第24話 ぱふぱふのち告白
「はぁ……本当に……どうしよ……」
俺は、昨日の出来事を思い出しながら、深いため息をついた。
『――ユウのこと……好きになっちゃった』
花恋に続いて、雪那までも、そんなことを言い出したのだ。
これによって、俺は――二人のうち、どちらかを選ばなければいけなくなった。
いや……ここは、二人両方なんて手も――
「って、流石にそれは不誠実だよな……ギャルゲーじゃあるまいし……」
……いや、この世界、ギャルゲーだったわ。
「で、でも……人として、流石にダメな気がするような……」
ダメだ、悩んでも結論が出ねえ……。
とりあえず……二人のうち、どちらかが先に好きなった方と付き合うことにしよう。
それが最も、誠実だ。
――コンコンコン
その時、病室の扉がノックされた。
「あ、あのー……ユウさん、私です。月乃です……今、いいですか?」
「おぉ、月乃か! 入っていいぞー!」
良かった……。
月乃か……!
花恋と雪那のどちらかだったら、面倒なことになっていただろう。
けど、月乃なら安心だ。
「えっと……ユウさん、やけに嬉しそうですね……?」
部屋に入ってきた月乃は、不思議そうに小首を傾げた。
「ま、まあな……! 今日は月乃と会いたい気分だったというか……ね」
「ッ……! ほ、本当ですか……?! ユウさんが……私に会いたい……ッ!」
月乃は、嬉しそうに表情を綻ばせた。
そうだ、これだよこれ。
普通の女の子で、可愛い反応をしてくれて、健気で――
「――じゃあ……ユウさんが会いたいなら私、永遠に側にいますね?」
……ん?
俺は恐る恐る月乃に視線を移すと……彼女は、仄暗い瞳を向けながら、俺の腕を抱きしめてきていた。
……んー? お、おっかしいな……。
「つ、月乃……? どうしたんだ?」
「……? どうしたもこうしたも……ユウさんが私に会いたいというので、ずっと側にいようと思っただけですよ?」
月乃は不思議そうに小首を傾げる。
「え、えっと……月乃、そこまで俺の言葉を重く捉えなくたっていいんだぞ? 俺は会いたいって言ったけど、別にずっとじゃないというか……」
すると、月乃の表情はみるみるうちに曇っていく。
「……そうですよね。私なんかが……ずっと一緒にいても、負担なだけですもんね……」
「へ?! い、いや……ち、違う違う! そういう意味じゃなくて……何事にも限度ってものがあるだろ? どんな美味しい食べ物だって、毎日食べ続けたら飽きるじゃん? そういうことだよ……!」
「……そうですか。つまり、ユウさんは私のことを嗜好品と同等に考えているんですね……」
月乃の表情が戻ることはなく、むしろ酷くなっていった。
「つ、月乃! 暗い顔は禁止って約束したよな? ほら、スマイルスマイル!」
「ッ……は、はい……」
月乃は、引き攣った笑みを浮かべる。
うん……かなり違和感があるが、暗い顔をしているよりはマシだ。
俺は、今のうちに急いで話題を変えることにした。
「と、ところでさ月乃は今日はお見舞いに来てくれたのか?」
「それもそうですが……今日はどちらかというとお勉強を教えてあげようと思いまして」
「勉強?」
「はい……! ユウさんは事故で入院していたので勉強に穴ができているでしょう? 高校に復学するつもりなら、その穴は埋めておいた方がいいかな、と思いまして……」
「そういうことか……」
前世で勉強しているから大丈夫……って思ったけど、俺は高二の秋に死んだんだったよな。
つまり……高二の冬――現在、穴が空いてしまっている部分は前世でも勉強できていない。
「じゃあ……頼んでもいいか? 月乃」
「はい……! 勿論です! 勉強だけはできるので、幾らでも教えてみせますよ」
月乃は、柔らかく微笑んだ。
頼もしい限りである。
「それで……何の教科から始めましょうか? 何かユウさんが苦手な教科などはございますか?」
「あー……実はさ、俺、数学が得意じゃなくて……」
「そういえば、ユウさんは文系でしたっけ? 私も文系ですが、数学はそれなりに得意なので任せてください……!」
そう言って月乃は勉強道具と教科書を取り出すと、ベッドに備え付けられた机の上に広げていった。
そして、月乃は俺のすぐ隣に腰をかけて、勉強を教え始めた。
「っ……」
勉強を教えるためとはいえ、あまりにも近い距離だった。
月乃のつけているフローラルな香水の匂いが鼻腔をつき、さっきから月乃の胸が少し俺に触れていた。
そのため、月乃のことを意識せざるを得なかった。
「〜それで、積分は微分の正反対の動作をして……」
そのせいか、俺は月乃の話にイマイチ集中できなかった。
えっと……積分?がなんだって?
「……ユウさん? 聞いてます? さっきから、ずっと、上の空じゃありませんか?」
「……え?! あ〜……微分の進化系が積分ってことだろ? き、聞いてた聞いてた」
「違いますよ、微分の反対の動作をするのが積分です……! もう……! 聞いてませんでしたね?」
月乃はぷくりと頬を膨らませた。
「ちゃんと聞いてください……! ……それか、話に集中できない理由が何か、あるんですか?」
「え?! い、いや、ないない! ただただボーッとしてただけ……というか」
「ふぅん? ボーッとしてたんですか……?」
月乃は、何かを考えると……ハッと何かを思い出した。
「もしかして、昨日、雪那ちゃんと夜遅くまでどこかに行っていたせいですか? そういえば、帰ってくるのが凄く遅かったですよね〜……」
月乃はジト目で俺を見つめると……
「……ずるい」
と、言葉を漏らした。
「え……?」
「ズルいです……雪那ちゃんだけ、ユウさんと特別な経験をするなんて……私は一生、ユウさんに尽くすって決めているのに……」
「つ、月乃?」
月乃は、ブツブツと独り言を繰り返していた。
……だ、大丈夫だろうか?
俺が心配に思っていると……
「――決めました……! 今日の勉強会は中止です」
月乃はそう言って、教科書を閉じた。
「え……? どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも……勉強を教えてもユウさんは雪那ちゃんのことを考えて集中してないじゃないですか……! 隣にいるのは私なのに……」
月乃は、悔しそうに下唇を噛み――
「――だから、今日は嫌でも私のことを考えさせます」
そう言って……俺の横に正座すると――突然、俺の頭を引き寄せてきた。
「っ……つ、月乃?!」
俺は抵抗できずに、頭を引っ張られ――
「へ……?」
柔らかな何かが、頭を覆った。
マシュマロのように柔らかくて、人の温もりを感じるこれは……、
「ッ〜〜〜!?!?」
俺は……すぐに、それが何か、わかってしまった。
ま、待て待て待て!
不味いだろ、俺は赤ちゃんじゃないんだから……ッ!
なんとかして抜け出そうとするが――……寝たきりで筋肉が弱った俺と月乃じゃあ……月乃の方が力が強かった。
「ダメですよ? ユウさんには勉強に集中しなかった罰として、しばらく、このままでいて貰いますから」
「ん〜〜〜!!!」
「いいじゃないですか。どうせ雪那ちゃんとは、もっと凄いことをしたのでしょう? それに比べれば……これくらい、大したことないでしょう?」
「ッ……?!」
か、勘違い、勘違いしてる……!
俺と雪那は決して、そういう展開にはなってない……!
……なりそうだったけど。
「でも……! 私も大きさでは決して負けてませんから……! むしろ……私の方が大きいはずです」
「……ん……」
やばい、酸欠で意識が遠のいていく。
徐々に眠くなっていき……瞼が閉じていき……。
「……あれ? ユウさん? ……ユウさん?!」
そこで、ようやく月乃は俺の異常に気がついたらしく、俺を解放してくれた。
「はぁ……はぁ……し、死ぬかと思った……」
「ご、ごめんなさい……! 私、つい、感情的になってしまって……」
月乃は慌てながら、何度も謝ってきた。
「ま、まあ……いいよ。悪気があったわけじゃないんだろ?」
「は、はぃ……」
「でも、俺から一つだけ言わせてもらってもいいか?」
俺は月乃の瞳を真っ直ぐ見つめると――
「――俺は決して、雪那とそういう展開になってない!」
「え……?」
月乃は
「だ、だって……お二人が帰ってきたの日付が変わった後ですよ? てっきり私……そういう展開になったものかと……」
「あー……確かに、日付が変わった後に帰ってきたのは……俺が悪かったな」
月乃が勘違いするのも、理解できる。
「俺が帰りが遅かったのはさ……雪那の誘いで夜の水族館に行ってたからなんだよ」
「夜の水族館……ですか? ……そりゃあ、随分とロマンチックな場所に行ったものですね」
「まあね。でも……俺たちは決して、そういう展開にはなってないよ」
俺は、真っ直ぐ月乃の瞳を見つめて言い切った。
「……そうですか」
月乃は俺の瞳を見つめ返した後……小さく返事した。
「……嘘では無いみたいですね……そっか……良かったぁ……」
月乃は心底、安心した様子で胸を撫で下ろしていた。
「てっきり……抜け駆けされたのかと思いましたよ」
「そっか……ん?」
抜け駆け?
意味不明な言葉を聞き、俺は月乃の方へ視線を移すと……彼女は、濡れた瞳で、じっとこちらを見つめていた。
「……もしかして、だけどさ」
デジャブを感じた。
まさかだが――
「月乃も……俺のことが好きだったり……する?」
すると月乃は、「ふふっ」と笑い声を漏らして
「――勿論ですよ。私は――ユウさんのことが好きです」
あたかも当然のように、言った。




