第10話 曇りのち曇り
【月乃side】
『俺なんか気にせずに、普通の幸せを手にして普通に生きて欲しい』
私は、昨日、ユウさんが言っていた言葉を思い出した。
――次の瞬間、吐いた。
「けほっ、けほっ……」
薄暗い自室の中。
ゴミ箱に何度も吐く。
これで、今日、吐いたのは何回目だろうか。
……数え切れないな……。
ユウさんの言葉を聞いて……私は、まるで、罪を突きつけられているようだった。
例えるなら、事故で人を轢き殺してしまった運転手が、咽び泣く被害者の顔を見た時のような気分である。
だって――あの言葉は、ユウさんが壊れていることの証拠なのだ。
ユウさんが壊れているからこそ、生まれた言葉なのだ。
「……もしも、ユウさんが全ての記憶を取り戻した時……なんて言うのかな」
少なくとも、昨日と同じことを言うわけないだろう。
だって、私たちは彼にとって、幾ら自分が壊れても、苦しんでも助けてくれなかった傍観者なのだから。
私は、覚えていた。
いつかのループの時、ユウさんが私にだけ聞こえるくらいの声量で――
『――誰か……もう、俺を助けてくれ……』
と、呟いていたのを。
「あ……ああああああああ」
『誰か』の中には、私たちも含まれていたはずだ。
私たちは、助けを求められたのだ。
なのに――何もしてあげなかった。
そんな私たちに……彼は、何を思う?
憎悪? 軽蔑? はたまた――殺意?
どちらにしても、プラスの感情を抱くわけがないだろう。
ましてや――『普通に幸せになってほしい』なんて、親切に私たちの幸せを願うことは絶対に無いだろう。
「……なのに、『普通に幸せになってほしい』なんて言うことは……ユウさんが壊れている証拠……」
私が壊した。
運命によって、体を自由に動かすことを制限されていたのだから、仕方がない――ユウさんは、もしかしたらそう言うかもしれない。
けれど……ユウさんが運命を変えられた以上、私たちにも運命に抗う手段はあったはずだ。
なのに……私は、諦めて、ユウさんに頼り切って、心の中でただただ咽び泣き続けて……。
私は、最低だ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
幾ら謝っても、償える気なんてしない。
一度壊れた心は二度と完全には治らないのだ。
ユウさんはいつか、記憶を取り戻し……死ぬまで、トラウマで苦しむことになるだろう。
それを想像すると――
――死ぬほど、気持ち悪かった。
「もし……私が死ねば、ユウさんは……ちょっとくらい、心が軽くなるかな……」
私は、机の上の縄に手を伸ばす。
――が、すぐにやめた。
今のユウさんがそんなことを望まないことくらい、わかっていたから。
「……なら、償わなきゃ」
せめて、犯した罪の分だけ、償わなきゃ。
でも……どうやって?
私が、ユウさんに償えることって……何?
私は、部屋の中を見渡す。
部屋の床には、大量の折り鶴が散らばっていた。
踏み場がないのでは、と錯覚するほどだ。
数は恐らく……10万を優に超えるだろう。
「結局……私ができることなんて、これくらいしかない……」
しかし……これらは、病室に持って行こうとしたのだけれど、流石に多すぎて看護師さんに断られてしまったものだ。
結局、私の償いは空回りしてしまったのだ。
あと、私が彼に渡しせるものなんて……この体とお金だけだ。
でも……お金であれば他の二人も持っているし、私の体なんて、ユウさんは必要としないだろうな……。
結局、私にできることなんて、ないのだ。
償えることなんて、なかった。
その事実が、さらに酷く私を苦しめていた。
「……もう、私ができることなんて……」
死ぬことしか……ないんじゃ……。
私は、机の上の縄に再び、手を伸ばした。
――その時だった。
『――プルルルル』
電話が鳴った。
発信者は……雪那ちゃんだった。
私は、一瞬、迷うも、電話に出ると――
『――月乃、大丈夫か?』
聞こえてきたのは、ユウさんの声だった。




