第12話 晴れのち雨
「せーんぱいっ!」
月乃の家から帰る途中。
花恋が、どこからか、ひょこんと現れた。
「か、花恋……! どうして、ここに……?」
「あはは、何言ってるんですか……センパイに月乃ちゃんが海外に行こうとしていることを教えたのは私ですよ? その後、センパイが月乃ちゃんの家に行くことくらい、簡単に予測できますって!」
「確かに、そうか……」
そうだ。
雪那に耳かきをしてもらい、俺が起きた後……花恋から1件のメールが来ていた。
『せんぱい! 明日の夜、月乃ちゃんが海外に引っ越そうとしてるらしいです……! 何か理由を知りませんか?』
――と。
だから、俺はまだ病室にいた雪那にスマホを借りて、月乃に電話し……最終的にこっそり病室を抜け出して月乃の家まで来た。
しかし、俺にも花恋に対して疑問があった。
――どうしてこのタイミングで俺に接触してくるんだ?
すると、花恋は、ニコニコしながら俺との距離を詰めて――
「さっ、疲れたでしょうし、私が車椅子を押しますよ」
そう言ってきた。
「いいのか? 花恋。助かるよ……!」
「いえいえ! お礼をするべきは私ですよっ! だって――センパイは私の思惑通りに月乃ちゃんを助けてくれたんですから……っ!」
「……思惑通り?」
花恋の言葉が、一瞬、突っかかった。
「ええ、思惑通りです……私は、ずるい人間ですからね。月乃ちゃんのことは「、もう私でもどうしようも出来ないとわかったので……センパイに月乃ちゃんを止めてもらおうと誘導したんです」
「っ……じゃ、じゃあ、あのメールは……」
「ええ。本当は月乃ちゃんが引っ越そうとしてる理由は全部、知っていましたよ。あれは――センパイを月乃ちゃんの家に誘導するための餌です」
気がつけば、花恋の声からは、さっきのような明るさは消え失せていた。
どこか冷たくて、無機質で、根底からは深い闇を感じるような……そんな口調だった。
「っ……そっか。でも、もっと普通に頼ってくれても良かったんだぞ? 俺達は一応、友人くらいの仲だと思ってたんだけどな……?」
「……友人……ですか。――友人になれた世界線もあったのでしょうか」
「ッ……」
「ごめんなさい、センパイ。あんなに酷いことをしたのに『私達は友人だ』なんて言えるほど、私は図太くないです……。もっと出会い方が違ければ……良かったのですけれどね」
「花恋……」
寂しそうな声だった。
『私はユウさんが必死に苦しみながら私たちを助けようとしている時に、何も手を貸すことができなかったんです。頑張れば、何かできたはずなのに』
月乃が言っていた言葉を思い出した。
もしかして……花恋も雪那も同じ経験をして、同じ思いをしているのか……?
「……その様子だと、大まかな内容は月乃ちゃんから聞いたんですね」
「っ……バレてたか」
「ふふっ、センパイは表情に出やすいんですよ。……まあ、そこも魅力的なのですけれど……っ!」
花恋は一瞬だけ笑うと、すぐに元の冷たい表情に戻った。
「私も雪那ちゃんも、月乃ちゃんと同じように一生、償い切れない罪を背負っているんです……」
「……月乃にも言ったけれど、それは絶対に償わなきゃいけないのか? 俺は別に気にしてないんだし……」
「――無理ですよ。センパイに死ぬほど辛い思いをさせて、センパイを壊したんです……私が私自身を許せません」
花恋はぎゅっと拳を握りしめていた。
しかし……何かを思い出したかのように、花恋はハッとした表情をすると、にこやかな笑みを浮かべて――
「ああ、話がズレましたね。元々は――もっと、別の話をするために来たんでしたっ!」
「別の話?」
「はいっ! センパイには、月乃ちゃんを止めてくれたお礼をしに来たんでした!」
花恋は、はずんだ口調で言うと、突然、俺の耳元に近づいきた。
甘い吐息が耳をくすぐり――
「……何か、欲しいご褒美は、ありますか? せーんぱい?」
甘いささやき声が、理性を溶かした。
蠱惑的で色っぽい花恋の誘惑に、俺は一瞬、思考が停止した。
「あれ? センパイ? ドキドキしすぎて動きが固まってませんか? エラーを吐いた機械みたいですよ?」
「……あ、ああ! ごめん!」
「ふふっ、センパイって意外と可愛いですよね」
「花恋? 俺のことをからかったのか?」
「まさか! だって、私は――」
花恋は、元気よく言うと――突然、後ろから俺の首に抱きついてきた。
そして――
「センパイのためなら、なんでも、ご褒美をあげるつもり……ですからね?」
またしても、耳元で囁いてきた。
顔は見えないけれど、きっと彼女は凄くイタズラっぽい笑みを浮かべているのだろう。
「ッ~~~! ……し、心臓に悪いから、囁くのはやめてくれよ……」
「あれ? センパイ、照れちゃったんですか? やっぱり、可愛いですね」
「また、可愛いって……」
「ふふっ、センパイは可愛いですよ? ……一生、安全な場所に監禁して守ってあげようとするくらいに……ね?」
突然、花恋の声が低くなり、さっきまでの明るさが消え失せた。
「っ……」
「あ、勿論、冗談ですよ? そんなに警戒しなくていいですよぉ~!」」
「そ、そうだよな! 良かったよ」
「はい! 流石に思っていても、実行はしませんって!」
「いや、思ってるのかよ……」
全部が冗談だったら、どれだけ良かっただろうか……。
月乃の次にどうにかするべきは、花恋だな。
花恋は今は基本的に明るく振る舞っているが……心の中には深い闇を秘めていて、時折、それを表にも出している。
闇の深さで言えば……三人の中で一番なんじゃないのか……?
「それでセンパイ、ご褒美は何がいいですか?」
「うーん……ご褒美か」
別にそこまで欲しいものも、してもらいたいことはないんだよなぁ。
そもそも、俺が助けたいから月乃を助けただけなわけだし……。
……しかし、今までの経験的にここは貰っておいた方が良い気がした。
「そうだっ! 花恋、それなら――」
俺は、花恋にしてもらいたいことを話した。
「……ふふっ、センパイ、中々面白いことを言いますね……っ! それ、すっごくアリですっ!」
「そうか? 俺としては、結構、無茶振りをしたつもりなんだけど……」
「任せてください! 私が絶対にセンパイのお願いを叶えてみせますからっ!」
花恋は随分と張り切って返事した。
「ははっ、ありがとうな」
「それで、他には何か、お願いはありますか? 私は、本当になんでもしますよ?」
花恋は、やけに『なんでも』と強調して言ってきた。
だからこそ、俺も少し意識してしまい……
「……無いかな」
「ん? センパイ、その沈黙はなんですか? なんでもいいって言われて、ちょっとえっちなこと、想像しちゃいました?」
「ち、違う、違うからな?!」
「そっかぁ、してたんですね、えっちな妄想!」
「してない、してないよ?!」
「私……えっちなことでもしてみせますから、恥ずかしがらずに言ってくれていいんですよ?」
「いや、だから妄想してないって! 俺の声だけミュートしてる?!」
「もう! センパイはつれないですねぇ、私はむしろ……」
花恋は、再び俺の首に抱きついてきた。
しかし、今度はやけに密着してきており――俺は、頭の後ろに、ふわふわとした柔らかな感触を感じた。
そして、俺の耳元で――
「私は……センパイとえっちなこと、したいんですけどね?」
――鼓膜を溶かすような甘い口調で囁いた。
……なんでだ?
花恋は、助けられた恩と罪悪感から俺に色々としてくれているんじゃ無いのか?
そう思っていたのに。
「ねえ、せんぱい、私……せんぱいのこと――」
花恋は、少し落ち着いた様子で、秘めていた想いを告白するように――
「――好きになっちゃいました」




