟む。
最後かもしれないので、三人の顔を見渡す。
――みんな、不安げな表情をしていた。
それを見て、覚悟が決まった。
「信じられないかもしれないけれど……俺は本当の『ユウ』じゃないんだ」
「……っ?!」
三人は、同時に、目を見開き、口をぽかんと開けた。
訳が分からない……といった様子だ。
「ど、どういうこと?」
雪那は、困惑の声を上げた。
「実は……この体の中に居るのはユウじゃなくて、別の人格――つまり、俺は転生した人間なんだ。俺は車に轢かれる数日前にこの体に転生した」
「ッ……?!」
三人は、驚いていた。
そして、幾ばくの沈黙の後、最初に口を開いたのは、花恋だった。
「――なんだ、そんなことですか……!」
花恋は、くすりと笑いながら、そう言った。
それに月乃と雪那が続く。
「もう、驚かせないでくださいよ。そんなことでしたか」
「めっちゃ深刻な顔するから、私達、もう要らないって言われるのかと思ったじゃん……」
彼女らの反応は――あまりにも拍子抜けだった。
「え、え……? 驚かない……のか?」
転生、転生だぞ?!
てっきり、もっと、驚かれるのかと思っていたのだが……。
逆に俺が豆鉄砲を食らった鳩のように、目を丸くしていた。
すると、少し申し訳なさそうに花恋は話し始めた。
「あはは……実は、ユウ先輩のことを調べ上げていく内に、過去のユウ先輩と現在のユウ先輩の性格や雰囲気が大幅に違うことに気づいてて……なので、三人とも、薄々、ユウ先輩が転生者なんじゃないかって、思っていたんですよ」
「ま、マジかよ……」
「……もしかして、ユウ先輩、転生者だって知られたら嫌われるとか、距離を取られるとか、考えてましたか?」
花恋の声のトーンが少し下がった。
嘘をついた方が良いのかもしれないが……何故か、場には嘘を言えない雰囲気が漂っており――
「……あ、ああ。少しだけだけど……思ってた。だってほら、普通に考えればこんな発言、イカれてるとしか思えないし、まさか、こんな簡単に信じられるなんて思ってなかったというか……」
「――いやいや、私たちがユウ先輩の話を信じないわけないじゃないですか」
さらに、花恋の声のトーンが一段、下がった。
恐る恐る、彼女の顔を覗くと……笑っていた。目だけを取り残して、小さく笑っていた。
こんな表情……見たこと、ない。
「それでセンパイ……その様子だと、お話は、まだあるんですよね」
「……! そ、そうだな。まだ話さなきゃいけないことがあるんだ」
転生者であることを簡単に受け入れて貰えたことは寧ろ、良かったかもしれない。
これからの話がしやすくなる。
「コホン……つまり、俺が何を言いたいのかと言うと……俺は一度、死んだ身なんだ。だからさ、二度とスポーツが出来ない体になったとはいえど、生きていられているだけで、俺にとってはラッキーなんだよ。だから、事故で足に大怪我を負った事は、俺はあんまり気にしてないんだ」
「……つまり、あたし達も気にしないで欲しい……ってこと?」
そう言ったのは、雪那だった。
俺は、雪那の言葉に頷く。
「俺が重く捉えていない以上、みんなも重く捉える必要はないんだ。それに――何度も言っているけれど、悪いのは全部、車の運転手――いや、このクソッタレた世界なんだよ」
俺は、ぎゅっと拳を握りしめる。
「普通に生きていたら、暴走した車に轢かれそうになって……偶然、俺が助けに入ったおかげで三人は死なずに済んだ。……これだけ考えれば、三人は被害者なんだよ」
だから、だから、だから。
俺は思うのだ。願うのだ。
「――三人には……俺なんか気にせずに――」
俺は、顔を上げた。
「普通の幸せを手にして――」
胸に手を当てて、俺の想いを伝えようと必死に喋った。
「普通に生きて――」
最後に、決意の籠もった瞳で、三人を見渡した。
――三人は、なぜか『絶望』と『不安』をぐちゃぐちゃに混ぜたような表情で、俺をじっと見つめていた。
「欲しい……ん……だ……」
俺の声は徐々に小さくなっていく。
な、なんで……そんな表情を……してるんだよ……。
雪那は、手をブルブルと震わせて。
月乃は、「あ……え……」と、小さな嗚咽を漏らして。
花恋は、微動だにせずに、俺をじっと見つめ続けて。
3人とも……様子がおかしかった。
「……ねえ、センパイ」
花恋が、俺の手を優しく掴んだ。
そして――
「私たちのせいで……壊れちゃったんですよね。私たちを助けようとして、死んで、また助けようとして、死んで、死んで、死んで、死んで死んで死んでしんでしんでしんでしんで……あああああああああああああああ……何もできなくてごめんなさい。壊れていく貴方を見ていることしか出来なくてごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……これ以上、壊れないで……センパイ……」
――花恋の心が、崩壊した。
何が……起きてるんだよ、マジで。




