第14話 謎のち晴れのち……???
「え……? 今、なんて……言ったんだ?」
俺は、自分の耳を疑わざるを得なかった。
だって……花恋はギャルゲーに関しては知らないはずだろ……?!
それについて知っているのは俺だけのはず……。
「あれ? 聞こえませんでしたか? 『ヒロイン全員死亡エンド』って言ったんですよ。センパイ、この言葉について何か知ってませんか?」
「っ……」
聞き間違いではなかった。
『ヒロイン全員死亡エンド』と、はっきり聞こえた。聞こえてしまった。
なんで……花恋が、その言葉を知ってる?
疑問は大量に浮かんだ。
しかし、今は一旦、花恋の問いに答えなければ……!
「ヒロイン全員死亡エンド? なんだそれ、ゲームの用語か何かか?」
俺は、本気でしらばっくれることにした。
「……ふぅん、そうですか……センパイはこの単語について知らないんですね……」
花恋は顎に手を当てて、しばらく何かを考えると――
「なるほど……ありがとうございます! なら、今言ったことは忘れてくださいっ! えへへ、変なこと聞いちゃいましたね……」
「そ、そうか……」
「というわけで、私はここら辺で失礼しますね? やらなきゃいけないことを思い出したので……!」
花恋は、それだけ告げると、どこかへ走り去っていった。
……一体、何が起こってるんだ?
訳がわからない。
俺はギャルゲーに関して誰にも話していない。
なのに、その言葉を知っているということは――
――俺以外にも、転生者がいる?
――◇――◇――◇――
それからというもの、花恋が病院にやってくる頻度はめっきり減った。
他の二人に聞いてみると、花恋は学校には来ておらず、連絡も殆どつながらないらしい。
そのため、どうして花恋が今、どうしているのかは二人にもわからないとのことだった。
「――へっくしゅんっ!」
俺は、勢いよくクシャミをした。
すると、隣にいた月乃が心配そうな眼差しでこちらを見つめてきた。
「ユウさん、大丈夫ですか?」
「うーん……ちょっと風邪ひいたっぽいかも……」
月乃の家に向かうときに、薄着で行ったからだろうか?
流石に薄着で12月の寒さは風邪引くか……。
「風邪ですか……ユウさん、ちょっと失礼しますね」
月乃は、俺のおでこに手を伸ばし、数秒、優しく触れた。
「……うん。ちょっと熱っぽいですね……私、看護師さんに頼んで体温計もらってきますね」
その後、体温計で測ってみたところ……体温計は37.5度を示した。
「この感じだと風邪ですね……でも、どうしてでしょうか?」
月乃はしばらく考えると……ハッと何かに気が付いたように口に手を当てた。
「も、もしかして……私の家に来た時に……だって、ユウさんは寒い中、薄着で2時間もかけて私の家に来たんですよね……あ……」
「あ、あー……」
どうやら、月乃は完全に気づいてしまったようだ。
彼女は絶望に染まった表情をすると、「ごめんなさい」と消えそうな声で呟いた。
「私のせいで……ユウさんに無理させちゃって……」
「い、いや! いいんだよ! あれは俺が勝手にやったことだからさ? だから、月乃は気に病む必要ないからな?!」
「……そうは言っても、私のせいであることは確かです……本当に私……ユウさんに、迷惑かけてばかりで……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
月乃は、暗い瞳でブツブツとつぶやく。
ううっ……そんなに悲しまれると胃が痛い……。
し、仕方がない。
あまり気は向かないが、この前の約束を引き合いに出そう。
「つ、月乃? 暗い表情はできるだけしないっていうのはどうした?」
「あっ……でも、今回に関しては私が本当に悪いですから……こんな時まで明るい表情なんてしていたら、サイコパスですよ……」
「そうなのかもしれないけど……じゃ、じゃあさ! 罪悪感を感じてるのなら、看病してくれないか? 実は俺、少し寒くてさ……」
「看病……そっか、そうですよね」
月乃は、深呼吸を挟むと元の表情に戻った。
良かった。
月乃はあれ以降、ある程度は、気持ちをコントロールできるようになっていた。
「それで……寒いという事は、私がユウさんのことを温めればいいんですよね」
「え……? ま、まあな。でも、毛布を持ってきてくれるとかで――」
「――じゃあ……はいっ」
俺が最後まで言い切る前に、月乃は俺の背後に回ると――抱きしめてきた。
月乃の腕が俺をガッチリとホールドしているせいで、彼女の温もりが全方位から包み込んできた。
それに……背中からは、マシュマロのようなふわふわと柔らかな感触さえ感じる。
「あ、あのぉ……つ、月乃さん? そ、そういうわけじゃないんだけど……」
「違うのですか? ユウさんは、抱きしめられるのと、お胸が好きだって、花恋ちゃんから聞いたので……両方を感じられるようにしてみたのですが……」
か、花恋……っ!?
なんてことを月乃に教え込んでるんだよ……ッ!
「た、確かに好きだけど……今じゃないというか……さ? 俺は毛布をかけてくれるとかで良かったんだよ」
「そ、そうでしたか……すみません、勘違いしてしまいました」
月乃は、悲しそうに俯くと、俺から離れる。
うっ……なんか、良心が痛い。
そうだよな、月乃は善意でやってくれてるんだよな……。
「い、いや……やっぱり、こっちの方がいいな! うん!」
「――え?」
「こっちの方が温かくて安心するから、むしろ、もっとやって欲しいんだ。……いいか?」
「……! はい!」
月乃は、俺の背後にもう一度回ると、さらに強く抱きしめてきた。
やっぱり、こっちの方が温まるな。
体も……そして、心も。
花恋のあの言葉を聞いてからというもの……様々な可能性が脳裏をよぎってしまっており、最近は少し張り詰めていた。
花恋に関しても、不思議な点が多すぎる。
正直……彼女の考えは全く読めないのだ。
だからこそ……ただただ俺を想って尽くしてくれる月乃は、癒しだった。
「ユウさん、瞼が落ちかけていますよ?」
「そ、そうか……?」
気がつけば、眠気が襲ってきており、瞼が何度も落ちかけていた。
まるで……温かな深海の中にいるような感覚だ。
「寝ちゃっても、大丈夫ですからね。ユウさんは……十分、頑張っているんですから」
「……ああ」
気がつけば、暖かな眠気は全身を満たしていて……。
俺の意識は、まどろみに沈んでいった。
「ユウさん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……俺、寝てたのか」
目を覚ますと……そこには、心配そうに俺を見つめる月乃の姿があった。
「1時間ぐらいですかね? 幸せそうに寝てましたよ」
「そ、そっか……ちょっと恥ずかしいな」
「ふふっ、ユウさんの寝顔、凄く可愛かったです。許されるのなら、写真を撮りたいくらいには」
「や、やめてくれよ?!」
本当に勘弁してくれ……。
すると、俺は月乃がお盆のようなものを持っていることに気がついた。
お盆の上には幾つかの皿が乗っており、一つは湯気を出していた。
「えっと……月乃? それは……?」
「ん? ……ああ、これですか? これはお粥ですよ」
そう言って、月乃はお盆をベッドの隣の机に置いた。
「看護師さんに、ユウさんが風邪っぽいって言ったら、用意してくれたんです」
「へえ……! そりゃあ、嬉しいな」
丁度、少しお腹が減っていたのだ。
俺が皿に手を伸ばそうとすると……何故か月乃が皿を持ち上げた。
そして、彼女はお粥をスプーンで掬い上げて――
「ユウさん……はい。あーん」
俺の口の前まで、スプーンを寄せてきた。
「……え?」
「ん? どうかしましたか? ……あっ、そっか……私、失念していました」
月乃は、しまったという顔をすると、スプーンを彼女の口元まで持っていき――
「ふー、ふー……はいっ、どうぞ」
息を吹きかけてお粥を冷まして、再び俺の口元まで持ってきた。
「ほら、あーん……あれ? 食べないんですか?」
「い、いや、食べないも何も……俺、別に自分で食べられるぞ……?!」
「……? ユウさんの手間をできる限り減らすために、食べさせてあげようとしているのですが……ダメなんでしょうか?」
月乃は、小さく首を傾げた。
どうやら、純粋な善意でやってくれているらしい。
「い、いやぁ……で、でも……」
俺は、差し出されたお粥と、月乃の顔を交互に見る。
ここで断ったら月乃、悲しむよな……。
それに償うチャンスを取り上げることにもなるし……また表情を曇らせてもおかしくないし……。
「……わ、わかった。月乃、ありがとうな。お言葉に甘えて、食べさせてもらうよ」
「……! そうですか! でしたら良かったです!」
俺は、意を決して、お粥を口に入れた。
すると、トロリとした粥の舌触りと同時に、微かな出汁の味がしてきた。
「美味しい……」
「本当ですか……! なら、良かったです。では……ふー、ふー」
月乃は、再びお粥をあーんしてくる。
それに対して、俺は無心で口に入れ続けた。
「ふぅ……美味しかったよ、月乃」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいです……! 実は、このお粥、私が病院のキッチンをお借りして、私が作ったものなんですよね」
「そ、そうなのか!?」
「はい! ですから、喜んでもらえて凄く嬉しいです」
月乃は心底嬉しそうに、はにかんだ。
「そっか……作ってくれて、ありがとうな。外食以外で、人の手料理を食べるのは久しぶりで……良かったよ」
転生してからというもの、人の手料理を食べる機会なんて一度もなかったからなぁ。
「そうなんですか? じゃあ、最後に食べたのは……いつなんでしょうか?」
「うーん、最後に食べた人の手料理は……前世で死んだ日、母親が作ってくれた朝ごはんだなぁ」
「へえ……」
そういえば、母親……か。
言われてみて思い出したが、元気にしてるかなぁ。
俺の死から立ち直ってくれていると……嬉しいのだけどな。
俺は、母親の元気そうな顔を頭に浮かべた。
――否、そうしようとした。
「……ああ、そっか」
俺の手から、ゆっくりと力が抜けていく。
今更になって、ようやく気がついたのだ。
俺は――
「……両親の顔と名前すら、思い出せないのか……」
少しずつ、記憶は戻ってきていた。
だからこそ……何の記憶を失っているのか……わかるようになってきていた。
俺は……両親に関する大抵の情報の記憶を、失っていたのだ。
「あっ……あう……あ……」
その時、隣から嗚咽が聞こえてきた。
視線を移すと――そこには、消えてしまいそうなほど苦しげな表情で、強く爪を手のひらに突き立てている月乃の姿があった。
「ごめんなさい……私のせいで……私たちを助けたせいで……ユウさんは……記憶を……ごめんなさい、ごめんなさい……本当に……ごめん、なさい」
月乃は涙を溢していた。
同時に、爪で切られた手から血が溢れ出していく。
やってしまった。
折角、月乃が元気になってくれていたのに……これじゃあ、振り出しに戻ってしまうじゃないか……!
「月乃、大丈夫だから。これは月乃のせいじゃない……何があろうと、選択したのは俺だからさ」
俺は、必死に月乃を宥めて……何とか、泣き止ませることができた。
その翌日。
病室に一人の来訪者が来た。
「――せーんぱい! お久しぶりです!」
それは――ずっと音信不通だった花恋だった。
「今日はセンパイに教えてあげようと思いまして……!」
「……? 教えるって……何を?」
花恋は、底抜けに明るい笑顔を浮かべると――
「そんなの勿論――『ヒロイン全員死亡エンド』について、私が知っている理由ですよ」




