第3話 後輩のち曇り
「――センパイっ!!! こんにちは!」
お昼前。
元気な声と共に、花恋がお見舞いに来てくれた。
どうやら、今日は1人で来たらしい。
「あの……お怪我の方は、大丈夫ですか?」
花恋は、病室に入ってくるや否や、俺を心配する。
「あ、ああ! なんとか大丈夫だよ。流石に少し痛いけど、動かさなきゃ平気かな」
「そうですか……! 回復傾向なら、良かったです……!」
花恋は、ニコリと微笑んだ。
……あれ?
前みたいな、曇った顔じゃない……?!
もしかして、時間が経ったことで花恋の罪悪感も薄まってくれたのか?
であれば、幸いだ。
「――でも、そもそも怪我をしなければ、今頃、ユウ先輩は楽しい学校生活を送れていたんですよね……」
「え……?」
「私、この数日間、ずっと考えていたんです。ユウ先輩に途轍もない苦しみを与え、大事な時間も奪ってしまった私には、何ができるのかなって。……そしたら、わかったんです。私がユウ先輩にしてあげられることは――」
花恋は、光ない瞳で俺を見つめる。
すると、突然、俺の耳元に口を近づかせて――
「――この体を捧げることしか、無いんじゃないかなって……」
次の瞬間、花恋の蕩けそうなほどに甘い声が、耳をくすぐった。
……どうやら、罪悪感が薄まった……というのは俺の勘違いだったようだ。
「か、花恋……冗談でも、そういうことは言うべきじゃない――」
「――冗談なんかじゃ、ありませんよ? 私は、本気です」
「っ……」
さ、錯乱しているのだろうか?
幾ら償いとはいえ、自分の身体を赤の他人に捧げる……なんて、普通に考えればおかしい。
「お、落ち着いてくれ! 花恋は少し気が動転してるんだよ。ほら、一旦、落ち着いてさ……」
「……ユウ先輩、私は至って平常心ですよ? 本気で言っているのですが……」
花恋は、ベッドに身を乗り出すと、小首をかしげた。
同時に彼女が首からかけている十字架が付いたネックレスが揺れた。
その十字架はボロボロで、まさに今の花恋の心を表しているようだった。
彼女が平常心……なわけがない。
俺は、花恋の肩を少し押し返す。
「花恋、自分の身体は大事にするべきだよ」
「……ユウ先輩が、それを言うんですね」
「あっ……」
花恋は、包帯が巻かれた俺の足に目線を移す。
俺……人のこと言えねえじゃん……。
すると、花恋は小さくため息をついた。
「まあ、でも……そこまで否定するのでしたら、今日はやめておきます」
「そ、そうしてくれると助かるよ……」
良かった……。
俺は安堵で胸を撫で下ろした。
すると、花恋が「あっ」と言いながら、机の上にある観葉植物を見つめた。
「これ……また枯れちゃったんですね……気づきませんでした」
その観葉植物は、枯れていた。
しかし、その枯れ方は少し変で、カラカラに干からびている……というわけではなく、ただヨレヨレになっていた。
「日向が良い場所に置いてあるし、水も足りていそうなのに、どうしてなんだろうな」
「……それは多分、私のせいですね」
花恋は、少しうつむきながら答えた。
「実は、ユウ先輩のお見舞いに来るたびにお水を上げてたら、いつの間にか、びちゃびちゃになってて……気づいたら、枯れてたんですよ」
「そ、そうなのか……」
逆に水が多すぎて枯れたのか……。
……それほど、俺のお見舞いに沢山、来ていたのか……?
俺が寝ていたのって、確か3日間だったはずだぞ?
一体……花恋は、何回、俺のお見舞いに……。
すると、今度は花瓶の中で枯れている花が目に入った。
まさか……あれも?
「じゃ、じゃあ、あの花瓶は?」
「あれも似たような感じです。お見舞いの度に水を替えていたら、お花にストレスが溜まっちゃったみたいで、枯れちゃいました」
「へ、へえ……」
「どっちとも、枯れづらいお花のはずなんですけれどね。元々弱っていたのでしょうか? ……あれを買った花屋はもう二度と使いたくないですね」
「あ、あはは……」
水を替えすぎて、花が枯れた……?
いやいや、そんなの聞いたことないぞ。
1日に何回も……いいや、何十回も……。
「……待てよ、じゃあ……」
俺は、花恋が首から下げている、ボロボロの十字架のペンダントに視線を移す。
ま、まさか、あのペンダントも、俺の無事を祈って握り続けていたから、ボロボロになったわけじゃ――
「ふふっ、気が付きましたか? ユウ先輩、大当たりです……!」
花恋は、俺の考えを見透かしたように、ニコリと微笑んだ。
けれど、彼女の瞳の奥から、形容しがたいドス黒い闇のようなものが見えた気がした。
「ッ?! ……お、俺の無事を祈って握り続けたら、ああなったのか……? 元々、ボロボロだったわけじゃなくて……?」
「ふふっ、これは3日前に買ったばかりですよ。でも、寝る前も寝ている間も起きた直後も着替えている間も朝ご飯を食べている間も歯を磨いている間も髪型を整えてる間も学校に登校している間も友達と話している間も授業を受けている間もお昼ごはんを食べている間も下校している間も、ずうっと、ずうっと十字架を握っていたら……いつの間にかに、ボロボロになってしまいました」
イタズラをした子どものように、えへへっと花恋は笑い声を上げた。
「っ……」
それはつまり……四六時中、ずっと握っていた、ということじゃないか?
「あっ……でも、唯一、この十字架を握ってないタイミングがありましたね」
「へ、へえ……」
「ふふっ、それは――」
花恋は、ベッドに身を乗り出すと――ぎゅっと俺の右手を両手で包みこんで握ってきた。
まさか――
「――こうやって……ユウ先輩の手を握ってる時……です」
「っ……」
薄暗い感情に染まった瞳で、花恋は俺に微笑んでいた。
……どうやら俺は、勘違いをしていたらしい。
花恋は一番、3人の中で罪悪感を抱いていないと思っていたが……その逆だ。
彼女は、一番、気にしていないように見えて――1番、重く気にしている。
ゾワリと俺の背筋に冷や汗が走り、全身の肌が粟立った。
「ユウ先輩? どうかしましたか?」
「……いや、なんでもないよ」
「そうですか……」
すると、その時、ピコンとスマホの通知音が鳴った。
俺……ではなく、花恋の携帯からだ。
「……すみません、今日はこの後、お父さんに呼び出されているんでした」
「そ、そっか。じゃあ……お別れか」
「はい……! ユウ先輩、また明日、会いましょうっ!」
花恋は、最後ににこやかに微笑むと、病室から去っていった。
「――どうしたら……良いんだよ……」
急に静かになった病室で、俺は頭を抱えた。
花恋が、ここまで罪悪感を強く感じていたなんて……。
多分、三人の中でも飛び抜けているんじゃないか?
胃が痛え……。
本当に、どうしたものか……。
そうやって、俺が悩んでいると――
「――え、えっと……あたし……雪那だけど……今、いいかな」
数十分後。
入れ替わるように、雪那が部屋にやってきた。
「おう、入ってきてくれていいぞ!」
俺が返事すると、制服に身を包んだ雪那が病室に入ってきた。
「雪那……! お見舞いに来てくれて嬉しいよ」
そうして、俺は雪那を歓迎した。
――その時だった。
一瞬だけ、雪那の左手にお守りのようなものが握られているのが、見えた。
――そのお守りは、花恋が持っていた十字架のように、ボロボロだった。
まさか――




