第23話 告白のち誘惑
「――あたし……ユウのことが好きになっちゃった」
雪那は……そう言い切った。
……好き……好き?
……え?
物音一つない静寂の中――沈黙が俺たちの間を支配した。
「……そっか……好き……かぁ」
まさか……この言葉を月に二回も聞くことになるなんてな……。
「やっぱり、驚いた?」
「……まあな。雪那は花恋と違って……全然、そういった様子が無かったからなぁ」
流石に意外だった。
雪菜が……まさか、俺のことを好きだったなんて……。
「でも、普通なら今回のお出かけで気づくものだと思うけどね? ……だってこれ、ほぼデートじゃん」
「え……あッ!?」
夜。水族館。男女二人きり。
……マジだ。
マジでデートじゃん。
「あははっ、今気がついたの? ユウ、流石に鈍感すぎだよ……!」
雪那はクスクスと笑い声を漏らした。
「とはいえさ、私もユウを好きになったのは最近のことなんだよね」
「え……? そうなのか?」
「うん。別にあたしはユウに何度も何度も助けられて、恩は感じたけど……惚れてはいなかったの。けどね」
雪那
「その後……ユウは耳かきを頼んできた時かな。あの時ね、あたしは、ユウが一見、物凄く強そうで格好いいように見えて……本当は凄く脆くて可愛いんだなって知ったの」
雪那は俺との距離をゆっくり詰めると……仄暗い瞳で俺を見つめながら――
「――そしたら、ユウの全部を守りたいって……ユウの全部をあたしのものにしたいって……そう思うようになったの」
「ッ……」
「きっと……これは『好き』ってことなんだと思うの」
雪那はしゃがんで俺の目線に高さを合わせると……俺の右手を握った。
そして、少し潤んだ瞳で俺を見つめて――
「だからユウ……あたしと付き合ってほしい」
告白した。
俺は……思わず、目を伏せてしばらく考えに耽る。
花恋と……同じだ。
今の俺じゃあ……雪那が好きかどうかなんて……判断できない。
……でも、本当にこれでもいいのか?
これって、いわゆる『キープ』をしているみたいで、ダメなんじゃ……。
再び沈黙が夜の水族館を支配した。
「……沈黙ってことは、まだ答えられない……ってことだよね。花恋ちゃんの時みたいに」
「ッ……し、知ってたのか」
「うん。花恋ちゃんから聞いたからね」
そっか、花恋から聞いていたのか……。
あれ……?
「じゃあ……どうして雪那は今、告白してきたんだ? どうせ告白しても、俺が答えられないって知ってるのに……」
俺が、そう尋ねると雪那は、何故か「ふふっ」と笑い声を漏らした。
それが……俺には少しだけ気味が悪かった。
「ねえ……ユウ。どうしてだと思う? あたしがどうして、このタイミングで告白したんだと思う?」
「……いや、考えても、さっぱりわからないな。ヒントを教えてくれないか?」
「んー……じゃあ、わかった。ユウには特大ヒントをあげるよ」
すると雪那は、この水族館内を見渡し始めた。
「ヒントは――この状況」
「え……? 状況?」
「うん。もっと言えば、今は夜の11時で、この館内には私たちしかいなくて……ユウは足を怪我していて、車椅子に乗っている……ってことかな」
「………………え?」
雪那の何か含みのある言い方に、思わず全身から血の気が引いていく。
彼女は一体……何が言いたいんだ?
俺には全く、わからなかった。
「これでもわからないの? じゃあ……もう一つ、ヒントをあげる」
雪那は俺の右手を両手で包み込むと――
「私はさ……欲しいものは、どんな手を使ってでも手に入れたいタイプなんだよね」
濡れた瞳で、じっと俺を見つめながら言った。
「ゆき……な?」
俺が、名前を呼んだ瞬間――雪那は獣のような鋭い目つきになり、俺の体を掴んだ。
そして――
「くッ……な、何をして……ッ?!」
俺は――雪那に押し倒されていた。
なんで……一体、どうして?
困惑する俺に、雪那は俺の肩を押さえつけなら、見下ろして言い放った。
「もう一回、言うね? 私は欲しいものは、どんな手を使ってでも手に入れたいタイプなの。つまり……ユウがこれからどうなるか、わかる?」
「……ゆ、雪那。落ち着いてくれ、衝動に身を任せたらダメだ……ッ!」
「あたしは落ち着いてるよ? あたしは本気でユウを力づくで手に入れるつもり――こうやって……ね?」
雪那は俺に顔を近づけていく。
対して俺は……肩を押さえつけられているため、抵抗できなかった。
雪那の顔が徐々に近づいていく中、俺は咄嗟に目を閉じて……。
そして――
「あはは、可愛い……っ! はむっ……」
柔らかな感触がした。
唇……ではなく耳からだ。
俺は……耳を甘噛みされていた。
「ぷはっ……あたしにキスされると思った?」
「ッ……そ、そりゃあ、思うだろ……」
「ふーん? でも、あたし、キスはちゃんと付き合ってからしたいタイプなんだよね……あっ! でも――」
雪那は、耳元で――
「もっとエッチなことなら……いいよ?」
意識が蕩けそうなほどに甘く囁いた。
「ッ……!? な、何言ってるんだよ……!」
俺は、なんとか腕を動かし、雪那を押しのけた。
「えー、断っちゃうの? あたしは、いつでも良かったのに……」
「当たり前だろ……雪那はもっと自分の体を大切にしてくれよ……」
「むっ……なんか、あたしが誰にでも体を許してるみたいな言い方じゃん……! 一応言っておくけど、違うからね?」
雪那は、不機嫌そうに口を尖らせると――
「――あたしが体を許すのは……後にも先にもユウだけ……だよ?」
またしても、誘惑するように甘く囁いてきた。
「わ、わかったから……! そろそろ、離れてくれないか……?」
「あはは、ごめんごめん……」
雪那は、俺を揶揄うことに満足したのか、そのまま離れてくれた。
「はぁ……酷い目にあった……」
俺は車椅子の上でため息をつく。
危うく、事件になるところだった……。
「ごめんね、ユウ……反応が可愛くって揶揄いすぎちゃった」
雪那は、クスクスと笑うと――突然、俺の耳元に口を近づけて、囁いた。
「――でも……今度は、もしかしたら……――本当に、キス、しちゃうかもね」
と。
その言葉は、理性も蕩けそうなほど甘美で魔性だった。




